Posts Tagged ‘後悔’

長くて、早くて、短くて、濃い半年。

2009/06/30(Tue) Diary

今の会社に入って、半年が経った。長くて、早くて、短くて、濃い半年。東京にいたときより忙しい。特に6月は途中からぐちゃぐちゃになってきてかなり不本意だったんですが、いろんな人に助けてもらいながらなんとか通過した感じ。ある意味では色々と学べたという事にしておく。

相変わらずなかなか思った通りには進まない。でも、スピードは遅いけれど、目指す方向に着実に進んではいるのが救い。ただ仕事でネットばかりしていて趣味でネットに触れる時間が少なくなってきているので、正直今のネット空間について行けていない。プライベートでネットにさわる時間を増やしたい。あと写真も撮りたい。

せっかく福井に帰ってきたので、東京とか県外の仕事ではなくて、福井の仕事をしていきたい。福井のクライアントとお互いに深く入り込んで、濃い仕事をしていきたい。そのための俯瞰でのWCAF、そのための仰視での今の会社。その動きは、福井全体にとっても会社にとってもマイナスではないはず。

そのために仲間が欲しいけど、そのためには大きく・鋭くならないといけない。どっちが先というわけではなく、おそらく同時に突破するしかない壁なんだろうと思う。もちろん違う方法もあって、どちらがいいのかは正直まだ分からないんだけれど、これからの半年をかけて方向が定まるのだろうか。この先も集中して、丁寧に、感謝を忘れず、謙虚に、後悔しないようにやりきろう。それをするにはたぶん福井で一番いい環境にいるのだから。

器の小さい人の話。

2009/02/16(Mon) Diary

相手の言っていることが本心なのかどうかは、聞いてる方はもちろん判断するのは難しいし、言っている本人でさえ明日・明後日・明明後日には変わってしまうかもしれないのだから、誰にも分からない。自分の思った事をそのまま口に出し、聞く方も行間を読んだりせずその言葉のまま感じたとしても、その言葉の感じ方が人それぞれなのだから、「ありがとう」という一言をとってもその重さは千差万別になってしまう。

結局それを確認する手段は、その人の言葉と行動のずれを見ていくことで、相手が言葉に込める重さやその言葉について相手と自分が感じるもののずれを知る事しかないのかもしれない。そのためには時間がいるのだろう。時間と言ってもただ闇雲に時が過ぎればいいのではなく、様々なことについて話し合ったり、同じ事に取り組んだりする時間ということなのだろう。

後悔したことはあまりないのだけれど、反省したことは多々ある。その反省事が増えれば増えるほど人は判断に迷うようになるのだとしたら、今回は前回よりもいいものでありたいという思いから迷っているのであれば、迷う事そのものはそんなに悪いことではないのかもと最近思った。「若い人は勢いがある」という事が、反省事そのものが少なく必然的にそこから来る迷いが少ないということならば、僕は間違いなく若くはないんだろうなと思う。

「空」の概念を若干間違えて解釈してるのは分かっているんだけれど、僕は社会における僕という存在は他者からの承認によって成り立っているのだと思っている節がある。そして、それは無理に全ての人に承認して欲しいのではなくて、自分を必要としてくれる人だけで構わないと思っている。なんだか矛盾しているのは分かっているんだけれど、「承認してくれる」ことが「僕が相手を承認する理由」になっている。なんとも可愛げのない、器の小さい奴だこと。

年の瀬に。

2008/12/31(Wed) Diary

今年一年もいろんな事がありました。東京から福井に帰り、新しい会社に入り、このブログでの報告が遅れましたがその会社を12月に辞め、年明けからはまた新しい会社で仕事をスタートします。来年からの会社では、今まで以上に自分自身で新しい知識を得ることや過去の知識をアップデートしていくことが必要な環境なので、年末はそのへんの準備をしていたりしました。

今年は結構色々なことがあったので、ひとつのエントリではどうにもまとめようがないです。その状況の真っ最中、その時その時ではいろいろと判断に迷うことが多かった年だったんですが、今はその判断で良かったんじゃないかと、あまり後悔はないです。でもまあ、何事もそうですけど、思った通りにはなかなかいかないもんです。

年のせいなのか社会状況のせいなのかはよく分からないですが、自分が選べる選択肢がだんだん狭まってきていたり、その選択をした時やしなかった時の返りが良いことも悪いことも含めて、大きくなっているなとは感じました。来年はもう26歳。20代の後半がスタートします。

たぶん僕は、まあいろいろと偉そうなことを普段から言っていますが、自分自身の根本的な部分を解決していないというか、ふらついたまま今までやってきたんじゃないのかなという気がします。このままの状態で年を重ねていったときの自分の姿が何となく見えるようになってしまったので、来年はまたゼロから再構築していきたいなと思います。なんだかしめっぽい話になってしまいましたが、きちんと自分に向き合うことにするという事で。

今年お世話になった皆様、ありがとうございました。
来年が、今年よりもいい年でありますように。

がん緩和ケア最前線

2008/11/16(Sun) Book

がん緩和ケア最前線 表紙
がん緩和ケア最前線
坂井 かをり (著)

自分は今がんではないし、身近にがんの人がいるわけではないのですが、そういう状況だからこそ客観的に読めるのではないか、と思って読んでみた。客観的に読み過ぎて全然実感は得られなかったんだけれど、切迫した状況の中で読んで考えが偏ってしまうよりはいいんじゃないかと思った。

本の中では、緩和ケアが積極治療の放棄ではないということを繰り返し主張していて、積極治療によって正常な細胞までダメージを受けたら緩和ケアでいったんダメージを回復させまた積極治療に戻ることや、初期の段階から緩和ケアと積極治療を共存して進めていくことなどを提案している。

ただ、現状だと医師の側が緩和ケアに患者を引き渡すことは医師としての敗北だというような変なプライドがあったりして、緩和ケアをネガティブなイメージでとらえまた患者にそのようなニュアンスで伝えるため、本来の緩和ケアが目指すところが実現されていない、という実情も紹介している。

まあ人はどうあがいても死んでしまうわけで、そうなると大切なのはそのプロセスなのかなぁと思う。そうなると、当人が一番納得できる、後悔しないと考えていることを実現してあげるのが最良なのかなぁと、一般的な結論になってしまった。

タモリさんの弔辞

2008/08/07(Thu) Clip

個人的には、「医者から酒をやめろって言われたよ」と酒を飲みながら話していたおじさん、という程度の認識しかないのですが、産経新聞で読んだ弔辞の全文と、YouTubeにあがっていたタモリさんの語り口を聞いて、二人の関係が目に浮かぶようなこの言葉に少し感動した。

きっと彼は、この弔辞を読んだ後、いつものように笑っていいともで馬鹿話をして笑っていたのだろう。大げさかもしれないけれど、「これでいいのだ」とは、「色即是空」という事なのかもしれん。

Read the rest of this entry »

謹賀新年

2008/01/01(Tue) *Pickup, Diary

-日に三度 身をかへりみし いにしへの
  人のこころに ならひてしがな-

あけましておめでとうございます。

今年で三回目になり、自分的にはこれがないと新年を迎えた気がしなくなってきた明治新宮に参拝。途中の渋谷駅でスクランブル交差点が見えたけど、ほとんど人がいなくて、みんなきちんと横断歩道を渡ってる。でも福井の大名町交差点よりは断然多いというこの日本の極端さ。

毎年夕方ぐらいに行っていて、拝殿まで2時間ぐらいかかってたんだけど、今回午後一に行ったら1時間ちょいで着いた。今年も神楽殿にあがり、後厄のお祓いをしてもらう。今年はなんだか式次が短くなっていたように思う。自分の名前を読み上げてもらい、舞を見て、ようやく新しい年が始まったという気持ちに切り替わる。

冒頭は、今年引いたおみくじ(明治神宮のおみくじには大吉中吉とかがない)。人はうぬぼれがちであるが故に、「人のために忠実か」、「友と交わって信実か」、「修養を怠っていないか」と毎日三度我が身を反省する事。という意味。

年々年が過ぎるのが早く感じてきました。今年は25才になります。あと何年東京で過ごすのかは分かりませんが、最後にやり尽くしたと充実して福井に帰れるよう、おみくじの言葉を忘れず、後悔のないよう過ごしていきたいと思います。

不束者ではありますが、今年一年も皆様宜しくお願いいたします。

縁を感じる出来事。

2007/12/21(Fri) Diary

仕事場の忘年会の帰り、家が近いからとタクシーに乗り合わせた職場では僕の後ろの後ろに座っている人と話していたら、その人が新潟の、それも柏崎の人だった。さらに、僕がいつも作業をしていた所で働いていたとか。どうやら時期も同じらしい?

○ASIXとか、G○Sの○山さんとか、金○さんとか、○ニ○ックとか、話が繋がる繋がる。さらに「市役所のサイトってすごいんですよ」と向こうから言ってもらえて、自分たちがディレクションしたと言い出すのが少し恥ずかしくなるくらいうれしかった。

さらに、もう一人柏崎の人がいるらしい。そして僕の左隣に座っている人も、お父さんの実家が柏崎らしい。あと付けといわれればそれまでだけど、その人達は柏崎と知る前から、なんだか心地いい空気を持っている人だと感じていた。そういえば、僕が退職した後だけど、僕の前職の会社の社長と一緒に講演をした事がある人も、僕の斜め前の席に座っている。

ただの偶然かもしれないけど、それを縁ってあるんだなと思える人間という生き物は、なんだか素敵な生き物だなと思ってしまった。過去は今に繋がっている。という事は、今も未来に繋がっているはず。未来で後悔しないように、きちんと打ち込める仕事を見つけないといけないなと、ちょっとだけ思った。いろいろ複雑な思いが交錯したこの年でさえ、あと10日で終わってしまうのだから。

新天地

2007/10/01(Mon) Diary

グループ会社間異動をして、今日から新天地。福井のシステム会社、今の東京の親会社、前の子会社、今の子会社とグループ会社とは言え4社目。新しい所では、その会社の空気に慣れて、人の名前を覚えて、仕事内容を覚えて、となにかと気を遣う。初めて出たミーティングでもみんなが何を言っているのかほとんどわからないけれど、それを一所懸命聞いているとそれもまた疲れる。

気のせいか、環境が変わった時の対応に必要な労力が年々増えてきている気がする。年を取ったのか、自分の仕事の形が出来てきたので新しい所に合わせる必要が出てきたのか。とはいえ、同じグループの人たちは僕にはないものをいろいろ持っていそうなので、何かと勉強になりそう。

しかし、仕事がまだ何もないので、自社のサービスを使ってみたり、資料を眺めてみたりしてる程度。けっこう静かな会社でみんな黙々と仕事をしていて、フロアの真ん中くらいの席なのであんまり堂々とmixiを見るわけにもいかず。この先は本当にどうなるか分かりませんが、東京では最後の会社だという気持ちで、後悔のないようにやりきりたいと思います。

球場にはいつも古田がいた。

2007/09/23(Sun) *Pickup, Event

古田の背中

Flickr iwagoro 070923神宮球場

行ってきました神宮球場。球場で野球を見るのは3回目で、1回目は小学生の頃福井で中日×ヤクルト戦、2回目は中学生の頃旅行できた東京の神宮でたぶん広島×ヤクルト戦。そして3回目の今日は神宮で阪神×ヤクルト戦。過去三回全てに、古田がいました。というか、古田を見に行っていたのですが。

知ってる選手は、古田、石井一久、真中、ラミレス、宮本ぐらい。先発投手発表で石井一がアナウンスされた時は知ってる選手でラッキーと思ったけれど、あれよあれよというまに阪神を押さえきって7年ぶりの完投までみれるとは思ってなかった。てっきり途中でこけるものかと。。。

球場はやっぱりヤジがおもしろい。阪神ファンは初めてだったけど、正直これほどのものとは。空振りすればバカヤローと罵声を浴びせ、次の打球でヒットを打てば全て忘れて大歓声。変わり身の早さとノリの良さはちょっと恐怖を感じるほど。僕の席はヤクルト側なのになぜかまわりの席が全員阪神ファンで、おびえながらヤクルトを応援していました。

六回の阪神の攻撃で一死二、三塁となった時が一番盛り上がった。てっきり石井が撃たれてしまうと思っていたけれど、ポンポンなげてなんとか押さえきった。ふとスコアボードを見ると青木とラミレスの打率が3割5分近くて、これってかなり上位なのではと思ったらやっぱりセリーグの打率1位と2位だった。古田監督にしてみれば、課題は守りだったのでしょうか。

3時間の試合は打撃戦ではなかったのでちょっと長く感じたけれど、神宮が渋谷からこんなに近かったのなら古田が選手の時にもっと行っていればと少しだけ後悔。でも必ずまた監督をやると思うから、その時にはまた見に行きたいな。

プロ野球の存在意義は、その街の人々の暮らしが少し彩られたり、単調な生活がちょっとだけ豊かになることに他ならない。

これは新庄の言葉ですが、ホントにそうだと思った。

感謝と迷い

2007/09/18(Tue) Diary

公になってから、いろいろお声がけしてもらって、本当にありがたい。独りよがりかもしれませんが、「だれかに必要とされる事」ほど、僕の生きている中でうれしい事はありません。ただ、仕事を始めて7年。人としては24年。気づかなかったけど、僕自身の気持ちや考え方、まわりの環境は大きく変わったみたいです。

20才の時。次の仕事も決めずに初めて勤めた会社を辞めました。それは、一緒に仕事をしたいと思えて、なにより必要としてくれる人がその会社からいなくなったから。何の迷いも後悔もなかった。それから4年。いま、それと同じ事が出来なくなっています。その時にはなかった迷いが、今はたくさんあります。

弱くなったのでしょうか?若くなくなったのでしょうか?それとも、きちんと考えるようになったのでしょうか?正直分からない。何も分からない。何も成長していないのかもしれない。もの凄く不安で、気持ちにいつもより激しい波があるのが自分でも分かります。さっきスワローズのチケット買って楽しみにしていたのが嘘みたい。

何事にもおっくうになったのかなと弱気になったりもします。でも、そうではないと信じたい。自分の選んだ道が、間違っていないと信じたい。今ここで中途半端な気持ちでいると、今日まで24年間生きてきた過去の自分に申し訳ない。一月後にいるかもしれない一生懸命打ち込んでいる自分に申し訳ない。過去の自分に、笑われないように。未来で一生懸命やっている自分に、出会えるように。