Archive for the ‘Clip’ Category

元彼女と旅行してきた

2007/09/10(Mon) Clip

いや僕のことじゃなくて。

■元彼女と旅行してきた

帰りの飛行機の中、考えたら駄目なことだが、
「彼女の父親が癌にならなかったら、どうなっていたんだろう。」
と僕は考えていた。

心の傷が反応してしまいました(汗。よく、男は過去を引きずり女は忘れると言われますが。たまにふと、過去に違った選択をしていたら、今という未来はどうなっていたのだろう、と思うときはありますな。まあそんなこと思ってもどうしようもないのですが。

もう元に戻らないものって、やっぱりあるんじゃないでしょうか。

ほぼ日

2007/09/06(Thu) Clip

ほぼ日ロゴ

ほぼ日刊イトイ新聞

最近11時が待ち遠しい。ネットを始めたときはちょくちょく読んでいたけど、最近全く読んでいなかったほぼ日をまた読むようになった。きっかけは任天堂岩田社長との対談をまとめた連載がはじまったからなのだけど、読み始めてから更新される毎日11時が待ち遠しくなった。

デザインもずいぶんかわいくなっていて、昔のような文字だらけの雰囲気もない。肩の力の抜けた、ほんわりとした感じ。今読んでいるのは、岩田社長の連載と、中島みゆきの連載と、ミーちゃんの縁側。

笑いもの

2007/09/05(Wed) Clip

橋下弁護士は「業界の笑いもの」なのか?

母子殺害事件の弁護士は、懲戒請求を行った人たちについて「橋下弁護士にそそのかされ、被害者的な面もある」として、現段階では提訴しない方針だという。ただ橋下弁護士の言動については、「業界内では笑い話になるくらいとんでもない話。しかもブログやテレビの主張もころころ変わって何を思っているのか分からないし、どういった反論が返ってくのか量りかねている」と述べている。

弁護士業界が世間から笑われていますよ。結局業界内のルールで動いていて、世間の基準とずれている事を見事に証明していると思うのだが。

銀行のATMは、本当に止まってはいけないのか?

2007/09/03(Mon) Clip

銀行のATMは、本当に止まってはいけないのか?

タイトルは煽って書いているのでおいとくとして、本題はたぶんここ。

システムの信頼性への過度な期待が、開発・運用コストを押し上げていると浜口氏は指摘する。「同じ航空会社のシステムでも、航空管制システムと、航空券を予約・発券するシステムとでは、求められる信頼性が異なってしかるべき。本当にそこまでコストをかけるべきなのか、システムの種類や用途ごとに、あるべき信頼性のレベルを議論すべきだ」と提案する。

たとえば、「土日はATMが利用できなくなります。その代わり、運用時間が短くなってコストが下がるので、引き出し手数料は月何回でも無料です。」と提示すればもうすこし判断しやすいのでは。しかし、「日本人の要望に応える形で、システムの信頼性は高水準の領域に達している」というのは、システムに限らずサービスにおいても同じで、ものすごい物がありますな。「お客様は神様です」という言葉を、違った意味で実感している今日この頃。神は時に非情で理不尽だ。

人柱

2007/08/30(Thu) *Pickup, Clip

原発がどんなものか知ってほしい

原発は確かに電気を作っています。しかし、私が二〇年間働いて、この目で見たり、この体で経験したことは、原発は働く人を絶対に被曝させなければ動かないものだということです。

ちょっと長い文章ですが、時間を割いて読む価値はあるかと。僕自身は、原発は危険な物だと思うけど、人間が自重するか、それが出来ない場合で尚かつ代替策がないなら「しょうがない」と消去法的に肯定している。人間が未来永劫自重することはあり得ないと思っているので。代替えも、あるのでしょうか?そこは僕はあまり知識がありません。

原発は、どう考えても危険。安全だというなら、東京電力の社長室の隣に、文部科学省の隣に、国会の隣に原発を造ってそれを証明することができるだろうか?彼らは絶対に造る事ができない。そして福井や福島、新潟に造る。(国会の隣に作れば、首都機能移転問題は簡単に解決しそう。)

彼らは、地域振興になっているという。電源立地地域対策交付金や、関連産業・雇用などで、地域が潤っているという。潤っていると言えば聞こえがいいけれど、昨年度の福井県の県税収入1,041億のうち13%の137億が原発関連で、敦賀市職員の人件費53億のうち13%の7億が前述の電源立地地域対策交付金でまかなわれていて、振興の域を超えた、もう亡くす事が出来ない麻薬のようになっているのではないだろうか。(もちろん福井も悪い)。

何がうれしくて、中越地震の時、柏崎は地元が停電しているのに、地元の原発で東京に電気を送ったのだろうか。福井で生まれて、東京で働いていると、なんとも複雑。原発は、現代の人柱なのだろうか。なんだか共食いをしているような心境に陥る。

Re:原発がどんなものか知ってほしい

必要があって今ある。それは確かに自分が生まれる前から自分の知らないうちに造られたものかもしれません。でも当時それらを動かし始めた人たちは少なからず未来の為に、恐らくは当時子供であり、今は大人になった我々の生きる時代の為にと思って原子力発電を始めた部分もあると、私は思います。

そして、現在、実際にそれに支えられている現実がある。

「原発がどんなものか知ってほしい」に対する検証・反論をまとめたページ。この記事の他にも原子力に関するFAQなどかなり知らなかったことを知ることが出来る。原文は挑戦的なので、僕が読んでいても大げさな表現が多い(事実関係の誤りなどはわかりませんでしたが)。そして、結果的に反原発思想によって支えられた文章になっている。「Re」の文章は、ただ反論しているのではなく、理想と現実を見極めて、現状可能な手段で後生にバトンをつないでいこうという意志を持った文章に読めた。

ただ、所々「Re」にも脆弱な部分が見え隠れする。JCO事故の件を、想定していなかった出来事だと定義しているけれど、他の事案と違ってそういうケースが発生した時のリスクが極めて高いと言うこと。麦茶と間違えてそばつゆを飲んだのとは訳が違う。

「アメリカで原子力発電が再開されるように、現実にこの世界を支える為に、まだ原子力は必要なエネルギーだと思います。だから続けるんです。」と「Re」の著者は語る。リスクは高いが唯一の選択肢である原子力というものをきちんと人間の制御下に置き利用しようという意志が強く感じられ、現に僕は彼らに支えられて、彼らの造った原発からの電力でこの文章を書いている。

最初の僕の文章では、そういった現実的視点からの消去法的肯定論者であるということ、そのリスクを福井や福島や柏崎などの地方が偏って負担し、補助金によって抜け出したくても抜け出せなくなっている状況を、釈然としなくても受け入れなくてはいけない、リスクを負っている福井生まれの、そしてその恩恵を受けている東京在住の一人として書たつもり。

僕は数年か数十年後か分からないけれど、福井に帰りたいと思っている。僕は、原発が安全に運用されることを望むし、それを運用している人たちに感謝こそせよ反感は持たないけれど、心のどこかで納得しきってはいないのだ。

NHK プロフェッショナル 仕事の流儀 – 美濃邉惠一

2007/08/25(Sat) *Pickup, Clip

美濃邉惠一

NHK プロフェッショナル 仕事の流儀 – 美濃邉惠一

「建物の守り神」として屋根に鎮座する鬼瓦を作る美濃部さんを取り上げた回。

魂を込めた物作りをするために一番大切なことは何かという茂木健一郎の問いに、美濃部さんは集中して、自分の性格や私(わたくし)を殺して無の状態で作ることだと答える。たしかに、よく言われることだ。

それに対して住吉美紀アナウンサーが、「みんな私(わたくし)が生きた証を残そう残そうとして生きている。その中で私(わたくし)を消して仕事をしていくと、美濃部さんという私(わたくし)には最後何が残るんですか?」と問う。

美濃部さんはそれに、「瓦という文化を残していったなという気持ちやね。」と答える。聞いていて背筋がふるえた感じだ。おそらく多くの人は、住吉アナウンサーが言うように、自分が生きた証を残そうと、自分を起点に考え生きている。美濃部さんはそれと真逆で、自分を殺し、文化を残す。でも対局で考えてみると、その方が長い歳月文化として残り、次の世代に受け継がれ、延々と残っていく。

古いから、悪いのではない。新しいから、いいものでもない。古くてもすばらしいものもあれば、新しくても陳腐なものもある。美濃部さんの仕事を見てしまうと自分の仕事がなんてちっぽけなものかと思ってしまう。

飲酒運転

2007/08/24(Fri) Clip

福岡市職員また飲酒運転、バイクで乗用車に衝突 – 読売新聞

23日午後9時20分ごろ、福岡市早良区昭代の市道交差点で、同区入部(いるべ)出張所市民係の糸川琢磨(たくま)職員(42)(福岡市早良区原)の原付きバイクが、同市早良区の会社員男性(55)の乗用車右側面に衝突した。

(中略)

同市では昨年8月25日、市職員の飲酒追突事故で幼い子ども3人の命が奪われた。24日午後には事故1年に合わせ、市職員を集めた飲酒運転撲滅大会を予定しており、吉田宏・福岡市長は同日午前、謝罪の記者会見を行った。

吉田市長は市役所で行った会見で、机に手をついて「申し訳ございません」と深々と頭を下げた。「飲酒運転撲滅に組織を上げて取り組んできたが、この1年間何だったのかと言わざるを得ない。痛恨の極みの事故だ」と語り、糸川職員を厳正に処分するとした。

去年は、3人死亡のニュースなんてまるで他人事でさらっと読み流していましたが、今こういうニュースを見ると心臓が震えてしまう自分がいます。こんな事しても誰一人幸せにはなりません。いろいろ思うところはありますが、まとまりそうもないので、下記サイトの一文を引用しておくことにします。

変わり果てた彼女の姿を見ても、まだ飲酒運転が出来ますか?

交通事故はどれだけ注意してもなくせないかも知れないが、飲酒運転は注意すればなくすことができる。

自分が生きるために。

2007/08/04(Sat) *Pickup, Clip

たかじんのそこまで言って委員会(2006年06月25日放送より)

光市母子殺害事件被告への死刑求刑について、賛成派の死刑を求刑しない場合被害者感情をどうするのか、死刑を認めないなら仇討ちを認めろという問いに対し、反対派の仇討ちを認めると復讐の連鎖になってしまうという文脈の中で。

宮崎哲弥「復讐の連鎖っていうけど、被害者の遺族って言うのは、復讐心じゃないんです。私は本村さん(光市母子殺害事件被害者)からその話は聞きましたけど、何で君をここまで駆り立てているんだと。これはね、自分が有罪だという意識なんだと。つまり、何で妻や子供をあの場所にいて守れなかったんだろうと。」

田嶋陽子「じゃあ何で自分の有罪意識だとして、相手を殺していいの?」

宮崎哲弥「それは購わなきゃいけないんだよ。そうしなければね、本村洋自身が生きていけないんだよ。」

テキストに起こすと伝わらないので、一度動画を見てもらいたいのですが。

人間には、人権という人間自身が己の思考の中で作り上げた権利があると仮定する。仮にそれを手っ取り早く世界人権宣言から持ってくると「何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは屈辱的な取扱若しくは刑罰を受けることはない。」という事になる。

確かにその通りだと思う。人には人の命を殺める権利などないと思う。そうだとするならば、汲み取るべき事情がある承諾殺人(人の承諾を得てその人を殺害する=介護疲れによる息子による親の殺害)など一部を除いて、人が人の命を殺めた場合、その人はその時点で人権を行使する権利がないのではないか。

ものを盗んだ場合、そのものか相当するお金でもって償う。そして、抑止の意味も含めて金銭以外の懲役などの罰をもって購わせる。はたして、自分たちが声高らかに主張するもっとも高貴な価値観である人権を侵害された場合、何をもってすれば償いになるのだろうか。それは、その人自身の人権ではないのだろうか。(もちろん、原因の究明は必ず必要という前提で。)

祖父は、天寿を全うしたわけではありませんでした。その時の、怒りでも、恨みでも、悲しみでもない、あえて表現するならば空しさとでもいうべきもの。(なるほど、だからこそ仏教では空という表現を使うのかもしれませんね。)それは、相手方への怒りではない。向こうもしたくてしたのではないだろうし、向こうにも家族や生活があるのだろうし、多少なりとも今まで通りの生活とは行かないのだろうし。本当に、空としか表現できない感情。それが殺人であった場合は、計り知れない。ましてや、若い命であればあるほど。

だからこそ、「そうしなければね、本村洋自身が生きていけないんだよ。」という言葉が僕を揺さぶる。

本の虫

2007/06/27(Wed) Clip

404 Blog Not Found:怠翻 – 読書を一生の習慣にするための14の心がけ

気になる話題なので少し。

1.Set times – 時間割りに読書を設定する。
僕の場合本を細切れに読むと全然理解できないので、土日にまとめて読むようにしています。特に全5巻とかの本は、朝から気合いを入れて一気に読んで夜ぐったりとか多々。

3.Make a list – リストを用意しよう
他の人のブログで紹介されていたり、ランキング上位に出ていた本はとりあえずAmazonのウイッシュリストに。その場では買わず、ちょっと間をおいてからいらない物を外して買います。いっぱい本を買ったせいか、つまらない本に引っかかる確率が減ってきました。

5.Reduce television/Internet – TVとネットは控えよう
たぶん僕が本をいろいろ読むようになった一番の理由は、テレビを置かなくなったから。なくて困ることは何もないし、話題のドラマは後でDVDになるし、おもしろい番組はYouTubeに上がるから、最低限は押さえられる。

12.blog it – 読書の結果をblogしよう
まさにこのブログ。読書録をつけるようにすると、まとめるためにもう一度さーっと本を読み返すことになるので、記憶に残りやすい。これで書評からアフィリエイトの売上げがあって本代をカバーできればいうことないのですが。

「東京タワー」の彼女

2007/05/29(Tue) Clip

放送されてから約10年、番組中書いていた「10年後の紀子さんへ」の手紙が着く頃となった。

小説「東京タワー」の彼女は加藤紀子と言われている。リリー・フランキーとの交際は平成12年3月24日発売のフライデーに掲載された。その約1ヶ月後に加藤紀子は自費でフランスに留学。3ヶ月後一時帰国の際に結婚願望と相手との仲がギクシャクしだしている事を、あるフリーペーパーに書いている。

また小説ではリリー・フランキーは翌年の正月ロンドンに行き、帰国後「おかん」の入院時、唐突にすでに別れてしまっているおかんと仲の良い「彼女」の事が出て来る。そして4月「おかん」亡くなる。加藤紀子の本人の希望していなかった2年目の留学は、事務所の社長命令で、費用は事務所から出ていたと言われている。

人が物語を紡ぐのは、自分たちの人生と過去を、変えたいと願うからかもしれない。

東京タワー 表紙
東京タワー
オカンとボクと、時々、オトン
リリー・フランキー (著)

東京タワー ジャケット
東京タワー
オカンとボクと、時々、オトン
出演: 田中裕子, 大泉洋