報道ステーション 女子高生コンクリート詰め殺人(2004年7月28日放送)
1988年11月25日、当時17歳の女子高生を少年らが拉致監禁し、40日間にも及ぶ筆舌に尽くしがたい暴行の末、翌1989年1月5日に死亡させ、遺体をドラム缶に入れ、コンクリート詰めにし遺棄する。その後別の事件で逮捕された少年の自供により、1989年3月29日に事件発覚。1991年7月12 日、主犯格の少年Aに懲役20年、少年B、C、Dにそれぞれ、懲役5年以上10年以下、5年以上9年以下、5年以上7年以下という判決が言い渡された。
1999年に出所していたサブリーダー格だった少年Bが2004年5月19日、知人の男性を監禁し暴行を加えたとして、逮捕監禁致傷の容疑で6月4日に逮捕され、2005年3月1日懲役4年の判決を受けた。
倫理観とはなんなんですかね。綺麗なもの、賑やかなもの、形で表されるものがよしとされ、暗いもの、目立たないもの、言葉にならないものが嫌み嫌われる時代。このエントリもどちらかというと後者に属すると思うのだけど、それを避けていると積もり積もってしまうだけだと思うのだけど。
その人が持つ、その人も意識していないレベルでの価値観。いつの頃からか汚れてしまった宗教という考え方。家に仏壇があったりたまにお墓参りに行ったりする中で自然と生まれてくる、死者を弔うという考え方であったり、他利行という考え方であったり。普段からそうやって言葉にしないにしても、宗教は知らず知らずのうちにいい意味でその人に影響を与える事が出来るものであると思うし、その意味で宗教は人間に必要だと思う(必須ではないが、宗教はそれを簡単に得られる材料だという意味)。
どんなことも、最終的にはその人個人の心の中で判断されることであり、その判断材料となるのはこういったことじゃないかと僕は思う。そして、つい自分以外の誰かが動かしているように考えてしまうこの社会は、そういう一人一人の細かいそういった判断が積み重なったものであると思うから、僕はその判断の軸をどうしてもブラしたくない。ああ、眠い。