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小浜市とオバマ氏の件

2008/11/12(Wed) Society

小浜市 – Wikipedia

今後も小浜市はオバマ大統領を応援するとともにオバマ大統領の故郷、ホノルルやシカゴとも姉妹都市協定を結ぶ計画もある。また、多種多様なオバマ大統領の関連クッズを販売しており、小浜市の地域おこしにつながっている。

オバマ本人は麻生太郎首相との電話会談で「(小浜市のことは)よく承知している。小浜市に行ってみたい」と述べている。

「本国で直接お祝いを」盛り上がる小浜市 – 日刊スポーツ

松崎市長は「オバマ氏に特別名誉市民になっていただくことも検討したい」と話し一層の友好関係構築への期待を表明。

個人的には小浜市を今すぐ独立させて福井県から外して同じ福井県民ととらえられないようにしたいくらいなのだけれど、この勢いを増長させて奇跡的にオバマ氏を小浜市に来訪させ、その瞬間に「オバマ候補を勝手に応援する会」の全員が突如豹変して、事前に準備していた小浜市の拉致被害者地村さんと麻生総理の前にオバマ氏を引きずり出し、日本の拉致問題に対する協力と具体的な施策をまとめさせたりしたら福井県を小浜県にしてもいいくらいだと思うけれど、悲しいぐらい彼らはそんなことを考えてないんだろうな。

まあ少し真面目に書くと、勝手会が応援するのはよしとしても、それに行政府の市長がのっかるのはさすがにマズイと思う。判断力が全くないとしか思えない。地域興しになったとしても、その代わりとても大切なものを失ってしまう。

受託開発の極意

2008/11/09(Sun) Book

受託開発の極意 表紙
受託開発の極意
–変化はあなたから始まる。現場から学ぶ実践手法
岡島 幸男 (著)

要件を定義するには、ユーザと同じ視点を持つ必要があります。つまり、どうやって作るか(How)ではなく、何を作るか(What)、なぜ作るのか(Why)という意識をもたなくてはいけません。

開発者は視点を切り替えなくてはいけません。システムを作る立場ではなく使う立場で考え、お客様と一緒に考えを整理していく必要があります。

そこに必要なのは広い意味での問題解決能力であり、プログラミングや設計のスキルだけでは足りません。業務に対する知識はもちろんのこと、要件を引き出すために高いコミュニケーションスキルが必要となります。

同じ福井の永和さんの本。ちょっと前にネットの中でもいくつか取り上げられていたので、受託の現場に帰ってきたら読もうと思っていた。「SEの教科書」とだいたいの主張は同じなんだけれど、クライアントとの接し方、見積もりの作り方、要件定義の仕方と具体論に踏み込んでいる。

こういういろんな本を読んでいると、あるべき受託開発へのイメージがだいぶハッキリしてくる。今の時点でイメージしているのは「結果に責任を持って物も作るコンサル」といったところ。コンサルと書いたのは、コンサルって口だけなイメージがあるので(失礼)、実際にそれをクライアントと一緒に作っていくサービス業のようなイメージ。

クライアントから言われたシステムをクライアントから言われたとおりに作ったり、いかに他社より安い金額で開発するかに心血を注いだり、自分たちのやりたい技術のエゴを振り回してクライアントを放っておくのではなく。クライアントの求める物と自分たちが持っている技術の間を探り、必要とされているニーズを解決する事が、本来の受託開発という仕事なんじゃないのかなぁという気がする。

この本では最終的には組織を変える事にまで言及しているけれど、できればクライアントを変えるという所にまで踏み込んで欲しかった。安かろう悪かろうのシステムを求めるクライアントは最終的にクライアント自身が損をして、システム開発に対するイメージがどんどん悪くなって次の案件でも同じような事を繰り返してしまう、というのはどう解決したもんだろうか。

SEの教科書2

2008/11/09(Sun) Book

SEの教科書2 表紙
SEの教科書2
~成功するSEのプロジェクト計画・運営術
深沢 隆司 (著)

読者の皆さんの会社のプロジェクトが、必ずと言うほど遅延したりコストオーバーになったり、多くの仕様変更やバグが発生しているとして、それを読者自身が「仕事とは、プロジェクトとは、そういうものだ」と考えているとしたら、あなたの脳の仕事で使っている部分は、すでに誰か他人のものになっている(あなたの思考パターンではない)かもしれませんので、そう自覚してください。(中略)

そして、これが行われていないために、本来は頭脳労働のはずが、実際には体力勝負、頭脳勝負の業界になってしまっているのではないかと思います。

前作のSEの教科書を借りて読んですごく面白かった記憶があったので、本屋でこれを見かけて即買ってみた。前回に引き続き結構面白くて、スケジュールを立てるタイミングやその組み立て方は参考になった。

これを読んでいると、SEとかプログラマーに必要なスキルというのは、もちろん技術も必要なんだけれど、コミュニケーション能力な気がしてくる。まあコミュニケーション能力はどんな仕事でも大事なんだけれど、SEやプログラマは他の業種に比べてその辺を軽視しているような気がしてくる。

陳腐な例だけど、クライアントがとんでもない要求をしてきてその実現方法を必死に考えていたのに、営業がシンプルに実現できる代替え案を提示したらあっさりOKをもらってしまったりと、技術だけ、自分たちだけで考えてしまう傾向があるように思う。

そこで大事なのは、やっぱりクライアントが何を求めているのか、どういった課題を解決したいのかという「何が問題なのか、どうしたいのか」を技術手法ではなくニーズというレベルで把握する事なのかなぁと思う。

Re : プログラマとコミュニケーションの取れるディレクターになるには

2008/11/06(Thu) Clip

プログラマとコミュニケーションの取れるディレクターになるには – あと味

静的Webで通用した時代と違い、今はプログラマとコミュニケーションが取れるスキルは必須です。技術について朝までプログラマと語り合えるぐらいの知識を持っていた方が、私は良いと思っています。技術なくして提案はできない。

id:jdgがプログラマとディレクタの関係について面白い事を書いているので、補足というか、別視点というかそういう事を超上から目線で自分への戒めも含めて考えている事を書いてみる。新潟の方のダムが好きなプログラマから「よくお前が言えるな」といわれそうだけれどとりあえず書く(汗。

そもそも、「プログラマとコミュニケーションの取れるディレクター」というのは間違ってはいないのだけれど、それをちょっと誤って解釈すると「プログラマと仲良くなる」というような解釈になってしまいそうなので、「ディレクタはクライアントとプログラマ(orデザイナ)の通訳であるべきだ」と解釈した方が正確ではないかと思う。

で、id:jgdか量を書いて主張している「何を使えば何ができるかだけ把握し使用方法は捨てる。」には同意。「できることと出来ない事」についてはかなりの精度で把握している必要があり、仮にどれだけ時間かかってもいいから自分(ディレクタ)でやってみろと言われたときに出来る事の範囲で案件を着地させなければならない。

それから、ディレクタはプログラマやクライアントと常にフラットな立場であるべきだと思う。時にはプログラマが要件を満たした後でも納期を考えずクオリティを追求したり、クライアントのニーズを考えずに技術トレンドに走りたがったりしたときに、客観的に判断して制御しないといけない。

とはいえ、それはプログラマに対して高圧的になると言う意味ではない。プログラマが納期がこれだけかかるといわれればそれを問答無用で納期を理由にハードワークさせるのではなくクライアントと要件を調整する責任がある。じゃなきゃ伝書鳩だ。まあこれは当たり前ですが、けっこう無視されているのも事実。

具体論に進むと、プログラマほど属人的な性格が高い仕事もないのではないかとおもう。ある人が10日かかる事もある人は1日で出来たりする。なのでディレクタとしては、「プログラマ」として認識し人区勘定するのではなく、「プログラマのAさん」「プログラマのB」さんと別の職種のようなレベルで区分けをし、その人の得意な分野や好きな事、苦手な分野を把握してアサインする必要がある。要はプログラマはプログラマというファンクションではないという事。

また、前にやった案件の焼き直しでは、優秀なプログラマほど飽きる。クライアントのニーズを前提として、技術トレンドやその人の志向にそった「燃える」ワンポイントな機能や技術を盛り込んだりして、プログラマ(orデザイナ)を楽しませる事も、ディレクタのとても大切な仕事のひとつだと思う。

細かい話としては、プログラマにはまずワークフローを共有しお互い納得するまで議論する。本人が意識していないレベルでフォーターフォールを前提に考えて仕事をしている人が多いので、ウェブには沿わないのではないかという事は説明する。なので、要件を伝えるときには、「決まっている事」「決まっていない事」「変わる可能性がある事」をきちんと説明する。そうすれば優秀な人ほどいい意味で手を抜きながら開発をスタートしてくれる。

以上書き散らかしましたが、これがまったく出来ていない時に僕の無茶に答えてくれた新潟のダムが好きなプログラマや、なんだかんだでつきあいの長いインプレッサが好きなプログラマに全て教わったことです。心から感謝しています(棒読み)。というわけで、ツッコミ大歓迎。(酔った頭で書いています。その点ご考慮下さい。)

Ritmo Latino D3EB21GS

2008/11/05(Wed) Diary

Ritmo Latino D3EB21GS

新しい時計も買った。駅前にある、前からちょっと気になっていた時計屋さんに入って眺めていたら、どれも数十万円クラス。時計には十万円以内しか払う気はなく、数十万円使うなら新しいパソコン買う!という感じで考えているので、安めのを探してたらこれを見つけた。

今持っているのがゴツめの黒い時計が多いので、スーツには普通に馴染むんだけどカジュアルな服の時はちょっと堅いので、カジュアルなのが1本欲しかった。そこに見つけた、ベルトも細く、色も今持っていないライトグリーンのこの時計。

詳しく知らずに買ったんだけど、会社の人に聞いたら「Ritmo Latino」というイタリアのものらしい。以下自分メモ的にまとめると、1990年にイタリア・ミラノで生まれたブランドで、イタリアでアパレル関係に従事していたファッションデザイナー、故HACO瀧川氏のデザインらしい。

時計というよりもひとつのアクセサリーとして存在感の強いスタイルを特徴する数々の製品は、いずれもユニセックスで使えるようにデザインされているのも特徴らしい(以上棒読み)。店員に騙されたのでもなく、在庫がだぶついているのを売られたわけでもなく、あくまでも自分が良いと思って選んだのである。

佐藤可士和の超整理術

2008/11/03(Mon) Book

佐藤可士和の超整理術 表紙
佐藤可士和の超整理術
佐藤 可士和 (著)

整理して新しい視点を見つけるという事は、それまで見えなかったものが見えてきて、視界がクリアになるという事。新鮮な気分になったり、インパクトを与える切り口が見つかったり、人を感動させるポイントが把握できたり、ポジティブな発見がたくさんあります。つまり、視点を見つけたその時点で、アイデアの糸口になっているはずなのです。

クリエイティブなイメージの佐藤可士和いう単語と、地味でロジカルな整理という単語の組み合わせが新鮮で買ってみたら、いい意味で裏切られた。本の中でも書いているけれど、本人は自分の事を「自己表現をしているアーティスト」ではなく「クライアントを診療し問題を解決していくドクター」と捉えているらしく、それを聞いたら納得。

クライアントが見えていないところまで客観的に対象を分析し、グループ化したり優先順位を付けながら何が問題なのかを見極め、その問題に対処するアイディアや表現方法、情報構造を考えるという著者の思考プロセスを、著名な作品を上げながら解説する。

これは自分でも実感していた事だけれど、「何が問題なのか」を見極めクライアントと意識を合わせる事が一番重要で大変だと感じる。「問題を20日で解決しなければならないとしたら私は19日かけてその問題を定義する。」と言ったのはアインシュタインらしいですが、問題さえ定義されれればあとは何とかなる気が最近している。そういう意味では、要件(道具の形)が定義されているプロポーザル方式っておかしいんだよね。その道具で問題が解決できるか分かってもいないのに道具の形を指定してるって。

ひとつ残念だったのは、「本当に商品価値のない商品の場合どういったディレクションをしているのか」という点については、「残念ながらいかんともしがたい」とあっさり切り捨てられていたこと。地方で仕事していく中ではそういうクライアントの場合も結構あると思うんだけど、簡単に切り捨てる事も出来ないし。。。

人を殺めようとする人に刃物を売る事は正しい事か?

2008/11/02(Sun) Diary

あなたが包丁とかナイフを売るお店の店長だとして。客が「これから人を殺しに行くので、切れ味のいい包丁が欲しいのです。」といわれた時に、どう答えるのが正解なのか。(例えが極端すぎるのはご容赦下さい。)

まあ普通に考えれば、「お前に売る刃物はうちにはない!」と怒鳴り散らして、親切心があればその客を説得し、場合によっては警察に通報する事が正しい、とされるのでしょう。一般的に。

ところが、こんな事を言う人がいたとする。「売ってあげなよ。『お客がそれを求めているのだから』、それに答えないと。」と。また、その刃物をひとつ売らないと、そのお店が倒産してしまうとしたら。そして、最初から「殺めたいから」なんていう人は少ないわけで、売った後に「実は…」、っていう事も多い。

いや、自分でも、売らない事が正しい事だとは分かってます。でも、それをするためには自分たちにもそれ相応の前提が必要になるのではないか、と思ったのです。それと、刃物の使い方を分かっていない人にこそ、刃物の使い方を説明する意味があるのではないかと希望を持っていて、その意味を説明し理解させる事ができなかったとしたら、プロではないのではないか、と思ったのですが。

全てを疑う事

2008/11/02(Sun) Diary

数年ぶりにウェブサイト制作の仕事に戻ってきてまずしたことは、全てを疑う事でした。別に、ひねくれた訳ではありません。ちょうどタイミングよくあるクライアントからのサイトリニューアルの案件を担当する事になり、そのサイトを作る上で、必然的にそこを考える必要が出てきたのです。

「なぜサイトをリニューアルする必要があるのか」「なぜ現状のサイトではだめなのか」「そもそもそのクライアントって何なのか」「そのクライアントは社会に必要なのか」「そのクライアントは別のものでは代替えが効かないのか」「なぜ現状のようなしくみのなかでそのクライアントが存在しているのか」「そのクライアントってそもそもいらないんじゃないか」と。

それは、なにもクライアントを否定しているのではなく、上記の質問を繰り返していると、不思議とそのクライアントの存在価値、存在意義が浮き彫りになってきます。そこを見ないでおいたまま、サイトのリニューアルなんて出来ない、と思ったのです。

同じ会社の人からは、そこまで考えなくてもいいんじゃないかと言われたのですが、逆にここを考えずに出来る人がいたらすごいと思います。大げさかもしれないけれど、僕はウェブサイトというものを作る事でそのクライアントを変え、そのクライアントのユーザをも変える事が出来ると信じているからです。自分が出来る事と、社会に必要とされる事、そのクロスする部分が、僕にとってのネットであるから。

ブログの再開

2008/11/02(Sun) Diary

都合1ヶ月半ほどお休みしていましたが、今日からまたブログを再開することにします。この1ヶ月半は、ブログもしないし、RSSも全部購読解除するし、メッセも起動しないしと、かなり意図的にネットから距離を置いてみました。今では少しずつそれぞれのサービスを利用し始めてますが、以前よりいい距離感で使えているので、ブログもそろそろ再開してみる事にしました。

ブログを閉じたのは、また4〜5年前にやっていた受託でのウェブサイト制作という業界に戻ってきて仕事をし始めたときに、自分がその4〜5年前の知識や経験をベースに仕事をしている事に気づいたからです。

それはけして悪い事ばかりではないと思うんですが、ゼロから考える事をしないという悪い面だけが出ているように思い、この再スタートする時期に一度リセットして、過去に自分が学んだ事でも現在それは本当に正しいのかと疑って再構築しないと、過去をずっとひきずってやっていってしまうように思ったからです。そのときに、過去の蓄積の象徴であるブログがとてもじゃまなものに思えました。

「それって本当に正しいの?」と前提条件を疑う事はとてもしんどいもので、答えが出るかどうか分からない暗闇の中をずっと進むような感じに似ています。今も全ての答えは出ていませんが、ある程度足腰の部分は見えてきたように思うので、またこのブログで自分との対話、読んでくれる人との対話がしたいと思えるようになりました。また宜しくお願いします。

悩む力

2008/10/16(Thu) Book

悩む力 表紙
悩む力
姜尚中 (著)

結局、愛というのは、ある個人とある個人の間に展開される「絶えざるパフォーマンスの所産」の謂なのであって、どちらかが何かの働きかけをし、相手がそれに応えようとする限り、そのときそのときで愛は成立しているのだし、その意欲がある限り、愛は続いているのです。

討論系のテレビに出て、勝谷雅彦とかがヒステリックに叫んでいる横で、聞こえるか聞こえないかくらいの落ち着いた小さな声で冷静に話し続ける姜尚中氏の本。売れているらしいので一応買ってみたが、「現代は、自由を手にした代わりに安定を失った社会である。その中では、真面目に考え悩み、自分の納得できる答えを一人ひとりが見つけるしかない」というような話と理解した。

ちょっと話が飛ぶかもしれないけれど、自由と同時に変化の振れ幅も大きくなった現代社会の中では、皇室・天皇家というのは価値が増してきているのではないかと思う。皇室は、変化しない事に価値があるのではないかと思っている。現代ではほとんど消滅した核家族と親族関係を未だに継続し、常に一定の価値観で、国民からも政治からも一歩引いたところにずっと居続ける存在。

現代社会が社会主義と民主主義でケンカしながら一気に資本主義に転換し、バブルで痛い目に遭ったはずなのに、また懲りずにレバレッジ金融を追い求め、またバカのひとつ覚えみたいにそれの全否定に走っている。その中で、常に変わらず存在し続けた皇室には、やっぱりある程度の価値があると思うし、男尊女卑といわれようが男系天皇で行くべきなのかなぁと思う。変わらない事に、価値があるとするのならば。

さて、この本の中でもちょっと浮いた存在の「愛」については、僕も一番分からないところかもしれない。愛とは普遍的な安定した「ゴール」ではなく、お互いの関係性の中で一瞬だけ訪れる「瞬間」じゃないのかなぁという程度は考えているけれど、さて、どうなんでしょうかね。