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look forward

2009/05/17(Sun) Diary

今週東京出張の時に、福井信蔵さんとお会いすることが出来た。古くはWDMLで初めて知って、その後bAを設立され、今はShinzo Graphica & Associatesとして独立されている。僕がDP2を買おうと思ったサイトの写真も信蔵さんが撮ってた。

二人で飲んだときの会話の内容はなんともブログでは書きにくいことが多いのだけれど、そこから感じた事を少し。結局の所、自分がやっている仕事を信じて、コミットして、どれだけリスクを背負って本気でやれるのかということだという結論に。場数を踏んで、他の人の仕事もたくさん見て、どれだけ試行錯誤を続けられるか。

信蔵さんは東京で、僕は今福井で、環境や条件は当然いろいろと違うのだけれど、一つのクライアントにリスクを負ってコミットしていくという所など福井の方がやりやすいのではないかと感じる事もあった。逆に場数は東京に比べて圧倒的に少ないのだけれど、それはやり方次第だろうと思う。

いろいろ教わってばかりで何かをお返しできたかは全然自信がないけれど、たくさん刺激をもらった、なんて締めくくりにはせず、今回初めて知ったことや、新たに浮かんだ疑問、クリアになった自分の足りないところとかを、日々の仕事とこれからの長い人生の中にきちんと反映していく事でお返しできたらなと思う。ありがとうございました。

shinzlog – Clips: look forward

そういう意味で、健全な上昇志向をもっている人には、僕が知っていることや、経験してきたことを、教えたり話すことを、これからも続けていくと思います。そして、それによって知らないことを逆に教えられる、という自分の学習を続けたいと思います。でも、僕は自分が学ぶので精一杯です。僕には、健全ではない上昇志向を基に、デザインを利用しつつデザインの力を馬鹿にするような意識の人に「そうではないんだ」という事を説いていくほどの余裕はありません。それよりも、「もっと良いものを。もっと先へ。もっと役にたつものを。」と思っている人たちと、デザインというものを考えて行く時間を大切にしたいと思います。よろしくお願いします。

写真を撮ること、文章を書くこと。

2009/05/08(Fri) Camera

最近写真を撮っていて文章のブログを書いていないんですが、「写真を撮る」ことと「文章を書く」ことはとても近い事だな感じる。「写真を撮る」時は、対象を選び、フレームを定め、シャッタースピードやフォーカスを調整してシャッターを切る。「文章を書く」時は、テーマを決め、論点を整理し、文章の流れを見ながらキーボードをタイプする。僕の中では「写真を撮る」ことと「文章を書く」ことはとても近い。

とはいえ違う事もあり、それは「感じる」か「考える」かという事。もちろん写真でも取り方をいろいろ「考え」たり、文章でも何を「感じ」たかを表現したりという事は多分にありそれぞれが拮抗するのですが、「写真を撮る」時は「感じる」事が勝り、「文章を書く」時は「考える」事が勝る。僕がこれまで文章で書いてきたことの中には、1枚の写真で全て事足りより伝わる事もあったのかもしれないと思う。

DP2という個性 | SIGMA DP2 : スペシャルコンテンツ

単焦点レンズには、写真の原点に気づかせてくれる効用があります。シグマは、写真を撮る行為とは、あくまで主体的なものであるべきだと考えます。被写体を選び取り、その被写体が最も美しく見える角度を見極め、その角度に最適なフレームを与える。被写体に注ぐ光や影、色に配慮する。これらはすべて写真を撮ることそのものであり、それらを通じて初めて撮影者が被写体と写真に主体的に関われるのだと考えています。

DP2のサイトで単焦点というズームできないレンズの特徴を説明したこの文章を読んだ時は、正直「なんか言い訳がましい。素直に不便ですって書けばいいのに。」と思った。ただ使ってみたら理解した。僕は写真を撮ることは好きだけれど、撮っているとどうしてもその場に参加できないような、カメラを通すと撮影対象に積極的に関われない感じが嫌だったので、知り合いの結婚式とかその場にきちんと関わりたい時はカメラを持って行かないようにしていた。でもDP2ならアリかなと思う。まあ、撮影場所を選ぶカメラだけど。

DP2を買った当初はカメラの技術的なこととか、良い写真とは何だろうかといろいろ考えて自分が撮る写真が凄く納得いかなかったんだけれど、文章と同じだということに気づいてから、若干ブレていようがピントが外れていようが、自分が感じたことを、自分の写真を観た人が同じように感じてさえくれればいいのではないかと思うようになった。それは、技術論より遙かに難しいことなのかもしれないが。

26歳。

2009/03/16(Mon) Diary

26歳になりました。毎年誕生日にはブログを書いてると思ってたんですが、23歳を最後にここ2年ほどは書いてなかったみたいです。でもまぁ、最近ブログあんまり書いてないので、考えている事を整理がてら残しておくことにします。たぶん散漫でまとまりがない文章になると思いますが。

今の自分の頭の中で漠然と思っているのは、福井で暮らしながら、福井のクライアントと生活者のために、チームとしてはコミュニケーション、いわごろ個人としてはインフォメーションアーキテクチャを軸に、顔の見える個人に向けて一つ一つ丁寧に仕事をしていきたいなぁということです。これまでこのブログに書いてきたいくつかの目標の中から、こぼれ落ちている物(ex.技術)もあれば変わらずに持ち続けている物(ex.ウェブ)もあり、いろいろ形を変えながらではありますが、今に至ります。

なんとなくではありますが、思い通りになる事よりも、思い通りにならない事の方が最近増えてきたように思います。そのおかげかどうかは分かりませんが、以前に比べるとだいぶん寛容になったと思いますし、どうせいろいろこぼれ落ちてしまうのだからと自分の考えや想い自体は以前にも増して刺々しくなっているようにも思います。

また、自分を壊そう壊そうと意識的に動いていたりもします。今までの自分が作りそうな物をいったん否定してから物を考えていくようにしたり、新しい分野になるべく顔をつっこんでいろいろなことを覚えたり、これまで得たことを学び直したりということも意識的にやっています。若干散漫な感じもしていて、フォーカスがゆるんでいるという風にも思っていたりはしますが、仕事でもスケジュールやクオリティを守れる範囲であえてカオスにカオスになるようにしています。今後のためには、無駄なことではないだろうと思って。

僕が仕事をし始めたときの初めての上司というか、先輩的な人と僕が初めて会ったとき僕は17歳でその人は26歳くらいだったように思います。1・2歳間違ってるかも知れませんが、まあその人はそのぐらいの年でした。その人みたいになろう、なんて事は今は思っていませんが、これまで仕事をしてきた中で、26歳になったときに、26歳の時のその人を超えられているだろうか、みたいなものが心のどこかにずっとありました。

超えるも何も時代や社会の環境も違うし、何をもって超えたとするのかという明確な基準があるわけでもないです。そしてその人はそのときから8年くらい経ってまたどんどん先を走っていっているので、永遠に追いつくことはないでしょうし、距離が縮まっているのか、差が開いていっているのか、それさえもよく分かりません。

ただ、けして縛られているという意味ではなく、これからもずっとどこかでその人の影を追いかけていくような気がしています。向こうにしたらはた迷惑な話かも知れませんが、個人的にはその人のような羅針盤的な人と出会えたことはとても幸せなことだと思うし、僕が言う話ではないと思いますが、東京でどんどん先を走っていって欲しいと勝手に思ったりしています。僕もその背中を追いかけて、若干向かう方向は違うのかも知れませんが、福井で走っていきたいと思っています。ちっぽけではありますがこれまで蓄えてきたスキルと経験と17歳の時の初心を両方忘れずに、明日もまずは目の前のことをきちんと形にしていきたいと思います。不束者ですが、26歳になったいわごろを宜しくお願いします。

福井新聞 – 越山若水 2009年02月12日

2009/02/12(Thu) Clip

福井新聞 – 越山若水 2009年02月12日

2009年02月12日

ブログとは、個人がネット上で日記や写真を公開するホームページ。そのブログに執拗な中傷や非難が殺到する現象を「炎上」と呼ぶ。閉鎖に追い込まれる例もある

先週、ブログ炎上に関して警察が動いた。殺人犯であるかのようなコメントや「死ね」「殺してやる」といった脅し文句を書き連ねた19人を摘発した

聞くところによると、彼らにそれほど悪質なことをした意識はなく、まして警察沙汰(ざた)になるとは全く思わなかったらしい。ブログ書き込みで一斉摘発した例は過去にない

まさに匿名性の負の部分があらわになった。相手に面と向かうわけでなく気遣いは無用。感情のブレーキが利かなくなり次第に別世界へと入り込み冷静さを失ってしまう

ネット普及の陰で、脅迫や名誉棄損に関する警察への相談が増えている。2003年は約3600件。07年にはその2.4倍、8800件を超え、1万件の大台も時間の問題である

ブログ炎上に限らず、中高校の学校裏サイトや自己紹介の携帯プロフでも暴力的な言葉のいじめが飛び交っている。それを苦に生徒が自殺した悲報も届いている

ネットは誰もが意見や反論を交わせる自由な空間だ。ただ明らかに公共空間であり単に鬱憤を晴らす場ではない。匿名性をいいことにルールなき無法地帯であれば、せっかくの自由性にもネット(網)がかけられる。

「匿名性の負の部分」じゃなくて「人間の負の部分」。匿名じゃなくても人は人を殺してる。「せっかくの自由性にもネット(網)がかけられる」なにこのうまいこと言ってやったぜ的な結び。公共広告機構の広告と自社広を純広で全部埋めてから言いましょう。

マスメディアの権威なんてもう無いんだから、時事通信だか共同通信だか知らないけど通信社からの配信記事で紙面を埋めるのではなく、地元のニュースで紙面を埋め尽くす取材力つけておかないと。よく見たら地元記事にひとつも記者の署名ないし、意味分からん。

さて、このエントリも「匿名性の負の部分」なんでしょうか?一応実名ブログなんですけど。ということで匿名でも実名でも人は言うよと言う話。

おはよう、今日も元気です。

2009/02/08(Sun) Clip

れっかブログ 終了のお知らせ

私は日々、思う事や信じる事を私なりの観点でこのブログで書き綴ってきましたが、たとえば「それは書かなくてもよい」「それは言うべきではない」と私以外の人に判断されてブログを書くことには何ら意味を見いだしません。

こんな性格なので、政治的なこと、歴史的なこと、社会的なこと、もしくは施設や業者などの実名を挙げてのブログをさんざん書いてきましたが、それについても書かないことが望ましいと言われれば、もう書けることがありません。「おはよう、今日も元気です」それだけのブログならば、私が書かなくてもいいような気がします。

私にとっては、leccaであることと、自分のプライベートや信念には、なんら壁がありません。社会への憤りや不満、政治や宗教に関する考え、日々感じること全てが私の発言と行動、音楽へとつながっています。ここのブログを書くことの面白さも、日々音楽だけでは伝えきれない自分のメッセージを載せることができるというところにあったのですが、leccaとしてそれはやって欲しくない、とスタッフから言われたのでやめることにしました。ただし、私は口を封じられることも、自分の発言をなかったことにされることも断じて容認しません。いかにスタッフだとしても、私の過去のブログ記事を抹消して、私が深夜1、2時間かけてせっせと心をこめて書いた文章、それに全国から皆が移動中/休憩中/就寝前(ときには仕事中)などにせっせと入力してくれたコメントをなかったことにすることが断じて許せません。

結局いわゆる芸能人ブログに感じている僕の違和感ってこれなんだなと思った。今163件購読しているRSSの中に芸能人はほとんどおらず、過去に購読していた酒井若菜とかの何人かの芸能人たちはだんだんブログをやめていってしまう。(水樹奈々のブログは購読しているけどあれは写真を観たいだけで文章もコメントも読んでない(謎))。

注意してみないと分からないけれど著名人が仕事場であった著名人を撮影した写真の中には絶対に某事務所のタレントは写らないし、いわゆる「おはよう、今日も元気です」ブログをただ一方的に書いて、好意的なファンのコメントのみが掲載される。ネガティブコメントはなかったことにされる。

スマイリーキクチの件までいってしまったらそれは罰せられてしかるべきだと思う。酒井若菜も書いていたけれど、ファンとの交流と言えば聞こえが良いが、芸を生業にして生きている人間がその商業上の人格のままファンに暖かいコメントという許しを請うているような感じがする。商業上の人格を捨てた個人で書くのは好きにすればいいと思う。

商業上書けない事があるのは仕方ないとしても、芸能人として芸を生業として生きていきその人格でブログを書くのであれば、まっとうな批判コメントを正面から受け入れるべきだと思うし、それをする覚悟がなかったり商業上思想信条を公表するのが好ましくないのであれば、毎月の定期収入という甘い誘惑に負けずにテレビの中だけにいるべきではないかと思う。

変わるものと変わらないもの

2009/01/25(Sun) Diary

新聞もテレビも減収減益で、「マスゴミ」とか「クイズ番組ばかり」と叩かれて久しいわけですが。コンテンツとパッケージと分けて考えたときに、コンテンツ力は衰えていなくて、パッケージが古くなっただけなんじゃないかと思ったり。

ネットユーザが新聞を読まないと言っても、ブログで批評する元ネタは新聞の記事なわけで。アルファブロガーだネットジャーナリズムだと言っても、仮に新聞社が潰れた時にそのアルファブロガー達が社会保険庁や内閣に対して取材するかというとたぶんしないし、信憑性は新聞以上に怪しいわけで。

テレビも、この時代に毎週同じ時間にテレビの前に座れと言うのが無理な話なだけであって。ニコニコ動画でMADを作って遊んでいる元はテレビ局が作った番組やニュースなわけで、それが無くなったら成立しないのではないかと。あんだけ衛星だなんだでチャンネルを増やしすぎてコンテンツ制作力が追いついていないだけで、制作力そのものは腐っていないのではないかと。

新聞は販売店の食い扶持の事とか、テレビは業界規模がシュリンクしてしまうと思ってやりたがらないとは思いますが、新聞は無料公開しているネットサイトを月額固定有料制にしたり、テレビはすべて番組単位で購入できるオンデマンド形式にしてあげると、短期的には現状の下げ止まりを止め、中期的には復興するのではないかと。パッケージが腐ってきたからと言って、コンテンツまでだめだと言ってしまうと、最終的にユーザが不利益を被ってしまう。

ウェブは菩薩である

2009/01/13(Tue) Book

ウェブは菩薩である 表紙
ウェブは菩薩である
深見 嘉明 (著)

一方、本書で紹介してきたウェブサービス、そして予測している未来のウェブサービスは、利用者に対し、「自分にとって役に立つようにサービスを使ってください」というスタンスをとっています。それどころか評価したり分類したりと、自身の使い勝手にあわせて自由に取り扱うことが推奨されています。そしてそれぞれの利用者が自分の利益を追求すれば、それがウェブサービスの利用者全体の利益に繋がる設計になっています。ウェブサービスでは共有地の悲劇を、自由を制限することなく意図せざる協働を実現させることで乗り越えているのです。このやり方を、現実社会に適用することはできないものなのでしょうか。

ちょっと微妙。既にタギングやマイクロフォーマットという概念を把握しており、ソーシャル系サービスを使っている人にとっては分かりきっていることを体系的にまとめただけな印象。

このメタデータやソーシャル性を現実社会に反映してはどうかという提案は確かに面白いけれど、リソースに限りのある現実社会の中で、民主主義という社会体制や、権力や法律という統治体制に変わる具体的な提案があるわけでもない。もし一般化するために易しく書いたのであれば、この辺を具体的につっこんだ本も期待したい。

著者ブログ:deepen 〜Yoshiaki FUKAMI’s view

WordPress移行メモ

2009/01/05(Mon) IT

移行に関する覚え書き。

テーマ
標準の「WordPress Default」をベースに自作のXHTML+CSSのテンプレートを適応する形でカスタマイズ。The Yahoo! User Interface Library (YUI)のReset CSS、Base CSS、Fonts CSSを利用してみた。レイアウトと文字サイズはだいたい調整したので、今後ゆっくりデザイン。

プラグイン
Akismet

スパム対策の標準プラグイン。

FeedLogger
管理画面のダッシュボードでRSSフィードの登録数を確認できる。

SimpleLife
今回のリニューアルでやりたかった、ライフストリーミングのプラグイン。トップページの右側に表示されているやつです。ライフストリーミングというのは、ブログやFlickr(写真)、delicious(ソーシャルブックマーク)、twitter(ミニブログ)など、ユーザがいろんなネット上のサービスで発信している情報をすべて統合して時系列に表示する、サービスというより表現方法かな。

このブログのライフストリーミングでは、僕がtwitterでつぶやいた言葉や、iPhoneで撮影した写真、deliciousにブックマークした記事を全て時系列に整理して見ることが出来ます。すべてのフィードを統合したライフストリーミングフィードも用意したかったのですが、このプラグインでは出来なかったのでまたリサーチして実装します。

Simple Recent Comments Widget
標準のコメントはいろいろと表示される情報が多いので、投稿者名だけ表示するために使用。

Simple Tags
過去の記事に自動的にタグを付けたり出来るプラグイン。1,000件の過去記事に一つ一つタグを打つのはしんどかったので使用。

Trackping Separator
WordPressはトラックバックとコメントをひとまとめにして表示してしまうので、分けるために使用。

WP-PageNavi
ページ送りを表示するために使用。

WP Super Cache
記事を投稿する度にHTMLを生成するために閲覧側の表示が速いMovableTypeと違って、WordPressはユーザが見に来る度に動的にページを生成するためにちょっと重い。使用しているのは「さくらのレンタルサーバスタンダード」なのですが、ちょっと気になってしまうくらい重かったので、このプラグインでキャッシュを生成。

今後ももっといろいろ漁ってみます。

MovableTypeからWordPressに移行。

2009/01/03(Sat) IT

突然思い立って、このブログの管理ソフトをMovableTypeからWordPressに移行してみた。思い立ってから2時間でデザイン以外の部分はほぼ稼働できたので、やってみればなんとかなるもんだ。前からやりたかったtwitterやflickrやdeliciousもプラグイン入れてとりあえず表示できる所までは持ってきた。

去年からちょこちょこWordPressをさわって何となく慣れていたし、このブログのエントリが1,000件を超えてから再構築に結構時間がかかるようになってきたりしていたり、最近アップデートしたXHTML+CSSで全部コードを書き直したかったり、といろいろ理由はあるのですが、今年の目標「再構築」にちょうどぴったりなのでは、と思って勢いでやってみた。

パーマリンクとかRSSフィードも変わってしまうのですが、というかあえて変えて、心機一転な感じ(謎)。レイアウトやデザインはフルリキッドにしてみたいなぁとは思ってるんですが、ちょっとまだ考え中です。blogとtwitterとflickrとdeliciousの統合されたフィードも用意してライフストリーミングぽくしてみたいなぁとも思ったり。正月の間にある程度形にしてみます。

年の瀬に。

2008/12/31(Wed) Diary

今年一年もいろんな事がありました。東京から福井に帰り、新しい会社に入り、このブログでの報告が遅れましたがその会社を12月に辞め、年明けからはまた新しい会社で仕事をスタートします。来年からの会社では、今まで以上に自分自身で新しい知識を得ることや過去の知識をアップデートしていくことが必要な環境なので、年末はそのへんの準備をしていたりしました。

今年は結構色々なことがあったので、ひとつのエントリではどうにもまとめようがないです。その状況の真っ最中、その時その時ではいろいろと判断に迷うことが多かった年だったんですが、今はその判断で良かったんじゃないかと、あまり後悔はないです。でもまあ、何事もそうですけど、思った通りにはなかなかいかないもんです。

年のせいなのか社会状況のせいなのかはよく分からないですが、自分が選べる選択肢がだんだん狭まってきていたり、その選択をした時やしなかった時の返りが良いことも悪いことも含めて、大きくなっているなとは感じました。来年はもう26歳。20代の後半がスタートします。

たぶん僕は、まあいろいろと偉そうなことを普段から言っていますが、自分自身の根本的な部分を解決していないというか、ふらついたまま今までやってきたんじゃないのかなという気がします。このままの状態で年を重ねていったときの自分の姿が何となく見えるようになってしまったので、来年はまたゼロから再構築していきたいなと思います。なんだかしめっぽい話になってしまいましたが、きちんと自分に向き合うことにするという事で。

今年お世話になった皆様、ありがとうございました。
来年が、今年よりもいい年でありますように。