Posts Tagged ‘考え’

労働組合

2008/06/02(Mon) Society

橋下知事と労組が団体交渉 350億円の人件費削減案で – 産経新聞

42歳の男性職員は「4人の子供を育ててきたが生活が破壊されることになり不安。このままでは、職員の意欲が低下する」。

今年定年を迎える男性職員は「退職金を見込んでマンションを買った。自分なりに地方自治を考えて前向きにやってきたが、しっぺ返しをされた思いだ。退職金のカットは懲罰的だ」と強い口調で訴えた。

別に官庁だからというわけではなく、労働組合ってすごい発想するなぁ。1?2時間話したくらいでは理解し合えないくらい、根本的に何かが違う気がする。昔の社会ってこれで回ってたんだろうか。

こんな恋のはなし

2008/05/28(Wed) Diary

朝、家を出て駅まで歩いていると、ときどき一人の女性とすれ違う。家の近くの歯科医院に勤めているらしく、まあ僕の思考パターンからしてお察しの通り20代後半で、すらっとしたおとなしい感じの人で、この写真の西田尚美に似てると思うのですが、こちらも僕の似てるはたいてい似てないのでその辺ご考慮ください。

用もないけど歯石の除去とか適当に理由つけてその歯医者に行こうかなぁなどと高校生みたいなことを考えたりしたのですが、行って違う人だったら嫌だなぁとか、逆にその人に当たっても綺麗でもない口を見られてもなぁとか、これまた高校生みたいな事を考えたり。

仮にどうにかなったとしても、その後の諸々のプロセスを踏んでいくのはめんどくさいなぁとこちらは枯れたおっさんみたいなことを考えてみたりする今日この頃です。と、たまには普通の事を書いてみるテスト。あ、そういえば僕が29歳になったときにお互い結婚してなかったらつきあいましょう、というこれまでこの国で何百回交わされたか分からない履行率の低そうな約束をした人がいるのですが、あの約束は生きているのであろうか。

一分間だけ

2008/05/24(Sat) Book

一分間だけ 表紙
一分間だけ
原田 マハ (著)

小石や、名もない雑草、蟻んこ、ガム。そんなささやかなものに行き当たるたびに、決まってあの子は立ち止まる。

この世で考えられうる限りもっとも価値のないもの、それにあの子は夢中になるんです。形を認識して、匂いを嗅いで、いつまでも動かない。そんなくだらないものを、いとおしむように。まったく、あきれるくらいに。

でも、あの子がそうしてくれるおかげで、私は空を見上げることが出来るんです。

一人の女性編集者が過ごした、ゴールデンリトリーバーのリラとの物語。処分される寸前での出会いから、同居していた彼が去った後の彼女とリラ二人だけの生活、ガンの告知をうけたリラとの闘病の日々が綴られている。

変に「動物愛護」とかに走るのではなく、ただたんたんと一匹の犬との生活が綴られている。犬と接する人々の描写はとても心地いいものだったけれど、主人公の女性編集者の感情の起伏が単純すぎて、人間が溜まった感情をはき出す時はもっといろいろ積み重なった時じゃないかなぁと若干描写不足な印象。

銀星将棋DS

2008/05/10(Sat) Diary

銀星将棋DS パッケージ
銀星将棋DS

最近これを買ってちょくちょく将棋をやってます。元々小学校の頃にじいちゃんとか友達と指していたので基本的なルールは分かってるんですが、その頃も今もボードゲームのたぐいはめっぽう弱いので、一番弱いレベルでも勝ったり負けたりといった感じです。

将棋は運は全く関係なく実力がはっきり出るゲームなので、最初は我流でやっていたら全然勝てなくて、棒銀とか基本的な先方をネットとかで調べて使い始めたらちょくちょく勝てるようになってきました。それらをベースに、自分がこう指したら相手がこう指して…と考えるのは結構楽しいもんです。DSのゲームって結構簡単に飽きてしまうんですが、(自分が弱いこともあって)このゲームは長く遊べそう。

Mac OS X の言語モードを英語にしてみた。

2008/05/10(Sat) Mac

Mac OS Xを英語モードにするとFinderとかの挙動が早くなるという記事を読んで、英語にしてみた。やり方は、「システム環境設定」の「言語環境」にある「言語」タブで、Englishを一番上に移動して再ログインするだけ。

正直そんなに早さは実感できなかったんだけど、そのまま英語モードで使ってみることにした。最近Linuxをさわっていて、英語が読めるようになるともっといろいろ理解できるんだろうなと思い始めていて、英語になれるためにも普段使っているMacから英語にしてしまえ、ということで。

とはいえ、画面に出てくる英単語のほとんどは「ファイル」が「File」になったりで元々カタカナになっているだけだったり、位置で機能を覚えていたりするのであんまり英語の勉強になってないのだけれど、ダイアログに出てくる長文とかは元々日本語の画面で意味を覚えているので、英語にするとこうなるのね、程度には役立ってるかも。

別に英語しゃべれるようになろうとか大それたことは考えてないのですが、Linuxの画面に出てくる英語とか、英語系のITサイトの英文が読めるようになると普段と違う情報に接することが出来ていいかなぁと。Linuxの勉強と同じように、飽きないように、常に接して、慣れるという方式でやっていこうかと思います。

決断力

2008/05/07(Wed) Book

決断力 表紙
決断力
羽生 善治 (著)

一人で考えるか、それとも何人かの人が集まって知恵を出し合うか、どちらがより有効かは、非常におもしろいテーマだ。私は、基本的には一人で考えなくてはいけないと思っている。

将棋の羽生さんの本。基本的には将棋の話が書かれているんだけれど、より多くの人に読んでもらうためか、その内容はビジネスにも通じますよという形で書かれている。

僕は将棋の話として読んでいったんだけれど、ロジックではなく直感や決断で手筋を考えていくと書かれていたが、それはやっぱりロジックをやり尽くしてそれがベースにあってが故の芸当なんだろうなと思う。決断力の大切さを訴える本ですが、かえってそのベースにはロジックが必要なんだなと感じる。

ニンテンドーDS LiteとマリオカートDSを買った。

2008/04/30(Wed) IT

ニンテンドーDS Lite
ニンテンドーDS Lite

マリオカートDS
マリオカートDS

任天堂の決算発表を見ていたら、いつの間にか買っていました。買った後になんでまたゲームを見てとかではなく決算発表を見て買ってしまったんだろうと考えたら、会社の掲げている理想にとても共感でき、実際の数字でもその結果が伴っているので、その製品に触れてみたかったんだろうと思う。

ゲームをちゃんと買うのも(PSPを借りたことはあるけれど)プレステ1以来。家にテレビを置いていないので、一緒にテレビも買わないといけない据え置きを買うのがおっくうなので、どうしても携帯型になってしまう。Wiiもほしいけど。

DS本体はガジェットとしてはいい形をしているけど、正直ちょっと使いにくい。お弁当箱みたいな形なので、両方の人差し指で触るLとRのボタンが押しにくい。AやBのボタンや十字キーも、全体的にちょっと小さくてしっくりくる感じがしない。でもインターフェイスや全体的なわかりやすさはさすが。

マリオカートは、スーファミでやった以来。全体的に難易度は低いけれど、どこまでもやりこめる工夫がある。それからWiFiコネクションを使ったインターネット対戦がおもしろい。レースゲームなのでそんなにあれる要素がないからかもしれないけれど、友達と隣で一緒にやっているような感覚で楽しめる。今後ドラクエの最新版もDSで発売されるみたいだし、ソフトもちょこちょこ買いそろえていこうかな。

見えぬものこそ。

2008/04/28(Mon) Society

「たかじんのそこまで言って委員会」に、光市母子殺害事件の元被告任弁護士が出ていた。そこまで言って委員会にしてはめずらしく、お笑い目的ではなく、出演者それぞれが感情をあらわにして様々な議論が交わされていた。

判決が出たときのエントリでは、正直気持ちがまとまりようがなかったので、少しだけ思ったことを書いてみた。今回の委員会を見ていて、今回はこういう結論になったけれど、本当はどういう結論に至るべきであったのかを考えてみた。

今回起きた結果とそれを行ったのが被告であること自体に議論はなく確定していることを前提に。今回そういう判断はされなかったけれど、たとえ心神喪失であったとしても、故意のない過失であったとしても、その経緯にかかわらず人の命を殺めたこと自体はいけないという基本に戻る。そのこと自体には反省し、被害者への謝罪と今後の更正をきちんと誓うべきであったのではないか。

その上で、過失でしたとか、心神喪失でしたとか、そもそも結果を招くに至った経緯がちがうだとか、そういう所を主張すべきであったのではないか。こういうとよく「認めて反省しないと心証が悪い=有罪であることを前提にしないといけない」という展開がされるのだけれど、それはまた違うのではないか。

「人が亡くなった」という結果自体は経緯はどうあれ間違いないのだからその点は反省すべきで、その経緯を説明し量刑を協議する。今回の事件が仮にそういう経緯をたどったのであれば、本村さんの反応も、メディアの反応も変わり、結果的に加害者が死刑台に上るのだとしても、その場所まで歩く彼の心境はまた違ったのではないか。

元々悲しいこの事件に、ハッピーな結末などないとは思う。でも、今回はすべてが一番最悪な方向に行ってしまったのではないかという気がしてならない。もちろん後から言うのは簡単だけれど、何も言わずにまた同じ事が繰り返されるのよりはましだろうと思う。

ウェブ時代をゆく

2008/04/25(Fri) Book

ウェブ時代をゆく 表紙
ウェブ時代をゆく
いかに働き、いかに学ぶか
梅田 望夫 (著)

本書には、「社会はこうあるべき」と虚空に向け提案を放り投げるような言説は一切含まれていない。個に「自助の精神」さえあれば追求可能な新しい可能性やその方向性を考え続けた。志向性を拠り所にできさえすれば、仮にこれまでは「自助の精神」を発揮できなかったとしても、これからはできるのではないか。その一点に期待をかけ、それを直接、一人ひとりの読者に伝えたいと思いながら書いた。

ウェブ進化論以来梅田さんの本は多数出ているのですが、その中でも前編書き下ろしでウェブ進化論と対をなすという説明に惹かれて買ってみた。ウェブ進化論が新しい「あちら側」であるネットの世界と「こちら側」である現実社会について解説した本ならば、この本はその世界で可能になってきた新しい働き方を説いた本。

僕はちょっと前まで、梅田望夫という人がよく分からなくなっていた。ウェブ進化論はたしかに大いに勉強になったけれども、それ以降は橋下大阪府知事の言うところの「机上の空論」というか、抽象的なことばかり言ってぼかされているような気がして、なんというかちょっと敬遠していた。もちろん、僕がきちんと彼の文章を読んでいないのかもしれないが。

ところが最近読んだ「おもてなしの経営学」の筆者中島聡さんと梅田さんの対談の中で、梅田さんのしたいことは新しい形の教育だという下記の一文を読んでから納得し、彼が何をしたいのかがよく理解できたので、この本を買った。

福沢諭吉が明治の少し前に慶應義塾を作ったとき、同世代の人たちから見れば彼が何をやっているのかさっぱりわからなかった。今でこそ慶應義塾大学は有名校だけれど、昔はただの私塾だものね。だから僕も、同世代には分からなくても将来的に「あのとき、あいつは新しいことをやっていたんだな」と言われたい。

(中島聡著 おもてなしの経営学 アップルがソニーを超えた理由)

僕が印象に残ったのは、インターネットにより学ぼうと思えばどこまでも学ぶことが出来る個人の知が高速道路化された現代の中で、どうやって「好きを貫いて」生きていくことが出来るかという著者なりの答え。正攻法でそれを扱う大企業に入ってという方法の他に、「けものみち」と表現される総合志向の自由な生き方。

自由とは言いつつも、そこで生きるためには「際限のない好奇心」と「終わりのない学習」といった自立性が強く求められるため、決して自由に好きなことだけしていくといった生やさしいものではない。そして、自分の好きなことは何かと極限まで自分自身に問い詰める作業が必要となる。

その助けとなるのが「ロールモデル思考法」。ロールモデルとは、お手本となる人を見つけてそれを指針にするという最近よく言われている方法だけれど、それを複数の人から共感できる部分だけを参考にするという方法はなるほどと参考になった。

たとえば、イチローのハングリーさ、古田のロジカルな考え方、みのもんたの時間の使い方、みたいに、それぞれの共感できる一部分だけを参考にする。この方法だと確かに参考にする部分を見つけやすく、自分にあった目標=好きなことが見つかりやすい。今後の自分の仕事を考える上でとても参考になり、自分なりのロールモデルを考えてみて、今後が少しすっきりした。

判決の重さ

2008/04/22(Tue) Society

【死刑判決で本村さん(2)】「彼が納得しているか見極めたくて、背中を見つめていた」 – 産経新聞

死刑という問題は、この法治国家ができてから古くて新しい問題で、答えがないと思っていますが、人の命を最も大事なもの思っているから死刑という制度も残されてきたのだと思います。この判決を受けて、被告に対して刑罰が重いという人、適したものという人がいると思いますが、それを論じても意味がないと思います。死刑というものがあって、人の命をこの国がどう判断するかということを国民の皆さんが関心を持ったから、(この事件に)世論が集まったんだと思います。死刑に関してはいろんな議論があると思いますけど、死刑存続の方も廃止の方も、目的は安全な社会をつくることに変わりはないと思います。だから犯罪を減らせるかどうかということに、私は人々の力とか労力を傾注すべきではないかと思います。両手放しに死刑は必要だとか間違っていないとか言えないので、迷いながら悩みながらこの制度を維持してゆくべきではないかと思います。

【死刑判決で本村さん(3)】「弁護人の正義は黒を白やグレーに変えることではない」 – 産経新聞

−被告の更正の可能性はあると思うか

可能性は十分にあると思います。過ちを犯した人間が悔い改めて更正できないことはないと思います。ただそれと罪の重さは違うと思います。

この判決が出るまでの9年は、長いですよね。9年前と言ったら、僕は16歳。働き始める前で、中3か高1ぐらいじゃないかな。記者会見で報道陣の質問に即座に的確な受け答えをしている本村さんを見ると、普通の人では出来ないくらい考え込まれているのが伺える。

それほどの考えを至るにたどった9年という時間は、本来本村さんが生まれたばかりの子供と小学校の入園式に出たり奥さんと旅行に行ったりして過ごす時間であったことを考えると、それを奪った被告にとって重すぎるとはいえない判決であったのではないかと思う。でも、まだ続くんだよね。