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「新人」はあなたの都合であって客の都合ではない

2007/05/01(Tue) Clip

僕の会社では、そろそろ新人が配属される時期です。ただ、僕は「新人」というものに対してあまりいい印象を抱いていなくて、それは、自分自身がそれを経験できなかったことから発生するコンプレックスや、彼らがその言葉から発するある種の甘えのようなものを感じる事への嫌悪であったりしますが、同時に自分自身を戒めさせてくれるありがたい存在でもあったりします。そこら辺を弾さんがドンピシャと書いてくれました。

五月病の傾向と対策:ITpro

「新人」はあなたの都合であって客の都合ではない

たとえば「新人」の医者があなたの主治医になったとします。もし担当者が誤診したら、あなたは「新人だから」ということでその医者を許しますか?

どのような職業でもそうですが、職業には「この料金であればここまではきちんとやる」という相場があります。明文化された場合もありますしそうでない場合もありますが、いずれにせよ相場があるのは事実です。「新人」であることは、その相場の基準を満たさないことを正当化するものでは全くありません。

嫌悪の部分はまさにこれ、そんなの客は関係ない。とはいえ…

そうやって書くと、なんだか憂鬱になりそうですが、「新人」のほとんどは、技量に劣り職務な不慣れな分、人一倍気を配って仕事するものです。その結果「新人」でない人と同等か、むしろ品質に勝る仕事をすることも少なくありません。

むしろ怖いのは、「新人であったこと」を忘れた頃です。職場の雰囲気と仕事の手順に一通り慣れると、自分の仕事が退屈に思える瞬間が時々表れます。「これって本当に私のやりたいことだったっけ?」、「こんな仕事をやるためにこの会社を選んだんだっけ?」。実はこれが五月病の正体です。たいていの方は、1月もすればその職場になじみます。だから五月病なのですね。

というのもまさにしかり。事実毎年新人と仕事をすると自分自身が新しい気持ちになったり、振り返ることが出来たり、定期的に気持ちをリフレッシュさせてくれます。ましてや、7・8年仕事してきてやっと同じ年代と仕事が出来るようになって、それはそれはうれしく、楽しい。というわけで、今年もそういう人たちと出会えるといいな。

虚構―堀江と私とライブドア

2007/04/22(Sun) Book

虚構―堀江と私とライブドア 表紙
虚構―堀江と私とライブドア (単行本)
宮内 亮治 (著)

-すなわち、公判で私が言ったように、
 「私が、ライブドアにいなければ、このようなことにはならなかったはずだ」
  というのが正確なところではないか。-

同じようなベンチャー企業を経験しているからか、とてもリアルな描写が多かった。ここに書かれているのと似たようなシーンを、僕もよく見かける(もちろん違法なことはないのであしからず)。結局この事件の真実は、検察の書いたストーリーほど派手派手しいものではなく、でも堀江被告の書いたような無実潔白なものではなく、その間にある極めて地味で極限の焦りのなかから生まれた事件なのではないかと思う。

あらかじめ決められたルールや、決まり切った常識の中では、新しいビジネスは生まれない。そういった既成概念に挑戦していくのが資本主義社会であると思う。ただ、それが白黒付きかねるときの検察の判断が、極めて恣意的であるいみ意図的であることは残念だと思う。

情熱大陸 BoA

2007/04/12(Thu) Clip

振り返ってみると、一番楽しかった時期は、一番大変で、一番苦しかった時期とぴたりと符合する。そして、それを経験する前の自分とは全く違った自分になっていることに気づく。失ったものもあるけれど、得たものも少しあって、それは、失ったものとは比べものにならないくらい価値のあるものだと、思う。

ただ、自分の中でその事実を受け入れて。

2006/12/25(Mon) *Pickup, Clip

みんな、ありがとう|吉井怜のブログ「Aquamarin18」 Powered by アメブロ

同じ病気に限らず、ご病気で亡くなったというお話を聞くと、とても複雑な気持ちになります。色々な事を考え、今ここにいる自分自身を振り返り、多くのことに敏感になります。

そんな状態の時は、石ころ一つに躓いただけで、自分の中の芯が、音さえ立てずに崩れてしまいそうになります。

ただ、その多くの想いを言葉にするのは本当に難しく、容易に答えられるものでもなく、まして、自分と同じ病名だからといって、それは比べ合うものなんかじゃ絶対ないと思うし、自分が完治を迎えたからといって、安易に語ってはいけない気がするので、深くは語れません。

私は自分の経験したことしか話せないし、かといって、その経験をもとに偉そうに白血病について話せる人間ではない。

闘病生活という経験をマイナスには捉えないようにしている。かといって、過去のものと処理できるものでもない。ただ、自分の中でその事実を受け入れて今を歩いている。

そうだよね。それでいいんだよね。と思ったことの記録。

もう一度始めからやり直せたとしても

2006/12/03(Sun) Clip

社長が訊く Wiiプロジェクト – おわりに

貴重な出会いとチャンスを活かすことができたという幸運にも恵まれ、そして、社内外の多くの人達の力に支えられて、今振り返って「もう一度始めからやり直せたとしても、きっともう一度同じものを作るだろう」と思えるほど、不思議なほど悔いの残らない商品ができたとの達成感があります。

(中略)

また、商品は開発・製造して終わりではなく、お客様のお手元で期待通りに動作し、年齢・性別・ゲーム経験の有無を問わず誰にでも受け入れていただくことができるまではゴールに到達したとは言えません。その意味で、私たちの「Wiiプロジェクト」はまだ終わっていません。

商品やサービスの魅力が、PRや広告ではお化粧できないCGMの時代。それは厳しくもあるけれど、魅力がダイレクトに伝わると言うことでもある。僕たちの考えていた物がユーザに伝わるたびに、ネガティブ・ポジティブ含め様々なギャップが生まれるだろうけど、率直に、きちんと、丁寧なサービスにしていきたい。

天使の卵

2006/10/09(Mon) Book

天使の卵 表紙
天使の卵
エンジェルス・エッグ
村山 由佳 (著)

-相手は必ずしも僕でなくてもよかったのかもしれないな、
  と思うと、僕は少し寂しくなった。-

iza!の記事で知った小西真奈美主演映画の原作。19才の画家志望の予備校生一本槍歩太(いっぽんやりあゆた)が、27才の精神科医五堂春妃(ごどうはるひ)に恋に落ちる、東京タワー的な話(江國香織の方)。小西真奈美と精神科医のイメージは本当にぴったりだけど、予備校生のキャラはどうも。。。予備校生の気持ちや心の動きに納得出来ないせいかもしれないが。

本を読んでいると、自分の変化に気づきます。以前東京タワーを読んだときとは、結構気持ちが変わっているなぁということに。東京タワーを読んだときは羨望の眼差しもあったけど、この本では歩太の言動一つ一つに少しイライラした。ラストでどう決着をつけるのかと思ったら、少し逃げてる感があった。逃げた中では、きちんと筋道はつけているけれど、そもそもの所で正面からぶつかって欲しかった感がある。

自分自身(10代に比べれば)少しばかり年を重ねたことだったり、いろいろあった苦い経験だったり、そういうのが積み重なったからだろうけど、自分がそう感じたことに自分自身が少し意外だった。その事から、いろいろ変わった環境とか、それによって増えたものの見方とか何が大事で何が大事でないかとか、過去の経験から無意識に選んでいる選択肢とか、そういう今まで気づいていなかった自分の中の前提条件や価値観みたいなものの変化に、気づくことが出来た本でした。もちろんそれでも、変わらないものは変わらないのですが。

心にナイフをしのばせて

2006/10/07(Sat) Book

心にナイフをしのばせて 表紙
心にナイフをしのばせて
奥野 修司 (著)

-高1の息子を無惨に殺された母は地獄を生き、
  同級生の犯人は弁護士として社会復帰していた!
   追跡!28年前の「酒鬼薔薇」事件-

「たかじんのそこまでいって委員会」で宮崎哲弥さんがこの本に言及していて、はてなのnaoyaさんが読後感想を書いており、興味が湧いて読んだ。興味のある人は、これらのサイトからリンクされているドキュメントを全部読んで欲しい。

1969年に川崎市のサレジオ高校で起きた同級生殺人事件についてのルポ。入学して間もない男子生徒が同級生を刺し殺し、首を切り落とした。被害者の家族は、母親は記憶障害・精神不安定になり、妹はリストカットをし、父親はじっと耐えやっと訪れた小さな幸せを味わうまもなくガンで死ぬという崩壊の一途を辿った。一方加害者は私立大学・大学院を卒業し、現在は弁護士となり、謝罪もせず、賠償もせず、会うことも拒んでいる。少年法が謳う立派な更正例であるが、少年法の持つ矛盾も強烈に訴えてくる。

ネット上ではこの本の問題点が多々指摘されている。ノンフィクションのルポであると謳いながら、内容の多くは被害者家族のモノローグで占められ、被害者感情に比重が置かれ、加害者の言動の追求具合に比べると曖昧な記述が多いこと。引用されている「精神鑑定書」の引用方法が本来の意味合いからは違った意図で引用され、加害者の凶悪性を増していることなど。鑑定書の引用方法法は実際読み比べて僕もその違和感を実感した。

その点をふまえて、この本から少しでも何かを得ようと考えたときに見えてくるのは、少年への罰則と、被害者保護のバランスの悪さであると思う。僕自身の経験も含めて、今はどんな年齢でも社会に参加する方法は多々あり、少年だからといって何かが免除されるというのはあまり意味をなさないと思う。同時に、今の被害者保護はどう見ても軽視されており、納税者としても加害者更正より被害者保護に税金を使って欲しいと思う。この本には加害者のことはあまり書かれていないが、個人的には、加害者がどういった事件後の人生を辿ったにせよ、成人であれば法律によって裁かれるべき事を犯した人間が、その後その法律の運用に携わっている事への違和感は、消えない。

SEの教科書

2006/10/01(Sun) Book

SEの教科書 表紙
SEの教科書
成功するSEの考え方、仕事の進め方
深沢 隆司 (著)

-「100mを3秒で走れ」あるいは「何mかわからないが3秒で走れ」、
  しかも「いつもの単純な駆け足以外をやって何か問題があったら困る」というような
   状況を作ってしまって、それを実作業者に無理矢理やらせようということ自体、
    マネジメントの存在意義がないといいますか、恥ずかしいことではないかと思います。-

本を選ぶときは、結構無意識で、興味の赴くままに選んでいます。でも、前にも書いたこともありますが、不思議と今の自分に必要なものを無意識に選んでいるようです。渋谷で働くプチ取締役から借りたこの本もベストタイミングで出会った本となりました。短くて理路整然としているので1時間ちょっとで読めますが、実りは多いです。この人の下で働きたくなりますw。

これまでは受託側としてシステム開発にSEの部分で関わったことはありましたが、発注側としてシステム開発に関わることになりました。「システム開発は受託側より発注側が断然良い!」という気分にも一瞬なりましたが、それはそれで苦労が多いことを実感している日々です。

なまじ受託側をやっていたせいか、どこまで発注側としてやるべきかの線引きや、受託側として発注側にこうして欲しかった、逆に受託側として発注側からこういったことを明確にして欲しかったという記憶を便りに、見えないけれど一番大切な一緒に作っている感だったりモチベーションみたいなものを維持する手助けになればと動いている日々。

社内のSEの方や受託する企業は、僕みたいな本を読んだり現場でつかんだ方法ではなく体系だった勉強や膨大な経験を積まれているので、アウトプット資料や事前の懸念点の発見度合いなど、毎日かなり勉強になっています。いわごろはこまい所をかたづけたりしてその人たちがそれらの業務に集中できるように動いて、同時にいろいろ吸収させてもらって刺激が多い日々です。

借り物なので、いつもは付箋を付けて済ませているぐっときたポイントをメモ。

・SEの役割とは「業務システム開発を成功させるために、必要なことはすべてやる」ということ。

・実装段階で出た仕様の問題は、追及せず解決するのみ。問題発生を問題視することは時間の無駄。(マネジメントに起因する問題は別)

・業務分析は業務システム開発の中で最も重要な工程。

・いくら契約したってできないものはできない(投げやりじゃなく)。

・「自分が作るからには、自分が知らなければならない」ということさえ頭にあれば、かなりの問題が回避できる。

・SEの仕事で大切なのは、単なる表現手法や手順ではなく、いかに顧客側の要求を実際に作られるプログラムに反映・具体化させるか、つまり「使う側と作る側のコミュニケーションをどのように緻密に作り上げるか」

火車

2006/08/26(Sat) *Pickup, Book

火車 表紙
火車
宮部 みゆき (著)

-一度はつかんだと思った生活が、消えてゆく。
  引き止めようとして、あまりに強く握り締めたために、
    彼女の手のなかで粉々に砕けてしまった-

宮部みゆきは、模倣犯とICOを読んだくらいですが、とても好きな作家です。グッドデザインプレゼンテーションを見に行こうと思ってたんだけど、朝起きたら体が重いので行くのをやめて、最近読む量が減ってしまった本を読む日にしようと決めた今日。冒頭を読んでは興味が持てず…を何冊か繰り返した後に開いたこの本は、冒頭から自然と引き込まれ、読了まで7時間、358ページ(1ページ2段組)一気に読みました。模倣犯もICOもそうだけど、この人の本は長いけど一気に読まされる。

サラ金問題をきっかけにしたある女性の失踪から始まるこの本は、その失踪した女性を追いかける休職中の刑事の視点で進む。さすがに書くことで食べているだけあって(あたりまえですが)、その失踪した人は一言も語ることないけれど、その人の息づかいや焦燥が伝わってくる。その辺は白夜行の刑事と雪穂の関係に重なりながら読み進めました。

消費者金融の借金で自殺を選んでしまう人がいることを、安全運転をしていても事故にあう人に丁寧になぞらえ、その人がどんなに注意していても制度や相手の都合でそうなってしまうのであり、決して借りる人の自堕落ではないことを説く。それも、経済システムから生まれた、存在しない幻のお金によって殺められ、貸した側がどうこう言われることはない(最近は言われていますが)。ネット広告の主要クライアントが金融業というカテゴリであり、そのお金でご飯を食べていることを前々から少し疑問に思ってはいましたが、改めて少し考えてしまいました。

また、登場人物のキャラクターがとても豊か。主人公の突き動かされる動機はあまり理解できませんでしたが(無理にでも突き動かされてくれないと話が進まないので…)、碇や保、そして郁美、喬子、澤木、久恵、みっちゃんという女性陣のキャラクタも、本に書かれていないその人のバックグラウンドまで想像されられるキャラクターたちでした。

自殺したいというほど強い意志はないけれど、酒を飲んだ夜に急な階段を歩きながら、このまま死んでしまってもいい、とふと思ってしまう時。別れ際の相手の些細な仕草が、そうあって欲しい、という願望からそう見えてしまった時。足があれば幸せに違いないと脱皮を繰り返す蛇と、足があるように見える鏡を売りつける蛇の話。近すぎるからこそ、一歩踏み出せない関係。本当に賢いって言うのは、どういうことなのかということ。ただ、幸せになりたかっただけだという気持ち。

挙げるときりがないですが、自分も以前感じたことのある感情や、感じたことはあるけどうまく言葉にできなかった感情、自分がこれまでであった事のある人もそう思っていたのかなという心の動き。そういうものにこの本でとても多く出会えました。いっこ前のエントリに書いて「それが生きることだ」とデカ長に言われてしまった、最近自分が変わっているなと感じた理由。それはいろんな気持ちやいろんな人に出会い、いろんな状況を経験することで、他の人のそういう状況を以前より少し理解できるようになったなぁ、といううことです。そうだからっていってどうなるのかはよくわかんないし、それの幅を広げるために読んでいるわけでもないですが、僕が本を読んでいて一番楽しいのは新しいそういうことに出会えるときで、この本からはそういう出会いがいっぱいありました。

最後の数ページは、ラストが目に入ってしまうと嫌なので、手で次の行が見えないようにして読みました。どことなく、白夜行の雪穂が新城喬子に重なり、読み終えてしばらくぼーっとしていました。

9タイプ・コーチング

2006/06/18(Sun) Book

9タイプ・コーチング 表紙
9タイプ・コーチング
部下は9つの人格に分けられる
安村 明史 (著)

今週会社で研修があるので、それまでに読んでおきなさいといわれたので読んでみた本。全員に画一的なコーチングではなく、メンバーそれぞれの個性(エニアグラム)に沿ったコーチングを行うエニアグラムコーチングというもの。以前やった分析ではタイプ5の研究者だったんですが、今回はタイプ4の芸術家という結果でした。たしかにその中間を揺れ動いているかも。

2年前初めて自分が中心となってスタッフと仕事をする事になったとき、結構コーチング系の本を読みあさりました。その時思ったのは、時間がかかるなぁと言う事と、コーチングで接してもそれぞれの反応が結構違うという事でした。時間がかかるという事は、その後の経験で新入社員ぐらいピュアじゃない限り人が育つのには時間がかかるという事は頭でも体でも理解してたんですが、これまで解決してなかった後者の人それぞれで反応が違うという問題はこの本で結構クリアになりました。

まず自分の分析をしてみると、最初にも書きましたが4と5の中間あたりです。僕は過去関わったほぼ全ての上司から、なんでも自分で抱えて人にお願いやシェアが出来ず、消化不良を起こしたり達成できなかったりすると指摘され続けてます。自分でもまあそれはなかなかクリア出来ない課題で、自分でやった方がラクという考えが根底にあったりするので、今回の研修で少し改善できればいいなと思ってます。

他のタイプを解説する章を読みながら、仕事場のスタッフをイメージで当てはめて読んでいると結構当てはまり、その人がよくする受け答えや行動の元になっているであろう考えが読めて、面白かった。こうやって何となく全体のタイプを把握して、個別にクリアしたい課題があるときにその相手のタイプを考えてから話すといいのかも。あと、最近(今頃)何を言うかと同時にどういうかが大事という事も学んだので、それも合わせて自分の一番苦手なコミュニケーションが、少しでもマシになりますように。。。