あまりにも無責任な最後の多事争論
まだ自分の中でも迷っていて確信はないのだけれど、とりあえず書く。筑紫哲也氏が逝った。NEWS23で放送された最後の多事争論のテーマは「この国のガン」だった。(WEB多事争論から閲覧できる)「政治とは世代の間でパイを奪い合うものだが、今この国はガンに陥っている。ガン細胞が出来ると本来使うべき栄養素をガンが使い果たしてしまい栄養素が体全体に回らなくなるように、日本という国のガン細胞がパイを全て食い尽くしてしまい、どの世代にも配分されていない。そういう問題ははっきりしているが、敵は大きい。」と。
それだけだ。それだけ言って逝ってしまったのだ。少し前の爆問学問の姜尚中の回で、爆笑問題の太田光が「現在の50才や60才、70才の人たちはこの国の仕組みを作ったが、いまそれがボロボロになっている。70才近い人は戦争も経験している。だが、それを一切解決していない。甘い汁だけ吸って、死んでしまう。それはあまりにも無責任ではないか。」と言っていた。僕は自分たちの世界は自分たちの世代でやっていくべきだと思っていたので、ちょっと新鮮だったけれど、半信半疑で聞いていた。
でも、今日のNEWS23では、筑紫氏がいかに文化人で、テレビというメディアを楽しみ、そして死んでいったかということを各界の人たちのコメントを積み上げながら、そういう筑紫哲也像を作り上げていった。そして、最初に書いた最後の多事争論の主張。「僕の出来る事は、こんな所です。後は頼みます。」とでも言わんばかりに死んでいった。
ガンなのは分かってる。でもそれを造り出したのはお前達じゃないのかと、自分の実感として思った。太田も言っていたが、なぜ他国の軍が駐留して自分たちの国を守っているのか、なぜ首相が靖国に行くか行かないかであれだけもめて他国に好き勝手言わせているのか、なにも解決していない。自分たちが生み出した問題なのに。なぜこれだけ不安定で孤立した社会の中で僕たちは生きていかなければならないのか。それはやはり、あまりにも無責任すぎるのではないかと、今は思う。まあ、彼らが責任を認めたところでどうせ数十年でこの世からいなくなるので、ガン細胞を取り除かないと行けないのが僕らである事には変わらないので、むなしくはあるのだが。

作り上げることよりも維持することの方が難しい。
今あるものを壊すことはそれよりもっと難しい。
何も無いところから築き上げる苦労も分かる。
だけど、今の日本はアメリカを取り込んで真似て
好き勝手に戦後を生きただけだと思う。
今の若者は初めて正面から日本の戦争に
向き合う世代だと思うと消費に躊躇し、不安に
慄き、慎重に冒険しないのは仕方ないと思っている。
>氷河期世代
> 作り上げることよりも維持することの方が難しい。
たしかにそうですね。
政治って本来、複数の人間が集まったときにみんなが住みやすく自由に生きていくためのルールを決め運用していく事だと思っているんですが、いまはもはやその片鱗も感じられないのが悲しいところです。