Archive for the ‘Diary’ Category

性善説か、性悪説か。

2007/12/25(Tue) Diary

誤解されやすいのでおさらい。

■性善説
× 人は本質として善だから、基本的に悪を行わない。
○ 人は本質として善だけど、放っておけば悪を行うようになってしまう。

■性悪説
× 人は本質として悪だから、放っておくと悪を行う。
○ 人は本質として悪だけど、学問によって善になることが出来る。

なんか性善説も性悪説も、同じ事言ってる気がする。個人的には、自分自身の意志において行く末を左右できる(気になれる)性悪説の方が、やりがいがあるように感じる。だめな人間だけどがんばります、みたいな。このブログでもたまに書いてるけど、人間て素の状態で普通にいろいろ悪いこと出来るんだけど、「出来るんだけどやらない」、自分の意志で自分を制御する所に、人間が人間たる価値があるように思う。とはいえ、その状態にたどり着いたらたどり着いたで坊さんみたいな人間になってしまうんだろうな。僕は世俗の存在のようです。

iwalog 2007年の振り返り

2007/12/25(Tue) Diary

そろそろ今年も終わるので、iwalogの振り返りなど。今年1年で232本(2日に1本ペース)の記事を書いたのですが、その中から主要カテゴリ毎にいくつかを選んでみた。

■Book(64件)
今年読んだのは64冊。年間でならすとだいたい1週間に1冊ペースですが、4?9月に集中していて年明けと10月以降はほとんど読んでおらず。身になったものもあればそうでないものもあり。全体的に小説が多く、「すべてがFになる」と「赤朽葉家の伝説」に出会えたのは大きかった。とはいえ、影響を受けたものはノンフィクションのものが多かった。

・01月14日 すべてがFになる
・06月10日 現代語訳 般若心経
・06月23日 僕はパパを殺すことに決めた
・06月28日 赤朽葉家の伝説
・09月02日 隠された風景

■Clip(51件)
結構Clipしてると思ってたけど、Bookより少なかった。要は時事ネタ批評コーナーなのですが、コメントをもらう数が一番多いのはこのカテゴリかも。小さい頃はなんで大人って新聞とか読むんだろうと思ってましたが、いつの間にか毎日主要5紙のサイトを巡回するようになってしまいました。

・08月30日 人柱
・09月17日 匿名の批判
・09月19日 安倍さんよりも悪い人
・11月12日 赤ちゃんポスト
・12月12日 好きを貫く人をつくる人。

■Diary(61件)
公私ともにいろいろあった1年。1年の間に事業の立ち上げと終了を経験することは、なかなかないかも。「たまには書評以外のことを。」で自分が書いていることを、忘れないように(いいこと書いてる)。

・01月19日 たまには書評以外のことを。
・06月09日 菊の花の中で
・09月14日 それは首相の辞任のようで。
・09月24日 打ち上げ花火を左右から見た僕と彼女の関係。
・11月14日 105年の人生の終わり

■IT(29件)
nanacoとかtwitterとか、もう全然使ってないな。。。nanacoはためたポイントのExitがしにくい。毎日使うのが数百円とかの少額なので、ポイントも全然たまらない。ポイントをためるメリットより、チャージしたお金がセブンイレブンでしか使えなくなるデメリットが大きいからかな。SUICAは使ってる。

・04月16日 twitterはじめました。
・04月23日 nanaco
・07月10日 W52SH
・10月17日 外付け500GBHDDを買った。
・11月05日 iPod touch

■Movie(13件)
とりあえず、ヱヴァの新作と序のDVDが待ち遠しいです。

・05月12日 ゆれる
・09月25日 ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序

思うに、書きたいときにばーっと書いて、それ以外の時は細々と、というペースが僕にはあっているようです。翌日にはもう忘れていそうな一瞬の感情も結構書き留めていて、後から振り返るといい教訓になったりするので、来年もこんな調子でやっていこうかと思います。来年もご愛読よろしくです :-) > 読んでくれているみなさま。

#ふと、このブログを読んでくれている人の中で、僕と面識のない人ってどれくらいいるんだろう、と思う。検索から飛んできて一瞬だけ見る人は置いておいて、RSS購読してる人だとほとんどいなそう。

縁を感じる出来事。

2007/12/21(Fri) Diary

仕事場の忘年会の帰り、家が近いからとタクシーに乗り合わせた職場では僕の後ろの後ろに座っている人と話していたら、その人が新潟の、それも柏崎の人だった。さらに、僕がいつも作業をしていた所で働いていたとか。どうやら時期も同じらしい?

○ASIXとか、G○Sの○山さんとか、金○さんとか、○ニ○ックとか、話が繋がる繋がる。さらに「市役所のサイトってすごいんですよ」と向こうから言ってもらえて、自分たちがディレクションしたと言い出すのが少し恥ずかしくなるくらいうれしかった。

さらに、もう一人柏崎の人がいるらしい。そして僕の左隣に座っている人も、お父さんの実家が柏崎らしい。あと付けといわれればそれまでだけど、その人達は柏崎と知る前から、なんだか心地いい空気を持っている人だと感じていた。そういえば、僕が退職した後だけど、僕の前職の会社の社長と一緒に講演をした事がある人も、僕の斜め前の席に座っている。

ただの偶然かもしれないけど、それを縁ってあるんだなと思える人間という生き物は、なんだか素敵な生き物だなと思ってしまった。過去は今に繋がっている。という事は、今も未来に繋がっているはず。未来で後悔しないように、きちんと打ち込める仕事を見つけないといけないなと、ちょっとだけ思った。いろいろ複雑な思いが交錯したこの年でさえ、あと10日で終わってしまうのだから。

もろもろ雑記

2007/12/11(Tue) Diary

いろいろ書きたい事はあるんだけれど、なんだかまとまらないので、もやもやしたまま最近思っている事を全部書き出してみる。

・今日もページをたくさんつくって疲れたので、BINDはお休み。どうやら解説ページと使っているものとのバージョンが違う気がしてきたので、明日はそれを注意してみてみよう。あとホストからHTTPが繋がらない件はファイヤーウォールをチェックしてみる、という明日の自分への伝言。

・よく分析とかする時には、客観的にデータを分析して相関関係とか予測をたてたりすると思うのですが、必ずしもそれは当たらないわけです。特にマーケティング的な事において。なんでなのかなーと思っていたら、ふとそれらの調査対象はそれぞれが主観を持って動いているからではないかと思った。これも僕の主観ですが。

・某氏へのクリスマスプレゼントが外国から手元に届いた。週末にラッピングとクリスマスカードを買いに行こう。気に入ってくれるといいのだけど。

・ちょっと前に、妹から、クリスマスと誕生日と成人祝いでプレゼントが欲しいとメールが来た。よしよし買ってあげようと思ったら、一つじゃなくてそれぞれのイベントで一つづつ、計3つ欲しいと言ってきた。こんな時だけなんて都合がいいやつなんだと若干イラッとしつつも、良い兄でいるために「いいよ」と返事しようと思ったけど、お財布と相談して「ひとつだけ」と返事した。妹ももう二十歳ですか。早いもんだ。ベビーベットに寝ている生まれたばかりの妹の顔を見ている記憶だけ、やけに鮮明に残っている。

・吉野家とかケンタッキーとか、個人ブログによる企業の炎上が続いている。いや、たぶん前から書いている人はいたんだろうけど、それが過敏報道で立て続けに表沙汰になっているだけだと思う。このブログはオープンなので、これでも書く事には気を遣っている(その割には仕事仲間も見ているのに仕事に迷ってるとか書いてるのはご愛敬)。やっぱり居酒屋で話す話はそのままブログにかけない。このブログの記事の多くが事件や事故についての感想や書評が多いのも、一応普段の「行動」よりも「思考」を書くように気をつけているからなのです。うちの会社の人たちは、「プライベートでどこに行った」とか、「飲み会でこんな事をした」とか、「仕事でいまこれをやっている」とか華やかで個人が特定される事ばかり書いているけれど、それって大丈夫なの?とちょっと心配になったりする。

・タバコをすってたら、とある人から声をかけられ少し話す。今の状況を少し気にかけてくれているようで、申し訳ないと思いつつも、ありがたいなとも素直に思う。とりあえずグレたりしないように、年が明けるまでおとなしく。明けたら何かがあるわけではないんだけど。

煩雑になってしまいましたが、少しだけスッキリ。

「知っている」と「分かっている」の違い

2007/12/04(Tue) *Pickup, Diary

サーバーを教えてくれている人と話していて、「知っている」のと「分かっている」のは似ているようでだいぶん違うよねという話になった。発端は技術の話だったのだけど、何にでも言える事だなと思った。

僕が最近一番実感したのは「人は死ぬ」という事。もちろん知っているし、今まで読んだ本や見た映画で死んでいった登場人物はそれこそ千を越える数だろう。ニュースサイトのトップページを開けば必ず1本は誰かが死んだという記事があるし、今日も東京では人身事故があって交通機関が混乱した。

でも、実際に身内が死んでそれに最後まで付きそうと、いろいろ分かる事がある。僕もこのブログで何個かそれについての記事を書いたけれど、それを読んでくれた人だとしても、近しい人が死ぬという経験をしていなかったら、いくら僕の記事を読んでも「分かった」とは違う。僕の言葉がつたないという事もありますが、それは言葉で表現できる事ではないし、だからこそ体験してみないと「分からない」。

とはいえ、この世にあるすべての事を「分かる」には生きられる時間はあまりにも短すぎるし、自分が見えている範囲だけを取ったとしてもそれを分かるには足らないだろうと思う。最近、人は自分が見えている範囲の全てを理解する事は出来ないし、ましてやすべてをフォローしたり助けたり出来るわけではなく、見逃したり見ないふりをしてしまわざるを得ない事がたくさんあって、だからこそやれる事をきちんとやらないと、なと思う。

おとなしく。

2007/11/30(Fri) Diary

「求められること」が、「出来ること」とも「興味のあること」ともあまり重なってないんだろうな、と思った2ヶ月目の終わりでした。しかし今年はろくな事がないので、年が明けるまではあまり変なことは考えずおとなしくしていることにします。

でも何もしないのはつまらないから、隣の席の人に焚きつけられて少しやったらおもしろかったので、勉強がてらとあることを始めてみようかと思います。

モンハンな日々

2007/11/22(Thu) Diary

フルフルが倒せなくてしばらくやってなかったけど、最近また再開。フルフルはダメージを与えることよりとにかく自分がダメージを食らわないことを考えてやってたら何気なく倒せた。あといろいろアイテムの使い方を覚えてきた。

フルフルから手に入る電気袋で「斬破刀」を造り、その攻撃力にまかせてダイミョウザザミを倒し、そこで手に入る盾蟹の素材で防具をギザミシリーズでそろえたら、それなりに強くなった。といっても、まだ村長クエストは3、集会所クエストは(やらなくてもいいのはわかってるんだけど)レベル2をやっている所。

個人的には、敵を倒すことよりも、アイテム集めたりお金貯めたり、ポッケ農場をもっと充実させたりと、どちらかというと農耕民族的な事をしてる方が楽しい。全然やってなかった調合もだんだんリストが埋まってきた。

とりあえず目下の目標は、村長クエストと集会所を3まで全部クリアして、早いところ上位クエストに挑戦したい所。下位クエストの素材は一通り集めた気がするし、農場も上位クリアしないと拡張できないぽい。ちなみに1個前のエントリで弱気なことを書いたらコメントとかメールがいろいろ来てしまったけど、少しは治まりました。

霧の中

2007/11/19(Mon) *Pickup, Diary

10代の頃に、「若いうちから働いていると、25才くらいで行き詰まるから気をつけなよ」と誰かに言われた。今24才、仕事を始めて8年目で、本当にそうなってしまった。仕事にいまいち打ち込めていなかったり、今年はいろいろあったから、余計な事を考えているだけかもしれませんが。

最近、いまいちネットに興味が持てなくなってきた。以前ほどネットサーフしなくなったし、RSSもどんどん減ってるし、新しいサービスをみてもふーんという感じ、というのが一つ。いままでいろんな仕事をやってきたけど、デザインやプログラミングやディレクションといった、きちんと形になって身につけたスキルがないなというのが一つ。

今後福井に帰りたいという思いはあるけれど、今までやってきたことが福井で活かせるような道筋を描いているわけでもない。逆に、福井に帰ったらこれをやりたいから、今東京でこれをやっているというわけでもない。なんだろう、足場がふらついていて、とても不安定な感じがする。

「1ヶ月くらい海外旅行でも行ってきたら?」とか「なるようになるんじゃない?」とか「ぜんぜん違う事をやってみたら?」とも言われる。仕事が面白くなれば、全て解決するような気もする。それどころか、一晩寝れば忘れてしまうような気もする。えらそうな言い方ですが、30才・40才と年を重ねていったときに、まわりの状況がだんだん変化していく事が少しだけ見えてきたけど、その時の自分の姿が見えないから、少しだけ不安になっているのかもしれません。とりあえず今は答えが見えません。あーなにやってんだろー。

棺の重さ、お骨の重さ。

2007/11/15(Thu) *Pickup, Diary

通夜の夜のブログでは余裕をかましてましたが、やっぱり葬式は嫌なものです。翌日一気に疲れが来て、告別式のお経が眠くて仕方がなかった。お経をあげているご縁さん(住職)の声に聞き覚えがあるなぁと思ったら、僕が小さいときからずっと家に来てくれている人だった。小さいときは何しているのか意味がわからなかったけど、なるほどねぇと一つつながった。

夏の祖父の時もそうだったけど、今回も出棺の時に棺を持った。式場の人に「若い男性の方お願いします」と言われると、親戚はみんな年寄りばかりで、必然的に僕になるのだ。棺の重さは、なんというか独特。木の箱を持っている感じとも、人を抱きかかえている感じでもない、他のなにものでもない重さと感触。

そしてそれから2時間ほどで、お骨になる。105歳の曾祖母のお骨は、75歳の祖父のお骨より小さいけれど、ものすごくしっかりと残っていた。この年ですごいと言ったら、昔の人の方がきちんとした食生活をしているのできれいに残るけど、若い人ほどぼろぼろな事の方が多いと斎場の人が教えてくれた。あまり例えるのはよくないけれど、ポテトチップスを持っているような軽さと質感。そしてまだ伝わってくる熱気。

本来人のお骨なんてあまりよろしいものではないけれど、僕はお骨になったのを見ることで、ああこれでもういなくなったんだなと良い区切りというか諦めになり、他の親戚もそうだったけど、笑顔になるのだ。でもまあ、棺の重さも、お骨の軽さも、できればあまり持ちたくはない。

105年の人生の終わり

2007/11/14(Wed) *Pickup, Diary

なぜか夜中何度も目が覚めて、浅い眠りのまま朝が来てしまった火曜日。異様に胃が痛いなぁと思いながら起きると、父方の曾祖母の意識がなくなったとの連絡。曾祖母はもう100才を超えているので、実は毎年夏の終わり頃になるともうだめかもしれないという連絡が何回も来ていて、今回も気軽に考えていたら本当に逝ってしまった。享年105才の大往生。

会社に行って昼から帰らせてもらうお願いをして、夏に母方の祖父が亡くなりこの前会社がなくなり、今回は曾祖母が亡くなりと、本当に厄年ってあるんだなと思いながら新幹線で福井へ(もう今回ので打ち止めにしてほしい。。。)。夜家に着くと、近所の人とか親戚の人が集まってる。前回と違い父方の親族なので、これまたむこうはみんな僕の事を知っているけれど僕はその人を覚えていない親戚のオンパレード。そういえば家についてすぐに犬の散歩に行ってこいと母に言われた。まだお焼香もしてないのにさ。

前回は通夜からしか参加しなかったけど、今回はその前から見る事になった。誰が通夜に来て誰が泊まって誰が葬式まで出て引き出物の数は何個で、焼香に呼ぶ名前は誰を先にして誰を後にして、あーあの人が抜けてるという終わりのない話し合い。その最中にも新聞社からお悔やみ欄の確認の電話が来たり、次から次へと親戚が来たり。。。(80歳代のおばあちゃんに曾祖母の娘だって言われるんだから、もうわけがわからん。)いろいろ終わって寝たのが朝の4時。そして今日が通夜。

祖父で「死」というものに一度触れているし、今回は年齢が年齢で覚悟も出来ていたし、僕自身の気持ちもいたって穏やか。まあこうやって曾祖母が寝ている隣でブログ書いてるくらいですからね。(最近の式場は無線LANが完備されているのですよ。)さっき通夜が終わったので、明日葬儀をして、火葬をして、最後まで見届けてから東京に帰ります。