戦争を起こさないために

2008/11/30(Sun) Society

今日のそこまで言って委員会は国会招致以来初のテレビ出演となる田母神氏(航空自衛隊前航空幕僚長)に加え、松島悠佐氏(陸上自衛隊元中部方面総監・阪神淡路大震災時の最高指揮官)、川村純彦氏(海上自衛隊元海将補)と陸海空の方々が揃って、90分全て使っての国防スペシャルでかなりおもしろかった。

議論は必然的に自衛隊の存在意義に進んでいくんだけれど、右派と左派(あまりこの言葉は好きではないですが)が「戦争を起こさないために」という共通の理念の元全く異なる主張を展開する。田母神氏など自衛隊経験者や右派は、抑止力としての軍隊を持つ事での相互抑止による実現を主張し、原和美氏(新社会党副委員長・次期衆院選出馬予定)を中心とする左派は「話し合い」による主張をし、まったくかみ合わなくなる。

原氏を含め左派の主張はどうも弱く完全に思考停止している。「なぜ『他国が攻めてきたら』という仮定の話をするのか。その前にそうならないための話し合いが重要。」という一点突破で理論を展開する。たしかにそれは理想だけれど、現実的には話の通じない隣国があるし、そこまで広げなくても左派と右派でさえ話が通じていないという現実の状況を理解していない。

よく使われる理論かもしれないけれど、原氏は自分の家に鍵をかけずに外出できるのだろうか。全ての人間が顔見知りの小さな村なら可能かもしれないけれど、国や世界というレベルではそれは不可能。そのために対国内用に警察があり、対国外用には軍隊がある。一個人としてみれば原氏は気のいい人なのだけれど、こういう人は国会議員になってはいけない。他人の命を預かる立場になってはいけない。

また、左派は「過去の反省」や「再び軍国主義になってしまう」という主張をよくする。たしかに過去は軍国主義だったと思うけれど、現在は間違いなく軍国主義ではないし、過去はほぼ全ての国が軍国主義だった。という話をすると「他人がやるなら自分もやっていいのか。悪いことは悪い。」という話が帰ってくるのだけれど、それは時代性を考慮する必要があって、悪かったからそれの反省を踏まえてシビリアンコントロールを働かせている現代がある。現に田母神氏は政治によってきちんと更迭されている。

個人的には、宮崎哲弥氏も言っていたけれど、憲法9条を改正して「自衛のための戦力を保持すること」、「戦力は他国への侵略や脅威の破壊には使用しないこと」、「核の保持と使用を「放棄しない」こと」を明記する方が、最高の案ではないけれども、一番現実に即した案だという考えに至る。

過去の反省を踏まえて、未熟だった「軍国主義」が今は少しましな「民主主義(相互抑止)」になったように、今後理想の「話し合い主義(完全武力放棄)」というような世界に移行できるのかもしれないという希望は確かに持っている。でも、「民主主義」というルールの世界で一人だけ「話し合い主義」のルールで動いていると、世界が「話し合い主義」に移行するまでの間に日本は消えてしまう。

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2 Responses

  1. 氷河期世代 says:

    私がもっとも興味をそそられる分野なので、番組を見たかったです。でも、私は民主主義により現代の平和が維持されているとは全く思っていません。人種差別が軽減され、人権の概念が確立し、人類平等の精神と共存の理念が世界に広まったためだと思っています。そういう意味では、左派の人達の言う理念や理想は正しい。ですが、今の日本の左派は昔と違って現実論を語れないのが問題です。
    昔の日本はアジアの地位向上と平等の理念を掲げ、どうしたらそれを達成できるかを当時可能な方法で実現しようとした結果、ああなってしまった。そこで失われた代償は計り知れない。だけど、それが無意味だとは思いたくないし思えない。
    極論を言えば、人類全体が共通の利害と理念と共存意識を持てば戦争は起きなくなると思ってます。でも、それを言葉だけで達成できるとは思えない。
    現代の左派は、本当に平和を実現するために発言してるとは到底思えません。むしろ、理想を実現するための現実を見た道筋を立てず今の平和を壊しかねないことを言い、行動している。
    そういう意味では、右派と言われる人達の方がよっぽど現実的に戦争を回避し今の平和を維持できることを言い、行動している。
    問題は野心的だったり好戦的だったり排斥的だったりと他者との共存を望まない思想なのであって、今の日本の左派はまさしくその危険な思想で理想を実現しようとしているのです。

  2. iwagoro says:

    >問題は野心的だったり好戦的だったり排斥的だったりと他者との共存を望まない思想なのであって

    指揮官が過去全てを肯定したくなる気持ちは分からないではないし一番シンプルだとは思うんですが、過ちは過ちとして認めて反省し、良かったところはもちろん肯定し、そういう混在した中で気概をもつというのはむずかしいもんなんでしょうかね。