告知せず

2008/11/17(Mon) Movie

夫「死ぬ準備をして待てって言うんですか。死ぬ日を、指折り数えて待てって言うんですか。あんたそれでも医者かよ。」

妻「もうやめて。先生に当たったってしょうがないじゃない。人間は誰でも、いつかは死ぬの。それが早いか遅いかってだけ。訳の分からないまま死んでいく人だっているのよ。でもあなたは違うわ。自分は何の病気で、何と戦えばいいのかちゃんと分かってるの。他の病院で見てもらいたいなら、そうしましょう。納得いくまで、ちゃんと付き合うから。あなたの思うとおりにすればいいじゃない。だから、ちゃんと戦いましょう。最後の最後まで、ちゃんと生きましょう。」

テレビ朝日で放送されたがん告知のドラマ。たまたまがんの緩和ケアについての本を読んだばかりだったので見たんだけど、号泣。ドラマ自体の話でいうと、滝沢秀明がちょっと浮いていて山田孝之とかの方がいいんじゃないかと思った。がんを患った高畑淳子が亡くなるシーンでも、なんで息子役の滝沢より見ている僕の方がわんわん泣いているんだ、とどうでもいいことを思った。

冒頭に引用したのは、自分の妻には告知せず自分の患者にがん告知をした渡哲也に対して怒りをぶつけた夫に、妻の高島礼子が語った言葉。その後、「先生、告知して良かったです。」と続く。人はいつか死ぬんだと開き直って、残りの人生を精一杯生きようというような考え方で、告知された大多数の人はそういう道を辿るのではないかと思ったりする。

それはたぶん端から見ると一番手っ取り早いプロセスに感じるんだけれど。ここからは完全に想像だけれど、人間は、年を取れば取るほど欲が増していく生き物なんじゃないかと思う。不老不死を願うわけではなく、子供の成長を見たい、孫の成長を見たい、出来うるなら可能な限り、それを見届けたい、という欲が大きくなっていった時期に、いきなり「残りの人生を精一杯生きる」という考え方に転換するのはかなりしんどいことなんじゃないかと、勝手に想像する。

自分はと言うと、ガンになったら告知されて何で死ぬのかをハッキリと認識して、そのプロセスを出来うるかぎりこのブログでも何でもに書き残していきたいし、自分に近しい人がそうなったとしても告知してしまいたいと思う。だけどそれは、自分一人だけではそういう重いものを抱えきれない事への逃げから来ている答えだと思うので、正直まだ分からない。


4 Responses

  1. ある日記 says:

    告知せず

    「告知せず」を見ました。先週末にやってたの。いろいろ考えさせられる話だった。自分の患者には告知してきたのに、妻にはできない(しない)というお医者さんの話。…

  2. eb says:

    はじめまして。私も「告知せず」を見ていろいろ考えさせられました。よろしくお願いします。

  3. 氷河期世代 says:

    ”告知せず”は見てませんが、経験からコメントさせてもらいます。
    私は小学生のときに父が末期の肺がんで死に、先日母も乳がんが見つかり手術しました。
    父のときは、とても告知するという時代ではありませんでした。がんは完全に不治の病であり、がん=死という社会的認識であったためです。初診の医師には、あと3日の命と診断されたと聞いています。結局、告知せず1年あまりの後に父は知らずに死にましたが、症状や病棟での状況からおそらく薄々分かっていたと思います。
    ですが、それでも誰も告知しなかった、できなかった。
    死を直視し、死ぬという現実に向き合うということは絶望の中では困難です。
    告知という選択肢が出てきたのは、あくまでがんは治る病という最近の医療の進歩が前提にあって、告知することが死に直接向き合うこととは微妙に違っているからだと思います。
    想像できますか?血の痰がでて、日に日に衰弱していく自分が死の危険を感じて医者に助けを求めた結果、あなたは死ぬ病です。大体いつごろには死にます、と宣告されることを。
    告知とは、そういう過酷なものです。

    がんと立ち向かい、戦う希望や意味のある時代になったこと、医療がそれだけ進歩したことは感じます。
    ですが、絶望と向き合う、死と向き合うことを現代の日本人ができている、また、できる状況にあるとは残念ながら思えません。

  4. iwagoro says:

    >eb
    ブログ読みました。損保広告の件、いわれてみればたしかに広告主にとってはいいコンテンツなんでしょうね。

    >氷河期世代
    自分はなってないのでもう完全な想像なんですが、いろいろわーわーいいながらも自分は受け入れるんじゃないかなと思います。がんじゃないんですけど、とある病気(症状?)になって医者からもう直らないから無駄だよみたいに言われたことがあって、そのときはその医者殴ってやろうか、とか思ったんですが。

    その後自分の中で一通りよくあるパターンの数だけ考えてみた後に、医者殴って治るなら殴るけど(汗、まあ治らないものは治らないんだからそれと付き合ってくしかないと自分の中で溶解して、今に至っていたりします。それは死ぬような病気ではないので、がんと比べることができないといわれればそうなんですが。

    妻の言葉じゃないですが、だれでもどんなにがんばっても100年ちょいであの世行きという共通ルールだと思うんじゃないかと。それは、向き合ってるとは言えないかもしれないですし、他人の場合は絶対そうは考えられないです。完全に矛盾抱えたまま生きてます。

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