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MovableType用スパム対策 MT-Akismetを入れてみた。

2008/04/18(Fri) IT

MovableType4にしてから、MT3で使っていたMT-Keystrokeというスパム対策プラグインが使えなくなったので、なにかいいプラグインがないかと探していて、MT-Akismetを見つけた。

元々はWordPress用として開発されていたものらしいのですが、MovableTypeやPukiWikiなど各種サービス用のプラグインが開発されていて、MT4でも使えます。

まだ入れてから少ししか経ってませんが、ほぼ完璧に弾いてくれています。以下インストール方法を簡単に解説。

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Movable Type 4

2008/04/15(Tue) IT

MovableType 4

Movable Type 4

ブログをMT4にアップデートしてみた。とはいえ、アップグレードがうまくいかなかったので、新規インストールしてログインポートした。使いやすくなってるけど、重くもなってる。MT3がMac OS 9でMT4がMac OS Xみたいな。

ちなみに、iwagoro.net以下にあるいくつかのブログ(H氏とかT氏)のブログは最近更新してないみたいなので、アップデートしませんでした。必要であればいってください。というか、今後も使います?

ひさびさブログ

2008/03/05(Wed) Diary

あっというまに1ヶ月近く空けてしまいました。1月たくさん更新したのに2月更新しなくなったらちょこちょこつっこまれたので、少しずつ更新再開。とりあえず生きてますということで。

死刑 – 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う。

2008/01/19(Sat) *Pickup, Book

死刑 表紙
死刑
人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う。
森達也 (著)

死刑問題の本質は、「何故、死刑の存置は許されるのか」ではなく、「何故、死刑を廃止できないのか」にあるのだと思います。換言するならば、「何故、権力は死刑という暴力に頼るのか」、「何故、国民は死刑を支持せざるをえないのか」です。(光市母子殺害事件被害者 本村洋からの手紙)

今すぐ買った方がいい、と断言できる本。

danさんのブログで見つけて、お急ぎ便を躊躇なく選択して一瞬で買った。少し前のブログに書いた「自分の命をかけてまで子供の命を守ろうとした一人の人間が、同時に一人の人間に死んで欲しいと願うという事。」への解に出会えるのではないかという期待で。読み終わって思うのは、僕の一番好きな「赤朽葉家の伝説」は興味を持った人だけ読んでくれればいいと思うけれど、この本は興味のあるなしではなく、知らないといけない事だと思う。

ところで、僕は何故こんなテーマばかりに興味を持つのだろうか。mixiの新着日記に「死刑 – 人は人を殺せる…」なんて日記があがってしまうことをたまに申し訳なく思ったりもする。その理由の一つは、「ドラクエクリアしたよ!」という日記を上げる時より、こういう事について書く方が自分の頭をフル回転させないといけないという事。このブログを自分を知る為の鏡として使っている面もあるので、これは一つ大きな理由。そして、もう一つの理由は、本書が明確にしてくれた。

どちらも今のこの世界だ。僕らが暮らすこの世界と地続きに、煌びやかなテレビスタジオがあり、ホカホカと湯気を立てる山海の珍味があり、飢えと寒さで衰弱しながら死んでゆく子供たちがいて、そしてあの薄暗い処刑場がある。
その末端に、僕がいる。そしてあなたもいる。

僕は目を背けられない、見てしまったのだから。

死刑についての僕の考えは、過去にも書いたことがあります。

iwalog : 自分が生きるために。

確かにその通りだと思う。人には人の命を殺める権利などないと思う。そうだとするならば、汲み取るべき事情がある承諾殺人(人の承諾を得てその人を殺害する=介護疲れによる息子による親の殺害)など一部を除いて、人が人の命を殺めた場合、その人はその時点で人権を行使する権利がないのではないか。

ものを盗んだ場合、そのものか相当するお金でもって償う。そして、抑止の意味も含めて金銭以外の懲役などの罰をもって購わせる。はたして、自分たちが声高らかに主張するもっとも高貴な価値観である人権を侵害された場合、何をもってすれば償いになるのだろうか。それは、その人自身の人権ではないのだろうか。(もちろん、原因の究明は必ず必要という前提で。)

何もしていない人を死刑にするわけではなく、罪を犯した人を死刑にするのであるということ。これは本書を読んだ後だと、被害者の側面ばかりが報道されて、加害者遺族や死刑囚のその後を知るすべがなかったから故の発想だったと気づく。この考えは、本書の中で紹介される加害者遺族や死刑囚と刑務官のかかわりを読むことで、ある意味では変わるのだけれど、ある意味では変わらない。

また論理の面では、現行法を前提とする場合、現行法で死刑に値する人間を無期懲役などで処理した場合、多くはないとはいえ再び社会に出てくる事になる。現に酒鬼薔薇聖斗は社会復帰している。彼らは更正するかもしれない。でも更正しないかもしれない。更正しなかった場合のリスクをあなたは受け入れますかと言われたら、僕は受け入れたくない。これは本書の中でもオウム事件以降の過剰な厳罰主義・治安強化主義の結果もたらされた日本社会の傾向であると論じられている。

本書では、森達也は悩む。そして自ら悩みたがっているかのごとく、死刑廃止論の安田弁護士(光市母子殺害事件加害者側弁護士)、死刑判決が確定した元オウム真理教幹部の岡崎死刑囚、「モリのアサガオ」という死刑囚と刑務官を描いた漫画を書いている郷田マモラ、死刑確定後判決が覆って無期懲役となり出所した人物、犯罪被害者の側から取材をしているライター、存置から廃止に考えが変わった被害者、池田小学校事件の宅間守死刑囚(2004年9月14日死刑執行)の手紙、死刑があるからといって犯罪発生率が下がるわけではないというデータ(死刑が犯罪抑止力としては機能していないという趣旨)、冤罪の場合取り返しが付かないこと、冤罪は現在も続いていること、実際に執行する刑務官の苦悩、更正した死刑囚、更正しなかった死刑囚、更正など求めておらず被害者が生き返ることだけを求めている遺族、死刑囚とその家族の最後の別れなど様々なものに触れる。

そして、光市母子殺害事件遺族の本村洋とも手紙を交わし、本書の最後の方でその事件の加害少年とも接見し、結論を出す。結論も、その課程も、必読の価値がある。

僕の結論。読む前と変わらず、死刑は必要であるということと、被害者保護にもっと手厚くなるべきであると言うこと。でも読む前と変わったのは、その執行は慎重であるべきで、現行の死刑制度をもっと改良すべきであると思うようになったこと。

被害者感情を考えた時に、死刑という「選択肢」は必要であると思う。しかし、冤罪もあるし、死刑囚にも家族はいるし、更正する人もいる。でも、再犯のリスクもある。それらを考えると、社会制度としての死刑はやっぱり必要で、撤廃か存置かを議論するよりも、その運用の改善に目を向けた方が、幸せになる人の数が増えるのではないかと思う。

お母さんとマイミクになったよ。

2008/01/19(Sat) Diary

この前実家に帰った時、お母さんが「mixiに招待して。」と言ってきた。かなりびっくりしたけど招待してマイミクになりました。(知ってる人はマイミク申請してあげてください。)

うちのお母さんは結構すごくて、50才くらいなのですが、PC普通に使って僕のブログとか、僕の知り合いのブログとかを結構見ている。このブログも実家への近況報告的な面もあったりして、更新してないと元気かとメールが来たりするくらい。

そのうちお母さんもブログ始めてくれると僕も実家の近況を知れてうれしいのだけど、そういうのはまだ早いですかね。たまに来るパソコンのメールを読んでいると、結構文才があるのではないかと勝手に思っているのだけど。ハムスターの事とか、コロの事とか、いろいろ書くことはあると思うよ。

成人式

2008/01/13(Sun) Diary

妹の。二日酔いでぼーっと起きてる所を晴れ着の妹と写真に撮られた。大きくなったねぇという感じ。彼女は今後どんな感じでやっていくのだろう。たまーにメールするくらいでほとんど絡んでいなくて、話しても優柔不断で何がしたいのかよく分からない子なのですが、僕が妹の前にいる時と会社にいる時とで表情が違うように、彼女もまた彼女の中で社会をもっているのでしょう。後から愚痴愚痴いわない自分が納得できる道を歩んでいくよう、適度にがんばってほしい所です。

そういや、親戚もこのブログを読んでいるらしい。読んでいるとはちょっと聞いていて、一度見たくらいかなと思っていたら、福井に帰ってくることまで把握されていた。おそるべし。

エントリのWEB標準化と価値

2008/01/09(Wed) Diary

正月にこのブログをVicunaを使ってリニューアルしたことで、テンプレートはすべてXHTML1.0 StrictのDTDに準拠したのだけど、個々のエントリが未対応の状態だった。思ったときにぱぱっと書いているので、imgタグ閉じてなかったり、altなかったりして、ページとしてみるとぐだぐだ。

4年半分のエントリが800あるので、それを一つ一つ直していたら、結構時間がかかった。しかもYoutubeの動画とか他サイトで生成した部分についてはいじりようがないので、一部未対応ではあるもののほぼ対応完了。

直しながらいろいろなエントリを見ることになったのだけど、正直消してしまいたいくらいイタイものや、そのときの感情がそのまま真空パックされているもの、数年前から変わってないものと様々。画像とかを含まない純粋なエントリの文章だけでサイズが1.5MB。もちろん引用している文章もあるから全部が全部書いたわけではないんだけれど、このエントリが1KBなのと比べると、結構書いたなーという印象。

ブログ開設時の最初のエントリではブログなんか書いて意味があるのかと書いていたのに、今ではなくてはならない場所になっている。一つ一つのエントリはさして意味も価値もないゴミみたいなものなんだけど、それが4年半も続けると塵も積もればなんとやらで、自分自身の歩いてきた道が記録さている、自分以外の誰にも書くことが出来ないテキストになっている。と、4年前の自分の疑問への答えとして。答えが分かるまで、4年半もかかってしまいました。

今年の目標

2008/01/01(Tue) *Pickup, Diary

僕は毎年年明けに目標を書いています。目標といっても、「禁煙します」みたいなのを一つ決めるのではなくて、「人間関係」「仕事」「健康」「精神・感情」「経済」「教育」という6つの分野について、どうなっていきたいのかをまとめています。今年実行できる具体的な事もあれば、最終的に目指す所であったり、抽象的な物から具体的な物まで混ざっています。

そんなわけなので、抽象的・長期的な所は毎年あんまり変わらなくて、具体的な所のみが毎年変わる感じです。今年は去年何の迷いもなく決められた「仕事」にすごく悩みつつも、ある程度答えを出したので、それに向かって頑張ろうと思います。

個人的な事が多いので全部はこのブログにはかけないのですが、ブログまわりについてだと「本を100冊読む(去年は64冊)」と「エントリを500本書く(去年は232本)」というのがあります。両方とも去年のほぼ倍くらい。あと、小説を1本書く事と、Linuxをちゃんとマスターする事。ぐらいかな、ここに書けるのは。(ここに書かないけどもっと真面目な目標も立ててます(汗)

それらをまとめて、「安定した土台をつくること」を今年の全体の目標にしました。安定したっていうのは、けして保守的になるという意味ではないです。自転車が常にこぎ続けることで安定して走れるように、公私ともにいろんな事に打ち込める環境と自分をつくり、それをこつこつとでも継続的に続ける事で、安定した自分の土台を造っていきたいと思います。(これで早速3/500エントリ。)

Vicuna

2008/01/01(Tue) IT

Vicuna

テンプレートのソースコードはXHTML1.0 StrictのDTDに準拠して書かれており、無駄なく表示も軽い作りになっています。また、XHTMLとCSSの両方でカスタマイズを考えた構成になっていますので、構造の変更・デフォルトスキンから自分の好みに合わせて簡単にレイアウトやスタイルを編集することができます。

今年からブログを少しリニューアルしました。見た目的には横幅が少し広がった程度ですが、ソースまわりがVinucaを使わせてもらって変わっています。元のCSSがつぎはぎ工事で目も当てられず、マサテさんとかに見られたら恥ずかしい状態だったのですが、これで綺麗に。

お手本の用に綺麗に組み立てられたXHTMLとCSSなので、編集もすごく簡単。僕はmonoというスキンをベースに、2カラム構成に変更し色とフォントを少し調整したのですが、1時間ほどで今のデザインまで変更できた。

その後MTのモジュール化とブログパーツ・広告の設置に少し時間がかかったけど、ブラウザチェックも含めて3時間ほどで今の状態が出来上がりました。コピーライトを示せば商用利用も可能らしいので、テンプレートとしていろいろ使えそう。是非広まって欲しい。

年の瀬に。

2007/12/31(Mon) *Pickup, Diary

28日に仕事納め。終わった瞬間、どっと力が抜けて、28日の夜と29日は爆睡。29日になってあわてて大掃除を始めるも、今年はちょこちょこ綺麗にしていたので、ゴミをまとめて掃除機とクイックルワイパーをかけるだけで完了。その後PCのデータ整理とバックアップとか、本の整理とか、ついつい時間がかかって今も続行中。あと、ブログのリニューアルもちょこちょこと。

年の瀬に、という事ですが、今年の事についてはもういろいろ書いてきたので、今更特にまとめて書く事もないなぁという感じ。心境だけ記録しておくと、早く追われ早く追われと思いながらやってきてなんとか滑り込みで年末まで持った感じ。今年ほど疲れだけが溜まった年もそうはなかった。

とはいえいつまでもこのままではいられないので、そういうのは今年で終わりにして、来年どうするかを考える日々。仕事の事、家族の事、自分の事。年始に後厄のお払いに行ってからゆっくり考えようと思いますが、安定した土台をつくれるような年にしたいなとぼやっと思っています。

今年もいろいろな人にお世話になりました。東京の人、今年いろいろつながりが増えた福井の人、逆にあまりあえなかった新潟の人。ありがとうございました。自分の中ではこの3つがキーになっているように思います。それから、このブログを読んでくれた人、ありがとうございました。来年は25才。来年の年末は、どんな記事を書いているのでしょうか。よりよい一年に、なっていますように。それでは、皆様良いお年を。