Conductor
2010/09/15(Wed) Diary
美しい曲を奏でるピアニストがいて、心ふるえる歌を歌う歌手がいる。指揮者の振るタクトから音は何も聞こえないが、オーケストラとして一つの曲が聞こえる。もし指揮者のタクトから直接音を響かせることを期待されても、僕はそれは出来ないと答える。
僕はものを作る側として、直接的な表現にはあまりこだわりがない方だと思う。デザインを計画・設計・意匠と細分化して定義するならば、計画・設計という、間接的に意匠に影響する部分にフォーカスしたいと思っているし、自分自身の存在や考えや意志を最終的な表現や表層の中から可能な限り消したいと思っている。
例えば、ものすごく表現にインパクトのあるウェブサイトをつくれた時よりも、汎用的でどのサイトにでもベースとして使われるような普遍的なフォーマットをつくれた時の方に、個人的な喜びを感じる。無意識に使われているくらい、改めて言われなければ分からないぐらいが最高だと思っている。
ディレクターという役回りのとらえ方も、ディレクションというサービスを提供しているという認識でいる。表現が出来ないからそっちに回ったんだろうと言われても全然かまわないし、現にそうだと思う。でも、周りから見れば当然タクトから音は何も聞こえないのだけれど、指揮者自身にはそのタクトから音楽が聞こえているのです。
