こぼれる
ルービックキューブは、一、二面を揃えるくらいは簡単だ。大介は、自分の面を揃えることだけに夢中だった。他の面は、雫といる時は雫の色だけを揃えようとして、千尋といるときは千尋の色だけを揃えようとした。
どちらか一方の面に夢中になっている間、残された一方の面がぐちゃぐちゃになっている事に気がつかなかった。あげく、一面も揃えられなかった。そして、大介のルービックキューブは完全に壊れた。
女優、酒井若菜の処女小説。「実体験を元にした不倫小説」という扱いをされたみたいですが、特にそういう先入観なく読んだ。それまでも酒井若菜はまあ好きな方で、ブログを読んでいるとその言葉遣いや表現が面白いので、きっとこの子ならいい小説を書くだろう、という期待は少しあった。結果、自分のベスト3に入るくらい好きな小説になった。
正直言って書き方は下手だし、物語の展開もありきたり。ありきたりというか、初めて小説を書くとそうなっちゃうよね、という書き方。僕が一度小説を書いたときに迷った事と同じような所に迷いが感じられるし、いくぶん唐突な展開もああそうしちゃうよねぇ、と可愛く読んだ。
それでもこの小説がベスト3に入るのは、妻子ある夫と不倫している女性にしか感じられない心境だったり、好きな女の子に気持ちを伝える方法が分からない男の子だったり、その男の子が好きな別の女の子の長い長い思いの積み重ねだったり、そういう一人ひとりのキャラクターの心理描写がとてもリアルで美しく、また共感できるものだったから。
自分の勝手な印象だけれど、小説を書くときというのは、取材やインタビューを元にゼロから物語を作り上げていく人と、自分の中の経験や感情をはぎ取るように文字に落としてして物語を作り上げていく人の二つのパターンがあるように思う。そして、初めて書く小説は後者が多いように思う。もし酒井若菜が後者だったら、とってもいい経験をしてきたんだろうなぁと、勝手に思う。下手な小説家の物語よりも、よほど心を揺さぶられた。

