Posts Tagged ‘小説’

今年の目標

2008/01/01(Tue) *Pickup, Diary

僕は毎年年明けに目標を書いています。目標といっても、「禁煙します」みたいなのを一つ決めるのではなくて、「人間関係」「仕事」「健康」「精神・感情」「経済」「教育」という6つの分野について、どうなっていきたいのかをまとめています。今年実行できる具体的な事もあれば、最終的に目指す所であったり、抽象的な物から具体的な物まで混ざっています。

そんなわけなので、抽象的・長期的な所は毎年あんまり変わらなくて、具体的な所のみが毎年変わる感じです。今年は去年何の迷いもなく決められた「仕事」にすごく悩みつつも、ある程度答えを出したので、それに向かって頑張ろうと思います。

個人的な事が多いので全部はこのブログにはかけないのですが、ブログまわりについてだと「本を100冊読む(去年は64冊)」と「エントリを500本書く(去年は232本)」というのがあります。両方とも去年のほぼ倍くらい。あと、小説を1本書く事と、Linuxをちゃんとマスターする事。ぐらいかな、ここに書けるのは。(ここに書かないけどもっと真面目な目標も立ててます(汗)

それらをまとめて、「安定した土台をつくること」を今年の全体の目標にしました。安定したっていうのは、けして保守的になるという意味ではないです。自転車が常にこぎ続けることで安定して走れるように、公私ともにいろんな事に打ち込める環境と自分をつくり、それをこつこつとでも継続的に続ける事で、安定した自分の土台を造っていきたいと思います。(これで早速3/500エントリ。)

iwalog 2007年の振り返り

2007/12/25(Tue) Diary

そろそろ今年も終わるので、iwalogの振り返りなど。今年1年で232本(2日に1本ペース)の記事を書いたのですが、その中から主要カテゴリ毎にいくつかを選んでみた。

■Book(64件)
今年読んだのは64冊。年間でならすとだいたい1週間に1冊ペースですが、4?9月に集中していて年明けと10月以降はほとんど読んでおらず。身になったものもあればそうでないものもあり。全体的に小説が多く、「すべてがFになる」と「赤朽葉家の伝説」に出会えたのは大きかった。とはいえ、影響を受けたものはノンフィクションのものが多かった。

・01月14日 すべてがFになる
・06月10日 現代語訳 般若心経
・06月23日 僕はパパを殺すことに決めた
・06月28日 赤朽葉家の伝説
・09月02日 隠された風景

■Clip(51件)
結構Clipしてると思ってたけど、Bookより少なかった。要は時事ネタ批評コーナーなのですが、コメントをもらう数が一番多いのはこのカテゴリかも。小さい頃はなんで大人って新聞とか読むんだろうと思ってましたが、いつの間にか毎日主要5紙のサイトを巡回するようになってしまいました。

・08月30日 人柱
・09月17日 匿名の批判
・09月19日 安倍さんよりも悪い人
・11月12日 赤ちゃんポスト
・12月12日 好きを貫く人をつくる人。

■Diary(61件)
公私ともにいろいろあった1年。1年の間に事業の立ち上げと終了を経験することは、なかなかないかも。「たまには書評以外のことを。」で自分が書いていることを、忘れないように(いいこと書いてる)。

・01月19日 たまには書評以外のことを。
・06月09日 菊の花の中で
・09月14日 それは首相の辞任のようで。
・09月24日 打ち上げ花火を左右から見た僕と彼女の関係。
・11月14日 105年の人生の終わり

■IT(29件)
nanacoとかtwitterとか、もう全然使ってないな。。。nanacoはためたポイントのExitがしにくい。毎日使うのが数百円とかの少額なので、ポイントも全然たまらない。ポイントをためるメリットより、チャージしたお金がセブンイレブンでしか使えなくなるデメリットが大きいからかな。SUICAは使ってる。

・04月16日 twitterはじめました。
・04月23日 nanaco
・07月10日 W52SH
・10月17日 外付け500GBHDDを買った。
・11月05日 iPod touch

■Movie(13件)
とりあえず、ヱヴァの新作と序のDVDが待ち遠しいです。

・05月12日 ゆれる
・09月25日 ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序

思うに、書きたいときにばーっと書いて、それ以外の時は細々と、というペースが僕にはあっているようです。翌日にはもう忘れていそうな一瞬の感情も結構書き留めていて、後から振り返るといい教訓になったりするので、来年もこんな調子でやっていこうかと思います。来年もご愛読よろしくです :-) > 読んでくれているみなさま。

#ふと、このブログを読んでくれている人の中で、僕と面識のない人ってどれくらいいるんだろう、と思う。検索から飛んできて一瞬だけ見る人は置いておいて、RSS購読してる人だとほとんどいなそう。

本当に考えたの?

2007/12/19(Wed) Clip

MORI LOG ACADEMY: 本当に考えたの?

多くの人が言う「考えた」というのは、「考えようとした」のことらしい。同様に「悩んだ」も「悩もうとした」である。否、たとえ考えようとするだけでも、 100時間くらい考えようとしていれば、なにかは実際に考えるだろうし、そして、考えれば、なにかは思いつくだろう。きっと具体的な案がいくつか出てくるはずだ。ほんの一瞬だけ考えようとしたくらいで「考えた」なんて言わないでほしい。

沢山の具体案を考えることは、無駄なようでけっして無駄ではない。採用されなかった案が、その人の将来の持ち駒になるからだ。

前いちど小説を書いた時に思ったのは、書き始める前はもやもやしているだけだったけど、本当にきちんと考え始めると、どういう人がいて、どういう事があって、それはあそこと繋がって…とどんどん具体的になってくる。あれ以来書いていないけど、次書くときは前の反省とかそれへのアンチテーゼとか考えて、すこしづつはマシになりそうな予感。せめて1年に1話くらい書いていきたいな。

しかし、どうも心に余裕がないと創作作業は出来なそう。別の世界の事を考えるよりも現実が大変なので、そっちにいっぱいいっぱいになる。

BINDへの道のりは遠い

2007/12/09(Sun) Linux

土日でBINDを一通りやろうと思っていたんだけれど、なかなかうまくいかない。土曜日に家の光回線をTEPCO専用線からKDDI共用線に変更する(でも実際その回線はKDDIがTEPCOから借り受けているらしいからよくわからん。)工事があって、その後からネットにつながらなくなった。

いろいろいじってとりあえず有線での接続が出来たら、今度は無線がつながらない。実は工事の日の朝から頻繁に切断されるようになってしまって、てっきり工事の影響で事前に何かやってるのかなと思ってたけど、工事後も頻繁に切れる。またいろいろいじって、最終的にチャンネルを変えたら安定して接続できた。

さていよいよと思って前回壊してしまったCentOSの再インストールから始めたんだけど、これまたうまくいかず、インストールが始まらない。またいろいろ設定変えつつVMWareの設定をいじっていたらなんとか解決(設定間違いのポカミスだった…。)

そしてやっとBINDのインストールして設定ファイル関係を一通り書いてみたけどエラー連発で立ち上がらず、それが日曜日の夜でタイムアップ。なかなかうまく進まない。空いた時間で久しぶりに小説読もうと思ってたんだけどな。

ミーちゃん

2007/09/12(Wed) Clip

ミーちゃんの縁側。

私は今日の「日記」を打っているが、
文字が細くなったり太くなったりして困っている。
いつまでたっても自分で調節できない自分が
嫌になってきた。
でもこの日記がないと、
私は何も「生き甲斐」がないので是非つづけたい。
普通の「生活」も、
ほとんど今までの様に元気にできないし、
歩くのもよたよたして。
自分であきれている。
「愚痴」など言うのはよしましょう。

ほほ日刊糸井新聞で、糸井重里の生母のミーちゃんにパソコンを贈ってインターネットを楽しませる「80代からのインターネット入門。」という企画。そこでパソコンを覚えたミーちゃんが、ずっと日記を書いている。

ハリウッド映画バリの劇的な起承転結がある訳でもなく、ノスタルジー小説みたいな感動があるわけでもない、「ふつうの日常」が、毎日ぽつぽつと書かれているだけ。なのに、毎回アップされると読んでしまう。

日記を書いてない日があると「元気がなかったのかな。。。?」と思ったり、うれしい事があったと書いてあると僕もうれしい気持ちになったり、歳を取った事を卑下していると「そんな事ないよ」と思ったり。

つい、「親は何も考えていない」と思いがちですが、ミーちゃんはいろんな事を考え、心配し、しょんぼりし、感動している毎日。それはとても静かな日々ですが、人生の後半戦を走っているミーちゃんにはとても自然な事ではないかと思う。少しだけ親や祖父母を重ねている自分がいる。

ブラックジャックによろしく ガン医療編(再読)

2007/08/11(Sat) Book

ブラックジャックによろしく ガン医療編 表紙
ブラックジャックによろしく (5)
佐藤 秀峰 (著), 長屋 憲 (著)

-生と向き合う事は、
 死と向き合う事と同じ事ではありませんか?-

既に一度読んだマンガです。ドラマ版も見ました。マンガでも小説でも、本を読む時、その物語はその本の中で文字列として展開されるのではなく、読んでいる人の心の中で展開されるものだと思います。

そこに書かれている文字から、読む人それぞれにその物語の中の登場人物が描かれ、それにはその人のそれまでの記憶や気持ちの中からイメージされるため、本に書かれた物語と、読者一人一人の中で展開される物語には微妙にズレがあると思います。

故に、一度読んだ物語でも、その後にいろいろな経験をして、またふとその物語を読んでみると、全く違った物語が展開されます。いや、その後の経験から、その本がその人をまた呼び寄せるのかもしれません。以前この本を読んだ時は、日本の医療の矛盾や、それを突き破ろうとする医師達の物語として読んだ自分がいました。

今日読んでみると、その本はたしかに以前読んだ本と同じものであるのに、一人の患者がいかに死と向き合い、生きていくのかが描かれた本になっていました。妻が死ぬことを知った夫や、お母さんが死ぬと告げられた10代の子供の、そして、貴方の人生はこれで終わりですとあらかじめ告げられた一人の女性が、いかにして生きて死ぬのかが描かれた本になっていました。

「百年の孤独」を読んでいる(途中)

2007/08/04(Sat) Book

百年の孤独 表紙
百年の孤独 (単行本)
ガブリエル ガルシア=マルケス (著), 鼓 直 (翻訳)

桜庭一樹が「赤朽葉家の伝説」についてインタビューを受けた時、この「百年の孤独」のような物語を書いてみたかったと語っていたので興味が湧いて読んでいる。約500ページなのだけど、洋書の翻訳であることや、改行が極端に少ない(1ページに1文字の空白もなくすべてが文字で埋め尽くされている)ため、この土日をかけてもまだ読み終わっていない。普通の小説にすると1,000ページ以上、感覚的には2,000ページ以上のボリュームに感じる。

3分の2ほどしか読み進んでいないのだけれど、まだ物語の全体像が見えない。「ホセ・アルカディア・ブエンディアを始祖とするブエンディア一族が蜃気楼の村、マコンドを創設し、隆盛を迎えながらも、やがて滅亡するまでの100年間を舞台としている。」というのが一般的なあらすじ。ちょっと時代感とか世界観的に日本人の僕にはリアリティがあまり感じられないが、読んでいるうちにたしかにそこに一人の男の人生が形作られていく。今読んでいる時点で、既に最初の登場人物は亡くなり、その曾孫たちが活躍するようになっている。

ふと物語を読む手を休めて俯瞰してみると、普段一人で生きていると感じられない、自分が生まれるまでに、脈々と奇跡的と言っても過言ではない関係性があって、その大きな流れの中で自分が生きていて、後々自分もその流れの一部となって、自分を起点として自分が死んだ後もそのつながりが出来ていく、という実感を得ることが出来る。それは、そのそれぞれの登場人物の人生が幸福であったとか、不幸であったとか、そういう風に言い切ることの出来ない、大きな激しい流れだ。

まだ物語は続いているので、カタルシスを感じるところまではいけていないが、最後までこの一族の物語に付き合うしかないような、読者を引っ張っていく力強さがある。この大きな物語を、どうやって帰結させるのだろうか。

10代の頃に読んでいた本たち

2007/07/31(Tue) *Pickup, Book

このブログを始めて最初の頃BOOKLOGというサービスにこれまで読んだ本を登録していたことがあり、久しぶりにそれを発見。僕の本好きはここ1・2年の事だと思っていたんですが、意外と前からだった事に気づいた。今10代の頃に読んでいた本を今見直すとおもしろかったので、少し紹介。こんな本を読んでいたら、こんな人間になってしまいましたという視点でご覧くださいませ。

いわごろの本棚

■IT系


図で分かる…の2冊は、システムというものをわかりやすく教えてくれて、今の僕のベースになっている気がする。ただわかりやすく解説するだけではなく、おもしろく、次の興味や疑問がわいてくる本でした。ワークフロートか、業務をシステム化するとか、そんなことも何となく興味がわいたけど、業務分析までは興味が行かなかった。

■小説


当時メールマガジンを書いていた田口ランディのコンセントアンテナモザイク三部作は、鈴木光司のリング、らせん、ループ三部作で小説のおもしろさにはまった僕に、また違った世界を見せてくれました。若かりし僕にはコンセントのラストは衝撃的でした。まあ、コンセントだけどさぁみたいな、気持ちいいやられた感。

月の砂漠は、映画の原作。あるベンチャー企業の成功と崩壊、家庭の崩壊と再生を同時に描いていく。どちらかというと映画の方がよかったかな。パイロットフィッシュは、淡い恋の物語で、リップスティックは月9ドラマのノベライズ。10代の頃は野島伸司にだいぶ侵されていました。

■ノンフィクション


当時かなり話題になった桶川事件のルポは、小説とはまた違ったノンフィクションというもののおもしろさと、批判的に読むという視点と、報道や裁判だけでは伝えられない、裁ききれない物があるということを知りました。

「ぼくたちは、銀行をつくった。」は、ソニー銀行が出来るまでの物語。かなり平たくかかれていますが、今思い返せばチーム運営とかコンセプトとか、そういう話を書いていたと気づきました。

■ビジネス


当時はテクニックよりも思想的な物を読んでいました。稲盛和夫とか、田坂広志とか。

■謎


なぜコレを読んだのか全く分からず。。。

ジェネラル・ルージュの凱旋

2007/06/17(Sun) Book

ジェネラル・ルージュの凱旋 表紙
ジェネラル・ルージュの凱旋
海堂 尊 (著)

-「如月、知らなかったのか?
  神の影は、悪魔の形をしているんだ」-

結局「チーム・バチスタの栄光」「ナイチンゲールの沈黙」とこのシリーズを全部読んでしまった。前はこういう本を読んだら純粋に楽しめたのだけど、曲がり形にも一度小説を書いた後だと、僕にはこんな面白い物語は書けないと、軽い絶望や嫉妬を感じるようになってしまったのだから、つくづく小さい男である。

アミターバ

2007/06/16(Sat) Book

アミターバ 表紙
アミターバ
―無量光明
玄侑 宗久 (著)

-解らないことが多いですが、お父さんは火葬されましたけど、
  その体にあった分子は変化しても原子レベルでは全く
   変化せずにこの地球上にあり続けているわけですよね。-

現代語訳 般若心経」と同じ玄侑 宗久氏が書いた本。玄有氏は僧侶でありながら作家でもあるので、般若心経の本も読み物としてとても面白いものだった。その人の書いた小説が読んでみたくなり、般若心経が残された者への本であるとするならば、あの世へ旅立つ側のことを書いた本である「アミターバ」を手に取った。

物理やらの世界のことは詳しくないので本当かどうか解らないけれど、この本の中で出てくるある住職が、難治のガンを患った主人公である老婆から、もうなくなった夫を見たといわれ、冒頭の言葉を返す。そして、その言葉を体現するように、主人公の死後の様子が描かれる。玄有氏は、仏教の世界を自分なりに理解するために、物理などの世界と結びつける、なかなかおもしろい人だ。

死を迎え俗に言う霊魂となった主人公の老婆は、自分の亡骸の前で泣く家族や、自分の葬儀に出て位牌を見たり参列者のまわりを飛び回ったり、生まれた生家に行ったりする様子が描かれる。あの葬儀の時も、僕らのまわりを祖父が飛んで回っていたのかと思うと、不謹慎だけど少しだけおかしかった。

なんだかあまりにも出来すぎているので、信じてもらえないだろうと思い、誰にも言わずこの前書いたブログにも書かなかったのだけど、祖父が亡くなった日の朝、夢を見た。その夢の中で、僕は葬儀に出ていた。ぼんやりとした光景で、夢に見たのは葬儀のワンシーンだったので誰の葬儀かは解らなかった。それから36時間後、僕はそれと同じ光景を見ることになるとはその時は分かるはずもなかった。その夢が終わり目覚めたら、母から祖父が死んだという連絡があった。ただの偶然だろうと思う。でも、この本を読んだら、少しだけ偶然ではなかったのかもしれないと思った。