好きを貫く人をつくる人。
404 Blog Not Found:好きを貫いている者の礼儀
わからない。わからないが、三つ確かなことがある。一つ、誰も好きになれない仕事というのは確かにあるのだということ。二つ、誰かがやらなければならない仕事というのは確かにあること。三つ、そういう仕事を片付ける人がいるからこそ、好きを貫いて生きていける人々が存在すること。
今だから正直に書いていいと思うんですが、秋までいた部署でやっていた仕事はなかなか嫌な仕事でした。決まった事をミスなくやったり、ユーザからかかってくるクレーム電話を毎日受けるのはなかなかしんどい事で、一度「となりのクレーマー」という記事でそのことを書いた事もありました。
とはいえ、引用したように「誰も好きになれない」けど「誰かがやらなければいけない」仕事も当然あるわけで、当時僕がやっていた仕事も、誰かがやらないといけなかった。少ない人数でたくさんある仕事を回す必要があって、「誰がどういう仕事で一番パフォーマンスを発揮する」かを考えていった時に残った「誰も好きになれない」けど「誰かがやらなければいけない仕事」をやっていたという面もあったような気がする。
「誰も好きになれない」けど「誰かがやらなければいけない」仕事を「そうと分かって」やるということ。それは自己犠牲とかそういう観念的なもので解消されるわけでもなく普通に毎日しんどいしつまらなかったのですが、それをやっていると生まれてくる事もあるわけで。
それは引用元のブログの最後に書かれているような事で、そんな事言われても全然儲からないし、相手がどこまで本当に思って言っているのかは分からないんだけど、一つだけ確かなのは、その言葉を言ってもらった時に生まれる自分自身の気持ちに偽りはないし、どんなにお金を積んでも買えないという事。いわゆる「承認欲求」というやつなのでしょうか。
文章で書くとなんだかとても偉そうで嫌なのですが、「好きなこと」をやるのもとってもいいことなんだけど、「好きな(=信頼できる)人がその人の好きな・得意なことに集中できる環境をつくる手伝いをする」という事も、直接的には嫌な仕事でも全体感で見ると楽しい仕事じゃないかなと思う。自分がそれを出来ているわけではありませんが、たぶん自分がやりたい事とか、やって面白かった事って、そういう事なんじゃないかと。意思がないとか言わないで。そういう人もいたっていいじゃないすか。
