「新人」はあなたの都合であって客の都合ではない
僕の会社では、そろそろ新人が配属される時期です。ただ、僕は「新人」というものに対してあまりいい印象を抱いていなくて、それは、自分自身がそれを経験できなかったことから発生するコンプレックスや、彼らがその言葉から発するある種の甘えのようなものを感じる事への嫌悪であったりしますが、同時に自分自身を戒めさせてくれるありがたい存在でもあったりします。そこら辺を弾さんがドンピシャと書いてくれました。
「新人」はあなたの都合であって客の都合ではない
たとえば「新人」の医者があなたの主治医になったとします。もし担当者が誤診したら、あなたは「新人だから」ということでその医者を許しますか?
どのような職業でもそうですが、職業には「この料金であればここまではきちんとやる」という相場があります。明文化された場合もありますしそうでない場合もありますが、いずれにせよ相場があるのは事実です。「新人」であることは、その相場の基準を満たさないことを正当化するものでは全くありません。
嫌悪の部分はまさにこれ、そんなの客は関係ない。とはいえ…
そうやって書くと、なんだか憂鬱になりそうですが、「新人」のほとんどは、技量に劣り職務な不慣れな分、人一倍気を配って仕事するものです。その結果「新人」でない人と同等か、むしろ品質に勝る仕事をすることも少なくありません。
むしろ怖いのは、「新人であったこと」を忘れた頃です。職場の雰囲気と仕事の手順に一通り慣れると、自分の仕事が退屈に思える瞬間が時々表れます。「これって本当に私のやりたいことだったっけ?」、「こんな仕事をやるためにこの会社を選んだんだっけ?」。実はこれが五月病の正体です。たいていの方は、1月もすればその職場になじみます。だから五月病なのですね。
というのもまさにしかり。事実毎年新人と仕事をすると自分自身が新しい気持ちになったり、振り返ることが出来たり、定期的に気持ちをリフレッシュさせてくれます。ましてや、7・8年仕事してきてやっと同じ年代と仕事が出来るようになって、それはそれはうれしく、楽しい。というわけで、今年もそういう人たちと出会えるといいな。





