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代理出産

2006/10/10(Tue) Clip

品川区が許可抗告・向井さん夫婦の代理出産巡り – 日経新聞

タレントの向井亜紀さん(41)と元プロレスラーの高田延彦さん(44)夫妻が米国人女性の代理出産でもうけた双子(2)の出生届が受理されなかった問題で、東京都品川区は10日、同区に受理するよう命じた先月29日の東京高裁決定を不服として、許可抗告を申し立てた。向井さんと高田さんは同日夜に記者会見し「子供の幸せを考えられる判断を最高裁でしてほしい」と訴えた。

受理すべきだと思う。しかし抗告してきちんと議論を尽くすべきだと思う。東京高裁の「子の福祉を優先」という言葉に全て集約されると思う。親が強く生み育てたいと健全な気持ちで願うならば、子はどんな姿やプロセスで生まれても幸せであると思う。親の生きて欲しいという気持ちは、子の生きたいという気持をつくる種になっていると思う。

健全な意図を持たない代理出産を認めないような法的精査は必要で、そのフォーマットを作るための最高裁での審議であって欲しい。それはとても難しいことであると思うけれど、倫理より先に実践してしまったテクノロジーに対して大きな倫理の舵をとれるのは司法しかないという希望もある。生まれてしまったテクノロジーを、なかったことには出来ない。どう折り合いをつけるかのみだと思う。

家族未満 表紙
家族未満
向井 亜紀(著)

「母性とは、親子とは何か考えて」 代理出産の向井夫妻 – 朝日新聞

向井さんは会見中、終始穏やかな表情。国内では公表しないままに代理出産が行われる例が多いことをふまえ「代理出産をあえてオープンにした場合に、日本の司法がどう答えてくれるかが知りたくて、裁判を起こした。最高裁で話し合われるのもいい勉強になると思っている」と話した。

「母体を生殖の道具として使う行為」などとする懸念については「お金のためではなく、本当にボランティア精神からおなかを貸してくれる人もいる」と強調した。

夫の高田延彦さんは最高裁の決定に向け「何が何でも(向井さんを)母親にしてくれという気持ちはさらさらない。子どもたちが成長した時に、きちんと説明できるような議論をして、子どもが幸せになれる結果を望むばかりだ」と話した。


代理出産出生届:初当選の品川区長が最高裁に抗告の意向 – 毎日新聞

浜野氏は同区内の選挙事務所で同日夜、「全国で統一的な考えがまとまっていない時点で判断するのは難しい。司法の最終判断が必要だと思う。法務省と十分調整したい」と述べた。区は、法令解釈上の重要な問題が含まれる場合に許される「許可抗告」をする見通し。

代理出産で品川区が許可抗告、「頑張る」と向井さん – 読売新聞

品川区には同日午後、電話などで約40件の意見が寄せられた。「子どものために出生届を受理すべきだ」「国の言いなりではなく、区が独自に判断できないのか」など、大半が抗告に批判的だったという。浜野健区長は「子どもを持ちたいという向井さんの思いには胸を打たれるが、高裁の判断が世間一般の合意を得ているかと考えると、もう一歩進んで、司法の場で議論すべきだと思う」と述べた。

向井さん夫妻の代理出産、品川区が許可抗告 – 産経新聞

会見で向井さんは「米国人の女性の身体を道具にしたつもりはない。(高裁決定は)女性への恩返しにもなる。双子の子供たちには、どういういきさつであなたたちが生きているのか?を説明できる保護者、親になりたい」と強調。その上で「(高裁決定後)次のステップに進むだろうとは何となく感じていた。がんばろうという感じ」と述べ、行方を見守っていく考えを示した。

ゆれる

2006/07/16(Sun) Book

ゆれる 表紙
ゆれる
西川 美和 (著)

タイトルと写真の雰囲気から、芥川龍之介の「藪の中」みたいだなと思って買ったら、ホントに登場人物の一人称の積み重ねでストーリーが構成されていた。オダリギジョー主演の映画の小説版で、裁判官役の田口トモロウなんかもうベストキャストだから、おもしろそう。

ガソリンスタンドを経営する実家、吊り橋、東京に出た弟、といういろんな状況が、僕自身や僕の田舎の状況と微妙に交錯して、いい感じで物語が現実か曖昧な状態で読み進める事が出来た。兄の、弟にくらべて華やかでない状況に暮らす事への描写が、痛いほど感じられた。

そんな状況下で溝が深くなる二面性や、一人一人が持っているずる賢さ、自分の大切さ、周りへの気遣い、現実。いろんなものが様々に交錯する中で、一人一人の視点で語られるストーリー。面白いとか、そういう事じゃなく、物語の中にどっぷり引きずり込まれた本でした。

ACCS事件

2004/10/27(Wed) IT

裁判をたくさん見てるわけではないのでよくある裁判のパターンなのかもしれませんが、、この裁判が特徴的なのは「事実認定(やったかやってないか)」ではなく「倫理的判断(行った行為が違法かどうか)」を争っていること。

うまい例が思いつかなくて変な例ですいませんが、「人を刺して死亡させた」ことは認めているが「それが悪いことなのかどうか」で争っているような感じ。

検察官を翻弄しまくったoffice氏の奮闘 – 佐々木俊尚の「ITジャーナル」

「あなたのCGIの操作はイレギュラーじゃないんですか?」
「イレギュラーかどうかは私にはわかりません。ACCSにはそれをイレギュラーと思う人もいるでしょうし、そう思わない人もいると思います」
「じゃあそういう操作を意図した人もACCSにはいる?」
「そうかもしれません」
「意図してるんだったら、わざわざあなたが脆弱性を指摘する必要がないのでは?」
「……たとえ話をしていいですか?」
「どうぞ」
「アイスターという会社があって、経営している旅館がハンセン氏病患者の方の宿泊を拒否した事件がありました。そしてこの問題への抗議文を書いた人の住所と名前を、ある時アイスターはウエブで公表してしまったのです。これはアイスターが意図した行為だったと思うのですが、多くの人が抗議して、この行為は是正されました。だから意図していたとしても、指摘することは必要だと思います。」

検察官は言葉に詰まってしまった。法廷には十数秒間、沈黙が流れた。

*Clip—–
ACCSの個人情報漏えい問題、京大研究員を不正アクセス禁止法違反で逮捕 – INTERNET Watch

プライバシーのバランスと、ナレッジ向けの使い方。

2003/09/01(Mon) IT

のべーっ。

WebLogについて話していてなるほど、と思った。他の人のWebLogを読んでいて何となく感じていたことで、個人がプライベートな事を書き続けているので、ずっと読んでいるとその人のよく行く所、よく読む本とかが分かる。なおかつそれが蓄積されているので、継続してその人の生活をのぞき見する事ができる。それによって、いろんな事が起きそう。

たとえば、彼女に仕事と嘘ついて他の人と遊びに行った事をWebLogに書いたら彼女に読まれたりとか、マイクロソフトの独禁法裁判で社内メールが証拠として使われたように、WebLogが行動記録として使われたりとか…。それをクリアするとなると当たり障りのない事しか書けなくなるので、バランスだとは思います…。このWebLogは歳時記という内容がら場所も大事な要素なので、タイトルに「@何処」と書いていたのですが、今回から書かないようにしてみました。(試行錯誤しながら続けてみます。)

逆に、最近考えているポジティブなアイデア。WebLogは組織内のナレッジツールに向いてるのでは?と思っています。社内イントラネットにWebLogを置いて、いろんなネタを全員がWebLogに書き込んでいく。WebLogでは書き込んだ人が分かるので、「いわごろはXMLに興味があるんだ」とか、「こんな映画今度公開されるんだ」とか、そういう事を全員で共有できる。そういうツールはいろいろあったけど、WebLogはそういうことを「書きやすい場」なのではないかと。インターフェイスの使いやすさや、入力必須なのはタイトルとジャンルだけというすごくゆる?く書けること、サイトなので後から来た人でも全部読めるのが利点。サイト内でのトラックバックも使えそう。

WebLogは長短あるけれど、外野から議論してるだけの時より、実際にやってみ分かった事は多い。WebLogについては、少し話せるようになったし。それが役に立つかはどうか別にして、なんでもやってみる癖をつけるのはいい事ではないかと。