写真を撮ること、文章を書くこと。
最近写真を撮っていて文章のブログを書いていないんですが、「写真を撮る」ことと「文章を書く」ことはとても近い事だな感じる。「写真を撮る」時は、対象を選び、フレームを定め、シャッタースピードやフォーカスを調整してシャッターを切る。「文章を書く」時は、テーマを決め、論点を整理し、文章の流れを見ながらキーボードをタイプする。僕の中では「写真を撮る」ことと「文章を書く」ことはとても近い。
とはいえ違う事もあり、それは「感じる」か「考える」かという事。もちろん写真でも取り方をいろいろ「考え」たり、文章でも何を「感じ」たかを表現したりという事は多分にありそれぞれが拮抗するのですが、「写真を撮る」時は「感じる」事が勝り、「文章を書く」時は「考える」事が勝る。僕がこれまで文章で書いてきたことの中には、1枚の写真で全て事足りより伝わる事もあったのかもしれないと思う。
DP2という個性 | SIGMA DP2 : スペシャルコンテンツ
単焦点レンズには、写真の原点に気づかせてくれる効用があります。シグマは、写真を撮る行為とは、あくまで主体的なものであるべきだと考えます。被写体を選び取り、その被写体が最も美しく見える角度を見極め、その角度に最適なフレームを与える。被写体に注ぐ光や影、色に配慮する。これらはすべて写真を撮ることそのものであり、それらを通じて初めて撮影者が被写体と写真に主体的に関われるのだと考えています。
DP2のサイトで単焦点というズームできないレンズの特徴を説明したこの文章を読んだ時は、正直「なんか言い訳がましい。素直に不便ですって書けばいいのに。」と思った。ただ使ってみたら理解した。僕は写真を撮ることは好きだけれど、撮っているとどうしてもその場に参加できないような、カメラを通すと撮影対象に積極的に関われない感じが嫌だったので、知り合いの結婚式とかその場にきちんと関わりたい時はカメラを持って行かないようにしていた。でもDP2ならアリかなと思う。まあ、撮影場所を選ぶカメラだけど。
DP2を買った当初はカメラの技術的なこととか、良い写真とは何だろうかといろいろ考えて自分が撮る写真が凄く納得いかなかったんだけれど、文章と同じだということに気づいてから、若干ブレていようがピントが外れていようが、自分が感じたことを、自分の写真を観た人が同じように感じてさえくれればいいのではないかと思うようになった。それは、技術論より遙かに難しいことなのかもしれないが。