Posts Tagged ‘恋’

初めての恋じゃあるまいし

2009/07/22(Wed) Diary

タイトルと本文は、全く無関係ではないけれど、あんまり関係ないです。
まとめる気力がないので脳内をストレートに出力。

・もうだいぶん前になってしまったけれど、代表をさせてもらっているWCAF再起動イベントが無事終了。運営スタッフの方、来ていただいた方、ありがとうございました。なにかの代表になることも、イベントを主催することも、よく考えたら仕事以外で人前できちんとプレゼンするのも初めてで、慣れないことばかりだった。イベントに参加するのと自分たちで主催するのとは全然違って、自分でやってみて気づいたり、感じたり、分かったりすることがたくさんあった。とはいえまだ1回目なので、この集まりが必要とされるのであれば、定期的に続けていきたい。

・金沢に行って古い友人と会う。街並みも出会う人たちもとても懐かしく感じた。昔行っていたバーのマスターが覚えていてくれていたのも、うれしかった。金沢に住んでいたのはもう5年ほど前になるけれど、当時とても大きく感じた金沢という街が、新しくも古くもなく、なんだかとても小さく感じた。郷愁に浸るのではなく、昔の自分と今の自分の違いを認識できるのだとしたら、昔を振り返ってみるのもいいことなのかもしれないと思う。金沢の皆様、ありがとうございました。

・そんなこともあったので、ちょっと中長期的な仕事のことを考えていたら、昔のように仕事や仕事以外のことを相談できる人、きちんと仕事を見てもらっている人が会社の内外問わず今いない事に気づく。任せてもらって自由にさせてもらう事とそういう環境であるということは相反することなのかもしれないし、もうそんなことを言ってもらう年ではなくなったのかもしれない。ただ、まだその状況に慣れない。

・それとはまた別軸で、福井での働き方についても考える時間が増えた。いろんなスタイルの人がいるし、いろんな考えの人がいる。会社をおこしている人もいれば、社員としてやっている人もいれば、フリーでやっている人もいる。今やっている守備範囲を広げるのも一手だし、思いっきり狭めてしまうのもまた一手。理想的な働き方をしている人もいるけれど、その人では出来ない事をやれている今の環境もあり。どっかに移ろうとかは全然考えていなくて、今の会社の中でどうやっていこうかという、まあ前の話とも繋がるんだけれども、そのへんの事を勝手に考えつつも目の前の仕事に追われている日々。

090427 Monday

2009/04/27(Mon) Camera

トビー
いちご待ち。

トビー
もらえなかったのでふて寝。

トビー
このぐらいのアップがギリギリ。

トビー
視線の先には猫。

トビー
恋する男の横顔。

大きい写真はこちらで。
090427 Monday

初恋の人からの手紙

2009/03/05(Thu) Analyze

ノーコメント(謎)

初恋の人からいわごろさんへお手紙が届きました。

いわごろ、元気にしてる?
今でも長ズボンの丈は微妙に短いままですか?洗濯で縮んだって必死に言い訳していたいわごろをなつかしく思います。

束縛の激しいいわごろが重苦しくて、私が「もっと余裕がある人がいい」と宣告してお別れすることになったあの日から、もう10年が経ったのですね。月日が流れるのは早いものです。

あ、そうそう、お手紙を書いたのは何か理由があるわけではないんです。ひさびさに友達に会ったときにいわごろの話題になってなつかしかったので、思いつくままに手紙でも書こうかなって。

思い返してみると、あのころは二人とも子供っぽかったなぁという印象があります。いわごろは「ミニスカートは他の男の前ではダメ」とか言うし、子供っぽい私もそれに対抗して、黙って他の男を誘惑していたのを覚えています(浮気したか?んー、それはかわいそうだから内緒)。私は重苦しいいわごろを避けるようになっていたけど、もう少し他に方法がなかったものかと反省しています。

そういえばいわごろにとっては私が初恋の相手なんですよね?だからか、いわごろは最初のころ、とてもかわいかった印象があります。確か手をつなぐのでさえ「なんかごめんね。ごめんね」なんて言っていたから、少し気持ち悪いけど、緊張しているんだなぁと思ったものです。

いわごろの告白って、いきなり「付き合ってほしい。いつか結婚してほしい」でしたよね。それに引かずにOKすることができた私を思い出すと、正常な判断能力がなかったなぁと恥ずかしい気持ちになります(照)。

いわごろと付き合えて本当によかったなぁと思うところは、「恋愛をしないほうが楽なときもある」ということを学べたことです。いわごろと別れた後、恋愛依存の私が「もうしばらくは恋はいいや」と思えたのは、とても大きいことです。ありがとう。

いろいろ書きましたが、私はいわごろのことがそれでも好きでした。これからもいわごろらしくいられるよう、あと女の子にすぐ手品を披露するのはそろそろやめて(笑)、幸せをふりまいてください。

またいつか会いましょう。では。

P.S. いわごろが誕生日にくれたキャッチャーミット、使い道がないので捨てていいですか?

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いわごろさんについての分析結果は以下の通り。

【短評】
温和で優しい。人柄は好まれるが、女性をドキドキさせない。また気を遣いすぎて疲れることも。

【あなたの恋愛事情を考察】
いわごろさんは基本的に、周囲(相手)に合わせることがクセになっていて、自分らしさを見失う傾向にあるようです。振る舞いにブレがあり、芯がしっかりしている印象に欠けるので、女性からすると頼りがいはあまり感じないかもしれません。

初期の恋愛においても、印象値はそう高いわけではなく、かといって変にアピールすれば空回り感が出るのは否めません。「なんとなくいい人」か「うざい人」のどちらかになってしまうことが多いのではないでしょうか。

好かれるために頑張るとうまくいきません。好きになってもらわなければ意味がないと悟り、腰を落ち着けて自分から動きすぎず、人を惹きつける要塞のような構えが必要とされています。

ここから言える、いわごろさんにありそうな問題点を列挙します。

◆空回りか、地味なままで終わりやすい。
◆優しさや思いやりがあるが、発揮できずに終わりやすい。
◆頼りがいがないと思われやすい。

初恋の人からの手紙
あなたの恋愛を分析して、初恋の人から甘酸っぱい手紙をお届けします

書評バックデート

2008/11/02(Sun) Diary

ブログを書かない間も、本は読んでいました。

2008-09-14 (Sun)
さまよう刀

2008-09-28 (Sun)
ゲームデザイナー 小島秀夫の視点

2008-10-05 (Sun)
自分をグーグル化する方法

2008-10-16 (Thu)
悩む力

2008-10-18 (Sat)
初恋温泉

2008-10-26 (Sun)
聖女の救済

初恋温泉

2008/10/18(Sat) Book

初恋温泉 表紙
初恋温泉
吉田 修一 (著)

幸せなときだけをいくらつないでも、幸せとは限らないのよ。

読む前にイメージしていたのとちょっと違いすぎて、それを解消しきる前に読み終わってしまった。消化不良感。

Hello, my friend

2008/08/13(Wed) Music

midomiというiPhoneアプリがあって、iPhoneに向かって鼻歌や歌の一部を歌うとそれをサーバに送信して解析し、それってこの歌ですか?と表示してくれる。結構精度がいい。

試しに何を歌おうかなぁと思ってふと口ずさんだのが、松任谷由実の「Hello, my friend」。小学校の終わりぐらいに、「君といた夏」という筒井道隆主演のドラマがあって、それの主題歌だった。たしか、僕が初めて買ったCDシングル(アルバムはtrf)。

懐かしくなってiTunesで探したけど本人のものがなかったので、the Indigoというのがカバーしているのを購入。暑い夏の日に近くの松木屋にいって縦長の8cmCDを買って、家のCDプレーヤーで聞いていた。どこにそんな記憶をしまっておいたのかというくらい、どんどん記憶がよみがえる。そういえば、あの頃誰かにフられたんだっけ。

いろんな所に住んだけれど、結局14年前にこの曲を聴いていたのと同じ部屋で、今同じ曲を聴きながらブログを書いている。そんな、iwalogの999個目のエントリ。

Hello, my friend
作詩:松任谷由実 作曲:松任谷由実

Hello, my friend 君に恋した夏があったね
みじかくて 気まぐれな夏だった
Destiny 君はとっくに知っていたよね
戻れない安らぎもあることを Ah…..

悲しくて 悲しくて 帰り道探した
もう二度と会えなくても 友達と呼ばせて

Hello, my friend 今年もたたみだしたストアー
台風がゆく頃は涼しくなる
Yesterday 君に恋した夏の痛みを
抱きしめるこの季節走るたび Ah…..

淋しくて 淋しくて 君のこと想うよ
離れても 胸の奥の 友達でいさせて

僕が生き急ぐときには そっとたしなめておくれよ

悲しくて 悲しくて 君の名を呼んでも
めぐり来ぬ あの夏の日 君を失くしてから

淋しくて 淋しくて 君のことを想うよ
離れても 胸の奥の 友達でいさせて

悲しくて 悲しくて 君のこと想うよ
もう二度と会えなくても 友達と呼ばせて

佐々木俊尚さんの有料メールマガジンを購読してみた。

2008/08/11(Mon) IT

福井にも度々講演しているらしい(そのとき僕は東京にいた(涙))佐々木さんが有料メルマガ「佐々木俊尚のネット未来地図レポート」を発刊したので、少し迷ったが買ってみた。まだ2号しか読んでいないけれど、このクオリティが続くのであれば断然買いだと思う。

著者の本は「Google 既存のビジネスを破壊する」しか買ったことがない。しかも、1年以上前に買って未だに読んでいない(ごめんなさい)。なんでかというと、これは著者も言っているけれど、ネットで旬になってから書籍化までは数ヶ月かかるので、本が出るまでにはネットのニュースサイトや個人のブログで読み尽くしてしまい、本が出ることにはだいたい自分の頭が整理されているのでわざわざ買わない。買ったとしても、手に届いたときにはそのテーマへの興味が薄れてしまっていて、結局読まない。

1号のテーマはcookpadを例にとったマイクロインフルエンサーについて。2号のテーマは「ケータイ小説と地方のマーケティング」についてだった。ちょうど数日前のエントリで「恋空の映画が見るに堪えなかった」という事を書いていたのでタイミング良く読んだのだけれど、これを「ケータイ小説は若者のソーシャルメディアになる」みたいなタイトルの新書にしてると数ヶ月かかって旬が過ぎてしまうので、メルマガというメディアはちょうどいい。

そして、これは思わぬ効果だったけれど、お金を払っているので真剣に読む。まぐまぐから来るメルマガなんてさっと見てすぐ捨てるけど、著者のメルマガは元をとろうと読み返して租借するまで読んだ。メールに返信すれば著者にメッセージを送れる。月1,000円で4回届くから1通250円、新書はだいたい1冊800円程度。ボリュームだけを見ると少し高い気がするけれど、タイムリーなテーマ選定でカバーしてくれればむしろお得かもしれない。

佐々木俊尚のネット未来地図レポート

恋空

2008/08/10(Sun) Movie

映画を見たのだけれど、最初の5分でもう見てらんなくてやめた。安っぽいわけではないし、5分しか見てないからストーリーが悪いわけでもない。なんなんだろうこの違和感。

僕にとって恋でも、君にはなんでもないから。

2008/06/19(Thu) Music

親愛なる君へ ジャケット
親愛なる君へ
柴田淳

柴田 淳 - 親愛なる君へ

この前紹介した柴田淳のニューアルバムがiTunesに出ていたので、視聴もせずに即買い。あいかわらずいい声。ジャケットを見て、ふと中山忍に似てると思ったり。

今回一番気に入ったのが「十数えて」という曲。「誰が見えるか 後ろの正面」や「こちらにおいで 手の鳴る方へ」という童謡じみたフレーズが妙に耳に残ったので、歌詞を探してみてみると(iTunesは歌詞もつけてくれればいいのに…)、なんとまあ切ない殿方の歌で。もとい、これをいいと、理解できると思ってしまうと言うことは、僕もまたあれですな。

十数えて
作詩:柴田淳 作曲:柴田淳

目隠しして 十数えて振り向いて
君の目にするものが 素晴らしい世界であるように

影絵みたいに 心映し出せたなら
君の想いはどんな 姿で現れるのだろう

誰が見えるか 後ろの正面
君を笑顔に出来る人よ
見守るだけの 僕は消えてゆく
君の中から…

忘れそうな ねぇ 誰かが
そう 君のこと ねぇ 想ってる

口を噤んで 何も言わずに過ごした
僕にとって恋でも 君にはなんでもないから

こちらにおいで 手の鳴る方へと
ずっと 君を呼んでいたんだ
通り過ぎてく 君が滲んでく
行かないで…

忘れそうな ねぇ 誰かが
そう 君のこと ねぇ 求めてる

忘れそうな ねぇ 誰かが
そう 君のこと ねぇ 想ってる

つれづれなるまゝに、日くらし

2008/06/05(Thu) Book

徒然草を、初めてきちんと通して読んでみた。これまでとある一説とかはちらほら目にしていたんだけれど、そういえばきちんと読んだことないなぁと思い。幸いネットに結構あがっているので、徒然草 (吉田兼好著・吾妻利秋訳)という結構フランクな訳のやつで読んでみた。

なんだか、ブログみたい。誰かがこんな事言ってたよという話もあれば、うわさ話もあり、時々ほほうとうなるものもあれば、意味が分からないのもあり。しかし、日本人って今も昔もこういうつらつらとした文章を綴るのが好きなのですかね。時代のうつろいの中で古ぼけてしまったものもあれば、未だに光り輝いているものもあり。以下個人的に響いたものをフランクな訳とともにいくつか。

徒然草 第三十八段

迷ひの心をもちて名利の要を求むるに、かくの如し。万事は皆非なり。言ふに足らず、願ふに足らず。

(訳)迷える子羊が、名誉、利益をほしがることを考えてみると、だいたいこの程度のことだ。すべてのことは幻であり、話題にすることでもなく、お願いすることでもない。

徒然草 第五十九段

命は人を待つものかは。

(訳)命が人の都合を待ってくれるだろうか?

徒然草 第九十一段

「吉日に悪をなすに、必ず凶なり。悪日に善を行ふに、必ず吉なり」と言へり。吉凶は、人によりて、日によらず。

(訳)たとえば「日柄の良い日に悪いことをすると、ろくな事が起きず、日柄の悪い日に良いことをすれば、きっと良いことが起こる」なんて言ったりするけど、物事の良い悪いは、人の心の問題で、日柄なんて全然関係ないのであった。

徒然草 第百二十七段

改めて益なき事は、改めぬをよしとするなり。

(訳)直してもどうにもならないものは、ぶっ壊した方がよい。

徒然草 第百二十八段

すべて、一切の有情を見て、慈悲の心なからんは、人倫にあらず。

(訳)なんだって、心がある生き物を見て、優しい気持ちになれないとしたら、人間じゃない。

徒然草 第百三十七段

花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは。雨に対ひて月を恋ひ、垂れこめて春の行衛知らぬも、なほ、あはれに情深し。

(訳)さくらの花は満開の時を、月は影のない満月だけを見るものだろうか? 雨に打たれて雲の向こうの月を恋しく思い、カーテンを閉め切って春が終わっていくのを見とどけないとしても、それはまた、ふんわりとした気分になってくるものである。

徒然草 第百五十五段

春暮れて後、夏になり、夏果てて、秋の来るにはあらず。春はやがて夏の気を催し、夏より既に秋は通ひ、秋は即ち寒くなり、十月は小春の天気、草も青くなり、梅も蕾みぬ。

(訳)春が終わると夏がやって来て、夏が終わると春がやって来るのではない。春は早くから夏の空気を作り出し、夏の中には秋の空気が混ざっている。秋はだんだん寒くなり、十月は小春というように暖かく、草も青み出して、梅の花が蕾みだしたりもする。