障害は個性か?

2009/01/24(Sat) Clip

向き合って 歌手・今井絵理子さん(25) (下) – 産経新聞

SPEEDのボーカル、今井絵理子さん(25)は重い聴覚障害をもつ長男、礼夢(らいむ)君(4)に言葉を教えるため、ともに口話法や手話を学び始めました。同じ立場にいる母親たちとの交流で「障害は個性。個性を認め合える社会になってほしい」という思いを強くした今井さん。息子の障害を公表し、音楽活動を通して、メッセージを発信し続けています。

障害は個性ではないだろう。障害は、その名の通り「身体の器官が何らかの原因によって十分な機能を果たさないこと。また、そのような状態。」であり、「物事の成立や進行の邪魔をするもの。また、妨げること。」という意味以上でも以下でもないと思う。「障害は個性」だとか、「その子を育てられる親の元に選ばれて生まれてきた」とかはただ美化して目を背けているだけなので止めた方がいいと思う。

個性という言葉は、「個性を伸ばす教育」とか「個性を潰している」という文脈で使われるポジティブなものであって、もし障害が個性だというなら、「耳の聞こえない子供が欲しい」とか「片腕のない子供が欲しい」とか、「肝機能障害のある子供が欲しい」という親がいるはずだけれど、そんな親は聞いたことが無く親の願いは常に「五体満足で健康に生まれてくること」。障害を軽く見ているわけではなく、きちんとネガティブな物だと認識せずに、個性だなんだと美化していると子供本人が不幸だと思う。

障害を持った子供の親は、つらいがまず「害」であることを認め、治療やリハビリで可能な限り正常な状態に戻すか、それが不可能であればその障害が影響しない道を示してあげる事こそがきちんと向き合うことなんじゃないかと思う。仮に自分の子供が障害を持ったら、そうするだろうと思う。そうしてもらって、感謝しているし。

障害を持っていると、それを明かすにしても、隠すにしてもしんどい。明かすと変な奴だと言われるか、障害を持っていてもがんばっていると言う人が大半で(全てではない)、そんな風に言われるのはしんどい。しかし隠すと、なんで誰でも出来る事が出来ないんだと言われたり、見た目が変だと言われ、それはそれでしんどい。綺麗事抜きで、障害を持って生まれて良かったと思っている人なんていないんじゃないだろうか。

障害を持った当人は、「障害があったから、人を思いやる気持ちを持つことが出来た」とか、「障害があったからそれをバネにしてがんばれた」と強制的に自分を肯定することが最善の策ではないかと思う。当人があまりに障害のことを気にしすぎると、今度はその当人を産んだ本当は何の落ち度もない親までが「自分のせいで…」とネガティブなスパイラルに落ちていってしまう。

この方法も目を背けていると言われてしまえばそれまでなのだけれど、僕が今考えつく最善の方法は、可能な限り正常な状態に近づける事を試みた上で、強制的に自分を肯定して障害が障害とならない道を探し、また、肯定しているように周囲に思ってもらう事ではないかと思う。と、読み返してみると、今井絵理子は美化する方向に向かい、僕は無視する方向に向かったというだけで共に現実から目を背けていて、本質的な所は同じではないかというような気がしてきた。


5 Responses

  1. chikura says:

    現実を直視しているし、直視せざるを得ないからこその肯定なのだと思いますよ?。直視していないのは、むしろ当事者以外でしょう。

    子供の障害を肯定するということの「辛さ」は、生んだ母親が一番感じていることだろうと思います。むしろ、生んだ親が「自分のせいで…」と思ってしまうと、子供もそれを敏感に感じ取ってしまうと思うからこそ、親がそれをポジティブに捉えるようにとがんばっているのでしょう。

  2. 何があっても味方になんなきゃね@ぼん says:

    ちょっと遅いけど、親として礼夢(らいむ)君と向き合うことへの決意表明なんでしょうなぁ。「まだ、現実を呑み込めてないけど、何かをしなきゃ」ってとこかな・・

    現実的に考えるのならば「障害は個性。個性を認め合える社会になってほしい」でなく「本人が障害によって没個性にならないチカラを備えさせたい」なんですよ。(冷たいようですが。)
    ただ、「個性」とか、「チャレンジド」(チャレンジャー)って言葉にすることで、親(の気持ち)が楽になって子供に笑顔で接することができるなら、まぁいいかなって思うこともあるな。
    (学生の頃に授業やら何やらで「そう思うことで『やっていける親(家族)』」を多く見かけていたので・・・)

  3. iwagoro says:

    >chikura & ぼん

    ポジティブに捉えられるなら、ありなんですかね。

    この前の田母神氏の論文の件もそうなんですけど、国を守るために過去を全肯定してる感じがしたんですが、まあわからないではないですけど、いいこともしたけど悪いこともしたと冷静にわきまえて国を守る気概をもつようにはならないもんですかね。国=子供、過去=障害と置きかえて。

  4. mizlin says:

    ある説では輪廻転生を繰り返したベテランの魂が、障害を持った体で産まれてきて、いかに苦労の人生を乗り切るかという青写真を描いた上で、自分の意志で障害を持って産まれてくるのだそうです。そう考えると、「個性」なのかなぁ、と僕は思いますけどね。親が五体満足を願うのは、子どもの将来を考えての願い半分で、自分の子育ての青写真が崩れたりしないように、世間体が悪くならないように半分、かとも思います。

  5. iwagoro says:

    んー。そうかなぁ。やっぱり個性だと言われると、「じゃあ僕の個性を喜んで君にあげるよ」と言いたくなっちゃう。

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