Posts Tagged ‘政治’

石破茂

2008/11/06(Thu) Society

やっぱりこの人は、農林水産大臣よりも防衛大臣やったほうがいい。農林水産大臣にはもっと適切な人がいるかもしれないけれど、防衛大臣には余人を持って代え難い。

石破茂(いしばしげる)ブログ: 田母神・前空幕長の論文から思うこと

在野の思想家が何を言おうとご自由ですが、この「民族派」の主張は歯切れがよくて威勢がいいものだから、閉塞感のある時代においてはブームになる危険性を持ち、それに迎合する政治家が現れるのが恐いところです。

この一件で「だから自衛官は駄目なのだ、制服と文官の混合組織を作り、自衛官を政策に関与させるなどという石破前大臣の防衛省改革案は誤りだ」との意見が高まることが予想されますが、それはむしろ逆なのだと思います。

押さえつけ、隔離すればするほど思想は内面化し、マグマのように溜まっていくでしょう。「何にも知らない文官が」との思いが益々鬱積し、これに迎合する政治家が現れるでしょう。それこそ「いつか来た道」に他なりません。

制服組はもっと世間の風にあたり、国民やマスコミと正面から向き合うべきなのだ、それが実現してこそ、自衛隊は真に国民から信頼され、尊敬される存在になるものと信じているのです。

吉田茂元首相の言葉をなんとなく添えておきます。

君達は自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり歓迎されることなく自衛隊を終わるかもしれない。きっと非難とか叱咤ばかりの一生かもしれない。御苦労だと思う。

しかし自衛隊が国民から歓迎されちやほやされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡の時とか災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。言葉を換えれば、君達が日陰者である時のほうが国民や日本は幸せなのだ。

どうか、耐えてもらいたい。

悩む力

2008/10/16(Thu) Book

悩む力 表紙
悩む力
姜尚中 (著)

結局、愛というのは、ある個人とある個人の間に展開される「絶えざるパフォーマンスの所産」の謂なのであって、どちらかが何かの働きかけをし、相手がそれに応えようとする限り、そのときそのときで愛は成立しているのだし、その意欲がある限り、愛は続いているのです。

討論系のテレビに出て、勝谷雅彦とかがヒステリックに叫んでいる横で、聞こえるか聞こえないかくらいの落ち着いた小さな声で冷静に話し続ける姜尚中氏の本。売れているらしいので一応買ってみたが、「現代は、自由を手にした代わりに安定を失った社会である。その中では、真面目に考え悩み、自分の納得できる答えを一人ひとりが見つけるしかない」というような話と理解した。

ちょっと話が飛ぶかもしれないけれど、自由と同時に変化の振れ幅も大きくなった現代社会の中では、皇室・天皇家というのは価値が増してきているのではないかと思う。皇室は、変化しない事に価値があるのではないかと思っている。現代ではほとんど消滅した核家族と親族関係を未だに継続し、常に一定の価値観で、国民からも政治からも一歩引いたところにずっと居続ける存在。

現代社会が社会主義と民主主義でケンカしながら一気に資本主義に転換し、バブルで痛い目に遭ったはずなのに、また懲りずにレバレッジ金融を追い求め、またバカのひとつ覚えみたいにそれの全否定に走っている。その中で、常に変わらず存在し続けた皇室には、やっぱりある程度の価値があると思うし、男尊女卑といわれようが男系天皇で行くべきなのかなぁと思う。変わらない事に、価値があるとするのならば。

さて、この本の中でもちょっと浮いた存在の「愛」については、僕も一番分からないところかもしれない。愛とは普遍的な安定した「ゴール」ではなく、お互いの関係性の中で一瞬だけ訪れる「瞬間」じゃないのかなぁという程度は考えているけれど、さて、どうなんでしょうかね。

はてな村の人がいっぱい来た件

2008/09/08(Mon) Society

福田さんのエントリを書いたら、はてなブックマークが30件ぐらいついて、知らない人からもコメントが二つ三つついた。サイトへのアクセスも5倍くらいに跳ね上がってて、はてなってすげーとか思った。

ブックマークコメントにいくつか返答すると、「国民という言葉を使うのはいかがなものか」とか、「辞めろって言っていたのは国民じゃなくて野党やメディアなのでは」というのがあって、これが一番参考になった。「上から目線」というタグには笑ったけれど、こういう事を書くとどうしてもそう見られてしまうのはしょうがないと思う。でも、評論家やコメンテーターはこういう事は言えないはず。視聴者バカにして嫌われたらご飯食べれないから。

「何故に「国民」という書き方をして自分を埒外に置こうとするのか」というコメントもついていたけれど、そのつもりは全然無い。正直国民という言葉以外に適切なものが思いつかなかったんだけど、「政府や権力=悪と認識している人」とか、「投票権を放棄している政治に無関心な人」とか、「投票していても、自分の判断で選択していない人」とでも言うべきか。もっと適切な言葉があったら教えてください。

毎回毎回ウォッチしてここに書くつもりはないけれど、民主党は小沢代表を無投票で3選し、自民党は候補者を5人も6人も立てるという対照的な行動に出ている。11月初旬に衆院総選挙というスケジュールも出始めており、選挙があるのは間違いのない状況。なんか自民党が勝っちゃう雰囲気がするけれど、どうなるのでしょうか。

福田さんに首相の資格が無いと言う前に、国民に有権者の資格がない。

2008/09/03(Wed) Society

福田首相辞任会見要旨 福田首相退陣 – 朝日新聞

記者「『首相の会見がひとごとに聞こえる』という話があった。政権への影響は。」

福田首相「順調にいけばいいですよ。それに越したことはない。しかし、私の先を見通すこの目の中には、決して順調ではない可能性がある。その状況で不測の事態に陥ってはいけない。「ひとごとのように」とおっしゃったが、私は自分自身を客観的に見ることができる。あなたと違う。そういうことです。 」

年明けに辞めると思っていたので今の時期辞めたのは予想外だったけれど、それに対する国民の反応は予想通りだった。「なぜ今辞めるのか」「首相の資質がなかったということ」「リーダーシップに欠けていたが、品があって落ちついた感じで嫌いじゃなかった」「任期途中で放り投げてしまって無責任な感じで残念」(朝日新聞より抜粋)

支持率が25%(8月30日付朝日新聞調査)となり75%が快く思っておらず、任期まで持たない、リーダーシップがない、早期退陣をとさんざん言っていたのは誰だと。国民の望んだとおりになったのに、なんで文句を言うんだろうか。どうせ続けていても、辞めろ辞めろと言っていただろうに。福田さんは予想が出るとそれを意図的に外してくる人だから、年明け以外の時期で一番影響が少ない時期を選んだのではないかと思う。「人ごとのようにとあなたはおっしゃいましたが、私は自分自身は客観的に見られるんです、あなたとは違うんです。」という言葉はメディアに対するいい皮肉だと思うのですが、メディアと国民は逆ギレといってあほみたいに喜んでる。そんなことやってるからこういう政治の状況なんだろうに。

何回首相の首を差し替えたって、何にも変わらない。福田さんが最高だとは言わないけれど、国民は、まるでボーカーのように何回も変えていればそのうちパーフェクトなカードが来ると思ってるんだろうか。一生やってろと思う。参議院の過半数を野党が押さえている時点で、いくら衆議院の解散総選挙をして与党が勝ったって、次の参議院選挙で議席改選があるまではどうしたってねじれのままなんだから、やれる事には限界がある。小泉さんに飽きて安倍さんバッシングしてそんな状況を生んだのは国民。去年麻生さんがなっていても、あんまり状況は変わらなかったのではないかと思う。

歴史(=政治)っていうのは、最善ではない、どちらかというと厳しい環境のまっただ中において、その時点の状況、その時点の人材で考えられうる最善のカード(≠ベストカード)を選んでいく作業だと思う。後からジャーナリストが当時の情勢を調べたりいろんな人にインタビューすれば、もっといい選択肢が出るのかもしれない。でも、当時の時間制限、当時の当事者達が見えていた視野には限界があるのだから、ベストな選択が出来るというのはまれな事。どちらかというと、ベストな選択よりもベターな選択をする事の方が多い。でもそれは仕方のない事。

自民党には実績があり、民主党には期待がある。ところが、自民党は最近長年のボロがでて、民主党は行くのか行かないのかよく分からない。どっちもどっちな状況ではあるけれど、次の衆議院選挙で一回民主党に政権を担当させて失敗してもらって、自民党には権力を失うという苦渋を味わってもらって、2010年の参議院選挙、その次の衆議院選挙と徐々に政権に復帰してもらい、過去の反省をふまえた政権をやってもらうというのはどうだろう。

しかしその前に、国民の頭の中をどうにかしたい。僕の考えが正しいとは言わないけれど、好きだとか嫌いだとかタレントを見るときと同じ思考回路で考えるのは辞めて欲しい。国民は首相を辞任させられても、政治家は国民を辞任させる事は出来ないんだから。民主主義は、国民に高い判断力がないと成立しない政治形態。言い換えれば、国民のレベル=政治のレベル。

08/09/08追記
ブックマークコメントへの返答を別エントリに少し書きました。
iwalog : はてな村の人がいっぱい来た件

人はなぜ宗教を必要とするのか

2008/08/26(Tue) Book

人はなぜ宗教を必要とするのか 表紙
人はなぜ宗教を必要とするのか
阿満 利麿 (著)

宗教はインチキだ、という反応は、しばしば宗教に対して食わず嫌いになりがちです。宗教、とりわけ「創唱宗教(引用者注:キリストなどの特定の神を定めている宗教)」は、人類が培ってきた大切な叡智だといってよいでしょう。その叡智と無縁に生涯を終わるのはいかにも残念だ、というのが私の思いなのです。

先日読んだ本と同じ著者で、前作と対をなすような位置づけらしい。前回と同じく、読む前に自分が感じていたところと大筋は同じ主張で、それの裏付けとなる歴史的な背景や著名な宗教家の言葉を引きながら書かれていた。

「生老病死」という言葉があって、生まれること、老いること、病に伏せること、死を迎える事というのは、人間がその人生において逃れることが出来ない四つの苦悩という意味らしい。生はよく分からないし、老いはまだ経験しておらず、それほどの病に伏せったこともないが、死が苦況だというのはここ数年の近しい人の死でなんとなく理解できる。

個人的に、宗教は「よくできたフィクション」だと思っている。なので、神とか仏とかそういうのがいるとは全く思っておらず、むしろ嘘だと思っている。でも、嘘と分かった上で積極的に肯定している。人類が誕生したときから存在しており、何世紀にもわたって廃れることなく受け継がれている「よくできた物語」だと。

自分の死は分からないが、身近な人の死というのは結構こたえる。虚無感は時が過ぎれば薄らぐが、ほおっておいて完全に消えてなくなるというものではないと思う。おそらく、老いや、自分の力ではどうしようもない病なども、同じ性格のものだろうと思う。だけど、自分ではそういうことを経験するのは初めてかもしれないけれど、人類は過去ずっとそういう事を経験してきていて、それを解消するために編み出されたのが「宗教」だと思う。

誤解を恐れずに書けば、「生老病死」にぶち当たったときに、手っ取り早くそれを解消してくれるのが「宗教」だということ。僕の場合は、祖父が亡くなったときに「現代語訳 般若心経」という本を手に取り、「『生まれた』という認識も『滅した』という認識もありのままの実相ではなく、じつは脳内に現象した大雑把な『概念』に過ぎません。解けないほどに絡み合った関係性を、とりあえず無視してザックリ切った認識と見るしかないのです。」という一文に出会い、自分の中で何かがストンと腑に落ちた。

なので、おそらく、病だとか、うまくいかないこととか、そういうことで宗教を頼ったりはしないだろうし、自分以外の誰かにそれを押しつけることもしない。あくまで自分が生きていくときに糧となる「人類が残した精神の文化遺産」であって、それを使わせてもらっている。という位置づけ。だから「生老病死」という壁にぶち当たるまでは必要性を感じないだろうし、必要としない人もいるかもしれない。

ただ、「生老病死」の時だけ頼るにはもったいないほどの生きる上でのヒントが書かれているので、著者と同じく食わず嫌いするのはもったいないなぁと思う。そういう感じなので、そういうまっとうな宗教の部分と、政治介入している某教団のようなものがおなじ「宗教」というくくりになってしまっているのはとても残念だと思う。

政治家の品格、有権者の品格

2008/08/06(Wed) Book

政治家の品格、有権者の品格 表紙
政治家の品格、有権者の品格
金 美齢

メディアはこぞって「政治が悪い」「政治家が悪い」と報じる。私はそれだけのせいだとは思わない。コモンセンスを持たない、私利私欲やブームで一票を投じる品格なき有権者が、政治家の品格を貶めている。

以前安倍総理が辞めたときに「国民が悪い」というようなことを書いたことがあるけれど、それと似たようなことを書いている。政治が悪いのは、国民のせいであるとはっきり書いてあって、その通りだと思う。

有権者が趣味趣向や私利私欲、ビジュアルで政治家を選ぶため、政治家も選挙に通るために志を忘れて大衆迎合する。メディアも、有権者の興味に合わせて不倫だなんだと報じまくるので、悪い循環が続いてしまう。

ちょっと変な理屈かもしれないけれど、安倍さんに期待していたのは、あの人の言っていたことに共感できたこともあるけれど、親から継いだ地盤があるので大衆迎合しなくても選挙を通ることが出来、自分の主義主張をまげなそうだ、という観点からだった。まあ結果的にはだめだったんだけど、またやるなら応援したい。

総務省概算 数億円、実際0円。

2008/06/12(Thu) Clip

犯行予告収集サイト「予告.in」公開 「0億円、2時間で作った」 – ITmedia News

「総務相が、ネット上の犯行予告を検知できるソフトの開発費を来年度予算の概算要求に盛り込むと発言した。費用は数億円」という報道を受け、開発者の矢野さとるさん(26)は、犯行予告収集サイトを1人で2時間で構築・公開した。

僕も昨日総務省のこの発表を見て、巡回速度をどの程度求めるのかによってマシンパワーはある程度いるけれど、ゴミ情報を見分けるロジックを考えるだけで出来るのに絶対2億円もかからないよと思っていたけれど、それを実際作って証明してしまうのはすごいなぁ。(たぶん○TTデータとかがgooの持っている言語処理技術をフル活用してどうのこうの…とか総務省に言ってたんだろうけど(謎))

総務省どうするんだろう。昨日首相問責決議案を無視した町村さんみたいに、「ネットの政治的アピールということは分かるが、意味があるか理解できない」とか言ってスルーしちゃうのかな。

「最近は、ネットの悪い部分ばかり取り沙汰され、いい部分があまり出てこなくて悲しい。2chの住人の地道な活動などが、こういうツールやサービスを通じていい方向に使われば」というのはホントその通り。

相手と自分は違う

2008/06/11(Wed) Society

朝倉総理「以前僕は小学校の教師をやっていたんです。去年は、5年生を受け持っていたんですけど、とにかく、よくケンカするんですよ。でも中には、陰湿なものとかがあって、そこからイジメに繋がっちゃったりもするんですけど、そういう問題があったときには、僕は子供たちにこういうふうに言っていました。『考えよう』って。クラスメイトなんだから、気に入らない事とか納得できない事があったら自分の言いたい事はちゃんと相手に言って、相手の言うことはちゃんと聞いて、それでお互いとことん考えようって。そうすれば…」

郡司秘書官「…わかり合える。」

朝倉「…いいえ。相手と自分は違うんだと言うことに気づくんです。同じ人間だと思ってるから、ちょっと否定されただけでむかついたり、誰かが一人別行動をとったら『なんだアイツ』って、そっからケンカとか、いじめが始まるんです。でも、同じ人間なんていないじゃないですか。みんな、考え方も事情も違う人間ですよね。だから僕は子供たちに、自分と相手は、違うんだって事を理解してほしかったんです。その上で、じゃあ、どういう言葉を使えば自分の気持ちが相手に伝わるのか、どうすれば相手を説得できるのか、そこを考えろって言ってきました。」(CHANGE 第5話)

かなり久しぶりに、連続ドラマを毎週回を追って見ています。あんまり現実と関連づけずあくまで物語としてみているのですが、田村正和主演三谷幸喜脚本の「総理と呼ばないで」が好きだった僕は、「総理と呼ばないで」で主席秘書官だった西村雅彦が普通の秘書官に格下げになって性格を変えて出ていたり、平泉成や大倉考二などのツボな役者が出ているので楽しく見ています。あ、あと女医の堀内敬子が実年齢を忘れてしまうほどかわいい。

冒頭の台詞は日米の貿易交渉がこじれた席で朝倉総理が語った言葉。政治の話とは全く切り離して、一般論として、今までぼやぁっと考えていたこととぴったりはまる言葉に出会った感じなので、メモとして。

インテリジェンス 武器なき戦争

2008/04/21(Mon) Book

インテリジェンス 武器なき戦争 表紙
インテリジェンス 武器なき戦争
手嶋 龍一 (著), 佐藤 優 (著)

国家は、必要なときは嘘をつく。だが、嘘をついたという記録だけは残しておき、いつかその嘘は国益に害がないと明らかにしなければいけない。

国家と国家の情報戦(インテリジェンス)について、元外務相職員と元NHK特派員が語った本。国際政治の裏側が少しかいま見えるエピソードがいろいろありましたが、個人的にはそういう立場からはほど遠いので、傍目から眺める感じで読みました。

橋下さんの立候補

2007/12/12(Wed) Clip

ノックさんとかそのまんまさんと比較され、二転三転した出馬の経緯も相まって全体的には批判的な空気。個人的には、知名度だけで一転突破と思われるノックさん系の人はどうかと思うけれど、元々弁護士活動をしていた橋下さんや、タレント活動の後に地方自治を学んでから立候補したそのまんまさんとは、ちょっと違うのかなと思う。後者なら、そもそも弁護士や学者から政治家になる人はたくさんいるし、咎める理由は特にないように思う。

宮崎哲弥とか宮台真司とか、いわゆる批評家といわれる物事をマクロでとらえている人たちが実際にそれに携わったらおもしろいと思うし、本人やその対象がいろんな化学変化をおこしそうだから、賛成。桝添さんのような現在ちょっと尻すぼみ中のケースもありますが、橋本さんはそういうチャレンジをしてみてほしい人の一人。

とはいえ、偽装だなんだで今の世の中すごく過敏になっていて、ちょっとでも悪い所があると一斉にNGを出すギスギスした感じがする。本人が「もし、信号無視の1つもしたことがない、女性に興味もないというのをイメージしているならぼくはできません。」と言っているけど、まあその通りだと思う。もう少し世間が寛容な雰囲気の方が、いいと思うのですが。本音と建て前というか、見てみないふりというか、公(おおやけ)と私(わたくし)というか。ちょっとそういうのがないとつらくないすか、と言ってみるテスト。