Posts Tagged ‘仕事’

縁を感じる出来事。

2007/12/21(Fri) Diary

仕事場の忘年会の帰り、家が近いからとタクシーに乗り合わせた職場では僕の後ろの後ろに座っている人と話していたら、その人が新潟の、それも柏崎の人だった。さらに、僕がいつも作業をしていた所で働いていたとか。どうやら時期も同じらしい?

○ASIXとか、G○Sの○山さんとか、金○さんとか、○ニ○ックとか、話が繋がる繋がる。さらに「市役所のサイトってすごいんですよ」と向こうから言ってもらえて、自分たちがディレクションしたと言い出すのが少し恥ずかしくなるくらいうれしかった。

さらに、もう一人柏崎の人がいるらしい。そして僕の左隣に座っている人も、お父さんの実家が柏崎らしい。あと付けといわれればそれまでだけど、その人達は柏崎と知る前から、なんだか心地いい空気を持っている人だと感じていた。そういえば、僕が退職した後だけど、僕の前職の会社の社長と一緒に講演をした事がある人も、僕の斜め前の席に座っている。

ただの偶然かもしれないけど、それを縁ってあるんだなと思える人間という生き物は、なんだか素敵な生き物だなと思ってしまった。過去は今に繋がっている。という事は、今も未来に繋がっているはず。未来で後悔しないように、きちんと打ち込める仕事を見つけないといけないなと、ちょっとだけ思った。いろいろ複雑な思いが交錯したこの年でさえ、あと10日で終わってしまうのだから。

僕らは「魑魅魍魎のIT企業」だったのか?

2007/12/20(Thu) Clip

ドロップシッピング業者相次いで撤退。

あせらない、あせらない。

あせるということは、事業に魅力がないのではないでしょうか?
売上が上がらなくても、
やり続けたいと思える事業は素晴らしいと思います。

僕は最近、人や企業を見る目が養われました。

100年経ってみて、何の意味もなさない事業をやっている
魑魅魍魎のIT企業がいかに多いことか。
こんな辛らつな日記は書きたくはありませんが
もう少し人類の幸福につながる事業をやられたら
考え方も変わるのではないかと思います。

人生で働けるのはたかだか50年。
死ぬときに、何か一つでも社会に貢献できたと言えるものを残し、
孫に自慢できるようなじじいになりたいものです。

僕が1年と数ヶ月携わった仕事は、何の意味もなさない仕事だったんでしょうか。僕がいたのは魑魅のように人を迷わせるIT企業で、そこで働いていた僕は魍魎のように人を化かす人間だったんでしょうか。僕は、人類の幸福に繋がらない事業をやっていたのでしょうか。

以下すべて、親会社の思いでも、会社の思いでも、他のメンバーの思いでもない僕個人の考えという前提で、署名には自分が誰かを明らかにする以外の意味はありません。引用元サイトの方がそれを明らかにしているのでフェアに。

撤退した事への批判は、真摯に受けとめています。期待してもらったのにそれに応えられなかったわけで、それについての引用元の批判はその通りだと思います。ただ、儲からないからやめるのかという話は、少し違うと思っています。儲かることは、事業をやる上での必要条件だと思うからで、同時に十分条件ではない事もそれと同じくらい思っています。

だから、「儲からなくても続ける事業」に、価値はないと思います。「儲け」とは具体的には「利益」の事で、「利益」とは、その「事業(=企業)の価値」です。1,000円で仕入れた木を加工して作ったテーブルを2,000円で売り1,000円の利益が残ったとき、それがそれを加工した事業=企業=人の価値の証です。なので、儲からない事業とは何の価値も生まない事業であると思います。

誤解してほしくないのは、今は「事業」についてを言っているのであって、ボランティアとかそういうことは含んでいません。儲からないことすべてに価値がないと言っているのではなくて、事業として行うからには儲からない事業に価値はないということを書いています。現に僕は儲からないけど、というか単純に見ると損をしていることも個人的にたくさんしてます。もっとも、意味のないことなんてそもそもあまりないんですが。

焦ると言うことは、事業に魅力がないという事ではないと思います。描いているものと、現状のギャップが大きいときに生まれるのが焦りであると思います。「描いているもの」というのは「目標」であり、それは約束をもって初めて意味を持つものです。今年の秋までにあった事というのは、僕らが親会社と決めたルールの中で、会社と約束した時間の間に、約束した「事業の価値」を作れなかったという事だったと個人的には思っています。他にもいろいろあるけどとりあえずこれに絞ります。

冒頭に戻ると、その事は「何の意味もなさない」事で、「魑魅魍魎」で、「人類の幸福に繋がらない」事なんでしょうか。DSというモデル自体は、引用元の方もやっている訳なので無意味ではないと思います。僕らは会社と約束をした。そしてその約束を守れなかった。その結果その事業を閉じる会社は「魑魅魍魎な企業」なんでしょうか。「人類の幸福に繋がる仕事」というのが少し漠然としているのでそれについては保留しますが、僕はそれは「魑魅魍魎な企業」ではなく「まっとうな企業」であると思います。ただ、まっとうである事がとてもつらい事である場合も時にはあるという事。

引用元の方が言わんとしていることはとてもよく分かります。その通りだと思う自分もいます。でも、これまで書いてきたことも間違ったことではないとも思っています。矛盾していると言われればそうなのだけど、僕は矛盾した思いが共存する事が悪いことではないと思っています。こういう事は書かない方がいいことは十分わかっていてるから閉じた時も何も書かなかったんですが、引用元の方のテキストだけがネットの中に残ってしまうのは、本意ではないので書きました。

emo[エモ]

2007/12/19(Wed) IT

emo[エモ]

ブログの内容を解析して顔が変わるのだとか。早速分析結果が。

■ニックネーム
仕事が好きな
いろいろした不思議ちゃん

■ココロレポート
・イイところ
あなたは、いろんな事に興味津々で、何でもポジティブな不思議ちゃんタイプです。わが道を行くタイプなので、人がびっくりするようなことも平気でやってしまいます。何事もプラス思考に考え、いつも明るく過ごす事ができます。また、仕事も遊びも新しいものを開拓し、どんどん自分のものにして、人の目を気にすることなく伸び伸びと暮らす事でしょう。

・ココに注意
周りの評価を気にせずに行動するので、わがままな人というレッテルを貼られてしまうことも。良いものを追求したい欲求が強い為、現在の幸せをいつの間にか失っている可能性もあります。

不思議ちゃんではないと思うがー。同じものについて別の角度から見て書いただけのような気もするけど、まあ長所と短所ってそんなものかもしれません。

町村さん

2007/12/18(Tue) Clip

一部で話題になってますが、官房長官時代の福田康夫的様相を呈して参りました。一部普通にまずいのも混じってますが、あんだけ毎日記者会見してれば口が滑るのも分からないではない。

「個人的にはUFOいると思う」 – 産経新聞

-先日民主党の参院議員から未確認飛行物体(UFO)に関する質問主意書が出され、本日、政府としては存在の確認していないなどとする内容の答弁書が出されたが、この質問の内容や答弁書の内容について長官の考えは

町村官房長官「うーん、まあ、あのー、政府のそれは公式答弁としてはですね、UFOの存在は確認していない。だから、対策なども特段検討していないという極めて紋切り型の答弁しかないだろうと思いますけれども、あのー、私は個人的には、こういうものは絶対いると思っておりまして。個人的な、個人的な意見でありまして、政府答弁は政府答弁であります。そうじゃないと、いろんなところにあるね、ナスカ(の地上絵)のああいう、説明できないでしょ。と、思っているんですけれどもね。ま、ちょっと、これ以上広げないようにします。どうも。毎回、こういうご質問をお願いいたします」

下からの情報がウソだと思ったら仕事にならない – 産経新聞

-首相や閣僚が事務方の説明を信じて答弁したものが実は間違っていたといったことが相次いでいることの受け止めは

町村官房長官「それは下から上がってくる情報が嘘だと思っていたら仕事になりませんわね。」

町村官房長官「常任理事国は夢のまた夢」 – 日刊スポーツ

町村信孝官房長官は6日午後の参院外交防衛委員会で、海上自衛隊がインド洋での給油活動から撤退した影響に関し「日本の評価がじわじわと低下していることに気付かなければならない」と指摘した。その上で、日本が人的な国際貢献に消極的と国際社会に受け取られかねないとし「(国連安全保障理事会)常任理事国入りは夢のまた夢だ」と懸念を示した。

「官房長官が白旗「選挙なので言ってしまった」 」 – iza!

町村信孝官房長官は11日午前の記者会見で、基礎年金番号に未統合で宙に浮いた年金記録の統合を来年3月末までに完了するとした自民党の参院選公約について「最後の1人まで3月末までにやるというわけではなく、選挙なので『年度末まですべて』と縮めて言ってしまった」と述べ、年度内の完全実施は難しいとの認識を示した。

好きを貫く人をつくる人。

2007/12/12(Wed) Clip

404 Blog Not Found:好きを貫いている者の礼儀

わからない。わからないが、三つ確かなことがある。一つ、誰も好きになれない仕事というのは確かにあるのだということ。二つ、誰かがやらなければならない仕事というのは確かにあること。三つ、そういう仕事を片付ける人がいるからこそ、好きを貫いて生きていける人々が存在すること。

今だから正直に書いていいと思うんですが、秋までいた部署でやっていた仕事はなかなか嫌な仕事でした。決まった事をミスなくやったり、ユーザからかかってくるクレーム電話を毎日受けるのはなかなかしんどい事で、一度「となりのクレーマー」という記事でそのことを書いた事もありました。

とはいえ、引用したように「誰も好きになれない」けど「誰かがやらなければいけない」仕事も当然あるわけで、当時僕がやっていた仕事も、誰かがやらないといけなかった。少ない人数でたくさんある仕事を回す必要があって、「誰がどういう仕事で一番パフォーマンスを発揮する」かを考えていった時に残った「誰も好きになれない」けど「誰かがやらなければいけない仕事」をやっていたという面もあったような気がする。

「誰も好きになれない」けど「誰かがやらなければいけない」仕事を「そうと分かって」やるということ。それは自己犠牲とかそういう観念的なもので解消されるわけでもなく普通に毎日しんどいしつまらなかったのですが、それをやっていると生まれてくる事もあるわけで。

それは引用元のブログの最後に書かれているような事で、そんな事言われても全然儲からないし、相手がどこまで本当に思って言っているのかは分からないんだけど、一つだけ確かなのは、その言葉を言ってもらった時に生まれる自分自身の気持ちに偽りはないし、どんなにお金を積んでも買えないという事。いわゆる「承認欲求」というやつなのでしょうか。

文章で書くとなんだかとても偉そうで嫌なのですが、「好きなこと」をやるのもとってもいいことなんだけど、「好きな(=信頼できる)人がその人の好きな・得意なことに集中できる環境をつくる手伝いをする」という事も、直接的には嫌な仕事でも全体感で見ると楽しい仕事じゃないかなと思う。自分がそれを出来ているわけではありませんが、たぶん自分がやりたい事とか、やって面白かった事って、そういう事なんじゃないかと。意思がないとか言わないで。そういう人もいたっていいじゃないすか。

もろもろ雑記

2007/12/11(Tue) Diary

いろいろ書きたい事はあるんだけれど、なんだかまとまらないので、もやもやしたまま最近思っている事を全部書き出してみる。

・今日もページをたくさんつくって疲れたので、BINDはお休み。どうやら解説ページと使っているものとのバージョンが違う気がしてきたので、明日はそれを注意してみてみよう。あとホストからHTTPが繋がらない件はファイヤーウォールをチェックしてみる、という明日の自分への伝言。

・よく分析とかする時には、客観的にデータを分析して相関関係とか予測をたてたりすると思うのですが、必ずしもそれは当たらないわけです。特にマーケティング的な事において。なんでなのかなーと思っていたら、ふとそれらの調査対象はそれぞれが主観を持って動いているからではないかと思った。これも僕の主観ですが。

・某氏へのクリスマスプレゼントが外国から手元に届いた。週末にラッピングとクリスマスカードを買いに行こう。気に入ってくれるといいのだけど。

・ちょっと前に、妹から、クリスマスと誕生日と成人祝いでプレゼントが欲しいとメールが来た。よしよし買ってあげようと思ったら、一つじゃなくてそれぞれのイベントで一つづつ、計3つ欲しいと言ってきた。こんな時だけなんて都合がいいやつなんだと若干イラッとしつつも、良い兄でいるために「いいよ」と返事しようと思ったけど、お財布と相談して「ひとつだけ」と返事した。妹ももう二十歳ですか。早いもんだ。ベビーベットに寝ている生まれたばかりの妹の顔を見ている記憶だけ、やけに鮮明に残っている。

・吉野家とかケンタッキーとか、個人ブログによる企業の炎上が続いている。いや、たぶん前から書いている人はいたんだろうけど、それが過敏報道で立て続けに表沙汰になっているだけだと思う。このブログはオープンなので、これでも書く事には気を遣っている(その割には仕事仲間も見ているのに仕事に迷ってるとか書いてるのはご愛敬)。やっぱり居酒屋で話す話はそのままブログにかけない。このブログの記事の多くが事件や事故についての感想や書評が多いのも、一応普段の「行動」よりも「思考」を書くように気をつけているからなのです。うちの会社の人たちは、「プライベートでどこに行った」とか、「飲み会でこんな事をした」とか、「仕事でいまこれをやっている」とか華やかで個人が特定される事ばかり書いているけれど、それって大丈夫なの?とちょっと心配になったりする。

・タバコをすってたら、とある人から声をかけられ少し話す。今の状況を少し気にかけてくれているようで、申し訳ないと思いつつも、ありがたいなとも素直に思う。とりあえずグレたりしないように、年が明けるまでおとなしく。明けたら何かがあるわけではないんだけど。

煩雑になってしまいましたが、少しだけスッキリ。

斎戒沐浴

2007/12/07(Fri) Clip

死刑、初の氏名公表 法務省、3人執行と発表 – 朝日新聞

法務省は7日、3人の死刑を執行した、と発表した。法相が執行命令書に署名しなくても執行が進む「死刑の自動化」を提案した鳩山法相の下での初めての執行となった。発表にあたり、同省は初めて、対象となった死刑囚の氏名と犯罪事実、執行場所を公表。「情報公開することで死刑制度に対する国民の理解を得られる」との狙いから、実施の事実だけを伝えて氏名などは一切公表しない従来の方針を転換した。

「斎戒沐浴してサイン」 死刑執行で鳩山法相 – 朝日新聞

鳩山法相は7日昼、衆院法務委員会で、委員からの質問に答える形で死刑を執行したことを明らかにした。そのうえで「国家権力によって人の命を絶つわけで、斎戒沐浴(さいかいもくよく)して(執行命令書に)サインをさせていただいた。大きな心の痛みを感じるが、法に基づいて粛々と実行しなければいけないということで、逃げることのできない責務と思って執行させていただいた」と話した。

斎戒沐浴(さいかいもくよく)
神仏に祈ったり、神聖な仕事をする前に、飲食や行動を慎み、心身を清めてけがれを取り去ること。

こんな言葉あるのね。今までも執行状況って報道されていたけど、一応マスコミ調べという建前でしたが、公式に発表されることに。僕自身はこの刑自体は賛成なんですが、オフィシャルに執行が公表されるとどうなるのかと考えてみた。

再来年に裁判員制度(まだよく知らないけど)が始まって、普通の人が裁判に参加する事になると、大きい事件では裁判員が死刑(あるいは死刑回避)を求めることも出てくる。その人が死刑と判断し、その通りの判決になった場合、最終的にそれから数年後に死刑執行のニュースが流れる事によって、自分の判断によって人間を一人間接的(と言えるのかどうかは難しいけど)に殺した事が周知されるになる。あるいは死刑回避を主張したが死刑となった場合に、その人的には自分の判断に反して人が殺される事になる。

はたして、その精神的負荷に人は耐えられるのだろうか?理論的には死刑にすべきだと100%納得していても、そればかり考えていられる裁判官ではない市民にとっては、簡単に表現すると「結構しんどい」事だと思う。そうなると、判決が全体的に被告寄りになってしまう気がする。有罪無罪の判断が誤るケースもある程度出てくるだろうけれど、量刑が軽くなるケースは多々発生すると思う。(そもそも、裁判員制度自体が、死刑制度に反対する公明党主導で導入されてたりする。)

死刑制度というより裁判員制度寄りの話になってしまったけど、こればかりは国民性の影響も大きいから、他国の事例が応用できず運用してからのでたとこ勝負になりそう。まだあまり裁判員制度については議論されていないけれど、来年あたりになったら議論が活発になってきてこの辺も話題になるのだろうか。

霧の中

2007/11/19(Mon) *Pickup, Diary

10代の頃に、「若いうちから働いていると、25才くらいで行き詰まるから気をつけなよ」と誰かに言われた。今24才、仕事を始めて8年目で、本当にそうなってしまった。仕事にいまいち打ち込めていなかったり、今年はいろいろあったから、余計な事を考えているだけかもしれませんが。

最近、いまいちネットに興味が持てなくなってきた。以前ほどネットサーフしなくなったし、RSSもどんどん減ってるし、新しいサービスをみてもふーんという感じ、というのが一つ。いままでいろんな仕事をやってきたけど、デザインやプログラミングやディレクションといった、きちんと形になって身につけたスキルがないなというのが一つ。

今後福井に帰りたいという思いはあるけれど、今までやってきたことが福井で活かせるような道筋を描いているわけでもない。逆に、福井に帰ったらこれをやりたいから、今東京でこれをやっているというわけでもない。なんだろう、足場がふらついていて、とても不安定な感じがする。

「1ヶ月くらい海外旅行でも行ってきたら?」とか「なるようになるんじゃない?」とか「ぜんぜん違う事をやってみたら?」とも言われる。仕事が面白くなれば、全て解決するような気もする。それどころか、一晩寝れば忘れてしまうような気もする。えらそうな言い方ですが、30才・40才と年を重ねていったときに、まわりの状況がだんだん変化していく事が少しだけ見えてきたけど、その時の自分の姿が見えないから、少しだけ不安になっているのかもしれません。とりあえず今は答えが見えません。あーなにやってんだろー。

コントローラビリティ

2007/10/29(Mon) Diary

仕事に慣れたり成果を出す事って、コントローラビリティを高める事じゃないかと今更ながら思う。前にも書いたけれど、仕事内容がパッシブなものからアクティブなものに変わって、それを実感する。時間をコントロールして、目標を達成するまでに必要なタスクを自分で生み出して、それを実行する。

最初は乱気流の中でとりあえず飛んでいるだけだったけれど、だんだん時間のコントロールができてきた感じ。次は、とりあえずこなしていたタスクを目標ときちんと関連付けて、スピードを落とさずに実行する。そんでもって、質も上げていく。僕は足元を見すぎて、きちんと歩いているんだけれど目的地を忘れがちなので、きちんと目的地を見つつ。

別世界

2007/10/23(Tue) Diary

仕事で別業界の会社へ。いい立地、高くて綺麗なビル、やたら高度なセキュリティ、入館時の写真撮影、でっかいディスプレイが所狭しと並び英語が飛び交うフロア、バリバリなキャリアウーマン。何から何まで別世界。ほんとドラマの世界みたい。

ネット系も含めて最近いろんな会社に行っていますが、いくら僕らがネット業界の中で「ネットがイケテル!」と気勢を上げても、実際に世の中を動かしていたり、世の中のお金が動いているのは別の業界なのだなぁと。僕はそんな世界ではやっていけそうもないし、やりたいともそんなに思わないけれど、そういう業界の人たちと働くという形なら刺激を受けつつやれるのかなと思った。