Archive for the ‘Diary’ Category

はらへったー。

2003/08/23(Sat) Diary

あああああああああああああああああああああああああああああああ

三日月

2003/08/22(Fri) Diary

ほんとに月だってば。

その日のうちに1記事書こうともくろんだのに日付をまたぐ。早くもだんだん理想と違ってくる。しゃーない。

写真じゃ何か分からない白いドットになってるけど、三日月。何が三日なのかと思ったら、陰暦(太陰暦)の月の三日目に出る月と言う意味と、陰暦八月三日の月だから三日月という。もちろん、その日前後の細長い弓形の月のことも、三日月。月は太陽の光を反射して光っているので、太陽、地球、月の位置関係によって見え方が違い、月の満ち欠けがおこる。

月の海と呼ばれるクレーターはなぜか月の表側(地球に向いた方)に集中していて、裏側にはほとんどない。地球から何か飛んでってぶつかったのかな。詳しく知らないので謎。

ちなみに関係ないけど佐賀県には三日月町という町があり、当然だけど町役場もある。「三日月町役場」なんて、月の都にトリップしたみたいてちと素敵。

[関連サイト]
もういちど月へ RETURN TO THE MOON
(まだトップページか見てないけど、よさげなので。)

米山

2003/08/20(Wed) Diary

米山のはず…?

暑いんだけど、空がきれいな水色なのと、それのせいで雲が白く映えておいしそう(謎)なのと、磯の香りと風で、暑いのもヨシという気持ちになる。

過去数回、どこか新しい土地に行ってその土地の紹介を受けるときは、必ず地元の山の紹介をされる。柏崎なら米山だし、富山県福光町では医王山(いおうぜん)、屋久島はモッチョム岳など。

米山には、米山大橋という大きくて真っ赤な橋があって、電車で柏崎に行くとその橋の下の方を通るのでいつも上を見上げながら見た覚えがある。ちょっと離れた所には白い風力発電用の風車もある。青い海、白い風車、赤い米山大橋と、柏崎には色鮮やかな物が多い気がする。そのうち一個一個について、また調べて書いてみたい。(米山に関する情報はちょっと少なかった。)

これを読んでくれていて、顔つき合わせても合う人に、「文章固い」といわれる。本人的には「蝉」とか「雨」とか小さい自然の小ネタについて思う事と調べた事を書きためていって最終的に「自然の事典」ぽいのが出来たら良いなと思って書いているのだけど、その人曰く「そういう物はそういう考えを持たずその時の思いでとりあえず作っていって、結果的にそうなるもんだ」といわれて、ちょっとなるほどと思う。うーんでもとりあえず今の方針でいってみる。

屋久島の木

2003/08/19(Tue) Diary

木立

はやくもネタが尽きる。

テレビの事、Webの事、思いついたアイデアなど、書きたい事はいろいろあるのだけど、『【いわごろ歳時記】いわごろが見つけた四季折々の?』と謳ってあるので、内容から外れてしまう。方向性無く書くとただの日記になってコンテンツじゃなくなってしまうので絶対辞めようと最初に決めたが、早くも限界に。で、苦し紛れに回想ネタでつなぐ。

中庭に立つ木立を見ていて、2年前に行った屋久島を思い出す。そのときは5月でまだ少し寒かったのに、あまりの海の青さに服を着たまま飛び込んで泳いだ覚えがある。浜に不思議な凹凸があると思って掘ってみたらウミガメの卵が出てきたり、山道を通っていたら猿が出てきたり、普段感じない事を感じて、今、なにかきつい事があった時の精神的な支えになってるように思う。

一番印象に残っているのは木がものすごく濃かった事。木の葉一枚一枚の色だったり、木の臭いだったり、集合体として森になったときの隙間のない木々の密集だったり、いろんなところが濃かった。古い木や大きい木は屋久島じゃなくても見るけど、木が濃いとかんじるのは今のところの数少ない経験では屋久島だけだと思う。

屋久島で買ったイルカをかたどった木の携帯ストラップを、翌年の冬になくしてしまった。だいぶ荒く使ったのか、気付いたらストラップの紐が途中で擦り切れ、その先に付いていたイルカごといなくなってしまった。

2003/08/18(Mon) Diary

傘立て

夜がふけるほどに、雨音が強くなり続けた。その音で夜中何度も目が覚めるが、空が白み始めたのを境に雨足は弱まり、仕事に出かける時間には小雨になっていた。

雨に関する言葉には様々な物があり、秋雨(あきさめ:秋に降る冷たい感じの雨)、村雨(むらさめ:ざあっと降ってすぐやむむらのある雨)、雨の糸(あめのいと:節をなして降る雨を糸に見立て)といった純粋に雨の種類を表した物から、なみだ雨(なみだあめ:ほんのわずかに降るまたは深い悲しみのため涙となったかのように降る雨)、遣らずの雨(やらずのあめ:恋人客を帰さないためかと思われるように降る雨)、和雨(わう:人と作物によい雨)といった人の心を汲んだ表現もある。

太平記には、雨師(うし)という雨を司る神が登場する。人間は雨を止ます事は出来ないけど、涙雨を和雨に変える事は出来る気がする。

今日、大分に住む知り合いの女の人が、来春から2年間海外に住むという話しを聞く。2年前にも、同じような年頃の女の人が海外に旅立つ事があった。20代後半になると、何かを感じるようになるんだろうか?そして今回もまた、僕は残る側に立つ。

セミとり

2003/08/17(Sun) Diary

油蝉

裏山のお寺の境内にとまっていた油蝉(アブラゼミ)を捕まえる。日本で一番よく見かける蝉だけど、羽に色が付いている蝉は世界的に珍しくて貴重な種。価値基準が変わればそこら辺にいる虫も結構高く売れるのかも。

止まっている時も鳴かず、捕まえてもまだ鳴かず、放したらようやく鳴いて逃げていった。小さい体のくせにいきなり大きな音で鳴くので調べてみると、鳴くときはおなかの筋肉を伸び縮みさせ、それにつながる膜を上下させて音を出す。でもこれではまだ音が小さくて、空洞になっているお腹を使って拡張して響かせている。バイオリンとかと同じしくみらしい。

言われてみれば、昔昆虫採集して標本にするエキスを注射したとき、中がスッカラカンだったのを思い出す。今思えばかなり残酷な事やってたようにおもうけど、そんな標本キットを子どもに売る方も売る方だ(メスとかの解剖道具も付いてた)。

鳴き声が油物を上げている音に似ているから、というものと羽が油紙みたく油が染みているようにみえるからという二つの名前の由来の説がある。ということは、日本人が油蝉という名前を付けたのは油物を揚げるような生活になってからなんだろか?でもその前から日本にいるよな…。謎。