
火車
宮部 みゆき (著)
-一度はつかんだと思った生活が、消えてゆく。
引き止めようとして、あまりに強く握り締めたために、
彼女の手のなかで粉々に砕けてしまった-
宮部みゆきは、模倣犯とICOを読んだくらいですが、とても好きな作家です。グッドデザインプレゼンテーションを見に行こうと思ってたんだけど、朝起きたら体が重いので行くのをやめて、最近読む量が減ってしまった本を読む日にしようと決めた今日。冒頭を読んでは興味が持てず…を何冊か繰り返した後に開いたこの本は、冒頭から自然と引き込まれ、読了まで7時間、358ページ(1ページ2段組)一気に読みました。模倣犯もICOもそうだけど、この人の本は長いけど一気に読まされる。
サラ金問題をきっかけにしたある女性の失踪から始まるこの本は、その失踪した女性を追いかける休職中の刑事の視点で進む。さすがに書くことで食べているだけあって(あたりまえですが)、その失踪した人は一言も語ることないけれど、その人の息づかいや焦燥が伝わってくる。その辺は白夜行の刑事と雪穂の関係に重なりながら読み進めました。
消費者金融の借金で自殺を選んでしまう人がいることを、安全運転をしていても事故にあう人に丁寧になぞらえ、その人がどんなに注意していても制度や相手の都合でそうなってしまうのであり、決して借りる人の自堕落ではないことを説く。それも、経済システムから生まれた、存在しない幻のお金によって殺められ、貸した側がどうこう言われることはない(最近は言われていますが)。ネット広告の主要クライアントが金融業というカテゴリであり、そのお金でご飯を食べていることを前々から少し疑問に思ってはいましたが、改めて少し考えてしまいました。
また、登場人物のキャラクターがとても豊か。主人公の突き動かされる動機はあまり理解できませんでしたが(無理にでも突き動かされてくれないと話が進まないので…)、碇や保、そして郁美、喬子、澤木、久恵、みっちゃんという女性陣のキャラクタも、本に書かれていないその人のバックグラウンドまで想像されられるキャラクターたちでした。
自殺したいというほど強い意志はないけれど、酒を飲んだ夜に急な階段を歩きながら、このまま死んでしまってもいい、とふと思ってしまう時。別れ際の相手の些細な仕草が、そうあって欲しい、という願望からそう見えてしまった時。足があれば幸せに違いないと脱皮を繰り返す蛇と、足があるように見える鏡を売りつける蛇の話。近すぎるからこそ、一歩踏み出せない関係。本当に賢いって言うのは、どういうことなのかということ。ただ、幸せになりたかっただけだという気持ち。
挙げるときりがないですが、自分も以前感じたことのある感情や、感じたことはあるけどうまく言葉にできなかった感情、自分がこれまでであった事のある人もそう思っていたのかなという心の動き。そういうものにこの本でとても多く出会えました。いっこ前のエントリに書いて「それが生きることだ」とデカ長に言われてしまった、最近自分が変わっているなと感じた理由。それはいろんな気持ちやいろんな人に出会い、いろんな状況を経験することで、他の人のそういう状況を以前より少し理解できるようになったなぁ、といううことです。そうだからっていってどうなるのかはよくわかんないし、それの幅を広げるために読んでいるわけでもないですが、僕が本を読んでいて一番楽しいのは新しいそういうことに出会えるときで、この本からはそういう出会いがいっぱいありました。
最後の数ページは、ラストが目に入ってしまうと嫌なので、手で次の行が見えないようにして読みました。どことなく、白夜行の雪穂が新城喬子に重なり、読み終えてしばらくぼーっとしていました。