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政権力

2009/08/15(Sat) Book

政権力 表紙
政権力
三宅 久之 (著)

この「政権力」という「永田町の見えない鍵」を可視化することによって、日本の有権者のみなさんが保有する、何人たりとも侵すことの出来ない権利である選挙権を100%余すことなく行使して、少しでも、この国の将来に光明を見出すことができれば、と願っております。

歴代の長期政権や短命政権のエピソードを交えながら、現在の与野党の現状と比較し、国家を仕切る政権に必要なものを政権力というキーワードで解説している。実際政権を取った時間が長い故に、必然的に自民党についての話題が多くなるが、自民党の歩みと絡む形で他の政党についても話が及び戦後政治を流し読みすることも出来る。

僕は2005年の小泉首相の衆院選(郵政解散)、2007年の安倍首相の参院選(美しい国解散?)ではそれぞれ完敗した方の政党に投票していて、どうも民意とずれているぽい。今回も結果的に劣勢が伝えられる方の政党に投票しようとしているので、過去の経験で行くとたぶん自民党は負けてしまうのだろう(謎。

1年前は、「次の衆議院選挙で一回民主党に政権を担当させて失敗してもらって、自民党には権力を失うという苦渋を味わってもらって、2010年の参議院選挙、その次の衆議院選挙と徐々に政権に復帰してもらい、過去の反省をふまえた政権をやってもらう(福田さんに首相の資格が無いと言う前に、国民に有権者の資格がない。)」と民主党でいいじゃないかと書いていたんだけれど、最近どうも民主党はおかしい。

西松建設からの献金も個人(故人)献金も自民党の陰謀だ的な事を言う人もいるけれど、たとえそうだとしても民主党の政策をやったら日本が財政的にも国防的にも国民生活的にも壊れてしまうようにしか見えない。自民党が政権に復帰した時既に遅しという状況になってしまっている気がする。ちなみに幸福実現党。政治より宗教で国を統一することが統治者にとって効率的に見えるのは分かる気がするけれども、理想論で急性過ぎる。時流が宗教にとって追い風と感じたのかもしれないけれど、そんなにうまくいかんって。

天皇論

2009/08/15(Sat) Book

天皇論 表紙
天皇論
小林 よしのり (著)

天皇皇后両陛下御結婚満50年に際して(平成21年)

質問の中にある「皇室」と「伝統」、そして「次世代への引き継ぎ」ということですが、陛下はご即位に当たり、これまでの皇室の伝統的行事及び祭祀とも、昭和天皇の御代のものをほぼ全部お引き継ぎになりました。また、皇室が過去の伝統と共に、「現代」を生きることの大切さを深く思われ、日本各地に住む人々の生活に心を寄せ、人々と共に「今」という時代に丁寧にかかわりつつ、一つの時代を築いてこられたように思います。

伝統と共に生きるということは、時に大変なことでもありますが、伝統があるために、国や社会や家が、どれだけ力強く、豊かになれているかということに気付かされることがあります。一方で型のみで残った伝統が、社会の進展を阻んだり、伝統という名の下で、古い慣習が人々を苦しめていることもあり、この言葉が安易に使われることは好ましく思いません。

また、伝統には表に現れる型と、内に秘められた心の部分とがあり、その二つが共に継承されていることも、片方だけで伝わってきていることもあると思います。WBCで活躍した日本の選手たちは、鎧(よろい)も着ず、切腹したり、ゴザルとか言ってはおられなかったけれど、どの選手も、やはりどこか「さむらい」的で、美しい強さをもって戦っておりました。

陛下のおっしゃるように、伝統の問題は引き継ぐとともに、次世代にゆだねていくものでしょう。私どもの時代の次、またその次の人たちが、それぞれの立場から皇室の伝統にとどまらず、伝統と社会との問題に対し、思いを深めていってくれるよう願っています。

読む前は、皇室はずっと続いていってほしいと思っていて、読んだ後もそれは変わらなかった。個人はもとより、企業や政治家でさえ近視眼的になり右に行ったり左に行ったり自由主義に行ったり保守主義に行ったりと右往左往しがちな日本や世界の中で、唯一変わらない存在が同じ国の中にどっしりと座っているというのは、それだけで価値のあることではないかと僕は思う。

天皇陛下に何かを願うわけではないし、皇室があれば日本が守られるとも何も思わない。逆に何か直接的なことをしてしまうとそれは具体的になるということであって、時代と共に変わることを余儀なくされるので、今のままの間接的な立ち位置で国民から少し離れた距離を保っている方がよいとさえ思う。

変わらない、直接的に何かをするわけではない存在に価値があるのかと言われると僕はあると思っていて、たとえばそれがあることで日本がいまどの立ち位置にいるのかということを諸外国との相対的な位置ではなく皇室を基準とした絶対的な位置で把握することが出来るだけでも、またそれが歴史の中の事実ではなく現存しているものと比較できるということだけをとってしても、価値のあることだと思う。

戦争との関係を考慮してか、学校ではあまり皇室について学ぶことはなかったと思う。皇室に詳しい人も、あまり多くを語らないか平易に語りすぎてよくわからない場合が多い。その配慮は何となくわかるし、週刊誌の題材になるような下世話な話題ばかりも嫌だけれども、もう少し広く日本人が知ってもいいのではないかと思う。その手始めとしてこの本が適切かと言われると、微妙だけれども。

生きるために学んだ

2009/03/23(Mon) Clip

生きるために学んだ「余命5年」57歳女性、関大卒業 – 朝日新聞

難病の原発性肺高血圧症、肝硬変、髄膜腫を患い、余命宣告されたのは00年春。主治医は服部さんに「5年くらいかな」と言ったが、夫には「長くて3年」と伝えた。

人生が残り少ないと覚悟したとき、思い立ったのは、父の病気と家計への気兼ねであきらめた高校進学だった。通信制高校に入り、05年に関大文学部をAO入試で受験。面接で志望理由を聞かれ、「生きるため」と答えた。

生きることは学ぶこと、学ぶことは生きること、なのかな。最近、学ばなくなるということは社会性という観点から見るとの人間の死ではないかと考えることがあったので、人生の終わりに改めて学びの道に入ったこの人の生き方はとても美しいと感じた。

聖女の救済

2008/10/26(Sun) Book

聖女の救済 表紙
聖女の救済
東野 圭吾 (著)

「何とかしてやれたんじゃないかって思うんですよねぇ。私がぼんやりしていなかったら、あの子の悩みにも気づいてやれたんじゃないかって。」

ガリレオシリーズの「容疑者Xの献身」に続く長編。読み終えて、タイトルに納得。ただ、ちょっとトリックの奇をてらいすぎているよにも思う。たしかに美しいトリックで、犯人にもその資格は感じられるんだけど、「容疑者Xの献身」の時のようにもう少しそこに至るまでの心境の積み重ねがあった方がよかったんじゃないかと感じた。

美男美女限定SNS

2008/08/11(Mon) IT

たまには下世話な話題を。BeautifulPeopleというSNSを見つけた。サイトの説明文によると、

beautifulpeople.netは、”美しい人たち(魅力的なルックスとパーソナリティをもつ人)”のための世界初のSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)です。BP.netは「選ばれた美しい人(既メンバー)が未来のメンバーを選ぶ」というルールをとっており、”同じ美しさの価値観を共有する人たち”のプラットホームといえます。

ようは、美男美女だけが入れるSNS。入会時には、男性は女性会員から、女性は男性会員から自分の容姿をチェックされて、ある程度のメンバーから「ビューティフル」と判断されないと入会できない。「日本では3,004人が入会審査にエントリーしたが2,704人が落選」らしいので、ハードルは結構高そう。しかも、合格した後は最低プランでも月額2,500円からの料金がかかるらしい。僕は身の丈を把握してますのでエントリーしませんが(汗)、ビジネス的にはうまいなぁと思う。

招待制のSNSは結構あるけれど、審査制のSNSって初めてじゃないか。こういうSNSってある意味目的ははっきりしている(謎)ので、男女ともにニーズはあるけど、女性にしてみれば危険性もあったりするので女の人が集まりにくい。その点、ネット上なので詐称しようと思えばいくらでも出来るけどある程度の審査があって、毎月いくらかのお金を払わないと行けないので幽霊会員も少なく、mixiで送られてくる変な男からのメッセージに反応するよりは安全なのかなぁ。

前に、知り合いの男の人がネカマになってmixiに登録してみたら男からのメッセージがバンバンきたという話を聞いたことがあるので、こういう市場はお金になるんだろうね。

嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん(2) 善意の指針は悪意

2008/03/08(Sat) Book

嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん 善意の指針は悪意 表紙
嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん
善意の指針は悪意
入間 人間 (著)

やっぱりマユは良いなぁ、幸福を原料抜きで生成する。
悩みなど手品の鳩ぐらい鮮やかに消滅してしまった。

うーん。おもしろいのはおもしろいんだけど、ちょっと文章壊れすぎ。誤記か誤植かと思うような文章が続いて、読むのが疲れる。美しい日本語が読みたくなる。前作に比べると、どこかで聞いたような言葉が目立った。

前作に続き、主人公は不安定な場所に生まれた見返りを求めない愛をしてるのかなぁと思ったりもするけれど、どこかで自己満足という見返りが生まれていることも本人はたぶん自覚してるんだろうな。

一見狂ったような行動ばかりしているみーちゃんですが、今回の登場人物の中では一番悪いことをしていない。まあ、ほかの人たちもしようと思ってしたわけではないんだろうけれど。表面上狂っている人が一番そうでなくて、表面上普通な人が一般的には悪いとされていることをしているという、サブタイトルのうまさに関心。

真鶴

2008/02/10(Sun) Book

真鶴 表紙
真鶴
川上 弘美 (著)

夜の九時頃って、人は何を考えるのかしら。聞いた。
さあ。夜の三時や、あけがたの四時に感じることならば、知っているけれど。
青磁の答えに、顔をあげた。三時や四時?
三時は、少しの希望。四時は、少しの絶望。

「失踪した夫を思いつつ、恋人の青茲と付き合う京は、夫、礼の日記に、「真鶴」という文字を見つける。“ついてくるもの”にひかれて「真鶴」へ向かう京。夫は「真鶴」にいるのか?」という紹介文から、ミステリのようなものかと思っていた。でも実際は、何ともつかみ所のない、化かされたような感覚になった本。

感情の表現や、それを言葉に落とす時の日本語の使い方がとにかく美しい。全体を通すととても静かな文体なのだけれど、その中に鮮やかに感情や情景が浮かんでくる。女性の主人公の心理描写の中には、愛おしいあまり狂気に変わってしまったような表現や、男の僕には何とも理解しがたい心の動きがあったけれど、女の人が読めばまた違うのだろうか。

特にベットシーンの描写が、今まで読んだどの表現とも違う。露骨な表現はしていないのだけれど、けして避けて書いているわけでもない。その行為を通じて形作られる二人の心情についてはもの凄く鮮やかに描かれている。そしてそれがまたとても美しい。

「ついてくるもの」や、「夫はどこへ行ったのか」については、最後まで僕ははっきりとした答えが分からなかった。一応の解釈が出来るようにそれらしいことは描写されているのだけれど、なんだか狐に化かされているような、どこか信じ切れない読後感。

「ことば」の素顔

2008/01/21(Mon) Clip

ちょっと前に、コピーにまつわるエントリが福井からふたつ続けてあがっていた。

::: カウベル・コーポレーション|COWBELLog – 日常生活における「コピー」会話。 :::

池澤氏は、こうした誇張が混じるのはしょうがないけれど、消費者は言葉を「軽く」しか受け取らない。問題なのは「言語生活全体がこの軽さに染まってしまったこと」と訴えます。

コピーを、ふつうの生活に。 >> lablog

ちがう世界で生きる言葉をドッキングさせたりして、
より強い言葉をつくることは、
広告コピーとしては常套手段。

だけど、そういう言葉こそ、
普通の毎日の生活で登場することで
普通の毎日の生活を豊かにできるのかも。
と思ってしまいました。

ひとつは言葉の現状を戒め、ひとつは言葉のちからを見つめ直すエントリで、表現は違うけれど、二つのエントリが見ていることばの正しいかたちは同じなのではないかと思った。ことばをあつかう仕事をする二人のエントリに、そうでない僕がそれを語るのがおこがましいのは承知の上で少し考えてみる。

自称世界の警察さんとかの言動を見ていると、言葉は行動と結びついて初めて意味を持つのだなと感じる。どんなに美しい言葉を発しても、それとちぐはぐな行動をしていると次からはその言葉自体が軽く感じる。

言葉(特にコピー)とは人で言えば顔のようなもので、良くも悪くも第一印象でしかないのではないかと思う。その顔(コピー)をきっかけに、実際にその人(物やサービス)とふれてみて、その通りのこともあれば、いい意味でのギャップを感じることもあるし、逆のこともある。スーツを来た野球選手にどこか違和感を感じるように、野球選手にはやはりユニフォームが似合う。

その人(物やサービス)以上の言葉を発すれば出会ったときに幻滅されるし、過小評価しすぎても気づいてもらえない。もとい、これまでと違う表情を見せることで新たな魅力に気づくこともある。言葉はその人と相手をつなぐメッセンジャーであって、その人以上に魅力的な言葉など存在しないのではないかと思う。

んー。読み返すとなんだか言葉の力の限界を強調しているような内容になってしまいましたが、そういう意図ではありませんのであしからず。思っていることを伝えるのは難しい。

GOSICKs II

2008/01/03(Thu) Book

GOSICKs II 表紙
GOSICKs II
夏から遠ざかる列車
桜庭 一樹 (著)

-子供のころは美しい顔にばかり気を取られて、近づけなくて、だからわからなかったの。
   それがわかったのは、大人になったからかしら。

 だとしたら、時が経ってやがて大人になるのも、悪いことばかりじゃないわねぇ。
  このままずっとこどもでいたいと、あのころは思っていたけれど。-

今年の読み初め(?ってあるのかな)1冊目はGOSICK。この物語を読んだ事で、GOSICKシリーズもあと1冊GOSICKs III(もちろん購入済)のみとなりました。去年の4月から新刊が出ていないのがちょっときになるけど、気軽に読めるかわいい話で、たまにいい言葉と出会えたりもして結構好き。名探偵コナンみたいな感じでしょうか。今年の読書目標100冊中はじめの1冊として。

三十路を迎えた美しい大人の辻髪のような思考と行動

2007/07/06(Fri) Diary

僕自身のことではないのですが、僕も関わった話として。

人との約束を守らず、きちんとお金を払わない人ってホントにいるんですね。こちらから連絡を取っても応答しない。三十路を迎えたいい大人が、辻髪の子供みたいだ。その人はとても綺麗な人なのですが、中身はとても幼い。それとも、その幼さを補う為の美しさなのでしょうか。そうだとしたら、あまりにも悲しい。