見えぬものこそ。
「たかじんのそこまで言って委員会」に、光市母子殺害事件の元被告任弁護士が出ていた。そこまで言って委員会にしてはめずらしく、お笑い目的ではなく、出演者それぞれが感情をあらわにして様々な議論が交わされていた。
判決が出たときのエントリでは、正直気持ちがまとまりようがなかったので、少しだけ思ったことを書いてみた。今回の委員会を見ていて、今回はこういう結論になったけれど、本当はどういう結論に至るべきであったのかを考えてみた。
今回起きた結果とそれを行ったのが被告であること自体に議論はなく確定していることを前提に。今回そういう判断はされなかったけれど、たとえ心神喪失であったとしても、故意のない過失であったとしても、その経緯にかかわらず人の命を殺めたこと自体はいけないという基本に戻る。そのこと自体には反省し、被害者への謝罪と今後の更正をきちんと誓うべきであったのではないか。
その上で、過失でしたとか、心神喪失でしたとか、そもそも結果を招くに至った経緯がちがうだとか、そういう所を主張すべきであったのではないか。こういうとよく「認めて反省しないと心証が悪い=有罪であることを前提にしないといけない」という展開がされるのだけれど、それはまた違うのではないか。
「人が亡くなった」という結果自体は経緯はどうあれ間違いないのだからその点は反省すべきで、その経緯を説明し量刑を協議する。今回の事件が仮にそういう経緯をたどったのであれば、本村さんの反応も、メディアの反応も変わり、結果的に加害者が死刑台に上るのだとしても、その場所まで歩く彼の心境はまた違ったのではないか。
元々悲しいこの事件に、ハッピーな結末などないとは思う。でも、今回はすべてが一番最悪な方向に行ってしまったのではないかという気がしてならない。もちろん後から言うのは簡単だけれど、何も言わずにまた同じ事が繰り返されるのよりはましだろうと思う。