Posts Tagged ‘福井’

佐々木俊尚さんの有料メールマガジンを購読してみた。

2008/08/11(Mon) IT

福井にも度々講演しているらしい(そのとき僕は東京にいた(涙))佐々木さんが有料メルマガ「佐々木俊尚のネット未来地図レポート」を発刊したので、少し迷ったが買ってみた。まだ2号しか読んでいないけれど、このクオリティが続くのであれば断然買いだと思う。

著者の本は「Google 既存のビジネスを破壊する」しか買ったことがない。しかも、1年以上前に買って未だに読んでいない(ごめんなさい)。なんでかというと、これは著者も言っているけれど、ネットで旬になってから書籍化までは数ヶ月かかるので、本が出るまでにはネットのニュースサイトや個人のブログで読み尽くしてしまい、本が出ることにはだいたい自分の頭が整理されているのでわざわざ買わない。買ったとしても、手に届いたときにはそのテーマへの興味が薄れてしまっていて、結局読まない。

1号のテーマはcookpadを例にとったマイクロインフルエンサーについて。2号のテーマは「ケータイ小説と地方のマーケティング」についてだった。ちょうど数日前のエントリで「恋空の映画が見るに堪えなかった」という事を書いていたのでタイミング良く読んだのだけれど、これを「ケータイ小説は若者のソーシャルメディアになる」みたいなタイトルの新書にしてると数ヶ月かかって旬が過ぎてしまうので、メルマガというメディアはちょうどいい。

そして、これは思わぬ効果だったけれど、お金を払っているので真剣に読む。まぐまぐから来るメルマガなんてさっと見てすぐ捨てるけど、著者のメルマガは元をとろうと読み返して租借するまで読んだ。メールに返信すれば著者にメッセージを送れる。月1,000円で4回届くから1通250円、新書はだいたい1冊800円程度。ボリュームだけを見ると少し高い気がするけれど、タイムリーなテーマ選定でカバーしてくれればむしろお得かもしれない。

佐々木俊尚のネット未来地図レポート

ニコニコカラオケと同級生飲み

2008/08/10(Sun) Diary

金曜日は、id:jdgchikurauyuyu.netと飲み。id:jdgとは初めて会ったのだけど、酔った調子で今すぐ会社辞めて転職しちまえーとハッパをかけてしまってちと反省。福井のネットに関わる仕事をしている20代が少ないので、コミュニティを作ろうかという話になったけど、そのゴールがいまいち見えないのでちと考え中。。。

その後久しぶりにカラオケに行ったのだけど、「創聖のアクエリオン」、「エアーマンが倒せない」、「GOD DIVA」、「おら東京さ行くだ」とニコニコネタ満載だった。chikura氏が「GOD DIVA」のイントロの超高音まで歌うとは思わなかったが、MAD映像や弾幕がないのでちとさびしい。今度はPCでも持ち込むか。

土曜は小中学校の同級生R氏と飲み。mixiで見つけて10年以上ぶりの再会だったけど、小学校のままの風貌だった(女は大化けするけど…)。今でも音楽に関わる仕事をしていたのは勝手に嬉しかった。バンドのまねごとのようなことをした話、秘密基地(?)を作った話、汚い川で泥にはまって抜け出せなくなった話、とか、話してるうちにいろいろ思い出してきた。

しかも、二人で飲んでたらとなりの席の人が「ちょっといいですか…もしかして…」と話しかけてきて、その人も同級生だったという福井は狭いねという話。しかし、小学校から現在までの時間を共有していなくて一足飛びなので、同級生が社会人になって働いているというのは未だにちょっと信じられないような感じがする。

退職と帰郷

2008/08/02(Sat) *Pickup, Diary

ブログでのお知らせが遅くなりましたが、7月で東京の会社を退職し、引っ越しを終えて、今日福井に帰ってきました。2005年3月に東京に出てから、約3年半の東京生活でした。これからは、福井で暮らします。

東京で過ごした21歳から25歳までの3年半は、とっても楽しかったなぁというのが率直な感想です。いろんな人と出会い、いろんな経験をし、いろんな思い出が出来ました。東京に行って間違いなく良かったと思うし、逆に行かずにずっと福井にいたらと思うとちょっと怖い気さえします。過去の自分が幼く見えるということは、少しは成長したということでしょうか。

最初の会社がいろいろと細かいことに厳しい会社で、初めて社会に出た僕にはそれはそれでいろいろと覚えることが出来て良かったのかもしれませんが、東京に来て視野が広がりました。ゴールだけ決めれば、服装も、考え方も、やり方も自由という仕事のやり方。今では僕もそれを当たり間のように受け入れていますが、東京に来た当時は新鮮でした。こんなに自由でいいんだーと。

そうやって仕事をしている中で、いろんな人達に出会いました。逆立ちしてもかなわないと思うようなすごい人や、仕事に命を注いでいる人や、反対に仕事以外に生き甲斐を見つけて仕事をそのお金を貯める手段にしている人、すごい大学出た人、かっこいい人、かわいい人、おもしろい人、綺麗な人、気が合う人、合わない人、自分とは全く違った考えをする人。。。ほんとうにたくさんの人に。

そういう人達を通じて、自分の考え方や物の見方が少し広がったような気がします。その中の何人かとは、福井に帰ってからも繋がりを続けられそうで、それが東京に来て得られた一番大きいものだったんじゃないかと思っています。

そして、その人たちといろんな経験をしました。終電が無くなって始発まで飲んだことも、仕事で徹夜したことも、動かないシステムを前に四苦八苦したことも、サービスを立ち上げたことも、サービスを閉じたことも、困ったことも、悩んだことも、怒ったことも、息が出来なくなるくらい笑ったことも。。。ほんとうにいろいろな経験を。

東京の皆様、3年半ありがとうございました。田舎者の不束者でいろいろとご迷惑をおかけしましたが、とても楽しい時間の中で、いろいろな経験を通じて、ちょっとだけ成長出来たような気がします。福井に帰ってもブログは続けていくので、たまにはのぞいてみてください。東京に行くことがあれば、遊んでやってください。

福井の皆様、これからよろしくお願いします。正直なところ、富山・新潟・石川・東京と県外ばかりに住んでいて福井にちゃんと住むのは18歳以来なので、福井の暮らしに適応できるか若干不安だったりします。8月中はゆっくりしようと思っていましたが、帰ったら帰ったで早速あんまりのんびり出来ない状況になってしまったので、またぼちぼちやっていこうと思っています。そんな、25歳の夏の記録でした。

「ことば」の素顔

2008/01/21(Mon) Clip

ちょっと前に、コピーにまつわるエントリが福井からふたつ続けてあがっていた。

::: カウベル・コーポレーション|COWBELLog – 日常生活における「コピー」会話。 :::

池澤氏は、こうした誇張が混じるのはしょうがないけれど、消費者は言葉を「軽く」しか受け取らない。問題なのは「言語生活全体がこの軽さに染まってしまったこと」と訴えます。

コピーを、ふつうの生活に。 >> lablog

ちがう世界で生きる言葉をドッキングさせたりして、
より強い言葉をつくることは、
広告コピーとしては常套手段。

だけど、そういう言葉こそ、
普通の毎日の生活で登場することで
普通の毎日の生活を豊かにできるのかも。
と思ってしまいました。

ひとつは言葉の現状を戒め、ひとつは言葉のちからを見つめ直すエントリで、表現は違うけれど、二つのエントリが見ていることばの正しいかたちは同じなのではないかと思った。ことばをあつかう仕事をする二人のエントリに、そうでない僕がそれを語るのがおこがましいのは承知の上で少し考えてみる。

自称世界の警察さんとかの言動を見ていると、言葉は行動と結びついて初めて意味を持つのだなと感じる。どんなに美しい言葉を発しても、それとちぐはぐな行動をしていると次からはその言葉自体が軽く感じる。

言葉(特にコピー)とは人で言えば顔のようなもので、良くも悪くも第一印象でしかないのではないかと思う。その顔(コピー)をきっかけに、実際にその人(物やサービス)とふれてみて、その通りのこともあれば、いい意味でのギャップを感じることもあるし、逆のこともある。スーツを来た野球選手にどこか違和感を感じるように、野球選手にはやはりユニフォームが似合う。

その人(物やサービス)以上の言葉を発すれば出会ったときに幻滅されるし、過小評価しすぎても気づいてもらえない。もとい、これまでと違う表情を見せることで新たな魅力に気づくこともある。言葉はその人と相手をつなぐメッセンジャーであって、その人以上に魅力的な言葉など存在しないのではないかと思う。

んー。読み返すとなんだか言葉の力の限界を強調しているような内容になってしまいましたが、そういう意図ではありませんのであしからず。思っていることを伝えるのは難しい。

永平寺 宮崎奕保の教えと未熟者の疑問

2008/01/21(Mon) Clip

「一生学べ」永平寺106歳の住職の言葉から | Lifehacking.jp

花が咲く事、虫が鳴く事、これらは毎年ほとんど変わりがない。これが法であり、法に従っているということが大自然である。自然はほめられても、ほめられなくても、時がくれば花を咲かせて、やがて去ってゆく。

年始に亡くなった、福井県 曹洞宗大本山永平寺の貫首、宮崎奕保(えきほ)禅師の言葉。世俗にまみれた僕なんかにははっとさせられる言葉が多い。「環境と私とは一つである」とか、公私ともに本当にその通りだと思うし、今は「悟りとは、平気で生きる事」と思える自分も過去の自分を再度反省させられたりする。

それはそれとして。これから書くのは皮肉ではなく本当に疑問なのですが、いろいろな教えの中には、それは寺に住んで寄付だとか冠婚葬祭のお布施でお金をもらっていればこそ出来る事なのではないかと思うようなものもいくつかあるように思う。世間の人間がそれを手本に「目指そう」とすることは出来るかもしれないけれど、世間の仕事をしながら本当にその状態になるのは不可能というか、そうなったらもはや世間ではやっていけないのではないかと思う。

そして、それをすべて実行してすべての人間が無欲になったとしたら、はたして社会は回っていくのかなとも思う。ずっと江戸時代の生活のまま停滞してしまいそう。それが理想の世界と定義しているのかな。もっとも「今の社会が非人間的なことをやっているのです」と言われればそれまでなのですが。

たとえば医療とか、今は若干無理に人を長らえさせようとしている感がないではないけれど、そういう技術的な発展とかが皆無になって、怪我したらそのまま死んでいくみたいな事になりそう。それはそれで自然の摂理ということになるのだろうか。僕の理解が足りないのか、はたまた僕の考えが世俗に犯されすぎているのか。繰り返すけど皮肉ではなく本当に疑問なのだ。

宮崎奕保禅師(NHKで放送された永平寺・宮崎奕保禅師の言葉。)

バックデート&トラックバック再開(1/12?1/16)

2008/01/17(Thu) Diary

福井に帰っている間のエントリをあげました。
あ、それからトラックバックを再開させてみました。

アヴァンティ的聞き耳

2008/01/14(Mon) Diary

もらった大根を使ったお味噌汁でお昼ご飯。おろしではないですが、おいしくいただきました。>マサテル氏。「耳をかいてー」とせがむコロとすこしぼけーっとしてから、自転車こぎこぎいつものカフェノーツに。

入り口の扉を開けようとしたら、小さな子がコーヒー豆をいじって遊んでいるのが見える。なんか見たことある子だなーとおもったら、カウベルジュニア+ご夫妻という偶然。ジュニアが僕の席までコーヒー豆を何回も運んできてくれて相変わらずお気に召してもらえてうれしい限りですが、その理由は今回も謎のままでした。

そういう趣味はないのですが、のんびりしていると隣の席に座っている僕より少し上の女の人二人組の会話が、声が大きくて聞こえてくる。mixiが日常的なツールになっているらしい。ネットでは車の一括査定が一番便利だと感動しているのを聞くと、たしかにその辺のラインが一番生活と結びつくのかもと思ったり。とはいえ、査定依頼後の営業マンがとんちんかんでイラツクというのを聞くと、いろいろ厳しく見てるのねと思う。

お店の空気の影響も多分にあると思うけれど、みんな福井を楽しんでいるよう。家から自転車こぎこぎ5分でノーツに来れる環境で暮らせるというのも、帰ってきた時の楽しみのうちの大きな一つ。

左手にダイコン、右手にソースカツ丼。

2008/01/13(Sun) Diary

マサテルさんとゆうちゃんとdemuさんとでご飯。マサテルさんとゆうちゃんとは去年の秋頃に飲んだけど、demuさんとは初めて。とても渋い声をした丸メガネの似合うハンサムさんでしたが、残念ながら服を着ていました。今度は着ていない所を見たいです。

マサテルさんから会うなりダイコンをもらう。しかも駅で。なかなかないシチュエーション。demuさんも加わり話をしていると、昨日のメンバーもそうだけど、結構独立している人が多いことに気づく。つまり、確固たるやりたい事、出来ることをもって仕事をしている。前はそういうのを見るとなぜか焦ったりしたんだけど、今は幅を広げる時期な気がするので、そういうことは考えないでおいた。

家のこととか、仕事のこととか、福井の環境のこととかいろいろ話していたら、なんとなくだけど、「福井で働き、暮らす。」という事への自分のイメージがずいぶんポジティブなものになっていることに気づく。東京に着たばかりの時は東京にしか目がいっていなかったけれど、しばらく東京で暮らすことで福井での上手なというか、楽しい暮らし方が見えてきてるという感じ。

解散後、駅の近くに吉野家みたいな感じで「ソースカツ丼」を売っている店を見つけ、においにつられて思わず買ってしまう。家についてタクシーから降りた僕は、左手にダイコン、右手にソーツカツ丼を持ち、眠い目をこすりながら家のドアを開けた。

成人式

2008/01/13(Sun) Diary

妹の。二日酔いでぼーっと起きてる所を晴れ着の妹と写真に撮られた。大きくなったねぇという感じ。彼女は今後どんな感じでやっていくのだろう。たまーにメールするくらいでほとんど絡んでいなくて、話しても優柔不断で何がしたいのかよく分からない子なのですが、僕が妹の前にいる時と会社にいる時とで表情が違うように、彼女もまた彼女の中で社会をもっているのでしょう。後から愚痴愚痴いわない自分が納得できる道を歩んでいくよう、適度にがんばってほしい所です。

そういや、親戚もこのブログを読んでいるらしい。読んでいるとはちょっと聞いていて、一度見たくらいかなと思っていたら、福井に帰ってくることまで把握されていた。おそるべし。

年上好きだがモてるのは年下(幼児)

2008/01/12(Sat) *Pickup, Diary

お鍋
from : keke
左上に写っているいわごろのひざにある小さな足がカウベルジュニア。

3ヶ月ぶりくらいの福井。この連休は新幹線も特急もきちんと指定が取れて、乗ってみるとけっこう空いていた。やっぱ盆正月は世間と少しずらして帰るのが吉。米原・敦賀間では雪が積もっていたけれど、福井ではもう解けていた。

福井駅でkeke氏に拾ってもらいカウベルさんちでご飯。カウベル夫妻と会うのはかなり久しぶりで、ジュニアさんとは初対面。結婚したのいじー夫妻、とめつん、お腹の大きさがその幸せを表しているかのようなen-mana(mama?)さん、誰も入っていないのに同じくらいの大きさのお腹をしたミヤ氏。

カウベルジュニアのお眼鏡にかなったようで、ずっと膝の上にのったりじゃれあったり。なぜか日本語を話してくれず、聞けたのは「おいしい」の一言だけであった。女性陣やいじられそうなのいじーもいるのに、僕が選ばれたのはカウベルパパと同じようなメガネ男子だったから?本人の願いとは違う所でモてるとは、世の中なかなかうまくいかないものである。

カウベルさんちは、秋に曾祖母の葬儀をした所の本当に隣だった。ジュニアの遊び相手をしてたらあまり食べれず、ひさしぶりなカウベル夫妻ともあまり話が出来なかったのが少し残念でしたが、たのしい時間でした。会場&料理ありがとうございました。