Archive for the ‘Book’ Category

ゴールデンスランバー

2008/06/08(Sun) Book

ゴールデンスランバー 表紙
ゴールデンスランバー
伊坂 幸太郎 (著)

あいつに爆弾作れるなら、俺はロケット作れるよ。

渋谷のTUTAYAで「書店の店員が一番売りたい本ランキング第1位」というPOPに惹かれて買ってみました。正直可もなく不可もなくというところ。所々おもしろい台詞は出てくるものの、途中ちょっと寝ちゃったりするぐらい展開がだれてしまうところもあるし、複線もそんなに広がらないうちに回収されちゃうし、同じ著者のアヒルと鴨のコインロッカーもそうだったけど、どうもこの著者はなじまないみたいだ。

つれづれなるまゝに、日くらし

2008/06/05(Thu) Book

徒然草を、初めてきちんと通して読んでみた。これまでとある一説とかはちらほら目にしていたんだけれど、そういえばきちんと読んだことないなぁと思い。幸いネットに結構あがっているので、徒然草 (吉田兼好著・吾妻利秋訳)という結構フランクな訳のやつで読んでみた。

なんだか、ブログみたい。誰かがこんな事言ってたよという話もあれば、うわさ話もあり、時々ほほうとうなるものもあれば、意味が分からないのもあり。しかし、日本人って今も昔もこういうつらつらとした文章を綴るのが好きなのですかね。時代のうつろいの中で古ぼけてしまったものもあれば、未だに光り輝いているものもあり。以下個人的に響いたものをフランクな訳とともにいくつか。

徒然草 第三十八段

迷ひの心をもちて名利の要を求むるに、かくの如し。万事は皆非なり。言ふに足らず、願ふに足らず。

(訳)迷える子羊が、名誉、利益をほしがることを考えてみると、だいたいこの程度のことだ。すべてのことは幻であり、話題にすることでもなく、お願いすることでもない。

徒然草 第五十九段

命は人を待つものかは。

(訳)命が人の都合を待ってくれるだろうか?

徒然草 第九十一段

「吉日に悪をなすに、必ず凶なり。悪日に善を行ふに、必ず吉なり」と言へり。吉凶は、人によりて、日によらず。

(訳)たとえば「日柄の良い日に悪いことをすると、ろくな事が起きず、日柄の悪い日に良いことをすれば、きっと良いことが起こる」なんて言ったりするけど、物事の良い悪いは、人の心の問題で、日柄なんて全然関係ないのであった。

徒然草 第百二十七段

改めて益なき事は、改めぬをよしとするなり。

(訳)直してもどうにもならないものは、ぶっ壊した方がよい。

徒然草 第百二十八段

すべて、一切の有情を見て、慈悲の心なからんは、人倫にあらず。

(訳)なんだって、心がある生き物を見て、優しい気持ちになれないとしたら、人間じゃない。

徒然草 第百三十七段

花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは。雨に対ひて月を恋ひ、垂れこめて春の行衛知らぬも、なほ、あはれに情深し。

(訳)さくらの花は満開の時を、月は影のない満月だけを見るものだろうか? 雨に打たれて雲の向こうの月を恋しく思い、カーテンを閉め切って春が終わっていくのを見とどけないとしても、それはまた、ふんわりとした気分になってくるものである。

徒然草 第百五十五段

春暮れて後、夏になり、夏果てて、秋の来るにはあらず。春はやがて夏の気を催し、夏より既に秋は通ひ、秋は即ち寒くなり、十月は小春の天気、草も青くなり、梅も蕾みぬ。

(訳)春が終わると夏がやって来て、夏が終わると春がやって来るのではない。春は早くから夏の空気を作り出し、夏の中には秋の空気が混ざっている。秋はだんだん寒くなり、十月は小春というように暖かく、草も青み出して、梅の花が蕾みだしたりもする。

ジーン・ワルツ

2008/06/02(Mon) Book

ジーン・ワルツ 表紙
ジーン・ワルツ
海堂 尊 (著)

医療は学問ではなく、社会システムです。医学は単なる学問。医学という土台の上に、国民の意思で医療という家を建てるようなもの。そこでは医学の結果と正反対のことが行われることもあります。

私、この子に、十ヶ月生きてきた証に、この世界の光を見せてあげたいんです。

チームバチスタ等を書いた著者が描く生命の誕生にまつわる世界。人工授精、代理母出産、赤ちゃんポストなど命の始まりの深みに入り込んでいく話。バチスタシリーズよりも、著者が小説を書く目的としている医療の現状を知ってほしいという意志が強いように感じる。故に、小説的な面白さはちょっと少ない。その代わり、出産にまつわる現実はよく知る事が出来る。

あくまでも小説の話として感じたところを記しておくと、主人公曾根崎理恵は、ちと踏み込みすぎているように思う。個人的には代理出産とか赤ちゃんポストとか賛成なのだけれど、現実的に可能だからといって何でもしていいわけじゃなくて、僕らは神でも天使でも悪魔でもなく人間なのだから、それらの領域に踏み込むときにはある程度の倫理観みたいなのがいると思うんだけど、この主人公にはちょっと足りていないように思う。

主人公がちょっと道から外れてでも達成したい目的の意義(おそらくは、少しは著者の意志)は分かるけれど、もしそれを真剣に貫くんだったら、子供が生まれ、成長し、その子供がまた子供を持つところまで描いてほしかったなぁと、ちょっと物足りなさを感じる。著者には十分、それを描けるだけの筆力はあると思うのだけど。

一分間だけ

2008/05/24(Sat) Book

一分間だけ 表紙
一分間だけ
原田 マハ (著)

小石や、名もない雑草、蟻んこ、ガム。そんなささやかなものに行き当たるたびに、決まってあの子は立ち止まる。

この世で考えられうる限りもっとも価値のないもの、それにあの子は夢中になるんです。形を認識して、匂いを嗅いで、いつまでも動かない。そんなくだらないものを、いとおしむように。まったく、あきれるくらいに。

でも、あの子がそうしてくれるおかげで、私は空を見上げることが出来るんです。

一人の女性編集者が過ごした、ゴールデンリトリーバーのリラとの物語。処分される寸前での出会いから、同居していた彼が去った後の彼女とリラ二人だけの生活、ガンの告知をうけたリラとの闘病の日々が綴られている。

変に「動物愛護」とかに走るのではなく、ただたんたんと一匹の犬との生活が綴られている。犬と接する人々の描写はとても心地いいものだったけれど、主人公の女性編集者の感情の起伏が単純すぎて、人間が溜まった感情をはき出す時はもっといろいろ積み重なった時じゃないかなぁと若干描写不足な印象。

沈まぬ太陽

2008/05/12(Mon) Book



恩地には、もはや止めようもなかった。管笠をかぶった白衣姿が次第に遠ざかり、鈴の音が消えていくのを見送った。保証金を以てしても、控訴を以てしても、償えるものではなく、自らが死者の霊に近づき、弔い慰めるほかない遺族がいることを悟った。そう思い至ると、恩地は、遠ざかっていくお遍路に、合掌した。

日本航空(JAL)をモデルにした国民航空を舞台に、労使交渉で会社と争った労働組合委員長恩地元がうけた流刑のようなカラチ・テヘラン・ナイロビへの10年の左遷の経緯が描かれる「アフリカ編」、1985年8月12日から始まる日本航空123便墜落事故をモデルにした航空機事故を遺族係となった恩地の視点で描く「御巣鷹山編」、新会長とともに会社の腐敗を正そうとする「会長室編」の大きく3つに分けられる全2,320ページの物語。

フィクションとはいえ、かなりの部分が事実を下にしたストーリーになっている。最初は御巣鷹山以外の部分、たとえば10年もの海外左遷なんてフィクションだろうと思っていたら、モデルとなった小倉寛太郎という人は実際にそんな経験をしている。ただ、小倉寛太郎自身は小説の恩地のように御巣鷹山の遺族係は担当していなかったりする。こういうフィクションとノンフィクションが入り交じる作品なので、当事者である日本航空からしてみれば事故を起こした加害者の腐敗した大企業として描かれ気持ちのいいものではないだろうけれど、2,000ページ超の物語をじっくり読める人間なら純粋にフィクションとして楽しめるのではないかと思う。

労使交渉で会社側を追い詰めた故に左遷される10年を描く「アフリカ編」と恩地元という主人公に、最初はなじめなかった。「労働組合」という価値観そのものが共感の前に理解さえしがたかったし、その極端な要求や落としどころを定めないやり方などが、10年の海外左遷は極端にしてもそら冷遇されるよとさえ思ってしまう。さらに、自分だけならまだしも家族までアフリカに巻き込んでいく恩地のやり方に、そんな腐った会社を辞めて別の所でリスタートすればいいのにと思いつつも、そういう時代だったのかなぁと思ったり、白い巨塔で言うところの里見と財前のような明暗をくっきり描く作家の描写力に引っ張られて読み進めた。

東京航空交通管制部が国民航空123便の異常に気づいたところから始まる「御巣鷹山編」は圧巻の一言で、事故後子供の見つからない片足を探す母親や、なんとか五体満足にしようと何度も遺体安置場に通う妻の下りには涙が出る。遺族係となった恩地の目を通して描かれるそういった遺族の姿を見ていると、アフリカ編では違和感を覚えた恩地といつの間にか気持ちが一つになっているのに気づく。ただ、事故の原因としてボーイング社の圧力隔壁の修理ミスを採用するならば、事故の元凶を会社の腐敗体質と安易に結びつけて悪の会社側とそれを正そうとする主人公という展開に結びつけるのはちょっと安易すぎるかなぁと感じる(あくまでフィクション小説の展開についての話)。

事故後の立て直しと民営化をにらんで送り込まれた新会長と恩地がともに再建を目指す「会長室編」は、白い巨塔と同様、いつの時代も変わらない人間の闇の部分をこれでもかと見せられ、どうしようもない絶望感に陥る。ただ、一部の菩薩的な人は別として、突き詰めたところ大多数の人間は自分のために生きているという本質を描いているように思う。人の上に立つ人ほどそうであってはいけないんだけど、人の上に立つ人にほどそういった誘惑が多くなっていく社会システムのジレンマ。そういった人間の本質を見るに、大なり小なりこういったことは繰り返されてしまうんだろうなと、読了後にぽつりと感じる。

太陽の塔

2008/05/08(Thu) Book

太陽の塔 表紙
太陽の塔
森見 登美彦 (著)

延々と無意味に複雑な文体で書かれていて、妄想好きで自己完結している主人公がどうしても好きになれず途中で放棄。

決断力

2008/05/07(Wed) Book

決断力 表紙
決断力
羽生 善治 (著)

一人で考えるか、それとも何人かの人が集まって知恵を出し合うか、どちらがより有効かは、非常におもしろいテーマだ。私は、基本的には一人で考えなくてはいけないと思っている。

将棋の羽生さんの本。基本的には将棋の話が書かれているんだけれど、より多くの人に読んでもらうためか、その内容はビジネスにも通じますよという形で書かれている。

僕は将棋の話として読んでいったんだけれど、ロジックではなく直感や決断で手筋を考えていくと書かれていたが、それはやっぱりロジックをやり尽くしてそれがベースにあってが故の芸当なんだろうなと思う。決断力の大切さを訴える本ですが、かえってそのベースにはロジックが必要なんだなと感じる。

図解でわかるLinuxのすべて

2008/04/27(Sun) Book, Linux

図解でわかるLinuxのすべて 表紙
図解でわかるLinuxのすべて
コマンド操作&パッケージ管理
西村 めぐみ (著)

なんとか飽きたりせずにLinuxの勉強を続けてます。クライアントOSではないので意識しないとついMac OS Xばかり使ってしまうので、ちょっとファイルを見て回る程度でも1日1回はLinuxを使ってとにかく慣れるようにしています。

前回に引き続き、Apacheなどミドルウェアまわりに行く前にもっとLinuxの基本を理解したいと思い、この本を買いました。一個前に読んだ「図解でわかるLinux環境設定のすべて」と同じ著者の本なので、若干内容がかぶっていますが、同じようにわかりやすいのでこの本で勉強中です。

Linuxの起動プロセスとか、ディレクトリ構造とか、そういう基本的なところを勉強しているので、今まで「黒い画面に白い文字が並んでいる画面」と見えていたものが、一つ一つ意味を持って理解できるようになってきました。これ以上つっこんだ事を覚えるにはLinuxをさわることを仕事にした方が手っ取り早い気もしますが、引き続き興味の赴くままにいじっていこうと思います。

ウェブ時代をゆく

2008/04/25(Fri) Book

ウェブ時代をゆく 表紙
ウェブ時代をゆく
いかに働き、いかに学ぶか
梅田 望夫 (著)

本書には、「社会はこうあるべき」と虚空に向け提案を放り投げるような言説は一切含まれていない。個に「自助の精神」さえあれば追求可能な新しい可能性やその方向性を考え続けた。志向性を拠り所にできさえすれば、仮にこれまでは「自助の精神」を発揮できなかったとしても、これからはできるのではないか。その一点に期待をかけ、それを直接、一人ひとりの読者に伝えたいと思いながら書いた。

ウェブ進化論以来梅田さんの本は多数出ているのですが、その中でも前編書き下ろしでウェブ進化論と対をなすという説明に惹かれて買ってみた。ウェブ進化論が新しい「あちら側」であるネットの世界と「こちら側」である現実社会について解説した本ならば、この本はその世界で可能になってきた新しい働き方を説いた本。

僕はちょっと前まで、梅田望夫という人がよく分からなくなっていた。ウェブ進化論はたしかに大いに勉強になったけれども、それ以降は橋下大阪府知事の言うところの「机上の空論」というか、抽象的なことばかり言ってぼかされているような気がして、なんというかちょっと敬遠していた。もちろん、僕がきちんと彼の文章を読んでいないのかもしれないが。

ところが最近読んだ「おもてなしの経営学」の筆者中島聡さんと梅田さんの対談の中で、梅田さんのしたいことは新しい形の教育だという下記の一文を読んでから納得し、彼が何をしたいのかがよく理解できたので、この本を買った。

福沢諭吉が明治の少し前に慶應義塾を作ったとき、同世代の人たちから見れば彼が何をやっているのかさっぱりわからなかった。今でこそ慶應義塾大学は有名校だけれど、昔はただの私塾だものね。だから僕も、同世代には分からなくても将来的に「あのとき、あいつは新しいことをやっていたんだな」と言われたい。

(中島聡著 おもてなしの経営学 アップルがソニーを超えた理由)

僕が印象に残ったのは、インターネットにより学ぼうと思えばどこまでも学ぶことが出来る個人の知が高速道路化された現代の中で、どうやって「好きを貫いて」生きていくことが出来るかという著者なりの答え。正攻法でそれを扱う大企業に入ってという方法の他に、「けものみち」と表現される総合志向の自由な生き方。

自由とは言いつつも、そこで生きるためには「際限のない好奇心」と「終わりのない学習」といった自立性が強く求められるため、決して自由に好きなことだけしていくといった生やさしいものではない。そして、自分の好きなことは何かと極限まで自分自身に問い詰める作業が必要となる。

その助けとなるのが「ロールモデル思考法」。ロールモデルとは、お手本となる人を見つけてそれを指針にするという最近よく言われている方法だけれど、それを複数の人から共感できる部分だけを参考にするという方法はなるほどと参考になった。

たとえば、イチローのハングリーさ、古田のロジカルな考え方、みのもんたの時間の使い方、みたいに、それぞれの共感できる一部分だけを参考にする。この方法だと確かに参考にする部分を見つけやすく、自分にあった目標=好きなことが見つかりやすい。今後の自分の仕事を考える上でとても参考になり、自分なりのロールモデルを考えてみて、今後が少しすっきりした。

SP

2008/04/23(Wed) Book

SP 表紙
SP
金城 一紀 (著)

ドラマ「SP」のシナリオ本。脚本と平行してかかれているメモ書きを中心に読んだんだけれど、正直そんなにおもしろくなかった。買って失敗。