Posts Tagged ‘人生’

ミーちゃん

2007/09/12(Wed) Clip

ミーちゃんの縁側。

私は今日の「日記」を打っているが、
文字が細くなったり太くなったりして困っている。
いつまでたっても自分で調節できない自分が
嫌になってきた。
でもこの日記がないと、
私は何も「生き甲斐」がないので是非つづけたい。
普通の「生活」も、
ほとんど今までの様に元気にできないし、
歩くのもよたよたして。
自分であきれている。
「愚痴」など言うのはよしましょう。

ほほ日刊糸井新聞で、糸井重里の生母のミーちゃんにパソコンを贈ってインターネットを楽しませる「80代からのインターネット入門。」という企画。そこでパソコンを覚えたミーちゃんが、ずっと日記を書いている。

ハリウッド映画バリの劇的な起承転結がある訳でもなく、ノスタルジー小説みたいな感動があるわけでもない、「ふつうの日常」が、毎日ぽつぽつと書かれているだけ。なのに、毎回アップされると読んでしまう。

日記を書いてない日があると「元気がなかったのかな。。。?」と思ったり、うれしい事があったと書いてあると僕もうれしい気持ちになったり、歳を取った事を卑下していると「そんな事ないよ」と思ったり。

つい、「親は何も考えていない」と思いがちですが、ミーちゃんはいろんな事を考え、心配し、しょんぼりし、感動している毎日。それはとても静かな日々ですが、人生の後半戦を走っているミーちゃんにはとても自然な事ではないかと思う。少しだけ親や祖父母を重ねている自分がいる。

春と秋の間で。

2007/08/15(Wed) *Pickup, Diary

iwalogを書き始めてから、丸4年になりました。24年間しか生きていない僕の4年間、僕の人生の10分の2が、ここに記録されています。この調子でいくと、30歳の時には3割が、40歳の時には5割が記録されることに。そのときまで続けられているのかは分かりませんが、こればかりは飽き性の僕でも続けられそうな気がします。そのとき僕はどうなっているのか、過去のこのエントリを見て何を思うのでしょうか。

今年は厄年だからなのか、いろいろと変化がありました。それらの結果で、自分自身で一番大きい変化は、前にも少し書きましたが自分の中の優先順位が変わったことです。それまでは「仕事」が一番で、それ以外との差は比べようがないほど差が付いた絶対的一位だったのですが、今は仕事以外のことも含めて順番に綺麗に並んでいて、絶対的一番ではなく、いろいろな物の中の一つ、になったように思います。たぶんそれが普通なのでしょう。

それはいろいろなものに関わる必要が出てきたからで、局所的に見れば仕事にさける時間やあたまは減っているのですが、それ以外のところでやらないといけないことが出てきて、全体的に見れば動いている時間はあまり変わっていなかったりします。逆になれないから疲れたり。

早く社会に出た分、そういうことに関わる必要も早く来るのかなぁなどと考えたりもするのですが、30才になってそういうことに全然関係なく生きている人を見てもうらやましいと思うこともないので、それは人それぞれなのでしょうか。とりとめのない文章になりましたが、猛暑だった2007年の夏は、この文章のようにどこかとりとめのない夏だったという記録として、このまま残しておくことにします。

2007.8.15
IWASAKI Yusuke

ブラックジャックによろしく ガン医療編(再読)

2007/08/11(Sat) Book

ブラックジャックによろしく ガン医療編 表紙
ブラックジャックによろしく (5)
佐藤 秀峰 (著), 長屋 憲 (著)

-生と向き合う事は、
 死と向き合う事と同じ事ではありませんか?-

既に一度読んだマンガです。ドラマ版も見ました。マンガでも小説でも、本を読む時、その物語はその本の中で文字列として展開されるのではなく、読んでいる人の心の中で展開されるものだと思います。

そこに書かれている文字から、読む人それぞれにその物語の中の登場人物が描かれ、それにはその人のそれまでの記憶や気持ちの中からイメージされるため、本に書かれた物語と、読者一人一人の中で展開される物語には微妙にズレがあると思います。

故に、一度読んだ物語でも、その後にいろいろな経験をして、またふとその物語を読んでみると、全く違った物語が展開されます。いや、その後の経験から、その本がその人をまた呼び寄せるのかもしれません。以前この本を読んだ時は、日本の医療の矛盾や、それを突き破ろうとする医師達の物語として読んだ自分がいました。

今日読んでみると、その本はたしかに以前読んだ本と同じものであるのに、一人の患者がいかに死と向き合い、生きていくのかが描かれた本になっていました。妻が死ぬことを知った夫や、お母さんが死ぬと告げられた10代の子供の、そして、貴方の人生はこれで終わりですとあらかじめ告げられた一人の女性が、いかにして生きて死ぬのかが描かれた本になっていました。

「百年の孤独」を読んでいる(途中)

2007/08/04(Sat) Book

百年の孤独 表紙
百年の孤独 (単行本)
ガブリエル ガルシア=マルケス (著), 鼓 直 (翻訳)

桜庭一樹が「赤朽葉家の伝説」についてインタビューを受けた時、この「百年の孤独」のような物語を書いてみたかったと語っていたので興味が湧いて読んでいる。約500ページなのだけど、洋書の翻訳であることや、改行が極端に少ない(1ページに1文字の空白もなくすべてが文字で埋め尽くされている)ため、この土日をかけてもまだ読み終わっていない。普通の小説にすると1,000ページ以上、感覚的には2,000ページ以上のボリュームに感じる。

3分の2ほどしか読み進んでいないのだけれど、まだ物語の全体像が見えない。「ホセ・アルカディア・ブエンディアを始祖とするブエンディア一族が蜃気楼の村、マコンドを創設し、隆盛を迎えながらも、やがて滅亡するまでの100年間を舞台としている。」というのが一般的なあらすじ。ちょっと時代感とか世界観的に日本人の僕にはリアリティがあまり感じられないが、読んでいるうちにたしかにそこに一人の男の人生が形作られていく。今読んでいる時点で、既に最初の登場人物は亡くなり、その曾孫たちが活躍するようになっている。

ふと物語を読む手を休めて俯瞰してみると、普段一人で生きていると感じられない、自分が生まれるまでに、脈々と奇跡的と言っても過言ではない関係性があって、その大きな流れの中で自分が生きていて、後々自分もその流れの一部となって、自分を起点として自分が死んだ後もそのつながりが出来ていく、という実感を得ることが出来る。それは、そのそれぞれの登場人物の人生が幸福であったとか、不幸であったとか、そういう風に言い切ることの出来ない、大きな激しい流れだ。

まだ物語は続いているので、カタルシスを感じるところまではいけていないが、最後までこの一族の物語に付き合うしかないような、読者を引っ張っていく力強さがある。この大きな物語を、どうやって帰結させるのだろうか。

人生を変えたコメント

2007/07/24(Tue) Diary

久しぶりにiwalogへの被リンク(=iwalogにリンクしてくれているサイト)を調べてみたら、意外な人のブックマークに登録されていることを発見。その人に読まれていると思うとなんか自由にかけない気がしてきた(汗。

僕が前職の時、今の会社の社長が求人雑誌の表紙に載っていたので買ってみた。その雑誌に、当時人事にいたその人の人事担当者としてのコメントが載っていて、何を言っていたのかはもう忘れてしまいましたが、そのコメントを読んでから今の会社が「地元の人が東京で作ったIT会社」から「働いてみたい会社」に変わった瞬間でした。

会社に入ってから、たまにすれ違う程度でほとんと仕事で絡んだことはないのですが、一度だけ面談したことがありました。その時は、あまりいい状況での面談ではなかったのですが、いろいろと諭していただきました(怒られていたのかもしれませんが)。

エントリのタイトルはちょっと大げさでしたが、一方的にそういう経緯もあったので、なんとなく素直にその人とは話ができたように思います。しかし、ほんとに思わぬ人に読まれてる。とはいえ、赤裸々に書き続けているし、読まれていることを意識して書く内容を制限できるほどおりこうでもないので、相変わらずでやってきます。

迷いと決断

2007/06/25(Mon) Book

迷いと決断 表紙
迷いと決断
出井 伸之 (著)

ちょっと前に読んだ本ですが。結構失敗と成功を赤裸々に書いていて、マネジメントの視点がかいま見えましたが、現場でオペレーションしているものにとってはすぐに実行できる話は少なかったです。とはいえ、実行できなくても知っているだけでも結構現場のオペレーションが違ってくるとは思います。

話は突然変わりますが。

最近、新卒二年目の人とマネージャーと3人(あとから+1)でお酒を飲みました。いろいろなことを話しましたが、仕事のことで少し白熱。新卒は、自分の求めていることが出来ず、それに対して自分の部署のマネージャーはあまりにも何も考えていないのではないかと言うような話をしていました。そして、マネージャーは新卒の部署のマネージャーもいろいろ考えていると思うけど、難しい所も理解できる、というような話をしていたかと思います。僕もどちらかというとマネージャー寄りで、それよりも、自分も前は新卒みたいな事を思っていたのにいつのまにかそんな熱のあることを思わなくなっているなと、そっちの方にショックを受けつつ聞いていました。

自分の部署やサービスの事を考えていないマネージャーなんて、あんまりいないんじゃないでしょうか。そこでもたとえ話をしたのですが、狩りで生活をしている集団があるとして、その集団は長年鹿を狩って自給自足している集団でした。きちんと自分たちのいる草原に鹿が何匹いて、どれぐらい取ったら0になってその後食べていけないかもきちんと把握していました。でも、自然は勝手なもので、何日も鹿が見つからない時期が続きました。そんなとき目の前に豚が現れたとします。その時に、瞬時に「豚を狩れ!」といって家族を飢えさせないリーダーと、「いや僕らは鹿しか食べれないんだ」といって家に帰って家族に腹をすかせてしまうリーダーと、どっちについて行くのだろうかと。僕は前者について行って、新卒はたぶん後者に着いていく(後者でもやっていけると思う)のかなと思いました。

もうひとつ、毎月50万円出せば、自分たちの理想がより現実になるなんかすごいキカイがあったとして、それを欲しいと誰かが言った時、その誰かはリーダーから「じゃあお金がキツイので貴方の給料から毎月50万カットしてもいいですか?」と言われた時、その誰かはYESといえるのだろうか。それはリーダーが考えることで、私が考える事じゃないと言いそうです。

この考えが正しいのかどうかは、僕にはよく分かりません。正反対の考えもあるのも理解できます。ただ、何で僕がその考えになったかというと、「より深く関わろうとした」からだと思います。人件費やリソースや、経費やキャッシュフローヤPLや、なんかそんな数字の世界や、思いや理想ではどうにもならない世界に、関わろうとしたからかもしれません。というか、自分の仕事を突き詰めていくとそこに関わらざるをえないと思うのです。結局そういう世界はあまり自分の得意分野ではないしその才能もないと思ったので今はオペレーションを淡々とやっていますが、それを知ってオペレーションするのとそうでないのとは全然違うと思うのは、負け惜しみでしょうか?

僕は、その新卒の求めているものが、今の会社にはないのではないかと思いました。それは別に今の会社を卑下しているわけではなく、いくら漁師でも山ではマグロは釣れず、名人でも海では松茸が採れないようなもので、マグロを釣りたいなら海へ、松茸を採りたいなら山に行った方がいいのではないかと思ったのです。漁師は海に、名人は山にいた方が幸せな人生じゃないかと。

はて、そんな僕はどこにいるのが幸せな人生なのかと、珍しく最近少し迷っています。

Denim – 竹内まりや

2007/06/15(Fri) Music

Denim ジャケット
Denim
竹内まりや

竹内まりや - Denim

五十路に立ち新たな輝き 歌手・竹内まりやさん – 朝日新聞

「デニムには、色あせる良さがある。人生と同じ。年齢が増すほど、歌える世界は増える。いまは52歳の心境も、20代のトキメキも歌えるんだから。70代になったらもっと広がっているよね」

このインタビューを読んで、竹内まりやのCDを初めて買った。僕も同じような考えを持っているので、僕の倍くらいの時間を生きているこの人の、その歌を聴いてみたくなった。

アルバムの最後にある「人生の扉」という曲が、このアルバム全体をまとめている。でも、その印象を言葉で書くのはとても難しい。言葉にならない気持ちを歌で伝えているのだから、一度聞いて、歌詞を感じてもらうのが一番なのですが。

人生の扉

春がまた来るたび ひとつ年を重ね
目に映る景色も 少しずつ変わるよ
陽気にはしゃいでた 幼い日は遠く
気がつけば五十路を 越えた私がいる
信じられない速さで 時は過ぎ去ると 知ってしまったら
どんな小さなことも 覚えていたいと 心が言ったよ

I say it’s fun to be 20
You say it’s great to be 30
And they say it’s lovely to be 40
But I feel it’s nice to be 50

満開の桜や 色づく山の紅葉を
この先いったい何度 見ることになるだろう
ひとつひとつ 人生の扉を開けては 感じるその重さ
ひとりひとり 愛する人たちのために 生きてゆきたいよ

I say it’s fine to be 60
You say it’s alright to be 70
And they say still good to be 80
But I’ll maybe live over 90

君のデニムの青が 褪せてゆくほど 味わい増すように
長い旅路の果てに 輝く何かが 誰にでもあるさ

I say it’s sad to get weak
You say it’s hard to get older
And they say that life has no meaning
But I still believe it’s worth living
But I still believe it’s worth living

某サイトのランキングに書いたコメントは、ほぼ僕の素の気持ちです。

「東京タワー」の彼女

2007/05/29(Tue) Clip

放送されてから約10年、番組中書いていた「10年後の紀子さんへ」の手紙が着く頃となった。

小説「東京タワー」の彼女は加藤紀子と言われている。リリー・フランキーとの交際は平成12年3月24日発売のフライデーに掲載された。その約1ヶ月後に加藤紀子は自費でフランスに留学。3ヶ月後一時帰国の際に結婚願望と相手との仲がギクシャクしだしている事を、あるフリーペーパーに書いている。

また小説ではリリー・フランキーは翌年の正月ロンドンに行き、帰国後「おかん」の入院時、唐突にすでに別れてしまっているおかんと仲の良い「彼女」の事が出て来る。そして4月「おかん」亡くなる。加藤紀子の本人の希望していなかった2年目の留学は、事務所の社長命令で、費用は事務所から出ていたと言われている。

人が物語を紡ぐのは、自分たちの人生と過去を、変えたいと願うからかもしれない。

東京タワー 表紙
東京タワー
オカンとボクと、時々、オトン
リリー・フランキー (著)

東京タワー ジャケット
東京タワー
オカンとボクと、時々、オトン
出演: 田中裕子, 大泉洋

人は人のために生きてこそ人

2007/04/25(Wed) *Pickup, Clip

売り方から個人情報漏洩時の対応まで、いろいろ勉強になる。

ジャパネットたかた 社長 高田 明 – ビジネススタイル – nikkei BPnet

「いつも両親は忙しくて、近くにいませんでした。でも、社員の皆さんが周りにいてくれて、少しも寂しくなかった」

そして彼女は、こう言葉を継いだ。

「でも、父と母の姿をずっと見てきて、大人になったらこんな夫婦になりたいと思ってきました」

ITmedia News:「恋愛とビジネスは同じ」――ジャパネット高田社長 (1/2)

「『カメラを10万台売りました』というだけなら、できる会社は他にあるんです。でも、ただ物を売るだけなら、こんなにつまらない人生はない」

さくら

2007/04/01(Sun) Diary

目黒川両岸にひろがる桜

陽気にさそわれて目黒川へ。小さな川の両岸を、川を守るようにして咲いているうす桃色の桜たち。その優しい色彩と香りの立ちこめる小道を歩いている人たちは、みんなとても優しい顔をしている。保育園児や学生、ヤンキー、彼氏と彼女、ベビーカーを押す家族連れ、子供が巣立ったのであろう夫婦、ゆっくりともう何十回目であろうこの景色を見る老夫婦。僕の目の前を次々に通り過ぎていく彼らを見ていると、人間の人生を早回しで見ているような感じがした。

何十年と続いていくこの長い時間に飽きないように、桜というおまけをだれかが僕らにくれたんじゃないかとさえ思うくらい、ちょっとオツカレ気味だった日常に新鮮みを与えてくれるゆっくりとした時間だった。返りに古本屋により、3冊ほど新たに買い込み、家でのんびりと昨日から読んでいる白い巨塔全5巻を読んでいる途中で、ついこっくりこっくりと船を漕いでしまった。