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がん緩和ケア最前線

2008/11/16(Sun) Book

がん緩和ケア最前線 表紙
がん緩和ケア最前線
坂井 かをり (著)

自分は今がんではないし、身近にがんの人がいるわけではないのですが、そういう状況だからこそ客観的に読めるのではないか、と思って読んでみた。客観的に読み過ぎて全然実感は得られなかったんだけれど、切迫した状況の中で読んで考えが偏ってしまうよりはいいんじゃないかと思った。

本の中では、緩和ケアが積極治療の放棄ではないということを繰り返し主張していて、積極治療によって正常な細胞までダメージを受けたら緩和ケアでいったんダメージを回復させまた積極治療に戻ることや、初期の段階から緩和ケアと積極治療を共存して進めていくことなどを提案している。

ただ、現状だと医師の側が緩和ケアに患者を引き渡すことは医師としての敗北だというような変なプライドがあったりして、緩和ケアをネガティブなイメージでとらえまた患者にそのようなニュアンスで伝えるため、本来の緩和ケアが目指すところが実現されていない、という実情も紹介している。

まあ人はどうあがいても死んでしまうわけで、そうなると大切なのはそのプロセスなのかなぁと思う。そうなると、当人が一番納得できる、後悔しないと考えていることを実現してあげるのが最良なのかなぁと、一般的な結論になってしまった。

自分メディア

2008/11/16(Sun) Diary

という、どこかで聞いたことがあるようなものが、僕は今一番欲しいです。水樹奈々のDVDも、新しいMacBook Airも、本もいろいろ欲しいのですが、それはその「自分メディア」があってこそ欲しい、と言えるような気がします。自分メディアというのは、新聞が発するような社会性のあるニュースではなく、友達の誰がどこに行ったとか、何を考えているとか、何を買ったとか、そういう自分を中心としたごく限られた人の発する情報だけが集まったメディアです。メディアではないのかもしれないですが。

ちょっと話は抽象的になりますが、「自分」という単語やその存在というのは、「他者」があって初めて存在するわけで、もし地球上に人間が一人しか存在しなかったら「自分」という概念は存在しないわけです。あたりまえだけど。つまり、自分を構成している要素として「他者」というのは結構な割合を占めているわけで、その上での自分らしさとか、独自性とか、そういう話になるわけです。

で、そういう他者を通じて社会性とか、公共性とか、大げさに言うと政治とかそういう者に気づいていくと思うわけで。今のネットの時代、個人が発信している情報は結構あるんですが、全てが細かく分散してしまっていて、それの網羅性とか一覧性は全くなかったりする。

そこで冒頭の自分メディアという言葉に戻るんですが、そういう膨大に個人が発信している情報の中から、自分とその発信者個人という繋がりでのみ情報をフィルタし、一覧性を持たせることが出来るものが欲しいなぁと思っているのです。技術的には可能なはずなので。一番近いのはFaceBookなのですが、ソーシャル性はいらないと思う。すべての他者との間に双方向の理解があるわけではないので。

たまにはネットの話を。

2008/11/14(Fri) IT

なんだかブログに復帰してからのエントリが時事放談状態なのでネットの話。最近のネットはギークと呼ばれる人たちがウェブサービスを作るのがブームなのか何か知らないけれど、ポンポンと似たようなサービスが雨後の竹の子のように乱立していて、競争が激しくて結構なことだと思う。

ただ、ふつうに仕事をしながらネットをしている立場からするとちょっと飽和状態で、発信するためのツールだけあってもそんなに発信する情報とかないし、そもそも発信を全くしない受け身な人がマジョリティであるとおもう。テレビで慣れてるし。

アルファブロガーとかも結構な事だけれど、なんだかんだ言ってテレビのニュースキャスターが一言失言する方が遙かに影響力が大きい。OpenIDだインタレストマッチだっつったって僕を含む一部の物好き(アーリーアダプターですか)が追いかけてるだけで、正直実生活にはどーでもいい事だったりする(意義は分かってるけどあえて)。

と、なんかイノベーションを否定するような事を書いたけれど、別に冷めてるわけではなく、いろいろ高度な技術やアイデアを駆使してるけどそれって限りなく少ない人たち(それもほとんど東京在住)がネットの中で盛り上がってるだけなような気が正直する。なんというか、もっと実生活に根ざした事って出来ないもんですかね、と最近マジメに考えているのです。

小浜市とオバマ氏の件

2008/11/12(Wed) Society

小浜市 – Wikipedia

今後も小浜市はオバマ大統領を応援するとともにオバマ大統領の故郷、ホノルルやシカゴとも姉妹都市協定を結ぶ計画もある。また、多種多様なオバマ大統領の関連クッズを販売しており、小浜市の地域おこしにつながっている。

オバマ本人は麻生太郎首相との電話会談で「(小浜市のことは)よく承知している。小浜市に行ってみたい」と述べている。

「本国で直接お祝いを」盛り上がる小浜市 – 日刊スポーツ

松崎市長は「オバマ氏に特別名誉市民になっていただくことも検討したい」と話し一層の友好関係構築への期待を表明。

個人的には小浜市を今すぐ独立させて福井県から外して同じ福井県民ととらえられないようにしたいくらいなのだけれど、この勢いを増長させて奇跡的にオバマ氏を小浜市に来訪させ、その瞬間に「オバマ候補を勝手に応援する会」の全員が突如豹変して、事前に準備していた小浜市の拉致被害者地村さんと麻生総理の前にオバマ氏を引きずり出し、日本の拉致問題に対する協力と具体的な施策をまとめさせたりしたら福井県を小浜県にしてもいいくらいだと思うけれど、悲しいぐらい彼らはそんなことを考えてないんだろうな。

まあ少し真面目に書くと、勝手会が応援するのはよしとしても、それに行政府の市長がのっかるのはさすがにマズイと思う。判断力が全くないとしか思えない。地域興しになったとしても、その代わりとても大切なものを失ってしまう。

受託開発の極意

2008/11/09(Sun) Book

受託開発の極意 表紙
受託開発の極意
–変化はあなたから始まる。現場から学ぶ実践手法
岡島 幸男 (著)

要件を定義するには、ユーザと同じ視点を持つ必要があります。つまり、どうやって作るか(How)ではなく、何を作るか(What)、なぜ作るのか(Why)という意識をもたなくてはいけません。

開発者は視点を切り替えなくてはいけません。システムを作る立場ではなく使う立場で考え、お客様と一緒に考えを整理していく必要があります。

そこに必要なのは広い意味での問題解決能力であり、プログラミングや設計のスキルだけでは足りません。業務に対する知識はもちろんのこと、要件を引き出すために高いコミュニケーションスキルが必要となります。

同じ福井の永和さんの本。ちょっと前にネットの中でもいくつか取り上げられていたので、受託の現場に帰ってきたら読もうと思っていた。「SEの教科書」とだいたいの主張は同じなんだけれど、クライアントとの接し方、見積もりの作り方、要件定義の仕方と具体論に踏み込んでいる。

こういういろんな本を読んでいると、あるべき受託開発へのイメージがだいぶハッキリしてくる。今の時点でイメージしているのは「結果に責任を持って物も作るコンサル」といったところ。コンサルと書いたのは、コンサルって口だけなイメージがあるので(失礼)、実際にそれをクライアントと一緒に作っていくサービス業のようなイメージ。

クライアントから言われたシステムをクライアントから言われたとおりに作ったり、いかに他社より安い金額で開発するかに心血を注いだり、自分たちのやりたい技術のエゴを振り回してクライアントを放っておくのではなく。クライアントの求める物と自分たちが持っている技術の間を探り、必要とされているニーズを解決する事が、本来の受託開発という仕事なんじゃないのかなぁという気がする。

この本では最終的には組織を変える事にまで言及しているけれど、できればクライアントを変えるという所にまで踏み込んで欲しかった。安かろう悪かろうのシステムを求めるクライアントは最終的にクライアント自身が損をして、システム開発に対するイメージがどんどん悪くなって次の案件でも同じような事を繰り返してしまう、というのはどう解決したもんだろうか。

SEの教科書2

2008/11/09(Sun) Book

SEの教科書2 表紙
SEの教科書2
~成功するSEのプロジェクト計画・運営術
深沢 隆司 (著)

読者の皆さんの会社のプロジェクトが、必ずと言うほど遅延したりコストオーバーになったり、多くの仕様変更やバグが発生しているとして、それを読者自身が「仕事とは、プロジェクトとは、そういうものだ」と考えているとしたら、あなたの脳の仕事で使っている部分は、すでに誰か他人のものになっている(あなたの思考パターンではない)かもしれませんので、そう自覚してください。(中略)

そして、これが行われていないために、本来は頭脳労働のはずが、実際には体力勝負、頭脳勝負の業界になってしまっているのではないかと思います。

前作のSEの教科書を借りて読んですごく面白かった記憶があったので、本屋でこれを見かけて即買ってみた。前回に引き続き結構面白くて、スケジュールを立てるタイミングやその組み立て方は参考になった。

これを読んでいると、SEとかプログラマーに必要なスキルというのは、もちろん技術も必要なんだけれど、コミュニケーション能力な気がしてくる。まあコミュニケーション能力はどんな仕事でも大事なんだけれど、SEやプログラマは他の業種に比べてその辺を軽視しているような気がしてくる。

陳腐な例だけど、クライアントがとんでもない要求をしてきてその実現方法を必死に考えていたのに、営業がシンプルに実現できる代替え案を提示したらあっさりOKをもらってしまったりと、技術だけ、自分たちだけで考えてしまう傾向があるように思う。

そこで大事なのは、やっぱりクライアントが何を求めているのか、どういった課題を解決したいのかという「何が問題なのか、どうしたいのか」を技術手法ではなくニーズというレベルで把握する事なのかなぁと思う。

Re : プログラマとコミュニケーションの取れるディレクターになるには

2008/11/06(Thu) Clip

プログラマとコミュニケーションの取れるディレクターになるには – あと味

静的Webで通用した時代と違い、今はプログラマとコミュニケーションが取れるスキルは必須です。技術について朝までプログラマと語り合えるぐらいの知識を持っていた方が、私は良いと思っています。技術なくして提案はできない。

id:jdgがプログラマとディレクタの関係について面白い事を書いているので、補足というか、別視点というかそういう事を超上から目線で自分への戒めも含めて考えている事を書いてみる。新潟の方のダムが好きなプログラマから「よくお前が言えるな」といわれそうだけれどとりあえず書く(汗。

そもそも、「プログラマとコミュニケーションの取れるディレクター」というのは間違ってはいないのだけれど、それをちょっと誤って解釈すると「プログラマと仲良くなる」というような解釈になってしまいそうなので、「ディレクタはクライアントとプログラマ(orデザイナ)の通訳であるべきだ」と解釈した方が正確ではないかと思う。

で、id:jgdか量を書いて主張している「何を使えば何ができるかだけ把握し使用方法は捨てる。」には同意。「できることと出来ない事」についてはかなりの精度で把握している必要があり、仮にどれだけ時間かかってもいいから自分(ディレクタ)でやってみろと言われたときに出来る事の範囲で案件を着地させなければならない。

それから、ディレクタはプログラマやクライアントと常にフラットな立場であるべきだと思う。時にはプログラマが要件を満たした後でも納期を考えずクオリティを追求したり、クライアントのニーズを考えずに技術トレンドに走りたがったりしたときに、客観的に判断して制御しないといけない。

とはいえ、それはプログラマに対して高圧的になると言う意味ではない。プログラマが納期がこれだけかかるといわれればそれを問答無用で納期を理由にハードワークさせるのではなくクライアントと要件を調整する責任がある。じゃなきゃ伝書鳩だ。まあこれは当たり前ですが、けっこう無視されているのも事実。

具体論に進むと、プログラマほど属人的な性格が高い仕事もないのではないかとおもう。ある人が10日かかる事もある人は1日で出来たりする。なのでディレクタとしては、「プログラマ」として認識し人区勘定するのではなく、「プログラマのAさん」「プログラマのB」さんと別の職種のようなレベルで区分けをし、その人の得意な分野や好きな事、苦手な分野を把握してアサインする必要がある。要はプログラマはプログラマというファンクションではないという事。

また、前にやった案件の焼き直しでは、優秀なプログラマほど飽きる。クライアントのニーズを前提として、技術トレンドやその人の志向にそった「燃える」ワンポイントな機能や技術を盛り込んだりして、プログラマ(orデザイナ)を楽しませる事も、ディレクタのとても大切な仕事のひとつだと思う。

細かい話としては、プログラマにはまずワークフローを共有しお互い納得するまで議論する。本人が意識していないレベルでフォーターフォールを前提に考えて仕事をしている人が多いので、ウェブには沿わないのではないかという事は説明する。なので、要件を伝えるときには、「決まっている事」「決まっていない事」「変わる可能性がある事」をきちんと説明する。そうすれば優秀な人ほどいい意味で手を抜きながら開発をスタートしてくれる。

以上書き散らかしましたが、これがまったく出来ていない時に僕の無茶に答えてくれた新潟のダムが好きなプログラマや、なんだかんだでつきあいの長いインプレッサが好きなプログラマに全て教わったことです。心から感謝しています(棒読み)。というわけで、ツッコミ大歓迎。(酔った頭で書いています。その点ご考慮下さい。)

Ritmo Latino D3EB21GS

2008/11/05(Wed) Diary

Ritmo Latino D3EB21GS

新しい時計も買った。駅前にある、前からちょっと気になっていた時計屋さんに入って眺めていたら、どれも数十万円クラス。時計には十万円以内しか払う気はなく、数十万円使うなら新しいパソコン買う!という感じで考えているので、安めのを探してたらこれを見つけた。

今持っているのがゴツめの黒い時計が多いので、スーツには普通に馴染むんだけどカジュアルな服の時はちょっと堅いので、カジュアルなのが1本欲しかった。そこに見つけた、ベルトも細く、色も今持っていないライトグリーンのこの時計。

詳しく知らずに買ったんだけど、会社の人に聞いたら「Ritmo Latino」というイタリアのものらしい。以下自分メモ的にまとめると、1990年にイタリア・ミラノで生まれたブランドで、イタリアでアパレル関係に従事していたファッションデザイナー、故HACO瀧川氏のデザインらしい。

時計というよりもひとつのアクセサリーとして存在感の強いスタイルを特徴する数々の製品は、いずれもユニセックスで使えるようにデザインされているのも特徴らしい(以上棒読み)。店員に騙されたのでもなく、在庫がだぶついているのを売られたわけでもなく、あくまでも自分が良いと思って選んだのである。

佐藤可士和の超整理術

2008/11/03(Mon) Book

佐藤可士和の超整理術 表紙
佐藤可士和の超整理術
佐藤 可士和 (著)

整理して新しい視点を見つけるという事は、それまで見えなかったものが見えてきて、視界がクリアになるという事。新鮮な気分になったり、インパクトを与える切り口が見つかったり、人を感動させるポイントが把握できたり、ポジティブな発見がたくさんあります。つまり、視点を見つけたその時点で、アイデアの糸口になっているはずなのです。

クリエイティブなイメージの佐藤可士和いう単語と、地味でロジカルな整理という単語の組み合わせが新鮮で買ってみたら、いい意味で裏切られた。本の中でも書いているけれど、本人は自分の事を「自己表現をしているアーティスト」ではなく「クライアントを診療し問題を解決していくドクター」と捉えているらしく、それを聞いたら納得。

クライアントが見えていないところまで客観的に対象を分析し、グループ化したり優先順位を付けながら何が問題なのかを見極め、その問題に対処するアイディアや表現方法、情報構造を考えるという著者の思考プロセスを、著名な作品を上げながら解説する。

これは自分でも実感していた事だけれど、「何が問題なのか」を見極めクライアントと意識を合わせる事が一番重要で大変だと感じる。「問題を20日で解決しなければならないとしたら私は19日かけてその問題を定義する。」と言ったのはアインシュタインらしいですが、問題さえ定義されれればあとは何とかなる気が最近している。そういう意味では、要件(道具の形)が定義されているプロポーザル方式っておかしいんだよね。その道具で問題が解決できるか分かってもいないのに道具の形を指定してるって。

ひとつ残念だったのは、「本当に商品価値のない商品の場合どういったディレクションをしているのか」という点については、「残念ながらいかんともしがたい」とあっさり切り捨てられていたこと。地方で仕事していく中ではそういうクライアントの場合も結構あると思うんだけど、簡単に切り捨てる事も出来ないし。。。

人を殺めようとする人に刃物を売る事は正しい事か?

2008/11/02(Sun) Diary

あなたが包丁とかナイフを売るお店の店長だとして。客が「これから人を殺しに行くので、切れ味のいい包丁が欲しいのです。」といわれた時に、どう答えるのが正解なのか。(例えが極端すぎるのはご容赦下さい。)

まあ普通に考えれば、「お前に売る刃物はうちにはない!」と怒鳴り散らして、親切心があればその客を説得し、場合によっては警察に通報する事が正しい、とされるのでしょう。一般的に。

ところが、こんな事を言う人がいたとする。「売ってあげなよ。『お客がそれを求めているのだから』、それに答えないと。」と。また、その刃物をひとつ売らないと、そのお店が倒産してしまうとしたら。そして、最初から「殺めたいから」なんていう人は少ないわけで、売った後に「実は…」、っていう事も多い。

いや、自分でも、売らない事が正しい事だとは分かってます。でも、それをするためには自分たちにもそれ相応の前提が必要になるのではないか、と思ったのです。それと、刃物の使い方を分かっていない人にこそ、刃物の使い方を説明する意味があるのではないかと希望を持っていて、その意味を説明し理解させる事ができなかったとしたら、プロではないのではないか、と思ったのですが。