Archive for the ‘Diary’ Category

Bookカテゴリが200エントリ突破。

2008/07/01(Tue) *Pickup, Diary

気づけば、Bookカテゴリのエントリが200本になりました。ぼちぼちとでも続けば結構な量になるもんですね。最初のエントリは「なぜマネジメントが壁に突き当たるのか」。まったく20才のぶんざいで何て本を読んでたんでしょうか(恥)。2003年からの約5年で200本なので、1年あたりだいたい40冊程度読んだことになる。割り算すると1ヶ月3冊ということなので、だいたい2週間に1冊というペース。まあ、実際は読む時期と読まない時期の落差は大きいのですが。

これだけ読み続けられたのは、ひとえにこのブログのおかげだと思う。読み終わってから一度その内容を振り返り、印象に残った一節を引用し、自分の感じたところを書き記す。時々自分の意見についてのみんなからの感想がもらえる。アウトプットが設定されていないインプットに意味はないと誰かが言っていましたが、このブログに書き記すというアウトプットがあるから続いているような気がします。

200冊を読んだことで、自分に何か変化があったのだろうかと振り返ってみると、一つはいろんな人の人生や考え方を疑似体験できたことで、それらのうち印象に残ったいくつかが自分の考え方や生き方に影響を与えているという事ではないかと思う。僕は、過去の考えや選択が今この瞬間の選択をするときに与える影響が強い方だと思うので、どうしても見えている範囲がちいさくなりがち。そんな時に、自分では普通しないであろう考え方や行動をしている登場人物たちを見ることで、その選択の振り幅が少し自由度を増しているように思う。

僕は、本を読むときはその世界に入り込んで一気に読んでしまう方です。読んでいるうちにいつの間にか主人公と同化し、同じように楽しみ、悩み、感動し、傷つき、ひとつづつ物語を進んで終わりに到達する。そういうプロセスをいくつもいくつも経験することで、自分の中で感じる感情や表現する言葉が少しでも増えていたらいいなぁと、後付けですが思います。

あ、それからハズレ本にあたる確率が減ったかな。でも、最近客観的に読み過ぎている気もする。感動や物語の展開になれてしまっている気がするのが少し心配。5年で200冊、男の平均寿命は79らしいので残りの人生54年とすると、このペースで読んでいくとこの後死ぬまでに2,160冊ほど読める計算になる。まだまだ10分の一、もっといろいろ読んでみたい。

言葉

2008/06/23(Mon) Diary

言葉って、大切だよなぁと思うのです。「思いは言葉になり、言葉は行動になり、行動は習慣となる。習慣は人格となり、人格は人生になる。」とは僕の好きな言葉の一つですが、その始まりの部分「思いは言葉になり」というのは、始まりのカオスな状態であるが故に、双方に影響していると思うのです。「思いは言葉になる」けれど、「言葉が思いになる」こともあると思うのです。カオスであるが故に、無意識に。

なにも、綺麗な言葉だけを見聞きしなさいなんて事は思っていなくて、綺麗でない言葉を知っていることは、綺麗でない面も見ることは経験として大切だと思う。ただ、それを自分の口から、自分の指から紡がないようにしておければいいのだと思う。

ネットの中にはそれこそ「きたない言葉」がたくさんあって、僕も日々それを見たりしているけれど、このブログではあまり書いていないと思う。ネガティブな事はたくさん書いているけれど、きたない言葉は使わず、綺麗とは言わないまでも最低限平坦な言葉で書くように気をつけているつもり。口から出る方は、ダメダメなのですが。。。

「死ねばいいのに」とか「キモイ」とか、指をカタカタと動かせばいくらでも書くことは出来るのですが、普段からそういう言葉を使ってしまうと、自分が何かを見聞きした時に、自然と自分の中から生まれてくる感情を言葉にするときの選択肢として、それらの言葉が出てきてしまうと思うのです。

小説や人から聞いた言葉で自分の物事の表現を増やしていくことと同じくらい、きたない言葉を自分のよく使うところに置いておかないことも大切なのではないかと思う。それによって相手を無意味に傷つけないというコミュニケーション的な意味合いもあると思うのですが、なによりも自分が汚れないように。

そして、言葉は思いと結びついてこそ意味のある、魂のこもったものになるのだと実感をもって感じた。言葉はとてもなめらかで綺麗なのだけれど、思いが、魂がこもっていないことをすらすらという人と出会って、その言葉が全く自分の中に入ってこなかったという事があって、それを実感した。

誰でも発することが出来るからこそ。誰でも記すことが出来るからこそ。

海の中のイノシシ

2008/06/19(Thu) Diary

会社全体の業績が良かったり気の合う人たちがいるということと、自分が実際に手を動かす仕事が興味のないことだったりやりがいのない事だということは、全く補完しあわないものなのだなぁと今頃気づいた。どうも僕はごっちゃにしていた。

環境がいいのでなんとなく続いてはいるけれど、自分に無理をさせていたらそれはそれでしんどいものだなと。「環境がよくて自分がしんどい」状態の方が、「自分はよくて環境が悪い」状態よりは負荷が軽いと思っていたんだけれど、どうも違うようだ。それは、環境のせいだけでも、自分のせいだけでもなく、「関係」がうまくいかなかった、ということ。

どんなにいい環境だとしても、組織の需要と自分の希望があまりにも違うのならば、それは別の居場所を探した方が組織にとっても自分にとっても、お互いいいことなのではないかと思ったり。視野が狭くなっているのは承知の上で。

海の中の世界がどんなに綺麗で楽しいものだとしても、イノシシがその中にいたら死んでしまうわけで。去年の自分と今の自分があまりにも違いすぎてどうしようもないので、早く海を泳いで島を探した方がいいのかもしれない。と、やっぱり文字にすると考えがまとまるもんだ。

メタルギア・ソリッド 4 ガンズ・オブ・ザ・パトリオット

2008/06/13(Fri) Diary

メタルギア ソリッド 4 ガンズ・オブ・ザ・パトリオット ジャケット
メタルギア ソリッド 4 ガンズ・オブ・ザ・パトリオット

遂に発売になりましたね。ニコニコ動画でMGS3の実況プレイを見たらおもしろくて最後まで見てしまって以来、発売が気になっていました。とはいえ、僕はプレステ3もなければそもそもテレビもないので、早速続々アップされているニコニコ動画で実況プレイをチェック。

最初はすげーリアルだと思いましたが、ずっと見ていると不思議となれてしまうもので。ストーリーも前作、前々作を把握していることが前提なのでちょっとついて行きづらい感も。一瞬iPhoneやめてプレステごとMGS4買おうかと思ったりしたのですが、プレイ動画で十分おなかいっぱいでした。

綺麗なお姉さんから電話がかかってきた件。

2008/06/11(Wed) Diary

こんな僕ですが、たまに綺麗なお姉さんから電話をもらうことがあります。最初は僕も若いですから「おおっ、デートのお誘いか?」とドキドキしたものですが、電話の内容は「パソコンが壊れたから直して」という内容であることが100%なものですから、さすがに耐性がついてきたのでありました。

そんなにパソコン詳しくないんですけど、詳しく「見える」らしく。回りくどい書き方になりましたが、このエントリの主題は、なんだかんだ言って綺麗なお姉さんからの電話は歓迎ですというお話です。何か発展するかも!(前向き)

そろそろ実戦で…

2008/06/09(Mon) Diary

気が早いのは承知の上ですが、そろそろ実際にサービスを稼働しているサーバをさわりたくなってきた。結局の所サーバだけ作ってもただの箱なので、その中で何かが動いて初めてトラブルやメンテナンスやら改良やらをやる必要が出てくるわけで。

このブログを自分のサーバで動かしてみると一番いいのですが、1台丸ごと借り切りのレンタルサーバプランにすると月に7,000円かかってしまい、今は月500円で済んでいるのでコストアップが大きすぎるなーと躊躇。サーバ関係を仕事にしたいけど、なんかいい方法はないもんか。

匿名のおもしろさ。

2008/06/09(Mon) Diary

最近はてな匿名ダイアリーという匿名で誰でも書き込めるブログにちょこちょこ投稿しています。A4で5枚くらいの長文を書いたのに誰も反応してくれなかったけど、3行だけ書いたらだだーっと反応が来たりして、リアクションというのははなかなか読めないもんです。

明確に区分けしているわけではないですが、書き手が自分であると示す必要がなくて、リアクションを求める方が目的の時には匿名ダイアリーで書いてます。たとえば、どこそこに遊びに行ったという話は僕が行った話で記録的な意味合いがあるのでこのブログに書いてますが、自分が感じたことが世間とどれぐらいギャップがあるのか・ないのかを知りたいときは匿名ダイアリーに書くという感じです。

これまでネット上でなんかするときってほぼ実名(orリアルとは結びつかないけど固定ハンドル)でやってたんだけど、匿名で書くことによって、書き手と発言内容が完全に分離されてフラットになるので、議論の内容だけに集中できてこれはこれでおもしろいなと思った。

こんな恋のはなし

2008/05/28(Wed) Diary

朝、家を出て駅まで歩いていると、ときどき一人の女性とすれ違う。家の近くの歯科医院に勤めているらしく、まあ僕の思考パターンからしてお察しの通り20代後半で、すらっとしたおとなしい感じの人で、この写真の西田尚美に似てると思うのですが、こちらも僕の似てるはたいてい似てないのでその辺ご考慮ください。

用もないけど歯石の除去とか適当に理由つけてその歯医者に行こうかなぁなどと高校生みたいなことを考えたりしたのですが、行って違う人だったら嫌だなぁとか、逆にその人に当たっても綺麗でもない口を見られてもなぁとか、これまた高校生みたいな事を考えたり。

仮にどうにかなったとしても、その後の諸々のプロセスを踏んでいくのはめんどくさいなぁとこちらは枯れたおっさんみたいなことを考えてみたりする今日この頃です。と、たまには普通の事を書いてみるテスト。あ、そういえば僕が29歳になったときにお互い結婚してなかったらつきあいましょう、というこれまでこの国で何百回交わされたか分からない履行率の低そうな約束をした人がいるのですが、あの約束は生きているのであろうか。

徒然草

2008/05/26(Mon) Diary

人の終焉の有様のいみじかりし事など、人の語るを聞くに、たゞ、静かにして乱れずと言はば心にくかるべきを、愚かなる人は、あやしく、異なる相を語りつけ、言ひし言葉も振舞も、己れが好む方に誉めなすこそ、その人の日来の本意にもあらずやと覚ゆれ。

この大事は、権化の人も定むべからず。博学の士も測るべからず。己れ違ふ所なくは、人の見聞くにはよるべからず。

(徒然草 第143段)

今日一日は、女性アナウンサーの自殺で持ちきりだった感がしました。僕自身はテレビでちょっと見たことがあってかわいい人だなぁという程度の印象しか持っていなかったので、びっくりはしたけれど身内の永眠時に感じたときのような空しさほどではないという程度でした。

ジャーナリストでもないのでその原因を邪推しようとは思わないですが、とても印象的だったものが一つ。そのアナウンサーが自殺の二日前、最後に出演した生放送番組がネットに上がっていました。その番組の中では今からすれば皮肉な事に富士の樹海で自殺志願者を取材する特集のVTRが流され、スタジオのゲストがいろいろとコメントしていました。

「本当に死にたい人はいない。自暴自棄になっているだけ。」「格差が生んだ」「誰かと話すと気持ちが楽になる」「上手に自分の気持ちを吐露し人から力をもらおう」「弱音を吐けない人はつらい」「どこかにサインが出るからまわりの人が気づいてあげよう」と何人かがコメントをした後に映ったその司会の女性アナウンサーの顔は、いつもの彼女の顔でした。

実際の所その時点で心を決めていたのかこの収録の後に何かがあったのかそれは分かりませんが、投げかけられた言葉のなんと無力なこと。「どこかにサインが出るからまわりの人が気づいてあげよう」と言われても、それを言っているコメンテーターさえも気づかないほど穏やかな彼女の笑顔は、もう亡くなってしまった今の時点で見ても、それが死を決意した人の顔であったと気づけるだろうかと思います。

アナウンサーのブログでのエントリはたしかに異様なものですが、まわりの人がそれを読んで気にして声をかけたとしても、その笑顔で「大丈夫」と返されたらそれ以上何もしようがないように思います。自殺を予防する活動もいろいろありますが、今回のことを見ていると本当に自分の中で決めてしまった人にはどうしようもないのではないかと、それこそ亡くなった人はどんな事をしても生き返らないのと同じように、周りの人間にはどうしようもないのではないかと思ってしまいます。

夏ですな。

2008/05/26(Mon) Diary

思うところはいろいろあるのですが、うまく言葉にまとまらないのと、ここに書く話でもないなぁというので、なかなかテキストにならず。本を読んでも集中力続かなくて本の世界に入れなかったり、なんとなく宙ぶらりんな感じです。まぁ、そのうち落ち着いてくるのではと思ってはいるのですが。