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匿名のおもしろさ。

2008/06/09(Mon) Diary

最近はてな匿名ダイアリーという匿名で誰でも書き込めるブログにちょこちょこ投稿しています。A4で5枚くらいの長文を書いたのに誰も反応してくれなかったけど、3行だけ書いたらだだーっと反応が来たりして、リアクションというのははなかなか読めないもんです。

明確に区分けしているわけではないですが、書き手が自分であると示す必要がなくて、リアクションを求める方が目的の時には匿名ダイアリーで書いてます。たとえば、どこそこに遊びに行ったという話は僕が行った話で記録的な意味合いがあるのでこのブログに書いてますが、自分が感じたことが世間とどれぐらいギャップがあるのか・ないのかを知りたいときは匿名ダイアリーに書くという感じです。

これまでネット上でなんかするときってほぼ実名(orリアルとは結びつかないけど固定ハンドル)でやってたんだけど、匿名で書くことによって、書き手と発言内容が完全に分離されてフラットになるので、議論の内容だけに集中できてこれはこれでおもしろいなと思った。

CentOSにWordPress

2008/06/08(Sun) Linux

CentOS上のWordPress

DSを買ってからご無沙汰になってしまったLinuxを再び。とりあえずapacheは動くようになったので、その上で何かアプリを走らせてみようと思い、WordPressを入れてみることにした。

PHPを入れて、MySQLを入れて、MySQLにデータベースを作って、WordPressを展開してさあ動くかなとやってみたけれど、PHPからMySQLに接続できない的なエラーを出してきて動かない。

いろいろ調べたらPHPからMySQLデータベースへアクセスするためのパッケージが必要らしく、php-mysqlというのを入れてみたらあっさり動いた。WordPressを使うことが初めてだったので、そこら辺も覚えつつとりあえずブログを作る所まで出来た。

今回は諸々のインストールを全部yumという自動的にやってくれるやつでやったので、もうちょっといろいろいじった後に一度クリーンインストールして、全部ソースからコンパイルして入れ直してみようかなと。

ブログが書きにくい時代。

2008/06/05(Thu) *Pickup, IT

僕がブログを始めたのは2003年の8月で、そろそろ5年になるです。その頃は、まだニフティの「ココログ」ぐらいしかASPのブログサービスはなくて、自分のサーバを持ってる人たちが自分でMovableTypeいれて個々でやってるような頃で、RSSリーダもそんなになかった気がする。周りでブログ書いてる人もあんまりいなかった。

それが今ではRSSリーダで数千件のブログを短時間で見ることが出来て、ソーシャルブックマークで人気の記事が勝手に浮かび上がってくるようになり、ブログのコメントではなくソーシャルブックマークのコメントでやんややんやとなる時代になってる。今の環境だからかもしれないけど、ブログを書いてない知り合いの方が少ない。

そんなこんなで、去年くらいからなんとなくブログが以前よりカジュアルなものではなくなったなぁという感じがする。個人でひっそり書いていても、ソーシャルブックマークで祭り上げられて炎上とかされてもやだし。批判はいいけど(批判と炎上は違う。)

とはいえ、コメントしてもらったりTumblrされたりたまーにはてブされたりするとキャッキャきゃっきゃと喜んでるのですが。なんというか、はじめからそういう前提で書いている人はいいけれど、一般人がある日突然フライデーされるような感覚というか、いきなりどやーっと来てどやーっと踏み荒らされていく事がいつでもあり得る状況で書き続けるというのは、以前に比べると書きにくくなったなぁという感じ。ただ単に人が増えたからノイズも増えただけという単純な原因だとは思うのですが。

と、ロクにブックマークもされたことがない人が書いてみる。

つれづれなるまゝに、日くらし

2008/06/05(Thu) Book

徒然草を、初めてきちんと通して読んでみた。これまでとある一説とかはちらほら目にしていたんだけれど、そういえばきちんと読んだことないなぁと思い。幸いネットに結構あがっているので、徒然草 (吉田兼好著・吾妻利秋訳)という結構フランクな訳のやつで読んでみた。

なんだか、ブログみたい。誰かがこんな事言ってたよという話もあれば、うわさ話もあり、時々ほほうとうなるものもあれば、意味が分からないのもあり。しかし、日本人って今も昔もこういうつらつらとした文章を綴るのが好きなのですかね。時代のうつろいの中で古ぼけてしまったものもあれば、未だに光り輝いているものもあり。以下個人的に響いたものをフランクな訳とともにいくつか。

徒然草 第三十八段

迷ひの心をもちて名利の要を求むるに、かくの如し。万事は皆非なり。言ふに足らず、願ふに足らず。

(訳)迷える子羊が、名誉、利益をほしがることを考えてみると、だいたいこの程度のことだ。すべてのことは幻であり、話題にすることでもなく、お願いすることでもない。

徒然草 第五十九段

命は人を待つものかは。

(訳)命が人の都合を待ってくれるだろうか?

徒然草 第九十一段

「吉日に悪をなすに、必ず凶なり。悪日に善を行ふに、必ず吉なり」と言へり。吉凶は、人によりて、日によらず。

(訳)たとえば「日柄の良い日に悪いことをすると、ろくな事が起きず、日柄の悪い日に良いことをすれば、きっと良いことが起こる」なんて言ったりするけど、物事の良い悪いは、人の心の問題で、日柄なんて全然関係ないのであった。

徒然草 第百二十七段

改めて益なき事は、改めぬをよしとするなり。

(訳)直してもどうにもならないものは、ぶっ壊した方がよい。

徒然草 第百二十八段

すべて、一切の有情を見て、慈悲の心なからんは、人倫にあらず。

(訳)なんだって、心がある生き物を見て、優しい気持ちになれないとしたら、人間じゃない。

徒然草 第百三十七段

花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは。雨に対ひて月を恋ひ、垂れこめて春の行衛知らぬも、なほ、あはれに情深し。

(訳)さくらの花は満開の時を、月は影のない満月だけを見るものだろうか? 雨に打たれて雲の向こうの月を恋しく思い、カーテンを閉め切って春が終わっていくのを見とどけないとしても、それはまた、ふんわりとした気分になってくるものである。

徒然草 第百五十五段

春暮れて後、夏になり、夏果てて、秋の来るにはあらず。春はやがて夏の気を催し、夏より既に秋は通ひ、秋は即ち寒くなり、十月は小春の天気、草も青くなり、梅も蕾みぬ。

(訳)春が終わると夏がやって来て、夏が終わると春がやって来るのではない。春は早くから夏の空気を作り出し、夏の中には秋の空気が混ざっている。秋はだんだん寒くなり、十月は小春というように暖かく、草も青み出して、梅の花が蕾みだしたりもする。

JUN SHIBATA -Live- SECRET

2008/06/02(Mon) Movie

JUN SHIBATA -Live- SECRET ジャケット
JUN SHIBATA -Live- SECRET
柴田淳

このブログでは書いたことがなかったですが、柴田淳という人の歌が結構好きです。iTunesで見つけて視聴して以来はまって全アルバムDLしたりしたのですが、あまり映像で見たことがなかったので、アマゾンのアフィリエイトが2年かけてやっと1500円(汗)たまったので、それを元手に買ってみました。

あがり症なのか何なのか、あんまりライブに向いてる人ではないなぁと言うのが正直なところ。。。これまで映像メディアへの露出が少ないのも納得してしまうというか。別に悪いわけではないのですが、曲だけ聴いてる方がいいかもね、という感じ。

過信しすぎ。

2008/05/27(Tue) *Pickup, Society

結局blogなんて、クソの役にも立たなかったわけだ。 – 増田

Blogなんて、所詮はチラ裏から脱却することなど叶わなかったんだろう。ときどき都内のおしゃれなバーなどに集まって「blogは素晴らしい」論を交わしているアルファブロガーの気持ち悪い連中を見ていると、何を寝ぼけたことを言っているのかと思う。

「届くべき人」に届かないようなメディア、いや、メディアと言うのさえ白々しい、そういうものの存在意義は皆無と言ってよい。

くだらないチラ裏なんかに才能を費やすのは社会的なムダである。Blogなんてやめた方がよい。

そもそもブログってそんなチカラをさらさら持ってないし、たいていのブログはただの日記な訳で。(あ、一部メディア(というか広告媒体)にしたがっている人はいますが)。じゃあ存在意義がないかと言われてもそんなことはなく。猫も杓子もどんなものにでもメリットがないと存在してはいけないという前提が、なんだかめんどくさいなぁと感じる今日この頃。

徒然草

2008/05/26(Mon) Diary

人の終焉の有様のいみじかりし事など、人の語るを聞くに、たゞ、静かにして乱れずと言はば心にくかるべきを、愚かなる人は、あやしく、異なる相を語りつけ、言ひし言葉も振舞も、己れが好む方に誉めなすこそ、その人の日来の本意にもあらずやと覚ゆれ。

この大事は、権化の人も定むべからず。博学の士も測るべからず。己れ違ふ所なくは、人の見聞くにはよるべからず。

(徒然草 第143段)

今日一日は、女性アナウンサーの自殺で持ちきりだった感がしました。僕自身はテレビでちょっと見たことがあってかわいい人だなぁという程度の印象しか持っていなかったので、びっくりはしたけれど身内の永眠時に感じたときのような空しさほどではないという程度でした。

ジャーナリストでもないのでその原因を邪推しようとは思わないですが、とても印象的だったものが一つ。そのアナウンサーが自殺の二日前、最後に出演した生放送番組がネットに上がっていました。その番組の中では今からすれば皮肉な事に富士の樹海で自殺志願者を取材する特集のVTRが流され、スタジオのゲストがいろいろとコメントしていました。

「本当に死にたい人はいない。自暴自棄になっているだけ。」「格差が生んだ」「誰かと話すと気持ちが楽になる」「上手に自分の気持ちを吐露し人から力をもらおう」「弱音を吐けない人はつらい」「どこかにサインが出るからまわりの人が気づいてあげよう」と何人かがコメントをした後に映ったその司会の女性アナウンサーの顔は、いつもの彼女の顔でした。

実際の所その時点で心を決めていたのかこの収録の後に何かがあったのかそれは分かりませんが、投げかけられた言葉のなんと無力なこと。「どこかにサインが出るからまわりの人が気づいてあげよう」と言われても、それを言っているコメンテーターさえも気づかないほど穏やかな彼女の笑顔は、もう亡くなってしまった今の時点で見ても、それが死を決意した人の顔であったと気づけるだろうかと思います。

アナウンサーのブログでのエントリはたしかに異様なものですが、まわりの人がそれを読んで気にして声をかけたとしても、その笑顔で「大丈夫」と返されたらそれ以上何もしようがないように思います。自殺を予防する活動もいろいろありますが、今回のことを見ていると本当に自分の中で決めてしまった人にはどうしようもないのではないかと、それこそ亡くなった人はどんな事をしても生き返らないのと同じように、周りの人間にはどうしようもないのではないかと思ってしまいます。

このブログを読んでいる人は50人ぐらい(推定)。

2008/05/21(Wed) Diary

最近意外とこのブログ読まれてるんだなぁと思うことが多くて、実際何人が見てるんだろうと思ってこのブログをRSSとかで購読している人数を調べてみた。

・livedoor Reader (16)
・Bloglines (11)
・はてなRSS (2)
・mixi (79)

単純合計すると108人なんだけれど、新しくエントリをアップした時にmixiでつく足跡がだいたい30人前後なのでアクティブ率を50%とすると、100人が登録していて実際読んでるのは50人ぐらいという感じ。実際新しくアップしたエントリのPVも50?70くらいなので、そのぐらいが読んでくれているらしい。

ここからは完全に推測ですが、そのうちほぼ9割くらいは知り合いで、面識なくて内容だけで判断して購読してくれてるのは10人程度なのかなぁという印象。はてなみたいにやたら知らない人に読まれてソーシャルブックマークでやんややんやとやられるのも性に合わないので、オープンなんだけどゆるくクローズ(なんだけどやっぱりオープン)な感じでやっていけたらなぁと。

ブログをプチリニューアル

2008/04/21(Mon) Diary

ブログのヘッダをグリーンのストライプから公園の芝生の写真に変えてみた。少しは明るめになったかも。

変更前
変更前

変更後
変更後

おもてなしの経営学

2008/04/21(Mon) Book

おもてなしの経営学 表紙
おもてなしの経営学
アップルがソニーを超えた理由
中島 聡 (著)

部隊として各方面に同時展開するときはマイクロソフトの方法が圧倒的に強いでしょうね。だからアップルは製品数も少ない。最前線が100もあってあらゆる所で戦っている状況になったら、ジョブズのやり方では無理でしょう。

Life is beautifulというブログを書いている方の本。普段から読んでいておもしろいなと思っていたブログなので購入。コンピュータ系の人かなぁという程度でブログは読んでいたのですが、マイクロソフトの米国本社にいて、Windows95やInternetExplorerを開発した人だった。

「経営学」となっているけれど、個人の働き方やものづくりの考え方として読んだ。バリバリの技術者なので、ネット・技術至上主義的な色が少し強くて、僕もそういう世界になったらいいなぁとは思うけれど、一日中ネットに接しているわけではない大多数の人にはちょっと急進的な話に聞こえるんだろうなと思う。

「ソフトがなければただの箱」とPCのコアがパッケージソフトに合った時代に比べると、今は「ネットにつながなければただの箱」になって、WindowsでもMacでもPCでさえないケータイでもネットさえつながっていれば十分使えて、端末の価値が希薄化されているように思う。故に、ネットの、ネットサービスの比重が増している。

そんな環境の中、過去のソフトウエア資産によって利益の大半を稼ぎ出しているマイクロソフトは安易にネットに流れてしまうと利益が消えてしまうというジレンマを持ち、グーグルは過去の資産がないぶん積極的にネットに投資し利益を生み、幸か不幸か端末資産が少なかったアップルはネットをインフラに端末を超えたサービスを展開している図が見えてくる。

この本はそういう大局観が得られると言うこともあるけれど、アップルやマイクロソフト、グーグルの物作りの現場もよく知ることが出来る。ちょっと前までGoogleは神みたいな議論が多かったけれど、僕は今の検索サービスなんてそのうち今のOfficeみたいに一般化されそんな重要なものではなくなると思っていて、そういう主張に出会えた初めての本でもある。