赤ちゃんポスト

2007/11/12(Mon) *Pickup, Clip

「赤ちゃんポスト」に半年で8人 多くは乳児院に – 朝日新聞

熊本市の慈恵病院が「こうのとりのゆりかご」の名称で赤ちゃんポストの運用を始めてから10日で半年になった。これまで新生児から3歳までの8人の子どもが預けられ、住所がわかったケースはすべて熊本県外からだったという。親が引き取りにきたケースもあるが、多くの子はいま、乳児院にいる。小さな命をどう育むのか、救ったその先にも課題が横たわっている。

考えがまとまっているわけではないですが、今思っている事を少しだけ。

「後先考えずに産んで面倒を見きれなくなり子を捨てる無責任」と、「赤ちゃんポストで引き取った後のことがまだあやふやな状態で運用を始める無責任」。前者は何も生まないどころか殺めているけれど、後者は少なくともいくつかの命を繋いでいる。その同じ「無責任」の差はとても大きいと思う。

マンガ「ブラックジャックによろしく」でも似たような話があった。緊急出産で障害児が生まれた両親が、出産に際して親への手術の同意がなかったとして生まれた子供の認知を拒否する話。その話の中では、主人公が悩んだ末に「医者は生まれた後の事まで責任を持つ必要はなく、ただ目の前にある命を助ければいいんだ(超要約)」という結論を出す。読んだ時の僕はそれに賛成も否定もしなかった。

そもそも、人が生まれるというひとつのイベント自体が、計画性やきちんとした知識やといったロジカルな要素とは無縁のものなのではないかとも思う。逆にそういった思いこみが強いほど、生まれた以降その思いこみとのギャップに悩まされてしまうのではないかと思う。欲しくても出来ない人もいれば、事情は多々あれ生んだのに捨てる人もいる世の中。

僕は、きちんと考えた上で、宿ったのに事情があって堕ろしてしまう人や、生んだのに捨ててしまう人、他の人の体を借りて生もうとする人を否定したくない。そにれいくらそういう事を防止しようとしても、どうしても出てきてしまう事だと思うから。それよりも、そういう経緯で生まれた子供や、まわりの手助けがあれば生まれてきたかもしれない子供を生かす方に力を注いだ方が、意味のある事だと思うから。読み返してもいまいちまとまりませんがこのへんで。


3 Responses

  1. chikura says:

    どもども。久しぶりにコメント。:)

    iwagoro君の考え方を否定するわけでは決して無いのだけど、赤ちゃんポストについては、「それが存在するから」という理由で捨てられた赤ちゃんもいるのではないかな、とも思うのですよね。

    下手すると、「おろすと母体に影響があるから、生んじゃってからここへ捨てればいいや?」的発想が、出ないとも言い切れない。

    もしそうならば、赤ちゃんポストは、「本当ならちゃんと育てられる or 生まれてこなかった」はずなのに、それが存在するせいで、わざわざ「将来が危険な子供」を生み出してしまっている、ともいえなくも無いわけで。

    私としては、未だに「どっちがいいか」という結論が出せずにいますが、どちらかというと、微妙に、無かったほうが良かったのではないか、という思いの方が若干、強いです。

  2. ぼん@3人のこどもたちを授かり、生きている幸せを感じているのよ says:

    どっちがいいのか?
    と言う答えも、そして問いも無いと思うのだ。

    文才がなく旨く書けないので、いきなり結論を書いちゃいますが、赤ちゃんポストに託された彼(彼女)らは、「生きる」権利と義務があると思う。
    不幸になってしまうかもしれない人生を背負わされるかもしれないけれど、周りを見て皆が幸福ではないことを考えれば、「不幸にならないかもしれない未来」へのチャンスを奪うことはできないと思う。

    そんなことより、彼(彼女)たちが、幸せになれる未来をこさえるための努力をしたいっす。

    と、最近なんだか子どもに甘くなっている40過ぎたおっさんの独り言。

  3. デカ長 says:


    同感します。

Leave a Reply