Posts Tagged ‘テレビ’

新潟県中越地震 初動対応ログ

2004/10/23(Sat) *Pickup, IT

平成16年(2004年) 10月23日17時56分発生
新潟県中越地震
-The Mid Niigata prefecture Earthquake in 2004-

石川にいたのだけど、結構揺れた。震源が新潟の中越、停電、新幹線脱線という断片的なニュースが伝わってくる。電話も繋がらず結構不安でしたが、現地のデータセンターからインスタントメッセンジャーで「やぁ」とメッセが来て一安心。北海道・十勝沖地震の時もそうだったみたいですが、多重化・分散化されてるインターネットは一見不安定なようで安心できるインフラなのかもしれない。

現地と連絡が取れない間、テレビを見ながら各関係行政機関・企業のサイトをめぐって対応を記録(後術のLog参照)。素早く対応しているところ、そうでないところ結構差が出る。テレビでも刻々とアナウンスしていたけど、日本テレビが視聴者への呼びかけとして「お子さんを抱きしめてあげてください。」といっていたのが一番印象的だった。

市役所の方ともメールで連絡が取れた。朝の5時半に一息ついたとメールをくれた方もいた。サイトには刻々と情報があがっていて「地方自治ってすげぇ」というか、簡単にいうと市役所の人がかっこよく・頼もしく見えた。

*NewsSource—–

*Log—–

17:56頃:tenki.jp – 地震情報
http://tenki.jp/
地震速報画面

続きます…。

Read the rest of this entry »

金沢 百万石祭り

2004/06/13(Sun) Event

人波

人混みは嫌なのでテレビで見ていた。祭りの後の雰囲気だけ味わっておこうと思って、終わっただろうという頃に家からとぽとぽとと塔に向かって歩く。兼六園付近は終わっていたけれど、香林坊付近ではまだ続いていて、某俳優の隊列と鉢合わせしすごい人混み。

某俳優の列が通過した瞬間、露天商が「さあ忙しくなるぞ」と呟いた。「?」と思ったら某俳優を見終わった人たちがどっと散らばり、そのおじさんのお店にも大挙して押し寄せてきた。なるへそ俳優が来るまではそっちに注目が行っているから誰も何も買ってくれないんね。

結構なめてかかっていたのだけど、一番心に響いたのは「踊り流し」。膨大な質量の移動というのか、エネルギーというのかなんかよく分からないけれども、8500人が一生に手拍子をたたいた時の振動は文字通り心揺さぶる力があった。

某氏や某氏、さらには某氏とばったり会い、いつもとは違った一面を目にする。お祭りでエネルギーをもらう、っていう感覚が少し分かった気がする。

初料理(ホタテラーメン)

2004/04/25(Sun) Diary

ボタテラーメン

なにはともあれ教えてくれる先生がいるうちにと思って、料理に必要な機材(?)を一式買ってみた。ご近所のM女史と一緒に100円ショップから徐々に高いものを扱っている店を回り、100円ショップで足りるものはそこで買い、ちょっといいものをそろえたいものは次の高いお店で…と買い歩く。包丁・まな板はもちろん食器と食器を洗う洗剤などを買う。ふと、出来たものを出すテーブルがないことに気づいてテーブルも買う。

自分が料理をしないのはそういう機材がなかったからで、機材があればつくるだろうと必死に思いこませいろいろ購入。そうそう、ついでにM女史からテレビももらったので、なかなか品物あふれる住処になってきた。テレビを付け機材をバらし、料理開始。

本当はホタテとエノキとアスパラのパスタをつくる予定だったのだけど、M女史が某諸事情により早く帰らないと行けなくなり、急遽ラーメンに変更。エノキを切ってほぐし、ホタテと一緒に炒める。コンロが一つしかないので炒め終わったらラーメンを茹で、できあがり。

M女史曰く、ホタテは元々塩っ気があるのでちょっと塩味が強すぎるとのこと。個人的にはいい感じにおいしかった。そのうち料理なんてしてる余裕がなくなるのは目に見えてますが、おじいちゃんになってから自分で料理できないと困るよなぁとか思い、カルボナーラを作れるようになるのを目標に、ぽちぽち練習していくつもり。と余裕かましてたらイノシシチーム(謎)はなかなかうまくいってないみたいで…。先は長い。

あの頃と、命の重さは、変わったのだろうか。

2004/02/20(Fri) Diary

夜、エビチリを食べていた金沢の中華料理屋のテレビで、「白い巨塔」が流れていた(初めて見た)。

エンドロールと共に「Amazing Grace」が流れて、その大きすぎるほどの優しさに恐怖を覚え背筋がゾクッとした。

最近、誰かと話すときに自分が語っている言葉が、自分を納得させる為の、自分に向けた言葉なのだと気づかされた。

帰り際に白い巨塔(謎)を見上げ、なんだかもやもやとしていた。

サイトを作る事が目的

2003/09/23(Tue) Clip

works, today 0922/03 – altba | shinzo | shinzlog

19時。Web Creators誌のムック本のために、とのことでインタビューを受ける。最近、同様の趣旨の本が大流行のようだ。インタビュア曰く「この本のために沢山の制作会社からお話を聞いてきましたが、情報設計が重要ですという会社は多いのですが、信蔵さんの言うように、その上のコミュニケーションを目的とした上で、ウェブがあり、情報設計がありデザインがある、という会社はありませんでした。」とのこと。まだまだウェブサイトを作ることを目的にしている会社は多いようだ。

一概には言えませんが、Webにかける予算が小さいサイトではそういうパターンが多く、Webにかける予算が大きい案件ほどそれだけで済まなくなっているので、少しづつ二層化されているのかなと思います。

たしか17才くらいの時に信蔵さんに「自分の作ったサイトのデザイン見てください」なんて無謀なメールを出して、デザインのデの字もないサイトに対して、文字数は少ないけど、丁寧に書いてくれていたのが印象的でした。こんな人と仕事が出来たらいいなと。今は、自分のレベルを自覚し、目標大きな目標と目の前の大事な目標を比較しながら精進の日々。

信蔵さんと、フジテレビの木村太郎さんから返ってきたメールだけは大事にとっておこうと思ってたのに、今は無きNECのPC9821君が昇天し綺麗に消えてしまいました。

The Matrix Revolutions Trailer

2003/08/29(Fri) Movie

ワーナーのサイトでMatrixの次回作トレーラー(The Matrix Revolutions Trailer)を見たんですが、なんかパッとせん気が…。Reloadedを見てないからかな?

一時期から、エージェントスミスがフジテレビのドラマTEAMに出てたときの西村雅彦(orタモリ)で、モーフィアスがつるべぇに見えてしまって、普通に見れなくなってしまった。笑ってまう。

屋久島の木

2003/08/19(Tue) Diary

木立

はやくもネタが尽きる。

テレビの事、Webの事、思いついたアイデアなど、書きたい事はいろいろあるのだけど、『【いわごろ歳時記】いわごろが見つけた四季折々の?』と謳ってあるので、内容から外れてしまう。方向性無く書くとただの日記になってコンテンツじゃなくなってしまうので絶対辞めようと最初に決めたが、早くも限界に。で、苦し紛れに回想ネタでつなぐ。

中庭に立つ木立を見ていて、2年前に行った屋久島を思い出す。そのときは5月でまだ少し寒かったのに、あまりの海の青さに服を着たまま飛び込んで泳いだ覚えがある。浜に不思議な凹凸があると思って掘ってみたらウミガメの卵が出てきたり、山道を通っていたら猿が出てきたり、普段感じない事を感じて、今、なにかきつい事があった時の精神的な支えになってるように思う。

一番印象に残っているのは木がものすごく濃かった事。木の葉一枚一枚の色だったり、木の臭いだったり、集合体として森になったときの隙間のない木々の密集だったり、いろんなところが濃かった。古い木や大きい木は屋久島じゃなくても見るけど、木が濃いとかんじるのは今のところの数少ない経験では屋久島だけだと思う。

屋久島で買ったイルカをかたどった木の携帯ストラップを、翌年の冬になくしてしまった。だいぶ荒く使ったのか、気付いたらストラップの紐が途中で擦り切れ、その先に付いていたイルカごといなくなってしまった。