Posts Tagged ‘新潟’

はてな アメリカへ。いわごろう 道玄坂へ。

2006/07/26(Wed) Diary

はてな、アメリカへ – ITmedia News
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0607/14/news031.html

渋谷の外れの閑静な住宅街。
平屋建てのベンチャーインキュベーション施設の一角に、
はてなの本社オフィスはある。(中略)

シリコンバレーも、同じ空の下にある。

遅ればせながら読みました。(1,500件の未読記事が50件まで減った!)途中の「本社から社長が抜ける」のくだりを読んでいると、前職の社長が僕と新潟に向かう長い長い車中や、白い巨塔の静かで誰もない9階でふたりきりの時にぽつぽつと話された事と重なり、いろいろな事を思い出しました。

前職を離れるとき、唯一気になったのは仕事仲間の事。今回も、最後の最後に普段一緒に仕事をしていた人がかなりベストパートナー(ちょっと飲み込みが悪くて素直じゃないけど!)だったことに気づき、今更ながら若干後ろ髪を引かれつつ、えいやっと振り切って、またがんばっていこうと思います。

別れから始まる出会い

2006/06/12(Mon) Diary

新潟でお世話になった方が東京研修に来ているというので、新宿でご飯をご一緒しました。人懐こい方なので、研修で知り合ったという牧瀬理穂に声や言葉の区切り方が似ている僕より2つくらい上の方を連れていました。新潟から帰るときは思いも付かなかったですが、新潟から帰ってきたから東京に来ているので、別れから始まる出会いもあるのだなと、ふと思いました。

話せぬ若手と聞けない上司

2006/04/29(Sat) Book

話せぬ若手と聞けない上司 表紙
話せぬ若手と聞けない上司
山本 直人 (著)

-「社員が働かない」のか
  「ベンチがアホ」なのか。-

ホンネで動かす組織論」のコメント欄でK氏に紹介してもらったこの本を読んでみました。僕らが仕事をしている中で感じる様々な出来事や思いについてもの凄く的確に言葉になっているので、「そうそう!」っていう共感が多く、またその後にのっている著者が取った解決に向けた行動になるほどと思った。また、日本のように一つの民族・一つの言語で構成された社会では、年齢しか人を分ける目安がないのだろうという視点もふむふむと読んだ。

面白かったのは本を読む事の良さについて語っているくだり。インターネットはたしかに大量の情報が素早く見つかりリンクも多いが、それは既に共有されている。本を読むと疑問を持った事柄から自分独自のオリジナルリンクが生成され、それはその人だけの情報になっていくと。

ここ最近ネットの記事を読む時間が無くなるほど本を読み続けて感じているのは、一つの事柄に対する深みの度合いが本とネットでは違うなという事。なので僕は、インターネットで広く自分のアンテナを張って関心の幅を広げ(del.icio.us)、一つ一つの深堀を本で行い、その課程をこのブログで公開する事で、次の展開への種をまいておくというフロー。最後の公開がなければこの本を紹介してもらう事も無かったわけだし、本を読み返す必要が生じるのでより深い理解につながる。

僕は、17歳のときから仕事を始めました。その時は(今でもそうだけど)常識なんてものは全くないし、今以上にB型の気分屋で安定性はない非常に扱いにくい人だったんじゃないかなと思います。そんなやつが社会に出たので、周りの人はスキルをもった凄い人ばかりに写りました。

ただそこでうれしかったのは、インターネットとかウェブを作る領域での知識やスキルは、他の人よりも比較的多く持っていたので、基本的にはダメ人間なんだけれども、その分野では認めてもらって仕事ができ、多少なりともだれかさんの役に立つ事ができた事でした。

そんな経験があって結果的に今身に付いているのは、ひとりの人についての印象を2・3人の人格にわけて持つということ。「Aさんは新規展開を提案するときは凄い。Aさんは正確性が求められる仕事を継続的に行う事は苦手。」であったり、「Bさんは道理にかなわない事をきちんと主張する事ができる。Bさんは思いこみが強すぎる面がある。」であったりします。

それぞれの印象は、どちらの比重が多いか少ないかと判断するのではなく、「Aの側面の時もあるし、Bの側面の時もある」と一人の人の中に並列して存在し、時間や場所ややっている事によって変化し、どちらも同じ人の持っているスキルだと思うようになりました。それは自分がある部分ではダメだったけどある部分では認めてもらえたという経験によるものであり、それを意識してからは少し仕事をするのがスムーズになったように思います。凄くいい人もいないけど、凄く悪い人もいないのです。

元々みんなそういう考えを持って人と接しているかもしれないし、特にこの本と関係はないのですが、ふと新潟の人とタケノコを食べながらそういう話をしたなと思いだし、書いてみました。

このブログを読んでくれている皆様へ。

2006/03/22(Wed) Clip

最近の僕の気持ちをすごく的確に表した言葉と出会ったのでご紹介。

+LOVE PARADISE+: 返事がないのもひとつの返事
コメントのやりとりでのコミュニケーションは楽しいし、
わたしは自分がコメントした記事は、レスが楽しみでまた確認しにいきますが、
たとえレスがつかなくても、相手に自分の気持ちが伝わればそれで十分ではないでしょうか。

こう何年もブログを書いていると、気づかないうちに意識していることがあります。このブログは、インターネットに公開してるわけですが、全ネットユーザーに向けて書いているわけではありません。

福井の両親だとか、妹とか、前職の福井・石川・富山のメンバーとか、K氏とか、新潟のお二人さんとか、今の会社の上司とか、別の部署の人とか、同じ部署の人とか、わぁとか、ゆうちゃんとか、みんさんとか。同じ時間を過ごしたことがあったり、また今過ごしていたり、そういう具体的な人たちをイメージして書いています。

独り言のように書いている文章であっても、それは離れている方たちへの近況報告であったりします。離れていない人にも、メッセージとして改まって伝えるまでもないことや、伝えると照れくさいことなんかを、独り言のようなかたちで伝えたかったりして、こうしてぽちぽちと書いているわけです。

実際に会って話している時にこのブログの内容が話題になることであったり、コメントが付くことも凄くうれしいのですが、冒頭に引用した言葉のように、相手に自分の気持ちが流し読みであっても伝わっていること。それだけでこのブログの意味があるのではないかと思って書いています。Messageという言葉には伝言や便りという意味があるように、お世話になっている人への便りであったり、また未来の自分への伝言であったりするのです。

とりあえず始めたこのブログが後付とはいえそんな意味を持つようになったように、とりあえず始まって結構過ぎてしまった僕の人生も、その時その時ベストな方に向かって走っているうちに、何か意味があるものになるのではないか。そんな風に思います。「私たちの人生は、私たちが費やした努力だけの価値がある。」そう自信を持って言えるように。

23歳。

2006/03/16(Thu) *Pickup, Diary

23

2001年 18歳の誕生日=富山県福光町 ベルの2階
2002年 19歳の誕生日=富山県福光町 正風園の2階
2003年 20歳の誕生日=新潟県柏崎市 某データセンター(徹夜中)
2004年 21歳の誕生日=新潟県柏崎市 某データセンター(撤収準備中)
2005年 22歳の誕生日=東京都渋谷区 グレーの小塔(エクセル打ち込み中)
2006年 23歳の誕生日=東京都渋谷区 グラスの都市(クリッククリック)

というわけで、23歳です。朝来て机に座ったら、目線の先にバスケの選手っぽいカードが置いてあって、コーヒー飲みながらボーっと見てたら「おお背番号(?)が23だ」と気づいたのでした。>ありがとう>SみYしさん。

日付が変わってすぐに、おめでとうメッセージをくれたゆうちゃんと話していたら、これからは少しずつ周りからの見方が変わってくる年齢になるのかなと思いました。朝起きたらうれしい人からメッセージが届いていて、元気になりました。またがんばります。

年の瀬に。

2005/12/31(Sat) *Pickup, Diary

さて今年最後です。毎年年始にはその年の目標を書いているんですが、今調べたら今年は書いていませんでした。何でだろうと思ったら、年明け早々にあった今の会社の面接準備をしていて、それどころではなかったんだろうと思います。あの期間は凄く宙ぶらりんな感じで、自由と不安が交錯する日々でした。

そして東京に来てからの日々は本当に本当に早くて、月締めが終わったら次の月締めが来ていて、今その月の何日かだけ気にしていた日々だったので、気づいたら12月末になっていました。季節感とかそういうのが全くなくて、本当に本当に早い日々でした。

去年の年末は福井の実家で自分の部屋の片づけをしていましたが、今年は東京の部屋の大掃除をしました。去年の年末からしたら、代官山で髪を切って満員電車に揺られる自分は全く想像がつきませんでした。

1年間というスパンでさえ、自分がそのときどうなっているか全く予想できない日々の連続でただ本当にそのときそのときでいっぱいいっぱいで、たぶんこっちの方向だろう、という大まかな感覚だけで走っている日々。来年はもう少し先を見て、もっとスピードを上げて、そしてもう少し優しさをもてるといいなと、思っています。

最後に、福井、そして東京、ついでに新潟などのお世話になった方々。来年もまたがんばって走っていきますので、たまに転けたときはあたたかく見守ってください。今年もお世話になりました。ありがとうございました。

それと、今年いっぱいでブログを書くのをおしまいにしようと思います。書くのを飽きたとか、いろんな人が見ていて書きにくくなったとか、そういうことではありません。今まで読んでもらってありがとうございました。

良いお年を。

おちこんだりもしたけれど、私は元気です。

2005/06/26(Sun) Diary

表参道の美容室に行った(←これが書きたい)。髪を切って服を買ったら、ぐずぐずしていた気持ちがまたクリアになってきた。帰り際にネスパス(新潟県の出先事務所?)の前を通ったら、「新潟の行政マン」っていう顔の人がいて、なんかなごんだ(謎。

「最近どう?」って言われると「必死ですねぇ。」なんて言葉が素で出てきて、目の前のことに追われてきた。上司さんも意図的に休む暇が無いように(でもちゃんと時期をコントロールしながら)新しい仕事を投げ続けてきてくれている気配が有り、なんとかかんとかやってます。(千本ノックを打たれるほうです。)

いろんなことが次から次へと起こるので、あまり感傷的にならなくなったというか、ショックなことがあってもそれはそれで「処理」してる感じになってきた。かといって変に冷静を装ったりするわけでもないので、忍耐力というか、精神力というか、なんかそっち方面が鍛えられてる気がして、今までそれが弱かったから、それはそれで良しとしてる。

さあまたがんばります。

同じ場所、同じ自分。変わったもの、変わらないもの。

2005/03/20(Sun) *Pickup, Diary

「ローレライ」を見るため六本木ヒルズに。映画見るなら六本木ヒルズの映画館がいいよと聞いて行ってみたのだけど、生まれて初めて映画館が満員で入れないという経験をする。その点福井は恵まれているのだ。(ひねくれとかではなく、本当にそう思う。)

次の回のチケットを買って上映までヒルズ内をうろうろするも、僕が必要なお店は一つもなさそうだった。シャツ一枚に10万円出すくらいなら、その分本買ったり映画見たりするよ…。メインの森タワーの入り口の回転扉は、壁で囲われ入れないようになっていた。そしてその横には何かと話題のリーマン兄弟さんの看板。看板と一緒に記念写真を撮っている人が多かった。

ローレライは、CGのちゃちさとか、明らかに変な所とか結構つっこみどころ満載。でもいつからか、映画や本を読む時その辺はあまり気にせず、何が言いたいのかをじっと見るようにしてる。CGが凄いけど何が言いたいのかよく分からないものよりも、ちゃちくても、自分の考えとは違っても、何を言いたいのかを持っているものがすき。そういう意味で、凄くいい映画だったと思う。戦時中の潜水艦乗組員に対して語っているの役所広司の言葉は、今を生きる僕ら若い人に語っているのではないかと思った。

2005年の東京タワー
Taken on March 20, 2005

終わったら暗くなっていて夜景が綺麗だったので、TOKYO CITY VIEW(展望台)に行って、東京タワーを眺める。東京に来て初めて、ぼーっと出来る場所を見つけた気がする。そしてふと、2年前、同じ景色を眺めていたことに気づく。

2003年の東京タワー
Taken on May 4, 2003

そのころ僕は新潟の仕事が一段落ついた時で、六本木ヒルズは出来たばかり。ゴールデンウイークに某氏と一緒に車で日帰り往復するという暴挙に出て滞在時間は3時間ほど。あっという間に帰ってきた。(そのときの写真)

その時は2年後に自分が東京に住んで同じ景色を見ているなんて夢にも思わず、ぽかぁんと口を開けて高いビルを見上げ、バシバシ写真を撮っていた。自分で周りの環境を変えようとはしたけれど、自分自身は相変わらず何も変わってない。ただ、変わってないけど、同じ気持ちを持ち続けてもいる。こっちに来ていろんな人から、「そんな風に生きてて辛くない?(大変じゃない?)」と言われる事が多い。相手がどういう意味で言っているのかは分からないし分かりたくもないから分からないふりをしているけれど、こういう風に生きてしまっている以上、開き直ってこのまま行くしかないのだとおもっていた、22才の冬の六本木の記録。

22歳。

2005/03/16(Wed) *Pickup, Diary

2001年 18歳の誕生日=富山県福光町 ベルの2階
2002年 19歳の誕生日=富山県福光町 正風園の2階
2003年 20歳の誕生日=新潟県柏崎市 某データセンター(徹夜中)
2004年 21歳の誕生日=新潟県柏崎市 某データセンター(撤収準備中)
2005年 22歳の誕生日=東京都渋谷区 グレーの小塔(エクセル打ち込み中)

というわけで、22歳です。
ふつつかものですが今後ともよろしくお願いします>みなさま

#追記
なんかGreeとかMixiとかにいっぱいメッセージいただいていました。
ありがとうございます :-)

#追記2
おかぁさんからもお祝いメールが来ていたのですが、生年月日を2年間違えて届いていました。

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清原基金

2005/02/02(Wed) Diary

ZAKZAKより。

ZAKZAK

田中さんは「清原さんが被災地に1000万円をポンと寄付したことは大きな話題になったが、本当はそれだけじゃないんですよ。すごいのは、人知れず、昨年オフに“清原基金”を設立し、オフのテレビ出演で得たギャラを投じて、新潟に限らずいろいろな災害で痛めつけられた人たちへ、贈っていることです」と明かしている。

かっけぇ。本人が言わないのが(日本的だけど)かっけぇ。昨年のストで親会社の経営不振は選手の高額な年棒も一因なのに選手会からその点に関する対策が何も語られないのが話題になってましたが…。夢を与える商売だと選手がいうなら高額年俸でいいけど、きちんとした使い勝たしてくれれば全然いいワケで。税金と同じような感覚。夢見れる税。