錦繍
実に1ヶ月半ぶりの読書。10月から途端に読む量が月1冊くらいになってしまった。この本も200ページ弱と短めなのだけど、なかなか頭に入ってこなくて3時間くらいかかってしまった。継続して読んでいるときは、そうでないときよりやはり吸収がいいんですかね。この本は、最近知り合った人からのオススメ。これの他にも同じ著者のやつをもう2つ買ってきた。
書簡体(手紙のやりとりの形をとる物語)を読むのは、辻仁成と江國香織の「冷静と情熱の間」以来で、ちょっと新鮮でした。表現が若干単調になってしまうのはそのせいで仕方がないのかなと思ったけど、最後の方ではこの作家の表現の特徴なのかなと感じた。
僕は本には出会うタイミングみたいな物があると思っていて、まだ自分には早すぎて何を言っているのか分からないものもあれば、自分自身の経験からだいぶ立った後にそれを言語化してくれる本と出会う時もあったりして、人との出会いくらい大きなものじゃないかなと、個人的には思っています。
そんな意味で、ちょうど一つ前のエントリに書いたのと同じ「私は最近、私の<いま>は、過去の私によってもたらされていると確かに思えるようになりました。」を見つけたときは、やっぱりそういう出会いみたいな物があるのだなと、少しだけ確信したりしました。
この本で全体を通して書かれているのは、「輪廻転生」や「業」という宗教に近い考え方や、そしてその中を生きている人間自身についてなのかなと感じる。おそらく去年の自分ならこういう話はうさんくさくて途中で読むのをやめてしまったと思うんですが、今年はいろいろあったので、自分の中ですんなりと理解できるような気もしました。
読み終わった後で調べてみたら、この著者の信仰は創価学会のようで、僕は創価学会の教えは知らないけど、前出のことはたぶんその教えと関係しているのかなと勝手に思う。分かりやすいところでは瀬戸内寂聴はじめとして、宗教と文学はよく繋がっているのでさして珍しいことではないのですが、イスラムとかはよく知らないけど、仏教とかキリストとか、どの宗教もみんな同じ事を言っているような気がしてくる。







