Posts Tagged ‘経験’

ブログの再開

2008/11/02(Sun) Diary

都合1ヶ月半ほどお休みしていましたが、今日からまたブログを再開することにします。この1ヶ月半は、ブログもしないし、RSSも全部購読解除するし、メッセも起動しないしと、かなり意図的にネットから距離を置いてみました。今では少しずつそれぞれのサービスを利用し始めてますが、以前よりいい距離感で使えているので、ブログもそろそろ再開してみる事にしました。

ブログを閉じたのは、また4〜5年前にやっていた受託でのウェブサイト制作という業界に戻ってきて仕事をし始めたときに、自分がその4〜5年前の知識や経験をベースに仕事をしている事に気づいたからです。

それはけして悪い事ばかりではないと思うんですが、ゼロから考える事をしないという悪い面だけが出ているように思い、この再スタートする時期に一度リセットして、過去に自分が学んだ事でも現在それは本当に正しいのかと疑って再構築しないと、過去をずっとひきずってやっていってしまうように思ったからです。そのときに、過去の蓄積の象徴であるブログがとてもじゃまなものに思えました。

「それって本当に正しいの?」と前提条件を疑う事はとてもしんどいもので、答えが出るかどうか分からない暗闇の中をずっと進むような感じに似ています。今も全ての答えは出ていませんが、ある程度足腰の部分は見えてきたように思うので、またこのブログで自分との対話、読んでくれる人との対話がしたいと思えるようになりました。また宜しくお願いします。

新しい会社

2008/09/01(Mon) Diary

今日から、株式会社いづるに入りました。8月中からちょこちょこ行っていたので、入社日といっても朝一から行ったというだけで特に感慨に耽るような事もなく普通の一日だったのですが、PC環境設定したり、早速仕事ふられたり、メールアカウント発行したりといった感じ。

ちなみにメールは会社のPOPをGmailに転送して、iPhone、MacBook Air、会社のWindowsVistaに設定したら、どの環境でも同じ状態で見れ、1カ所の変更が全てに反映されてかなり便利。IMAPって概念としては便利と分かりつつもいまいち実感がなかったんだけど、複数のデバイスを持つようになってはっきり分かった。

前職の約1,500人の職場から一気に僕を入れて6人の会社に移ったわけですが、一人でやれる作業の範囲が広く、お客さんの顔がきちんと見えている環境というのはやっぱり楽しい。これまでの経験を生かして、楽しく働ける会社になっていけるよう少しでも力になれればなぁと思う。

前々職時代にお世話になった人ともいろいろ仕事が出来そうなので、楽しみ。とりあえずはコーディングやディレクションでお金を稼ぎつつ、サーバやプログラミングをきちんと覚えてそっち方面のスキルをきちんと身につけていきたいところです。なにとぞ。

携帯端末遍歴 2001-2008

2008/08/31(Sun) IT

MobileHistory 2001-2008

明日から仕事なので、テスト前の学生よろしく部屋中をひっくり返して大掃除をしていたら、過去に使っていた携帯端末が出るわ出るわ。元々ガジェット好きなので機種変しても捨てない人なのですが、充電器までほぼ完璧にコンプリートしていたので、全部充電して写真に収めてみた。実際には、一番最初に使い始めた「DoCoMo N502i(NEC)@2001」と、「DoCoMo SO503i(Sony)@2001.03」の次に使った「DoCoMo SO504i(Sony)@2002.06」と、初代CLIEの後に買い換えた「CLIE PEG-T600C(SONY)@2001」があるのですが、N501iとSO504iはたぶん壊れて捨てて、CLIEは誰かにあげたような気がするのでこの撮影には参加できなかった。

■DoCoMo SO503i(Sony)@2001.03
DoCoMo SO503i(Sony)@2001.03

前のN502iは緑の単色液晶だったのですが、256色程度のカラーになった。N502iの時に十字キーが使いづらかったのでジョグダイヤルがほしかったのと、POPBoxという予測変換機能に惹かれて買った。あと、これでも液晶は当時のラインナップ中では最大というのもポイントだった。

が、折りたたみを閉じたときにボタンが液晶に当たってしまい液晶が傷つくという欠陥があって、対応がなされた機種に無償交換になった。その後乗り換えたSO504iを使っている時、夜中に車で事故った時に衝突の衝撃でジョグダイヤルが壊れてしまい、電話帳をスクロールできなくなり、事故った時という一番携帯が必要なときに電話が出来ないという経験をし、もう二度とジョグダイヤルは使わないと決意した。

■DoCoMo F505i(Fujitsu)@2003.07
DoCoMo F505i(Fujitsu)@2003.07

もうジョグダイヤルは使わないと決意した僕が次に惹かれたのが、このモデルが搭載した携帯初の指紋認証機能(0キーの下にあるちっこい枠に指を当てる)。が、認識性能が悪く、結局テンキーで暗証番号を打った方がはやいという結果に。しかも、当時の僕には指紋認証を使ってまで守らなければいけないようなデータも持ち合わせていなかった事に気づいたのは、買った後だった。

■au talby(SANYO)@2004.11
au talby(SANYO)@2004.11

auがオレンジ色のコーポレートカラーを採用し、浅野忠信と豊川悦司のCMで一気にカッコイイブランドとなりドコモを使う事が嫌になってきた頃、数年前に「au design project」でコンセプトモデルが発表されていたtalbyが実際に発売される事になり、MNP(モバイルナンバーポータビリティ)もない時代なので普通にDoCoMo解約→au新規契約で乗り換えた。

カメラは低画質、外部メモリスロット無し、新規格WIN売り出し中なのに旧規格のCDMA 1Xという当時のラインナップとしては性能は貧弱な部類に入る端末だったけど、事前に予約までしてて手に入れた。iPhone以外の日本のケータイの中では一番好きだった。

■au W41CA(CASIO)@2006.02
au W41CA(CASIO) 2006.02

talbyもかなり使い込んで傷だらけになり、PCサイトビューアーやEZアプリなど続々と投入される新サービスにだんだん我慢できなくなり機種変を決意。当時投入されていたサービスをほぼ網羅しつつも同機能の端末と比較すると圧倒的に薄かったのが決め手。この機種は発売から19周連続でau内のNO1端末となり、僕のまわりにも僕以外で3人の人が使っていた。

さらに、プリセットとして「アデリーペンギン」というかわいいキャラクターが至る所に登場するスキンが選べたのも決め手。GPSあり、おサイフケータイありと前機種talbyからの圧倒的な高機能を楽しみまくった。

■au W52SH(SHARP)@2007.07
au W52SH(SHARP) 2007.07

一度欲望に火が付くと止まらないもので、ワンゼグがリリースされたのを見てガマンできずに買ったのがこの機種。前機種は当時は薄い方に入ったのですが、その後どんどんリリースされる超薄型の機種に惹かれて、ワンセグとおサイフケータイ搭載の中で一番薄いやつ、という基準で選んだ。

僕は当時(今もですが)テレビを置いていなかったので、これがあれば臨時ニュースとかの時だけ家でテレビが見得れるとバカみたいに喜んで買って帰ったら、自宅ではワンセグが映らなかった。F505iの指紋認証の件から何も学んでいなかった。

■SoftBank iPhone 3G(Apple)@2008.07
SoftBank iPhone 3G(Apple) 2008.07

アメリカで初代iPhoneが発売されたときは全然関心がなかったのですが、K氏にiPod touchを見せびらかされてカッとなってiPod touchを買ってその楽しさとすばらしさに気づいて以来、早くWiFi以外の環境でもネットがしたくて待ち望んでいた。その後の顛末はこのブログでもさんざん書いているとおり、だめなところもあるけれどものすごくいいところもたくさんあるので、これまでの端末の中で一番満足している。

■CLIE PEG-S300/D(SONY)@2000.09
CLIE PEG-S300/D(SONY) 2000.09

番外編として、ソニーが発売したPalm端末CLIE。電子手帳とかそういうのが大好きなのでPalmは以前から注目していたのですが、なにぶん端末のデザインがダサイ。そんなマーケットにSONYが参入し、Palm機初のジョグダイヤル搭載ということで、初物も初物に手を出してしまう(この端末はSONYがPalm互換機市場に参入した最初の端末)。

モノクロの画面、遅いCPU,正直なところ使いずらいスタイラス(タッチペン)という三重苦であったけれど、僕はアーリーアダプターだというガジェットオタおきまりの強引な自分への説得で使い続けた。ある日ポケットに入れていたら写真の通り液晶画面が割れてしまったところへタイミングよく発売されたカラー端末も買ってしまったが、SONYは2005年にめでたくPalm互換機市場から撤退した。

こうしてみるとDoCoMo→au→SoftBankとシェアと電波網の低いキャリアに向かって順番に乗り換えている。ここには書かなかったけど、WILLCOMのAIR-EDGEというデータ通信カードを使っていた時期もあったので、主要なキャリアは制覇。

結局今はiPhoneに落ち着いているわけですが、iPhoneが一番しっくり来る所って、これまで一番身近なデジタルがジェットである携帯電話だけ独立したシステムが構築されていてPCやネットの空間と自由に行き来できなかったものが、iPhoneによって携帯電話までネットや自分のPCの一部として管理できるってことかもしれないと思い始めた。

今日の結論。「デジタルガジェットは、欲しいと思ったときが買い時。」

人はなぜ宗教を必要とするのか

2008/08/26(Tue) Book

人はなぜ宗教を必要とするのか 表紙
人はなぜ宗教を必要とするのか
阿満 利麿 (著)

宗教はインチキだ、という反応は、しばしば宗教に対して食わず嫌いになりがちです。宗教、とりわけ「創唱宗教(引用者注:キリストなどの特定の神を定めている宗教)」は、人類が培ってきた大切な叡智だといってよいでしょう。その叡智と無縁に生涯を終わるのはいかにも残念だ、というのが私の思いなのです。

先日読んだ本と同じ著者で、前作と対をなすような位置づけらしい。前回と同じく、読む前に自分が感じていたところと大筋は同じ主張で、それの裏付けとなる歴史的な背景や著名な宗教家の言葉を引きながら書かれていた。

「生老病死」という言葉があって、生まれること、老いること、病に伏せること、死を迎える事というのは、人間がその人生において逃れることが出来ない四つの苦悩という意味らしい。生はよく分からないし、老いはまだ経験しておらず、それほどの病に伏せったこともないが、死が苦況だというのはここ数年の近しい人の死でなんとなく理解できる。

個人的に、宗教は「よくできたフィクション」だと思っている。なので、神とか仏とかそういうのがいるとは全く思っておらず、むしろ嘘だと思っている。でも、嘘と分かった上で積極的に肯定している。人類が誕生したときから存在しており、何世紀にもわたって廃れることなく受け継がれている「よくできた物語」だと。

自分の死は分からないが、身近な人の死というのは結構こたえる。虚無感は時が過ぎれば薄らぐが、ほおっておいて完全に消えてなくなるというものではないと思う。おそらく、老いや、自分の力ではどうしようもない病なども、同じ性格のものだろうと思う。だけど、自分ではそういうことを経験するのは初めてかもしれないけれど、人類は過去ずっとそういう事を経験してきていて、それを解消するために編み出されたのが「宗教」だと思う。

誤解を恐れずに書けば、「生老病死」にぶち当たったときに、手っ取り早くそれを解消してくれるのが「宗教」だということ。僕の場合は、祖父が亡くなったときに「現代語訳 般若心経」という本を手に取り、「『生まれた』という認識も『滅した』という認識もありのままの実相ではなく、じつは脳内に現象した大雑把な『概念』に過ぎません。解けないほどに絡み合った関係性を、とりあえず無視してザックリ切った認識と見るしかないのです。」という一文に出会い、自分の中で何かがストンと腑に落ちた。

なので、おそらく、病だとか、うまくいかないこととか、そういうことで宗教を頼ったりはしないだろうし、自分以外の誰かにそれを押しつけることもしない。あくまで自分が生きていくときに糧となる「人類が残した精神の文化遺産」であって、それを使わせてもらっている。という位置づけ。だから「生老病死」という壁にぶち当たるまでは必要性を感じないだろうし、必要としない人もいるかもしれない。

ただ、「生老病死」の時だけ頼るにはもったいないほどの生きる上でのヒントが書かれているので、著者と同じく食わず嫌いするのはもったいないなぁと思う。そういう感じなので、そういうまっとうな宗教の部分と、政治介入している某教団のようなものがおなじ「宗教」というくくりになってしまっているのはとても残念だと思う。

5年間が詰まった1,000件のエントリ

2008/08/15(Fri) *Pickup, Diary

iwalogを書き始めてから、丸5年になりました。25年間しか生きていない僕の5年間、僕の人生の10分の2が、ここに記録されています。そして、このエントリで、iwalogのエントリが1,000件になりました。まあ、よくも飽きずに書いたものです。これだけ続いたのなら、今後も僕が生きている限り続くだろうと思っているのですが、そのときネットはどうなってるんだろう。ブログなんて、古いサービスの一つになっているのかな。

相変わらず一つの所に定住しない僕の性格は今年もそのままで、今年は東京から福井に。しかし、さすがに福井に来たからには、来年また別の所に住んでいるってことはないだろう、と自分では思っているのですが、仙台とか福岡にも若干興味があったりします。まあ、これは自分で書いていてもないだろうなと思うけど、どうなるかはわからない。

よく、若いときはいろんな経験をしろ、いろんな所に行ったり、いろんな遊びをしたり、いろんな人と出会ったりしろみたいなことを言われますが。僕は自他共に認めるほどネットしかやってきていない。ネットというとインドアなのであんまり健全なふうには見られないことの方が多いのですが、前述の言葉の意味が好きなことを思いっきりしろという意味なら僕は間違いなくしているので、このままでいいのだ、と開き直り始めた。

いい年して、いまだに「仕事」をする、という意識が持てない。中学生の時に趣味でパソコンをいじっていた時と同じ気持ちで、コードを書いたり、ディレクションをしたり、クライアントの所に行ったりしている。今年で仕事を始めて丸8年、9年目に突入しますが、好きなことをして遊んでいるという意識しか持てない。いいのか悪いのか分からないけど、とりあえずこのままいけるところまで走っていってみようかなと思う。

これまで読んでくれている方、ありがとうございます。今後も駄文が続きますが、よければお付き合いください。

退職と帰郷

2008/08/02(Sat) *Pickup, Diary

ブログでのお知らせが遅くなりましたが、7月で東京の会社を退職し、引っ越しを終えて、今日福井に帰ってきました。2005年3月に東京に出てから、約3年半の東京生活でした。これからは、福井で暮らします。

東京で過ごした21歳から25歳までの3年半は、とっても楽しかったなぁというのが率直な感想です。いろんな人と出会い、いろんな経験をし、いろんな思い出が出来ました。東京に行って間違いなく良かったと思うし、逆に行かずにずっと福井にいたらと思うとちょっと怖い気さえします。過去の自分が幼く見えるということは、少しは成長したということでしょうか。

最初の会社がいろいろと細かいことに厳しい会社で、初めて社会に出た僕にはそれはそれでいろいろと覚えることが出来て良かったのかもしれませんが、東京に来て視野が広がりました。ゴールだけ決めれば、服装も、考え方も、やり方も自由という仕事のやり方。今では僕もそれを当たり間のように受け入れていますが、東京に来た当時は新鮮でした。こんなに自由でいいんだーと。

そうやって仕事をしている中で、いろんな人達に出会いました。逆立ちしてもかなわないと思うようなすごい人や、仕事に命を注いでいる人や、反対に仕事以外に生き甲斐を見つけて仕事をそのお金を貯める手段にしている人、すごい大学出た人、かっこいい人、かわいい人、おもしろい人、綺麗な人、気が合う人、合わない人、自分とは全く違った考えをする人。。。ほんとうにたくさんの人に。

そういう人達を通じて、自分の考え方や物の見方が少し広がったような気がします。その中の何人かとは、福井に帰ってからも繋がりを続けられそうで、それが東京に来て得られた一番大きいものだったんじゃないかと思っています。

そして、その人たちといろんな経験をしました。終電が無くなって始発まで飲んだことも、仕事で徹夜したことも、動かないシステムを前に四苦八苦したことも、サービスを立ち上げたことも、サービスを閉じたことも、困ったことも、悩んだことも、怒ったことも、息が出来なくなるくらい笑ったことも。。。ほんとうにいろいろな経験を。

東京の皆様、3年半ありがとうございました。田舎者の不束者でいろいろとご迷惑をおかけしましたが、とても楽しい時間の中で、いろいろな経験を通じて、ちょっとだけ成長出来たような気がします。福井に帰ってもブログは続けていくので、たまにはのぞいてみてください。東京に行くことがあれば、遊んでやってください。

福井の皆様、これからよろしくお願いします。正直なところ、富山・新潟・石川・東京と県外ばかりに住んでいて福井にちゃんと住むのは18歳以来なので、福井の暮らしに適応できるか若干不安だったりします。8月中はゆっくりしようと思っていましたが、帰ったら帰ったで早速あんまりのんびり出来ない状況になってしまったので、またぼちぼちやっていこうと思っています。そんな、25歳の夏の記録でした。

Bookカテゴリが200エントリ突破。

2008/07/01(Tue) *Pickup, Diary

気づけば、Bookカテゴリのエントリが200本になりました。ぼちぼちとでも続けば結構な量になるもんですね。最初のエントリは「なぜマネジメントが壁に突き当たるのか」。まったく20才のぶんざいで何て本を読んでたんでしょうか(恥)。2003年からの約5年で200本なので、1年あたりだいたい40冊程度読んだことになる。割り算すると1ヶ月3冊ということなので、だいたい2週間に1冊というペース。まあ、実際は読む時期と読まない時期の落差は大きいのですが。

これだけ読み続けられたのは、ひとえにこのブログのおかげだと思う。読み終わってから一度その内容を振り返り、印象に残った一節を引用し、自分の感じたところを書き記す。時々自分の意見についてのみんなからの感想がもらえる。アウトプットが設定されていないインプットに意味はないと誰かが言っていましたが、このブログに書き記すというアウトプットがあるから続いているような気がします。

200冊を読んだことで、自分に何か変化があったのだろうかと振り返ってみると、一つはいろんな人の人生や考え方を疑似体験できたことで、それらのうち印象に残ったいくつかが自分の考え方や生き方に影響を与えているという事ではないかと思う。僕は、過去の考えや選択が今この瞬間の選択をするときに与える影響が強い方だと思うので、どうしても見えている範囲がちいさくなりがち。そんな時に、自分では普通しないであろう考え方や行動をしている登場人物たちを見ることで、その選択の振り幅が少し自由度を増しているように思う。

僕は、本を読むときはその世界に入り込んで一気に読んでしまう方です。読んでいるうちにいつの間にか主人公と同化し、同じように楽しみ、悩み、感動し、傷つき、ひとつづつ物語を進んで終わりに到達する。そういうプロセスをいくつもいくつも経験することで、自分の中で感じる感情や表現する言葉が少しでも増えていたらいいなぁと、後付けですが思います。

あ、それからハズレ本にあたる確率が減ったかな。でも、最近客観的に読み過ぎている気もする。感動や物語の展開になれてしまっている気がするのが少し心配。5年で200冊、男の平均寿命は79らしいので残りの人生54年とすると、このペースで読んでいくとこの後死ぬまでに2,160冊ほど読める計算になる。まだまだ10分の一、もっといろいろ読んでみたい。

言葉

2008/06/23(Mon) Diary

言葉って、大切だよなぁと思うのです。「思いは言葉になり、言葉は行動になり、行動は習慣となる。習慣は人格となり、人格は人生になる。」とは僕の好きな言葉の一つですが、その始まりの部分「思いは言葉になり」というのは、始まりのカオスな状態であるが故に、双方に影響していると思うのです。「思いは言葉になる」けれど、「言葉が思いになる」こともあると思うのです。カオスであるが故に、無意識に。

なにも、綺麗な言葉だけを見聞きしなさいなんて事は思っていなくて、綺麗でない言葉を知っていることは、綺麗でない面も見ることは経験として大切だと思う。ただ、それを自分の口から、自分の指から紡がないようにしておければいいのだと思う。

ネットの中にはそれこそ「きたない言葉」がたくさんあって、僕も日々それを見たりしているけれど、このブログではあまり書いていないと思う。ネガティブな事はたくさん書いているけれど、きたない言葉は使わず、綺麗とは言わないまでも最低限平坦な言葉で書くように気をつけているつもり。口から出る方は、ダメダメなのですが。。。

「死ねばいいのに」とか「キモイ」とか、指をカタカタと動かせばいくらでも書くことは出来るのですが、普段からそういう言葉を使ってしまうと、自分が何かを見聞きした時に、自然と自分の中から生まれてくる感情を言葉にするときの選択肢として、それらの言葉が出てきてしまうと思うのです。

小説や人から聞いた言葉で自分の物事の表現を増やしていくことと同じくらい、きたない言葉を自分のよく使うところに置いておかないことも大切なのではないかと思う。それによって相手を無意味に傷つけないというコミュニケーション的な意味合いもあると思うのですが、なによりも自分が汚れないように。

そして、言葉は思いと結びついてこそ意味のある、魂のこもったものになるのだと実感をもって感じた。言葉はとてもなめらかで綺麗なのだけれど、思いが、魂がこもっていないことをすらすらという人と出会って、その言葉が全く自分の中に入ってこなかったという事があって、それを実感した。

誰でも発することが出来るからこそ。誰でも記すことが出来るからこそ。

沈まぬ太陽

2008/05/12(Mon) Book



恩地には、もはや止めようもなかった。管笠をかぶった白衣姿が次第に遠ざかり、鈴の音が消えていくのを見送った。保証金を以てしても、控訴を以てしても、償えるものではなく、自らが死者の霊に近づき、弔い慰めるほかない遺族がいることを悟った。そう思い至ると、恩地は、遠ざかっていくお遍路に、合掌した。

日本航空(JAL)をモデルにした国民航空を舞台に、労使交渉で会社と争った労働組合委員長恩地元がうけた流刑のようなカラチ・テヘラン・ナイロビへの10年の左遷の経緯が描かれる「アフリカ編」、1985年8月12日から始まる日本航空123便墜落事故をモデルにした航空機事故を遺族係となった恩地の視点で描く「御巣鷹山編」、新会長とともに会社の腐敗を正そうとする「会長室編」の大きく3つに分けられる全2,320ページの物語。

フィクションとはいえ、かなりの部分が事実を下にしたストーリーになっている。最初は御巣鷹山以外の部分、たとえば10年もの海外左遷なんてフィクションだろうと思っていたら、モデルとなった小倉寛太郎という人は実際にそんな経験をしている。ただ、小倉寛太郎自身は小説の恩地のように御巣鷹山の遺族係は担当していなかったりする。こういうフィクションとノンフィクションが入り交じる作品なので、当事者である日本航空からしてみれば事故を起こした加害者の腐敗した大企業として描かれ気持ちのいいものではないだろうけれど、2,000ページ超の物語をじっくり読める人間なら純粋にフィクションとして楽しめるのではないかと思う。

労使交渉で会社側を追い詰めた故に左遷される10年を描く「アフリカ編」と恩地元という主人公に、最初はなじめなかった。「労働組合」という価値観そのものが共感の前に理解さえしがたかったし、その極端な要求や落としどころを定めないやり方などが、10年の海外左遷は極端にしてもそら冷遇されるよとさえ思ってしまう。さらに、自分だけならまだしも家族までアフリカに巻き込んでいく恩地のやり方に、そんな腐った会社を辞めて別の所でリスタートすればいいのにと思いつつも、そういう時代だったのかなぁと思ったり、白い巨塔で言うところの里見と財前のような明暗をくっきり描く作家の描写力に引っ張られて読み進めた。

東京航空交通管制部が国民航空123便の異常に気づいたところから始まる「御巣鷹山編」は圧巻の一言で、事故後子供の見つからない片足を探す母親や、なんとか五体満足にしようと何度も遺体安置場に通う妻の下りには涙が出る。遺族係となった恩地の目を通して描かれるそういった遺族の姿を見ていると、アフリカ編では違和感を覚えた恩地といつの間にか気持ちが一つになっているのに気づく。ただ、事故の原因としてボーイング社の圧力隔壁の修理ミスを採用するならば、事故の元凶を会社の腐敗体質と安易に結びつけて悪の会社側とそれを正そうとする主人公という展開に結びつけるのはちょっと安易すぎるかなぁと感じる(あくまでフィクション小説の展開についての話)。

事故後の立て直しと民営化をにらんで送り込まれた新会長と恩地がともに再建を目指す「会長室編」は、白い巨塔と同様、いつの時代も変わらない人間の闇の部分をこれでもかと見せられ、どうしようもない絶望感に陥る。ただ、一部の菩薩的な人は別として、突き詰めたところ大多数の人間は自分のために生きているという本質を描いているように思う。人の上に立つ人ほどそうであってはいけないんだけど、人の上に立つ人にほどそういった誘惑が多くなっていく社会システムのジレンマ。そういった人間の本質を見るに、大なり小なりこういったことは繰り返されてしまうんだろうなと、読了後にぽつりと感じる。

iwalog 2007年の振り返り

2007/12/25(Tue) Diary

そろそろ今年も終わるので、iwalogの振り返りなど。今年1年で232本(2日に1本ペース)の記事を書いたのですが、その中から主要カテゴリ毎にいくつかを選んでみた。

■Book(64件)
今年読んだのは64冊。年間でならすとだいたい1週間に1冊ペースですが、4?9月に集中していて年明けと10月以降はほとんど読んでおらず。身になったものもあればそうでないものもあり。全体的に小説が多く、「すべてがFになる」と「赤朽葉家の伝説」に出会えたのは大きかった。とはいえ、影響を受けたものはノンフィクションのものが多かった。

・01月14日 すべてがFになる
・06月10日 現代語訳 般若心経
・06月23日 僕はパパを殺すことに決めた
・06月28日 赤朽葉家の伝説
・09月02日 隠された風景

■Clip(51件)
結構Clipしてると思ってたけど、Bookより少なかった。要は時事ネタ批評コーナーなのですが、コメントをもらう数が一番多いのはこのカテゴリかも。小さい頃はなんで大人って新聞とか読むんだろうと思ってましたが、いつの間にか毎日主要5紙のサイトを巡回するようになってしまいました。

・08月30日 人柱
・09月17日 匿名の批判
・09月19日 安倍さんよりも悪い人
・11月12日 赤ちゃんポスト
・12月12日 好きを貫く人をつくる人。

■Diary(61件)
公私ともにいろいろあった1年。1年の間に事業の立ち上げと終了を経験することは、なかなかないかも。「たまには書評以外のことを。」で自分が書いていることを、忘れないように(いいこと書いてる)。

・01月19日 たまには書評以外のことを。
・06月09日 菊の花の中で
・09月14日 それは首相の辞任のようで。
・09月24日 打ち上げ花火を左右から見た僕と彼女の関係。
・11月14日 105年の人生の終わり

■IT(29件)
nanacoとかtwitterとか、もう全然使ってないな。。。nanacoはためたポイントのExitがしにくい。毎日使うのが数百円とかの少額なので、ポイントも全然たまらない。ポイントをためるメリットより、チャージしたお金がセブンイレブンでしか使えなくなるデメリットが大きいからかな。SUICAは使ってる。

・04月16日 twitterはじめました。
・04月23日 nanaco
・07月10日 W52SH
・10月17日 外付け500GBHDDを買った。
・11月05日 iPod touch

■Movie(13件)
とりあえず、ヱヴァの新作と序のDVDが待ち遠しいです。

・05月12日 ゆれる
・09月25日 ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序

思うに、書きたいときにばーっと書いて、それ以外の時は細々と、というペースが僕にはあっているようです。翌日にはもう忘れていそうな一瞬の感情も結構書き留めていて、後から振り返るといい教訓になったりするので、来年もこんな調子でやっていこうかと思います。来年もご愛読よろしくです :-) > 読んでくれているみなさま。

#ふと、このブログを読んでくれている人の中で、僕と面識のない人ってどれくらいいるんだろう、と思う。検索から飛んできて一瞬だけ見る人は置いておいて、RSS購読してる人だとほとんどいなそう。