Posts Tagged ‘東京’

東京タワー

2005/11/23(Wed) *Pickup, Book

東京タワー 表紙
東京タワー
~オカンとボクと、時々、オトン~
リリー・フランキー (著)

-オトンの人生は大きく見えるけど、
  オカンの人生は18のボクから見ても、小さく見えてしまう。
   それは、ボクに自分の人生を切り分けてくれたからなのだ。-

後半は、涙で目が霞んでもう読み進めなくなってしまった。ぼろぼろぼろぼろぼろぼろぼろぼろと、涙が止まらなくなってしまった。本を読んだだけでこれだけ泣いている自分は、自分にその時が来たら大丈夫なんだろうかとさえ思った。

東京にいろいろものを送ってくる母親や、「なんでも鑑定団」が好きな父親、ウサギを飼っていることが自分の環境と似ていたのでより共感してしまったのかもしれないけど、自分の人生を切り分けて子を育ててきたリリー・フランキーのお母さんと、当たり前のようにそれを受け、ぞんざいにしてきたリリーフランキー。

その関係を読み進めるうち、自分と自分のお母さん(とお父さん)の関係もオーバーラップしてまた涙が止まらなくなってしまった。自分にもそのときが来るなんて事は想像もつかないし、急に明日から何かが出来るわけではないんだけど…。たくさん流れ落ちた涙のうちの一粒が、手に当たった。その涙はすごく、あたたかかった。

大停電の夜に

2005/11/19(Sat) Book

大停電の夜に 表紙
大停電の夜に
源 孝志 (著)

-「誰にでも、忘れられない恋ってあると思うんです。
  もうそこには戻れないってわかっていても、
   それでも会いたいと思う気持ち、私にはわかるから…」-

本好きな僕ですが、最近はそれに拍車がかかっているように思います。枕元にはビジネス書やハウツー、メンタル的な本はいっぱいあるんですが、今読みたいのは物語だったので、渋谷のTSUTAYAでみつけたこの本を買いました。今映画もやってるみたいで。

love actuallyに似た、クリスマスの夜に様々な人の人生が交錯するお話。ちょうどクリスマスが近づいている時期だったり、自分が今住んでいる東京の地名が出てきたりして、ものすごくリアルで一気に読みました。love actuallyの時は、画家のエピソードが好きだったんですが、大停電の夜にでは乳ガンを患うモデルのエピソードが一番心に染みました。

生きるには、自分の大切な部分を切除しないといけない。でも、それがない自分は、生きていると言えるのだろうか。ならばいっそ、まだそれがあるうちに死んでしまったほうが…。そんな風に思い詰めたときに出会った一人の少年との、少しの冒険。その少年は、彼女のすべてを受けとめることは、出来なかったと思う。たとえ、少年がそうしたいと願っていたとしても。でも、うまく書けないけど、その少年がいることで、彼女は自分で自分を受けとめることが出来たんじゃないか。そんな風に僕は思います。

今週は、東京に来て一番ひどい週でした。(前もそんなことを書いた気がしますが。)そんな落ち込むというか、自分が嫌になった深夜のタクシーの中で、自分でも何でか分からないけど突然「僕は、誰かに必要とされたいんだな。」と思いました。自分の原動力になっている恐怖心や危機感みたいなものは、すべてそこから生まれているのだと気づいたりしました。誰かに必要とされる人、例えるなら、この少年のような、そういう人に。

今日の日

2005/11/04(Fri) Diary

自分でもびっくりするほどダメダメな日だった。東京に来て以来最高にダメダメな日だった。みんなから受ける指摘はホントにごもっとも、自分でもそう思っていて、やらないといけないことはすべて分かってるんだけど、残酷なぐらいそれに相反する事しか出来なかった日だった。ちょっとだけ自分が嫌になった日。そして夜、少しだけ落ち込んだ日。

一つのいいこともなかった気がする今日の日に、唯一発見した自分のいい変化といえば、自分で言うのも変だけど、これでも少し表情が豊かになったんじゃないかなと思った。ほんのちょっとしたことでもすごく喜ぶようになったり、こっちは真剣にやってんだって感じで怒ることも増えたり、iTunesで売っていたBank Bandの生まれ来る子供たちのために(iTMS)を聴いてるだけでなぜか涙が出てきたり、なにより、楽しい時をすごく楽しんでいる気がする。前職をやめると決める前までは、「楽しいときが終わると楽しくないから楽しい時を楽しめない」とか今思うと訳の分からないことをいってた気がしますが、そんな自分がバカかとさえ思っている今日この頃。(前職否定ではないので念のため。)

でも、ちょっと目を離すとすぐ落ち込んだりするのでこれまた自分でも手に負えないのですが、刺激をいっぱいもらえる人たちとたくさん出会えていて、なんだかんだいろいろひっくるめて楽しい日々です。今日のやなことは今日でおしまい。あしたもがんばろう。たのしもう。パルプンテ!

ふくいな人々

2005/10/27(Thu) Diary

マサテルさんの号令で福井出身者(一部滞在者含む)飲みがありました。ちょっと遅れてお店に着いたら、入り口で待っていてくれたK氏に「女の人がいるよ」といわれて、知り合いのあの人かなぁと思っていたら全然違う初対面の女の人が出てきて、メダパニ状態に陥る。

メダパニにアルコールが加わってさらに混乱するも、ようやく事態を把握してきて、その人も福井の人だと知って、少し落ち着く。最初はその人の書いている雑誌を知らないと思っていたんだけど、実は知ってました。福井にいるときネットでその雑誌の創刊を知り、買いたかったんだけど、近所に売っていなくて買えなかった本でした。

話をしていると、その人も僕と同じ時期に東京に出てきたと教えてもらいました。いままでなんとなくひとりぼっち感があったのですが、よく考えれば異動とか入学とかの時期だし、僕と同じように福井から東京に来た人もいっぱいいるのですよね。それを知って、少しだけ気持ちが楽になったのでした。

あれから。

2005/08/15(Mon) *Pickup, Diary

iwalogを書き始めてから、丸2年になりました。22年間しか生きていない僕の2年間、僕の人生の10分の1が、ここに記録されています。自伝とかよりもっと生々しい、そのままの記録が。記事を書くペースにばらつきはあるけれど、記事の多いときはオフタイムが充実していたとき、記事の少ないときは仕事が充実していた時、と綺麗に表れています。

1年前の今日は、退職をすることを決意して、いろんな周りの反応に耐えている時期でした。今から思えば、あまりよくない流れでの辞め方だったと思います。流れに流された部分もあるし、隣の芝生が青く見えたこともあるし、他でもやっていけることを見せたかったのもありました。途中からは、ただ辞めると決めたその決意だけで動いていました。そして、根拠のない自信だけがありました。どこに行ってもやっていけると。

もし今度退職・転職をしたいと思ったら、そのときは一度自分に聞いてみようと思います。今の場所で、自分が抱えている課題を全て解決したのかと。吸収できるものを全部吸収したのかと。前職では必ずしもそうではなかったと思いますが、そのことを学ぶことが出来たので、あの退職があったからこそ今の自分があると思っています。わがままを聞いてくださってありがとうございました。

「岩ちゃんは東京に出るといいと思うよ。」と誰かが言っていて、別に東京に行きたいと思っていたわけではないのですが、誰かの後を追うように東京に来て今月で6ヶ月目になります。ありがちな話ですが、外から自分が今までいたところを見つめることが出来た事と、外から眺めて勝手な思い込みを持っていた所に飛び込んだこと、その両方の点でほんとうにいろいろなものが見えました。今まで見えていなかったものが見えたこともしかり、今まで見ていたものがまた違って見えるようになったこともしかり。

仕事をし始めてからこの夏で丸5年。6年目に突入しました。いろいろキツイこともあったり、つまんないこともあったり、めんどくさいこともあるのですが、日々どんどん成長していく自分を一番楽しみにしているのは、実は自分自身だったりします。明日どうなってしまうか分からない日々の中、ひとつの後悔もなく生きていることだけは、間違いなく言えます。10年後も20年後も、おじいちゃんになっても、そうやって生き続けていますように。

2005.8.15
IWASAKI Yusuke

帰省

2005/05/01(Sun) Diary

実家に帰るために乗った山手線が駅に止まったまま動かなくなって、「全線運行停止」なんてアナウンスが流れるもんだから時期的にちょっと怖くなった。線路内に人が入ったらしく、僕は京浜東北線に乗り換えて東京駅に向かったので、結局どうなったのかは知らない。就職活動中に建設していた愛・地球博らしき会場のライトアップが光る名古屋を越えて福井へ。駅はあれまぁというくらい様変わりしていて、なんか帰ってきた気がしなかった。

帰っている間にいろいろな人と会ったけど、東京にいてもメッセとかブログとかしてるので全然離れている気はしなかった。そもそも自分的にはすごく久しぶりの福井な気がしたんだけど、よく考えたらたった2ヶ月し経っていなかった。でもみんなは新しい「アレ」が始まっていたり、「アレ」する人たちがいたり、「アレ」した人もいたり…(謎)といろいろ変わっていて、ああなんかみんなちゃんとやってるなぁって、一人で内心焦ったりしていた。まぁいいやなんとかなるさ。なんとかするさ。。。(でも、いいなぁ(謎)

3ヶ月前に面接のための資料をつっていたカフェの同じ席に座っていると、東京に行く前に思っていた気持ちを思い出したり、この2ヶ月を客観的に見ることができて、最初の思いと実際の現実がクリアに見えた気がする。そして仕事以外でも、東京を見てから見た福井はまた違って見えた。みんなの変わり具合からすると全然進歩してない自分をみつめて、さて明日からどうするかなぁとか思った今回の帰省。

某氏さんたちに駅まで送ってもらい、ふたたび東京へ。今度は引っ越しの時のように「東京に行く」のではなく「東京に帰る」感覚になっていた。福井から米原に向かう特急の車内で流れる景色を眺めていたのだけれど、米原から東京までの道中は疲れていたのか眠ってしまって、東京に着いたときに、夢から覚めた。さぁ、僕はここでがんばらないといけないのだと、「よいしょっ」と、自分を奮い立たせて電車を降りた。

#帰省中に遊んでもらった皆様、ありがとうございました。<(._.)>。
#無事東京に帰りました。

ひと月目の終わり。ふた月目の始まり。

2005/04/03(Sun) Diary

気づいたら月末だった。なんか全然時間が足りないうちに新しい仕事場での初めての一ヶ月が過ぎた。初月の目標には後少しのところで届かなかった。いいところまで行ったんだけど最後のつめが甘いというなんか過去何度もやってるような感じだった。月末にいろいろ振り返り、4月からの新しい策を練る。

2月に注文したVAIO-Tがやっと届いた。すごくいいんだけど唯一の誤算は英字配列キーボードがすこぶる使いにくいこと。気取って英字配列なんてしなきゃよかったというのは後の祭り。有償でも英字配列から日本語配列への交換はもう無理みたいで、なんとか慣れなきゃ。>DynaBookはフォーマットしたら郵送いたします。もう少し待ってください。>かえるさん。

週末はGree田中氏の講演会で知り合ったS氏と東京ドーム近辺のイベントに行くもなんとそのイベントは来週開催だったという落ちが。いろいろ話してS氏が行く予定だったというセミナーに僕もついて行かせてもらうことに。ざくっというと「夢・目標を持とう」的な話。講師の方とすごく考えが同じだったので、いろいろ確認できた感じ。

とにかく時間が足りない。仕事でやりたいことも、読みたい本も、見たい映画も、やらなくちゃいけない暮らし周りの雑務も少しずつ滞っていて全体的に消化不良な感じ。でも何していいかわかんない状態よりはいいと思うので、やりたいことを全部洗い出してひとつひとつ取り組んでいる今日この頃。さぁ、春です。

春はもうすぐ。

2005/03/28(Mon) Diary

金曜日は新しい会社での初めての給料日だった。初めて見る給与明細の紙がめずらしく、開け方がわからなかった。金額はもちろん入社時に調整した額だったけど、いま稼いでいる額はもらったそれを下回っているので、きちんと自分の分の給料は自分で稼いで、自分で稼いだお金でごはんくってますと堂々と言えるようになりたい所。そういえば隣の席のセンパイがこのブログを読んでいることが判明。>コメントくださいw。

土曜日はEさんからおしえてもらったアルケミストを読み終わる。僕は本には出会う時期があると思っていて、出会いが早すぎて何かいてあるのか理解できない本もあれば、出会いが遅すぎてもっと早く出会っておけば良かったのに、っていう事もある。アルケミストは今まさにベストなタイミングで出会えたと思う。前半に書かれているのは、僕がこれまで歩いてきた道、中盤は、まさに今の状況。後半になるほどいまいちわからなくなっていったのは、まだ経験していないことだからではないかとおもった。>ベストタイミングに「前兆」をもたらしてくれたEさんに感謝>そんなふうに僕は読みました>Eさん。

日曜は、Gree田中氏の講演会に行った。いろいろ得るものはあったものの、一番の収穫は、東京は思えば、行動すればいろんな事が実現できる所だということ。Just Do Itですよ。会場は大学生が多く、社会人の方とも知り合うことが出来た。会社以外のよこの繋がりがあると、たのしい。

講演会場から会社に向かう途中の表参道で電車を降りて、一番最初に見つけた美容室でカット。表参道とか青山に行けば美容室があるだろうという安直な考えはあながち間違いではなかったみたいで、すぐ美容室を見つけることが出来た。表参道は綺麗だけど、人が多すぎる。仕事して家に帰ると、諸事情でKDDIの光回線がキャンセルになっていた。しょうがないので、井川遥さんに浮気して再申請中。また、Greeで同級生を見つけたのでメールを打ってみる。みんな社会に出ようとしている。

同じ場所、同じ自分。変わったもの、変わらないもの。

2005/03/20(Sun) *Pickup, Diary

「ローレライ」を見るため六本木ヒルズに。映画見るなら六本木ヒルズの映画館がいいよと聞いて行ってみたのだけど、生まれて初めて映画館が満員で入れないという経験をする。その点福井は恵まれているのだ。(ひねくれとかではなく、本当にそう思う。)

次の回のチケットを買って上映までヒルズ内をうろうろするも、僕が必要なお店は一つもなさそうだった。シャツ一枚に10万円出すくらいなら、その分本買ったり映画見たりするよ…。メインの森タワーの入り口の回転扉は、壁で囲われ入れないようになっていた。そしてその横には何かと話題のリーマン兄弟さんの看板。看板と一緒に記念写真を撮っている人が多かった。

ローレライは、CGのちゃちさとか、明らかに変な所とか結構つっこみどころ満載。でもいつからか、映画や本を読む時その辺はあまり気にせず、何が言いたいのかをじっと見るようにしてる。CGが凄いけど何が言いたいのかよく分からないものよりも、ちゃちくても、自分の考えとは違っても、何を言いたいのかを持っているものがすき。そういう意味で、凄くいい映画だったと思う。戦時中の潜水艦乗組員に対して語っているの役所広司の言葉は、今を生きる僕ら若い人に語っているのではないかと思った。

2005年の東京タワー
Taken on March 20, 2005

終わったら暗くなっていて夜景が綺麗だったので、TOKYO CITY VIEW(展望台)に行って、東京タワーを眺める。東京に来て初めて、ぼーっと出来る場所を見つけた気がする。そしてふと、2年前、同じ景色を眺めていたことに気づく。

2003年の東京タワー
Taken on May 4, 2003

そのころ僕は新潟の仕事が一段落ついた時で、六本木ヒルズは出来たばかり。ゴールデンウイークに某氏と一緒に車で日帰り往復するという暴挙に出て滞在時間は3時間ほど。あっという間に帰ってきた。(そのときの写真)

その時は2年後に自分が東京に住んで同じ景色を見ているなんて夢にも思わず、ぽかぁんと口を開けて高いビルを見上げ、バシバシ写真を撮っていた。自分で周りの環境を変えようとはしたけれど、自分自身は相変わらず何も変わってない。ただ、変わってないけど、同じ気持ちを持ち続けてもいる。こっちに来ていろんな人から、「そんな風に生きてて辛くない?(大変じゃない?)」と言われる事が多い。相手がどういう意味で言っているのかは分からないし分かりたくもないから分からないふりをしているけれど、こういう風に生きてしまっている以上、開き直ってこのまま行くしかないのだとおもっていた、22才の冬の六本木の記録。

22歳。

2005/03/16(Wed) *Pickup, Diary

2001年 18歳の誕生日=富山県福光町 ベルの2階
2002年 19歳の誕生日=富山県福光町 正風園の2階
2003年 20歳の誕生日=新潟県柏崎市 某データセンター(徹夜中)
2004年 21歳の誕生日=新潟県柏崎市 某データセンター(撤収準備中)
2005年 22歳の誕生日=東京都渋谷区 グレーの小塔(エクセル打ち込み中)

というわけで、22歳です。
ふつつかものですが今後ともよろしくお願いします>みなさま

#追記
なんかGreeとかMixiとかにいっぱいメッセージいただいていました。
ありがとうございます :-)

#追記2
おかぁさんからもお祝いメールが来ていたのですが、生年月日を2年間違えて届いていました。

………………………………………………orz…