天皇論
質問の中にある「皇室」と「伝統」、そして「次世代への引き継ぎ」ということですが、陛下はご即位に当たり、これまでの皇室の伝統的行事及び祭祀とも、昭和天皇の御代のものをほぼ全部お引き継ぎになりました。また、皇室が過去の伝統と共に、「現代」を生きることの大切さを深く思われ、日本各地に住む人々の生活に心を寄せ、人々と共に「今」という時代に丁寧にかかわりつつ、一つの時代を築いてこられたように思います。
伝統と共に生きるということは、時に大変なことでもありますが、伝統があるために、国や社会や家が、どれだけ力強く、豊かになれているかということに気付かされることがあります。一方で型のみで残った伝統が、社会の進展を阻んだり、伝統という名の下で、古い慣習が人々を苦しめていることもあり、この言葉が安易に使われることは好ましく思いません。
また、伝統には表に現れる型と、内に秘められた心の部分とがあり、その二つが共に継承されていることも、片方だけで伝わってきていることもあると思います。WBCで活躍した日本の選手たちは、鎧(よろい)も着ず、切腹したり、ゴザルとか言ってはおられなかったけれど、どの選手も、やはりどこか「さむらい」的で、美しい強さをもって戦っておりました。
陛下のおっしゃるように、伝統の問題は引き継ぐとともに、次世代にゆだねていくものでしょう。私どもの時代の次、またその次の人たちが、それぞれの立場から皇室の伝統にとどまらず、伝統と社会との問題に対し、思いを深めていってくれるよう願っています。
読む前は、皇室はずっと続いていってほしいと思っていて、読んだ後もそれは変わらなかった。個人はもとより、企業や政治家でさえ近視眼的になり右に行ったり左に行ったり自由主義に行ったり保守主義に行ったりと右往左往しがちな日本や世界の中で、唯一変わらない存在が同じ国の中にどっしりと座っているというのは、それだけで価値のあることではないかと僕は思う。
天皇陛下に何かを願うわけではないし、皇室があれば日本が守られるとも何も思わない。逆に何か直接的なことをしてしまうとそれは具体的になるということであって、時代と共に変わることを余儀なくされるので、今のままの間接的な立ち位置で国民から少し離れた距離を保っている方がよいとさえ思う。
変わらない、直接的に何かをするわけではない存在に価値があるのかと言われると僕はあると思っていて、たとえばそれがあることで日本がいまどの立ち位置にいるのかということを諸外国との相対的な位置ではなく皇室を基準とした絶対的な位置で把握することが出来るだけでも、またそれが歴史の中の事実ではなく現存しているものと比較できるということだけをとってしても、価値のあることだと思う。
戦争との関係を考慮してか、学校ではあまり皇室について学ぶことはなかったと思う。皇室に詳しい人も、あまり多くを語らないか平易に語りすぎてよくわからない場合が多い。その配慮は何となくわかるし、週刊誌の題材になるような下世話な話題ばかりも嫌だけれども、もう少し広く日本人が知ってもいいのではないかと思う。その手始めとしてこの本が適切かと言われると、微妙だけれども。









