不毛地帯

2010/03/25(Thu) Book



「わしは石油の功績が誰にあるの、何のと云ってぇへん、ただあんたに拾うて貰ったはずの男が、誰の力もかりず、猫の首に鈴をつける役をやってのけたその度胸で、勝負はあったといっとるのや。」

全5巻を3日かけて読了。白い巨塔の2,131ページ、沈まぬ太陽の2,320ページを超える、3,011ページにわたる約30年の物語。今まで読んだ本の中で一番長いかもしれない。シリアスな場面や慟哭する場面はこの前終わったドラマの演出が、各登場人物の気持ちの動きは小説の描写の方がよい。ドラマのまとめ方というかはしょり方にも、納得。

冒頭に引用したのは、近畿商事の社長大門一三が、副社長まで上り詰めた壱岐正から勇退を迫られ悩み、長年のライバルであり戦友でもある既に引退した中京紡績元社長の鬼頭勘助に相談した時に言われた言葉。この言葉が出てくるのは5巻をまだ100ページほど残している所だけれど、この言葉でこの3,000ページを超える物語の幕が下りたように感じた。

モデルとなったと言われる瀬島龍三にも興味がわき、だいぶん前に放送された平成日本のよふけも見た。本人が小説とほぼ同じ内容を自身の経歴として話していた。それを見ていて、小説では感じなかったけれど、不毛地帯は壹岐正という元大本営参謀、平成日本のよふけは瀬島龍三という元大本営参謀という比較的高い地位の人から見た戦争観・歴史観なのだなということを思った。

小説の中で壹岐正は「戦争はしてはならぬ。するからには勝たねばならぬ。」と言い、瀬島龍三は番組の中で「自衛の戦争であった。」という。それはある意味両方正しいと思うけれど、招集された人には招集された人の戦争観があり、夫を戦地に見送った妻には妻としての戦争観があり、それはそれでまた正しく、総合的に一つの戦争観を導き出すことは出来ないし、しても統合の課程で様々なものがそぎ落とされて意味がないし、強引にやろうとすれば負けたという事実だけになるのではないか。しかし一番空しい事は、全く戦争に関わっていない後生の世代が、過去の戦争の意味づけを勝手にしてしまうことなのではないかと感じた。


Leave a Reply