Archive for the ‘Society’ Category

石破茂

2008/11/06(Thu) Society

やっぱりこの人は、農林水産大臣よりも防衛大臣やったほうがいい。農林水産大臣にはもっと適切な人がいるかもしれないけれど、防衛大臣には余人を持って代え難い。

石破茂(いしばしげる)ブログ: 田母神・前空幕長の論文から思うこと

在野の思想家が何を言おうとご自由ですが、この「民族派」の主張は歯切れがよくて威勢がいいものだから、閉塞感のある時代においてはブームになる危険性を持ち、それに迎合する政治家が現れるのが恐いところです。

この一件で「だから自衛官は駄目なのだ、制服と文官の混合組織を作り、自衛官を政策に関与させるなどという石破前大臣の防衛省改革案は誤りだ」との意見が高まることが予想されますが、それはむしろ逆なのだと思います。

押さえつけ、隔離すればするほど思想は内面化し、マグマのように溜まっていくでしょう。「何にも知らない文官が」との思いが益々鬱積し、これに迎合する政治家が現れるでしょう。それこそ「いつか来た道」に他なりません。

制服組はもっと世間の風にあたり、国民やマスコミと正面から向き合うべきなのだ、それが実現してこそ、自衛隊は真に国民から信頼され、尊敬される存在になるものと信じているのです。

吉田茂元首相の言葉をなんとなく添えておきます。

君達は自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり歓迎されることなく自衛隊を終わるかもしれない。きっと非難とか叱咤ばかりの一生かもしれない。御苦労だと思う。

しかし自衛隊が国民から歓迎されちやほやされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡の時とか災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。言葉を換えれば、君達が日陰者である時のほうが国民や日本は幸せなのだ。

どうか、耐えてもらいたい。

TK

2008/11/04(Tue) Society

globe

小室哲哉容疑者ら逮捕 著作権巡り5億円詐取認める – 朝日新聞

大阪地検特捜部は、90年代に多くのヒット曲を生んだ音楽プロデューサーの小室哲哉容疑者(49)=東京都港区=が自作曲の著作権のうその譲渡話を持ちかけ、兵庫県芦屋市の男性投資家(48)から5億円をだまし取った疑いが強まったとして、4日朝、関係者2人とともに詐欺容疑で逮捕した。小室容疑者の自宅なども家宅捜索した。特捜部によると、3人とも容疑を認め、小室容疑者は「間違いない。申し開きすることは何もない。責任をとって弁償したい」と述べているという。

ライツビジネスでお金を稼いでいた人が著作権の仕組みを知らないはずがないと思うので、お金に困った故の確信犯なのでしょう。その前から民事で告訴されてたみたいだし。

なんというか、悲しいですな。音楽を聴き始めた小学校高学年頃からちょうどtrfが始まり(初めて買ったアルバムがtrfのdAnce to positive)、globe、安室奈美恵、鈴木あみ、True Kiss Disc、小林武史とのプロデューサー対決と、確実に僕の10代はTKでした。

その頃ネット展開しているアーティストって少なくて、初めて入ったファンクラブが小室哲哉のファンクラブで、抽選で当たって石川の厚生年金会館に鈴木あみのライブに行ったのが、僕のライブ初体験でした。すべてのアルバムを揃えているアーティストってglobeくらいじゃないかと思う。

しかし、iTunesでの即時販売停止ってのはどうなんでしょうね。岡村靖幸が覚醒剤で逮捕されたときも販売停止になったとか聞かなかったと思うけど(追記:販売停止になったようです)。過去の曲は何も否定される事がないと頭では理解していても、心では10代が否定されたかのように感じてしまう。

木根尚登がコメント「TM復活信じてる」 – 芸能 – SANSPO.COM

長年活動を共にしてきた小室について「僕は共に音楽を創ってきた友人として、今までも、これからも彼と出会えた事のよろこびと感謝の思いは変わりません。そして彼をリスペクトする気持ちも変わることはありません」と綴った。

また、今後について「僕は、彼がゼロから立ち直る力も持っていると思います。だから僕は、TM NETWORKの復活もあると信じています」と締めくくった。

はてな村の人がいっぱい来た件

2008/09/08(Mon) Society

福田さんのエントリを書いたら、はてなブックマークが30件ぐらいついて、知らない人からもコメントが二つ三つついた。サイトへのアクセスも5倍くらいに跳ね上がってて、はてなってすげーとか思った。

ブックマークコメントにいくつか返答すると、「国民という言葉を使うのはいかがなものか」とか、「辞めろって言っていたのは国民じゃなくて野党やメディアなのでは」というのがあって、これが一番参考になった。「上から目線」というタグには笑ったけれど、こういう事を書くとどうしてもそう見られてしまうのはしょうがないと思う。でも、評論家やコメンテーターはこういう事は言えないはず。視聴者バカにして嫌われたらご飯食べれないから。

「何故に「国民」という書き方をして自分を埒外に置こうとするのか」というコメントもついていたけれど、そのつもりは全然無い。正直国民という言葉以外に適切なものが思いつかなかったんだけど、「政府や権力=悪と認識している人」とか、「投票権を放棄している政治に無関心な人」とか、「投票していても、自分の判断で選択していない人」とでも言うべきか。もっと適切な言葉があったら教えてください。

毎回毎回ウォッチしてここに書くつもりはないけれど、民主党は小沢代表を無投票で3選し、自民党は候補者を5人も6人も立てるという対照的な行動に出ている。11月初旬に衆院総選挙というスケジュールも出始めており、選挙があるのは間違いのない状況。なんか自民党が勝っちゃう雰囲気がするけれど、どうなるのでしょうか。

福田さんに首相の資格が無いと言う前に、国民に有権者の資格がない。

2008/09/03(Wed) Society

福田首相辞任会見要旨 福田首相退陣 – 朝日新聞

記者「『首相の会見がひとごとに聞こえる』という話があった。政権への影響は。」

福田首相「順調にいけばいいですよ。それに越したことはない。しかし、私の先を見通すこの目の中には、決して順調ではない可能性がある。その状況で不測の事態に陥ってはいけない。「ひとごとのように」とおっしゃったが、私は自分自身を客観的に見ることができる。あなたと違う。そういうことです。 」

年明けに辞めると思っていたので今の時期辞めたのは予想外だったけれど、それに対する国民の反応は予想通りだった。「なぜ今辞めるのか」「首相の資質がなかったということ」「リーダーシップに欠けていたが、品があって落ちついた感じで嫌いじゃなかった」「任期途中で放り投げてしまって無責任な感じで残念」(朝日新聞より抜粋)

支持率が25%(8月30日付朝日新聞調査)となり75%が快く思っておらず、任期まで持たない、リーダーシップがない、早期退陣をとさんざん言っていたのは誰だと。国民の望んだとおりになったのに、なんで文句を言うんだろうか。どうせ続けていても、辞めろ辞めろと言っていただろうに。福田さんは予想が出るとそれを意図的に外してくる人だから、年明け以外の時期で一番影響が少ない時期を選んだのではないかと思う。「人ごとのようにとあなたはおっしゃいましたが、私は自分自身は客観的に見られるんです、あなたとは違うんです。」という言葉はメディアに対するいい皮肉だと思うのですが、メディアと国民は逆ギレといってあほみたいに喜んでる。そんなことやってるからこういう政治の状況なんだろうに。

何回首相の首を差し替えたって、何にも変わらない。福田さんが最高だとは言わないけれど、国民は、まるでボーカーのように何回も変えていればそのうちパーフェクトなカードが来ると思ってるんだろうか。一生やってろと思う。参議院の過半数を野党が押さえている時点で、いくら衆議院の解散総選挙をして与党が勝ったって、次の参議院選挙で議席改選があるまではどうしたってねじれのままなんだから、やれる事には限界がある。小泉さんに飽きて安倍さんバッシングしてそんな状況を生んだのは国民。去年麻生さんがなっていても、あんまり状況は変わらなかったのではないかと思う。

歴史(=政治)っていうのは、最善ではない、どちらかというと厳しい環境のまっただ中において、その時点の状況、その時点の人材で考えられうる最善のカード(≠ベストカード)を選んでいく作業だと思う。後からジャーナリストが当時の情勢を調べたりいろんな人にインタビューすれば、もっといい選択肢が出るのかもしれない。でも、当時の時間制限、当時の当事者達が見えていた視野には限界があるのだから、ベストな選択が出来るというのはまれな事。どちらかというと、ベストな選択よりもベターな選択をする事の方が多い。でもそれは仕方のない事。

自民党には実績があり、民主党には期待がある。ところが、自民党は最近長年のボロがでて、民主党は行くのか行かないのかよく分からない。どっちもどっちな状況ではあるけれど、次の衆議院選挙で一回民主党に政権を担当させて失敗してもらって、自民党には権力を失うという苦渋を味わってもらって、2010年の参議院選挙、その次の衆議院選挙と徐々に政権に復帰してもらい、過去の反省をふまえた政権をやってもらうというのはどうだろう。

しかしその前に、国民の頭の中をどうにかしたい。僕の考えが正しいとは言わないけれど、好きだとか嫌いだとかタレントを見るときと同じ思考回路で考えるのは辞めて欲しい。国民は首相を辞任させられても、政治家は国民を辞任させる事は出来ないんだから。民主主義は、国民に高い判断力がないと成立しない政治形態。言い換えれば、国民のレベル=政治のレベル。

08/09/08追記
ブックマークコメントへの返答を別エントリに少し書きました。
iwalog : はてな村の人がいっぱい来た件

違和感の正体

2008/08/20(Wed) Society

産科医に無罪判決 帝王切開での女性死亡事故 福島地裁 – 朝日新聞

福島県立大野病院で帝王切開手術を受けた女性(当時29)が死亡した医療事故で、福島地裁(鈴木信行裁判長)は20日、業務上過失致死と医師法違反罪に問われた医師、加藤克彦被告(40)に無罪(求刑禁固1年、罰金10万円)を言い渡した。事件は、治療における医師の判断、手術法の選択にまで捜査当局が踏み込んだものとして注目されていた。

ジーンワルツ – 海堂 尊

医療は学問ではなく、社会システムです。医学は単なる学問。医学という土台の上に、国民の意思で医療という家を建てるようなもの。そこでは医学の結果と正反対のことが行われることもあります。

ミクロで見たときに生まれる悲しい感情を、マクロで見たときに見える全体最適化という理屈で均等を保とうとしてまだ揺れている感じではありますが、基本的には正しい判断じゃないかと思う。でも何か違和感があって気持ち悪かったんだけど、その正体が分かった。

以前読んだ「ジーンワルツ」という本で、出産というものがそもそも危険を伴う行為だと言うことは何となく分かった。というか、この本自体が今回の事件をモチーフに書かれたと言われている。医者は神じゃないということも理解しているし、きちんとやっている医者はどんどんお金もらえばいいと思ってる。

でも、今回の事件では日本の医療業界が一丸となってサポートしている。以下主要なものを引用。

大野病院医療事件:帝王切開の医師に無罪判決 福島地裁 – 毎日新聞

吉村泰典・日本産科婦人科学会理事長は「被告が行った医療の水準は高く、医療過誤と言うべきものではない。癒着胎盤は極めてまれな疾患であり、最善の治療に関する学術的な議論は現在も続いている段階だ。学会は、今回のような重篤な症例も救命できる医療の確立を目指し、今後も診療体制の整備を進める。医療現場の混乱を一日も早く収束するため、検察が控訴しないことを強く要請する」との声明を出した。

大野病院医療事件:判決に被告は安堵 遺族は目を閉じ… – 毎日新聞

加藤医師の支援活動をしてきた上昌広・東大医科学研究所特任准教授は「今回のような医療事故を法廷で真相究明することの限界が明らかになった。当時の医療体制の根本的な議論がないまま、医師の過失の有無だけの争いとなっていた。これを機に医療事故における業務上過失致死罪の適用について国民的な議論が必要。司法関係者も、医療事故に刑法を適用することの是非をもっと議論すべきだ」と話した。

大野病院事件「妥当な判決」 日産婦学会が声明 – 産経新聞

同学会医療問題ワーキンググループ委員長を務める岡井崇理事は「今回のケースは逮捕する理由がなかった。たとえ患者への説明が不十分だったとしても、医師に刑事罰を与えることにはつながらない。医療を知らない警察が最初に捜査を行ったことが問題。まず、専門家が第三者機関を設けて調査すべきだと事件を通じて率直に感じた」

日本生殖医学会も歓迎 大野病院事件無罪判決 – 産経新聞

大野病院事件の無罪判決について、全国約4900人の産婦人科や泌尿器科の医師らで構成する「日本生殖医学会」(岡村均理事長、東京)は20日、「極めて適切な判断と考え、歓迎する」との声明文を公表した。

声明文では「医療提供者には常にベストを尽くして治療する義務がある」とした上で「全力を尽くしても、治療結果は個別で異なり、最終的に最悪の結果になる場合がある。これは社会の常識で、法律上も正しいと判断された」などとしている。

繰り返すけど医者は神じゃないと思っているし今回の判決も正しいと思っている。でも、今回感じた違和感というのは、これら医療業界の人たちが「訴えてんじゃねーよ」「何も分かってない警察や検察が口出すんじゃねーよ」「部外者には分からない世界なんだからこういう事が起きても内部で処理するよ」と本音の部分で思ってるんじゃないかと思ってしまうこと。

「検察が控訴しないことを強く要請する」とか「歓迎する」とか、被害者がいる事件について公の場でこういうことを言う神経がよく理解できない。報道を見ている限り当事者の医師はそうではないように思えるのが救いだけど。事件そのものについては、検察ではなく遺族が司法の場での決着を望むなら遺族が原告になって訴えるのがよかったのではないかと思う。

僕の年代は「理由なき犯罪世代」らしい。

2008/06/11(Wed) Society

【秋葉原通り魔事件】神戸事件やバス乗っ取りと同学年 – 産経新聞

加藤容疑者ら現在の25歳は、平成9年の神戸連続児童殺傷事件で逮捕された少年や12年の西鉄高速バス乗っ取り事件の少年と同学年。世紀末(2000年)を多感な17歳で迎え、同年にはバス乗っ取り以外にも同年代の凶悪犯罪が全国で相次いだ。動機の不可解さから「理由なき犯罪世代」と言われた。

秋葉原の事件の犯人が自分と同い年だなぁと気づき、そういえば酒鬼薔薇聖斗も同い年だったなぁと思っていましたが、バスジャックの犯人も同い年だったとは。他にも、「人を殺してみたかった」と言った愛知県豊川市で少年が主婦を刺殺した事件や土浦の通り魔事件の犯人も今25歳と、探したら探しただけ出てくるのでしょう。

バブルの始まり頃に生を受け、自意識を持ち始めた頃には早々にバブルが崩壊してて、自分で買い物をする頃には消費税がついていて、ソ連とか崩壊してたので教科書の中でしか共産主義なんて知らず、っていう感じでしょうか。

ちなみに1983年は、東京ディズニーランドが開業し、戸塚ヨットスクール事件で校長が逮捕され、任天堂がファミコンを発売し、三宅島が噴火し、ロッキード事件で田中角栄が有罪になり、映画 戦場のメリークリスマスや南極物語が上映された年。そして、元SPEEDの上原多香子、宇多田ヒカル、元モー娘。の矢口真里、松田龍平、水川あさみ、小倉優子、伊藤淳史が生まれた年だそうです。

どの世代にもたいていいろんなラベルがつけられていて、後付論するときには多少意味があるのでしょうが、宇多田ヒカルが通り魔になるわけではあるまいし、言われる方はあんまりいい気はしないもんですな。

モザイク

2008/06/11(Wed) Society

秋葉原殺傷:加藤容疑者の両親が謝罪 母は泣き崩れ – 毎日新聞

父は深く頭を下げ、母は泣き崩れた??。秋葉原7人殺害事件で、加藤智大容疑者(25)の両親が10日夜、青森市の実家前で事件後初めて記者会見。父親(49)は「息子が重大な事件を犯し、亡くなられた方、そしてけがをした方、本当に申し訳ありませんでした」と謝罪した。

【秋葉原通り魔事件】崩れ落ちる母親 加藤容疑者の両親謝罪会見 – 産経新聞

手を前に組み、淡々と話す父親に対し、母親はハンカチを口にあて、疲れ切った表情を隠すようにうつむいたまま。犯行日が誕生日の翌日だったという母親は、父親が記者の質問に答える途中、急に力なくひざから崩れ落ち、頭をうなだれ、土下座するような形でそのまま動けなくなった。会見が終わっても立ち上がれぬ母親を、父親が抱きかかえるようにして、カーテンが閉め切られた自宅の中へ入っていった。

各紙が秋葉原殺傷事件の加害者両親の謝罪会見を報じていますが、その中でも毎日新聞は父親の顔から下の写真を、産経新聞はモザイク付きで頭を下げる父親と立っていられず崩れ落ちた母親の写真を掲載している。文章だけの謝罪会見報道は多々ありましたが、僕の知っている限りでは加害者の両親が大手新聞に写真付きで載ることはかなり珍しいのではないかと思う。MSNとくっついてからの産経新聞は若干週刊誌系のネタを扱うことが増えたのでその本意がどこにあるのかは察しにくいですが。

ともあれ、写真のインパクトは大きい。確かにそこに一人の人間がいて、加害者の親として謝罪しているんだという事実が文字だけの報道よりも現実感をもって伝わってくる。同時に、産経新聞がかけているモザイクが強烈な違和感を伝えてくる。外せと言っているのではない。この事件の全ての関係者、加害者と被害者、それらの被害者遺族と加害者遺族といるなかで唯一加害者遺族にだけモザイクがかかっていることに、言葉にならないが強烈な違和感がある。それがなんなのかはちょっと分からない。万が一でもおかしな事にならなければいいが。

相手と自分は違う

2008/06/11(Wed) Society

朝倉総理「以前僕は小学校の教師をやっていたんです。去年は、5年生を受け持っていたんですけど、とにかく、よくケンカするんですよ。でも中には、陰湿なものとかがあって、そこからイジメに繋がっちゃったりもするんですけど、そういう問題があったときには、僕は子供たちにこういうふうに言っていました。『考えよう』って。クラスメイトなんだから、気に入らない事とか納得できない事があったら自分の言いたい事はちゃんと相手に言って、相手の言うことはちゃんと聞いて、それでお互いとことん考えようって。そうすれば…」

郡司秘書官「…わかり合える。」

朝倉「…いいえ。相手と自分は違うんだと言うことに気づくんです。同じ人間だと思ってるから、ちょっと否定されただけでむかついたり、誰かが一人別行動をとったら『なんだアイツ』って、そっからケンカとか、いじめが始まるんです。でも、同じ人間なんていないじゃないですか。みんな、考え方も事情も違う人間ですよね。だから僕は子供たちに、自分と相手は、違うんだって事を理解してほしかったんです。その上で、じゃあ、どういう言葉を使えば自分の気持ちが相手に伝わるのか、どうすれば相手を説得できるのか、そこを考えろって言ってきました。」(CHANGE 第5話)

かなり久しぶりに、連続ドラマを毎週回を追って見ています。あんまり現実と関連づけずあくまで物語としてみているのですが、田村正和主演三谷幸喜脚本の「総理と呼ばないで」が好きだった僕は、「総理と呼ばないで」で主席秘書官だった西村雅彦が普通の秘書官に格下げになって性格を変えて出ていたり、平泉成や大倉考二などのツボな役者が出ているので楽しく見ています。あ、あと女医の堀内敬子が実年齢を忘れてしまうほどかわいい。

冒頭の台詞は日米の貿易交渉がこじれた席で朝倉総理が語った言葉。政治の話とは全く切り離して、一般論として、今までぼやぁっと考えていたこととぴったりはまる言葉に出会った感じなので、メモとして。

労働組合

2008/06/02(Mon) Society

橋下知事と労組が団体交渉 350億円の人件費削減案で – 産経新聞

42歳の男性職員は「4人の子供を育ててきたが生活が破壊されることになり不安。このままでは、職員の意欲が低下する」。

今年定年を迎える男性職員は「退職金を見込んでマンションを買った。自分なりに地方自治を考えて前向きにやってきたが、しっぺ返しをされた思いだ。退職金のカットは懲罰的だ」と強い口調で訴えた。

別に官庁だからというわけではなく、労働組合ってすごい発想するなぁ。1?2時間話したくらいでは理解し合えないくらい、根本的に何かが違う気がする。昔の社会ってこれで回ってたんだろうか。

過信しすぎ。

2008/05/27(Tue) *Pickup, Society

結局blogなんて、クソの役にも立たなかったわけだ。 – 増田

Blogなんて、所詮はチラ裏から脱却することなど叶わなかったんだろう。ときどき都内のおしゃれなバーなどに集まって「blogは素晴らしい」論を交わしているアルファブロガーの気持ち悪い連中を見ていると、何を寝ぼけたことを言っているのかと思う。

「届くべき人」に届かないようなメディア、いや、メディアと言うのさえ白々しい、そういうものの存在意義は皆無と言ってよい。

くだらないチラ裏なんかに才能を費やすのは社会的なムダである。Blogなんてやめた方がよい。

そもそもブログってそんなチカラをさらさら持ってないし、たいていのブログはただの日記な訳で。(あ、一部メディア(というか広告媒体)にしたがっている人はいますが)。じゃあ存在意義がないかと言われてもそんなことはなく。猫も杓子もどんなものにでもメリットがないと存在してはいけないという前提が、なんだかめんどくさいなぁと感じる今日この頃。