打ち上げ花火を左右から見た僕と彼女の関係。

2007/09/24(Mon) *Pickup, Diary

大分の(心の)姉が東京に来たのでランチに。会うのは一年ぶりくらい。17歳の時、たまたま入ったチャットルームに彼女がいて、いろいろ話しているうちに会おうという事になり、土曜朝一で転勤していた富山から特急とひかりレールスターに飛び乗って博多に行って出会い、月曜朝一に富山に寝台特急で帰りその脚で仕事先に出勤。我ながら行動力があるというべきか、若かったと言うべきか。

それから彼女は中国に行ったり、仕事場を変わったり、いろいろな出会いと別れがあった。僕も何回も転勤し、東京にも来て、17才から24才になった。その7年間で会って話をしたのは数えるほどしかない。でも、お互いの転機だったり、しんどい時だったり、節目節目の時にはお互いに連絡を取っていた。

近いような、遠いような。家族のような、友達のような。姉弟、というのがいちばんしっくり来るような気がするけれど、それも違う気がする。なにも、人と人との関係というのは、家族や友達や彼氏彼女やといった形だけではない、まだ名前がつけられていない関係というのもあるのではないかと思う。言葉は大切だけれど、言葉に関係が縛られるものではない。

いろいろ話していたら、昨日僕が野球を見ていた神宮球場隣の国立競技場で彼女はドリカムのライブを見ていたらしく、その距離約500m。そういえば昨日神宮で花火が上がったのだけど、僕はてっきりラッキーセブンの花火かと思って見ていたら、ドリカムのライブの花火だったようだ。7年前に富山にいた僕と大分にいた彼女は、ビットの中で出会い、言葉に出来ない日々を経て、夏の終わりに東京で同じ花火を見ていた。


4 Responses

  1. コシ says:

    まだ名前がつけられていない関係、って表現。なんだかぐっときました。
    言葉に縛られない関係ってとっても難しいな?。と思う今日この頃。

  2. iwagoro says:

    >コシ
    初コメありがとうです。
    たぶんこれ以上近くても遠くても、何かが壊れてしまうんじゃないかと思います。

  3. wa says:

    言葉ってホント、大切だけれど
    言葉だけでは説明しきれないことや
    言葉を越えた何かってあるように思える最近。

    近すぎず遠すぎず。心地よいです。
    ありがとね。

  4. iwagoro says:

    >wa
    これからもよろしくです。

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