日本人はなぜ無宗教なのか

2008/08/24(Sun) Book

日本人はなぜ無宗教なのか 表紙
日本人はなぜ無宗教なのか
阿満 利麿 (著)

このように見てくると、読者の多くも、自分たちが「自然宗教」の「信者」であることには反対されないであろう。さらにいえば、初詣やお盆、春秋の彼岸はいづれも重要な年中行事であることからも分かるように、日本人は年々歳々同じ行事を繰り返しながら、いつしかしか「自然宗教」に同化されているとも言える。

「自分は無宗教だ」という人が結構いるが、そういう人は「日本教(本書で言う自然宗教)」とでもいうようなものを信じてるんじゃないか、と思っている。元々は神道、仏教というきちんとしたものが長い歴史の中で一般化、混在化する経過を経て「宗教」から「習慣」になっただけで、大多数の日本人が盆に墓参りをしたり死んだら葬式をして、という宗教行為をやってるじゃん、と。

なぜそうなったかといえば、多くの日本人が仏教やキリスト教のような「宗教」と、オウム真理教や足の裏なんとかのような「カルト」をひとまとめにして捕らえてしまったために、「宗教」という言葉に対してネガティブなイメージを持っているからではないか。戦争も関係しているのかもしれない。

という仮説をもって読んだ本なのだけど、おおむねおなじような事が書いてあった。「習慣」化については、自治体が行う地鎮祭が政教分離に反するのではないかという裁判で「社会の一般的習慣に従った儀礼は宗教行事ではない」という判例が出ているらしく、社会全体として習慣化した宗教は宗教ではない、という認識なのだろう。

そうなった経緯については、かなり細かく歴史的な経緯が書いてあるのだけれど、その中でも明治維新によって天皇家にフォーカスがあたったことで、日本のその他の宗教全体に対して大きな混乱が生じたとあった。たしかに著者のいう考え方で行くと昨今の靖国問題の根本の原因ではないかと感じるけれど、組み立て方が単一すぎるのでこれは天皇家側からの視点で書かれたものも読んでみたい。


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