Posts Tagged ‘福井’

木村太郎からの返信

2007/07/14(Sat) *Pickup, Diary

その昔、僕がグレて(?)学校に行っていなかった時、僕はフジテレビのニュースJAPANをよく見ていました。安藤さんと川端さんが司会で、木村太郎がコメンテーターとして出ていました。ある日の特集で、「不登校」を取り上げていました。自分でも社会的に自分がそのカテゴリに入れられているのだろうという自覚はあったので、興味津々で見ていたら、いろんな不登校の子が出ていて、それは不登校という一つの結果で語るにはあまりにも複雑で多種多様な理由を持った人たちでした。

今はもう何を言っていたのか忘れてしまいましたが、木村太郎が僕の心にグサッとくる一言を言っていて、ぼくはいてもたってもいられずその当時ニュースJAPANのサイトで公開されていたアドレスにメールを送りました。たしか、僕も不登校なのですが、僕の感じていることととても近い内容で、木村さんこれからも頑張ってくださいとか、そんな内容だと思う。たぶん当時15才とかそれぐらいだったんじゃないかと思う。

数日経ったら木村太郎から返事が来て、メールをありがとうということと、そういってくれると放送して良かったということと、君もこれから頑張ってくださいとかそういう事だったと思う。そのメールに返事をしたけど、それには返信はなかった。

なぜ突然こんな事を書いたかというと、とある本を読んでいたら、あとがきにファンレターには必ず返事を返しますと書いている作家がいたので、そういえば昔木村太郎が返事をくれたなと思い出したからで、そのメールはWin95のブルースクリーンにより抹消されてしまったのですが、僕の記憶にはしっかり残っているし、あのとき福井で不登校だった僕はいろいろありましたが東京でなんとか頑張っていますよと、木村太郎に伝えたくなったからなのであった。あれからもう10年です。

菊の花の中で

2007/06/09(Sat) *Pickup, Diary

葬儀(Wikipediaより)

葬儀は故人のためだけでなく、残されたもののために行われるという意味合いも強くある。残された人々が人の死をいかに心の中で受け止め、位置付け、そして処理するか、これを行うための援助となる儀式が葬儀である。

あまり人前で書くような話ではないことは分かってるのですが、いろいろなことを書いてきたこのブログでこのことだけ書かないのもなんか変な話だし、自分の中でもやもやと思っていることを一回整理もしたいので、少しだけ書かせてください。ものを書くといろいろと自分の中で受けとめることが出来て、そのうちこのエントリと同じようにだんだん心の下の方にいって居場所を見つけてくれるので、ちょうどいいのです。

月曜日の朝に母方の祖父がなくなったと母から聞いたときは、詳しいことが分かっていなかったこともあって、そうですか、という感じだった。福井に帰って来いというので、とりあえず会社に行って、帰らせて欲しいという話をして、目の前の仕事を片付けていたのですが、正直上の空で、決まったことを決まったようにただただ処理して、新幹線に乗って一ヶ月前に帰ったばかりの福井に帰った。なぜか、一日中ずっともの凄く胃が痛かった。福井駅で妹と合流して、タクシーの中で少しだけ話して、家に帰って、よく覚えていないけど気づいたら寝ていた。

明くる日の昼に式場に着いて、母と母方の叔母に会う。一ヶ月前の連休に帰った時に数年ぶりに会った叔母との次の再会が、こんな短い間でこんな理由で会うとは、世の中とは皮肉なものだなと思った。式場の二階にいったら祭壇があって、祖父の写真が飾られていた。祭壇には、僕の名前もあった。祖父が僕の両親の結婚式に出たときの写真らしく、僕が始めてみる顔だった。自分の記憶があるうちで、会社関係の人の葬儀に出たことはあるものの、親族の葬儀は初めてだったので、祭壇に飾られている祖父の写真に全く現実感はなく、ただ、これから本当に葬式をやるんだなと思った。

まだ誰も来ていないので、式場の近所をぶらついて、コンビニを探しても全然なくて、やっと見つけてコーヒーを買って帰っていたら、祖父が入った棺をのせた車が着いたところだった。久しぶりに会う親戚と少しだけ挨拶をして、喪主の叔父に祖父の顔を見せて欲しいとお願いして、さっき行った祭壇に向かう。途中で「あれゆうちゃんじゃない?」とこっちは全く覚えていない親戚(今回ほとんどそうだったけど)と挨拶を少しして、祖父の孫の祐輔ですと挨拶したらあらーとかいわれた。

祭壇の横の花をどけて、棺の横に立つ。叔父が棺にかかっている布を少しだけよけて、棺の蓋を開けると祖父の顔があった。菊の花に囲まれた祭壇の小さな棺の中で見た祖父の顔は、僕が中学校まで毎年夏休みと正月に行ったときの祖父が、茶の間の床で寝ているときの顔と何も違わなかった。ただ、少しだけ色が白かった。じっと見ていられなかったので、手を合わせて目を瞑った。それでも、死んだとは思えなかった。ただ寝ているだけのようで。

祭壇に一番近い最前列の席に、祖父の孫が僕を含めて八人座った。今回僕が初めて会う従兄弟もいて、その中で僕は一番年上で、みんな小さい頃に遊んだ顔とは全然違って(何も変わってないのもいたけど)、そうかじいちゃんの孫は八人もいるのかと思った。そして、いつかこの八人の世代だけになる時も来るのかなと思った。最後尾の入り口で喪主の叔父とその奥さんの叔母と祖母と母と叔母が来る人に挨拶をしている。そこで初めて泣く声を聞いた。焼香をしに来る人に頭を下げつつ、通夜が始まるのを待った。

通夜の間中唱えられるお経を聞いていると、不思議と無の心境になる。なにも、なーんにも考えなくしてくれる力がお経にはあるのではと思う。一時間近くの通夜の終わり、喪主である叔父が、これまで聞いたことのない声で挨拶をするのを聞いて、ああ、祖父は死んだのだなと、初めて思った。

用意された晩飯もあまり食べる気がしなかったので、少しだけ箸をつけて夜の、真っ暗な式場のまわりをすこしぶらぶらした。涼しかった。親族の控え室に帰ると、僕と妹はいったん家に帰ることになっていたのだけど、わがままを言って母や叔父たちと一晩残らせてもらうことにした。帰ってもどうしていいのか分からなかったし、寂しかったのかもしれないし、結局よく分からなかったけど、今帰ったらずっと後悔してしまいそうで。

結局朝まで起きていた。祖父の姉が一晩中お経を唱えていた。父と数年ぶりに少し話をした。いろんな人とも話をした。祖父のこととか、明日のこととか、東京での事とか、いろいろ。隣では祖父が眠っている。叔父の娘だから僕からすると従姉妹と、四時くらいまで話をした。彼女もよく分からないと言っていて、同じ気持ちだった。それぞれの家で一番初めて生まれた子供同士感じていたことや、逆に長男と長女故の違いとか、なんかそんな話をしてた気がする。あと、学校のこととか、仕事のこととか、そんな事。

七時頃少しだけ横になったけど結局眠らないまま朝が来て、告別式が始まる。お焼香を三回して、再び叔父が挨拶し、出棺の時。みんなが棺のまわりに集まって、花を入れていく。みんなが泣き出し、僕も初めて涙が出た。僕も花を入れ、祖父の顔に少し触れた。触れた瞬間ものすごく冷たくて、また涙が出た。ただ、涙が出た。叔父と何人かと棺を持ち、車にのせる。棺はとてもとても重かった。

火葬をするため、実家に向かう。七、八年ぶりに見た実家の風景は、なんだかとても小さく見えた。夏休みに遊びに行って帰るときに見送ってくれた玄関を見たら、また少しだけ涙が出た。火葬場で、最後の手を合わせ、火が付く。母が火の見える所まで行くときに泣いてよろけたので、何の弾みか僕も母を支えて奥まで行って、祖父を燃やす火の音を聞いた。なんで最後にこんな熱い火で焼かれなければならないんだろうとか、そんな事を思った。火葬場を出て、この何日かで一番たくさんの涙が出た。しばらく近場で親戚中でご飯を食べて、骨上げ。棺を持ったときにはすごく重かったのに、ものすごく軽くなっていた。

全てが終わった後、実家のまわりを歩いた。隣の洋服屋や、小さな用水路や、夏休みにお祭りに行った神社や、田んぼや、魚を捕った川や、祖父の仕事場や、役場とか。ずっと聞こえるカエルの鳴き声や、空を飛ぶ鳥や、久しぶりに踏む土や、山のにおいがする涼しい空気とか。風景は何も変わっていなかったけど、小さな時にそこで遊んでいた自分はずいぶんと変わったものだなと思った。

通夜から24時間もたたずに、祖父はあっというまに骨になり、とても小さな箱に入ってしまったけれど、これでいいんだろうと思う。何もせず、ずっといてもいいと言われればずっといてしまうと叔父が言っていた。やることがたくさんあって、気づいたらあっという間に小さな骨壺に収まって、感慨にふける暇もないことが、残った者が生きていくための最善の策なんだろうと思う。

結局祖父ってどういうもので、死ぬってどういう事で、生きるってどういう事で、親戚とか親とか僕ら八人の孫たちってどういうものか、何にも分からなかった。ただ、言葉には出来ないけど、いろんなものを見たし、いろんな事を知ったし、いろんな事を学んだし、いろんな事が大切なんだと知った。まだあやふやなそれらのことは、今後必ず生きていく糧になると思うし、そういういろんな事を最後に教えてくれた祖父のことをとてもありがたいと思った。

「ビジネス理論」一夜漬け講座

2007/05/07(Mon) Book

「ビジネス理論」一夜漬け講座 表紙
「ビジネス理論」一夜漬け講座
渋井 真帆 (著)

休み中に読んだ本をぽつぽつとアップ。東京⇒福井の新幹線で読了。「ブルーオーシャン」とか「ザ・ゴール」とかの要所要所をまとめた感じ。何冊かはフルで読んだ本も含まれていて、思い出しながら読んだり。いろいろはしょられていますが、主要なところはかかれていたので、コレ読んで気になったのがあればきちんと読むのがいいのかも。

過去はほんの少し前まで、今その瞬間だった。

2007/05/06(Sun) Diary

福井に帰った最初の日の夜は、日本酒を飲み過ぎてもう東京に帰らずにずっと福井にいたいと思っていたのに、福井を発つ前の日には、カフェで東京に戻ってからの日々のことをいろいろ整理したり考えたりしていた。

前の会社の人たちだったり、前の会社を辞めてから知り合った人だったり、中学校以来十数年ぶりに再会する保育園の時からの幼なじみだったり、ずいぶん久しぶりに会う家族(犬とハムスター含む)だったり、東京に行く前によく行っていたカフェだったり。ある時期、同じ時間を共有していた人たちと過ごす時間や空気は、勢いや瞬間ではない、とてもとても幸せな時間。

東京での日々は、過去の日々がそうであったように、瞬間瞬間で生きて、考えて、後から見ればもっとこういう事も出来たんじゃないかと思うことはとても多くて、まだあまり楽しいというところまではいっていなくて、どちらかというと不安の方が大きい。でも、過去の自分を反面教師に、過去と同じシチュエーションに出会ったときは、以前より賢明な判断が出来ていると思うし、過去と同じ過ちはだいぶん減らせている(と思う)。

前の会社の人たちは、残っている人やそれぞれの道に進んだ人も含めて、とても充実していて素敵な笑顔だった。幼なじみの彼女は、自分たちが二十代になっているという相変わらず実感がない現実を共有しながらも、社会人一年目を歩き出していた(そしてとても綺麗になっていた。)妹にはよく分からない心理テストを受けさせられたけど、もうすぐ社会に出る時期が近づいている。犬のコロは相変わらず耳をかいてくれとせがみ、3代目のハムスターはおとなしいやつだった。

福井でのそれらのことは、夢中だった日々から少し時間が経っているからそう思えているのであって、そのまっただ中にいたときは、今東京で生きているのと同じようにあまり周囲も見えず、楽しさにも気づいていなかった。福井の懐かしい人たちとの間に流れる幸福感もあるし、東京の今の人たちとしか味わえない充実感もある。そして、それは必ず繋がっているし、その時の思いが未来をつくる。福井に帰って感じた、今をきちんと生きることが今後の充実になるのだという思いを胸に、東京で生きていきます。さぁ仕事仕事!

福井信蔵

2007/04/24(Tue) Clip

氏の動静をひさしぶりに発見。やはりbAは退社されたようだ。

entertainments meister -vol.3 福井 信蔵 インタビュー
文化庁メディア芸術プラザ

でも表面的なことではなくて、重要なのは思想。

今なら、数年前の彼が言っていたことが、少しはわかるようになった気がする。

業務連絡:GWは福井に帰ります

2007/04/23(Mon) Diary

3日夜福井着、6日午後東京帰りを予定。

なんかどうも、最近メンタルに緩急が付かずずっと緊張状態な気がする。体力的に疲れてるわけじゃない。体は動くんだけど、メンタルが疲弊してる、というか、ずっと緊張していて寝れない時も多いので、今もちょくちょく導眠剤のお世話になったり。。。というわけで、リフレッシュのために福井に帰ることにしました!みなさん遊んでやってください!

いわごろ的 Life Hack(PC編)

2007/03/22(Thu) *Pickup, IT

というわけでいわごろ的 Life Hackです。

【Life Hack】
効率良く仕事をこなし、高い生産性を上げ、人生のクオリティを高めるための工夫。

既に知ってることもあるかと思いますが、いわごろのやっていることや使っているソフトをご紹介。ちなみにいわごろはPC・ネットワーク原理主義者であることと、At Your Own Riskということで。

【PCはノート型を】
コンパクトなことはもちろんですが、停電の時にバッテリーで動いてくれるからデータ消失リスクがないことはあまり気づかれてない気がする。それと、ノートPCのコンパクトなキーボードは、日本人の小さな手に合っている。キーボードが小さいと、指を移動する距離が小さくなるので、一日中使っているとかなりの省力化になっているハズ。

いわごろが個人的に使っているのはVAIO T
VAIO T


VAIO typeT

【マウスにはお金をかけて】
おなじくマウスも一番多くの時間使うもの。ホイルスクロールがあるのはもちろん、手になじむ大きさであることや、ワイヤレスであることも結構大事。いわごろが使っているのはMX™ Revolutionです。これは充電式なので、電池を替える必要もなく、09:00?26:00まで使っても翌朝まで充電しておけば全然問題ない。MAX徹夜して39時間連続使用しても問題なかったですが、3日連続徹夜する可能性のある職業の方にはオススメしません。>福井の誰かさんへ

MX™ Revolution

と、とりあえず大きな所から入りましたが、今後各論へ。

Sony Style(ソニースタイル)

たからもののうた – ナナ・イロ

2007/01/22(Mon) Music

たからもののうた ジャケット
たからもののうた
~ ナナ・イロ (アーティスト, 演奏), みちこ (その他), TOMI YO (Adapter)

ナナイロ - たからもののうた - Single

福井出身のナナ・イロがメジャーデビューしたのは知っていたけど、今日iTMSをぶらついていたらDL出来たので買ってみました。2年前に蕎麦屋のライブを聴いて以来の出会いでした。

僕もあれから2年の時が過ぎましたが、彼女たちにも当然同じ時間が流れていたわけで、その間に少しずつでも確実に夢に近づいているようで、ちょっとうれしくなり、ぼくもがんばろーとありきたりですが思いました。次は「くさり」を出して欲しいな。

#ていうかレコード会社のRandCって昔小室哲哉が作ったROJAMの子会社じゃん。なつかしい。

the network technology of LIFE

2006/11/06(Mon) IT

the network technology of LIFE
the network technology of LIFE

週末にこれまで定点で330サイト読んでいたRSSを90サイト(友人・知人70サイト+ニュース系20サイト)まで減らしたら、日常生活がすごくスッキリした。330サイトのRSSは、1日だいたい400本くらいのエントリを運んできて、読み切れないエントリを「あとで読む」にしておくとだいたい週末に1,000エントリくらいの「あとで読む」がたまって、土日はそれとか本をせっせと読んでいた。毎朝RSSリーダーを開くと150エントリくらいの新着が出てきて、読み終わってリロードするとまた新しいエントリが出ている、みたいな日々だった。

そのおかげもあって、今朝起きてRSSリーダーを開いても新着エントリは25件だった。すぐ読み終わるし、「あとで読む」も5件くらいで済んだ。おかげで仕事もスイスイ進み、一つ一つの事をゆっくり考えられるようになった気がする。これからは大量の情報が流れる川を造ってそこから必要な物を取捨選択するのではなく、興味関心のテーマ事に毎回取りに行ったり、ピンポイントで定点観測するようにしていこうと思う。今更かという気もするけど、無駄も含めて一度網羅したから、できることでもあると思う。

で、興味関心を持ってネットを見ていたら、ものすごく懐かしいサイトを見つけた。「the network technology of LIFE」。1999年9月9日に行われた坂本龍一のオペラ「LIFE」のインターネット中継サイト。これをリアルタイムで見た人はどれくらいいるだろうか?まだISDNの時代に、「時間保証技術」や「同期システム」「Hyper Broad Gathering」というなんかすごそうな名前のテクノロジーを使って行われたそのオペラを、僕はリアルタイムで、福井の家から見ていた。実際それがすごいかどうかではなく、「なんか凄そう」な事が大事だった。

ネット中継とはいっても、64Kの回線。音声・映像の両方をクオリティを保って放送することが不可能と考え、音声のみを会場から配信し、音声と主に通信される信号に合わせてあらかじめダウンロードさせたクライアントアプリケーションから映像(といってもタイポグラフィ的な物だったと思う)を見るというものだった。見ているユーザがクリックで拍手を送ると、それが会場に送信されビジュアライズされて表示する、というのもあった。

今思えばなんじゃそりゃっていうものですが、当時はもの凄く興奮したものでした。その頃はなぜかインターネットから距離の離れた物に信号を送って、その結果を実空間で見える、という物が多かった気がする。まるでインターネットが実社会に向かって「ココにいるんですよ」というメッセージを送っているようだったし、その様になぜかスタパ齋藤みたいにスゲェ!とか思ったのでした。(蛇足ですが、大人になってタイアップ広告と経費という概念を知り、スタパ斉藤がなぜあんなにデジタルガジェットを保有できるかが分かりました。)

強引にまとめると、便利で実用的な物もいいけれど、なんかわかんないけどスゲェ!みたいな物も大切だよねと。そしてスゲェとか思っちゃうスナオな心はイカシテルっていうこと。そういう物に勝手に興奮してネットで仕事し始めて少しは人様のお役に立てるようになった(?)やつもいるのだから。と。

ビジネスブログはこう運営する

2006/10/11(Wed) Clip

サイバーエージェント 現場担当者からの報告
ビジネスブログはこう運用する!
?効果的な活用法と、スパム(迷惑行為)予防の作法?

そこで、今回の研修会では、我が国を代表するIT企業であるサーバーエージェントから講師をお迎えし、ビジネスブログの運用を成功させるためのノウハウをお話いただくことといたしました。

なんだか凄いことになっています。
福井の人は是非いってあげてください。
(この方たちは僕のことは知らないと思いますが…。)