NEWS@nifty
NEWS@nifty
http://newsflash.nifty.com/
使い方の解説ページ
右キーでニュースをサクサク読んでいける。
ニュースサイトみたいに利用者に常用されるサイトには、ちょっと敷居があるけど便利な機能(使えなくても不便は無し)ってよいかも。
NEWS@nifty
http://newsflash.nifty.com/
使い方の解説ページ
右キーでニュースをサクサク読んでいける。
ニュースサイトみたいに利用者に常用されるサイトには、ちょっと敷居があるけど便利な機能(使えなくても不便は無し)ってよいかも。

食堂の窓からいつも見えていた木。
数週間前から、毎日見るたびに少しずつ少しずついろが変わっていって、そろそろ真っ赤に。
毎日見るのに、昨日の色とは微妙に違って、たぶん葉の色はあまり変わって無くても日差しや雲の加減や風の吹き具合とか、そういうので色々変わったように感じる。
そういえば、裏山の日本庭園も、そろそろ見頃かな。

たまたま、前回からちょうど2ヶ月後の今日(日付的には昨日)美容室に行く。
そういえば、髪が伸びてきてカットに行きたいなと思った時に思い浮かぶのは「美容室」とか「お店」の名前ではなく、「いつもカットしてくれる担当者」の名前。初めていった時に切ってくれた人が別のお店に移ったので、2回目以降ずっと今の人に切ってもらっているのだけど、変なようにはカットされないので、安心出来る人。顔そり中に眠くなり、店を出る時はいつも眠い。
お客さんとこういう状態になると、企業や組織という固まりでなくその人としての力でやっていけるかなと思う反面、その為にはやっぱり組織がいてこの人が切っている後ろでなんか準備している人とかがいるんだろうから、組織を信じて協力すれば逆に個人の力や力量・自由度が上がるのかなと思ったり。
今回は、前回行った時に気まぐれで「他の人にもカットしてもらいたい」と言っていたのを覚えててくれたようで(僕は忘れてた)、別な人にカットしてもらう。「なんか適当に」と同じ事を言ってもその二人では微妙に出来上がりも違うのが面白くて、次回も今日の人にしてもらおうかと。要求に対して、きちんと最低限のことは通して、お客さんに満足してもらった上での、それぞれの違い。そういうのを個性というのかな。
ぐりは私の姿が見えている限り甘えてずっと私にくっついている状態が続いていて、これまた常に家事をこなさなきゃならない私にとっては辛い限り。このタイミングでぐらがぐりのおもちゃを取り上げようものなら、せっかくおっぱいをあげてスキンシップしていくらか機嫌の良くなったぐりはまた逆戻りで家事はすすまない。イライラの矛先はぐらに向けられ、かなり厳しく悪態(あれは叱るとは言わないな)ついたあとふと聞いてみた。「ぐらどうしてこんなに怒られてるの?お母さんに」
当然ぐらは答えられない。「自分のおもちゃを取り返す」ことはある意味正しいことなのにそれにはスポットが当てられず「妹を泣かせる」というまったく違う方向から怒られる。それも心外な上に身がすくんで動けないほど激しくなじられる。そういう思考が頭を駆け抜けてあっと言う間に沈下。そうなんだよ。ぐらはまだいろんな理由の中からどれを優先させるかという思考まで到達してないんだよな。
普段、特別複雑に考えていないと思っていることでも、色々考えた結果の物なんだなぁと改めて気付く。
子供の頃はシンプルな思考で、大人になるにつれ複雑になる。
そして、そのいろんな物の中から真理というか確信というか、そういう物をいくつか見つけて、またシンプルになっていく。
そんなふうに流れていくのかなとぼやぁと考える。単純>複雑>いくつかの確信。みたいな。
最近書いた物がたまってきて、初めて分かったこと。
WebLogに書いていなかったら忘れていたであろうアイデアや考え方、そういった物が書きためられていくので、時々見返しその時まで覚えていたら改めて記憶に刻み、忘れていたらもう一度覚えるor大事じゃなかったということで忘れる。ということが出来てる。
たぶん自分のメモ書きとかじゃ、他人に見せるという前提で書いていないので、ここまでまとまった文章にはなっていないから、記憶には残らないと思う。
「ああ今日のWebLogを書かなくちゃいけない」というちょっとした強制力で、一日の行動を振り返り、印象に残ったことを思い出し、その中の一つを選んで文章の形に落とし、公開する。そして、自分が書いた文章を後で読み返す。このパターンで、日々の行動の中から大事なことだけを、より自分に刻みつけることが出来るのではないかと。
それ以前にこの言葉はごもっともといえる。何かしらのチャレンジに対していくら準備をして自信があったとしても、不安はどうしても消えない。特に新しい事、より大きな事にチャレンジをしていると不安もどんどん大きくなる。私自信これは経験をしている。ある意味、不安が大きければ大きい程、その後の結果も大きいというのを経験上、見ているといっても過言ではない。
なるほど。
一般市民とテロリストを見分けてミサイルを打つゲーム。
(中略)
一般市民を巻き込むと周りで悲しんでいる人々が次からはテロリストに変化していくのがわかるだろう。復讐の連鎖は止まらない。破壊するだけでは何も解決しないことがこのゲームからもわかる。ちなみにこのゲームには終わりはない。
いろんな意味でうまいなぁと思ってしまった。
やってて、じゃまになるビルを壊したくなってしまった自分がいた。こわ。
自分の組織の人1人+違う組織以外の人2人と色々話す。その方々が「こんな話、普段自分の部下にもしない」というような熱弁を入れ替わり立ち替わり3人に囲まれいわれ続け、こっちも必死で色々考えながら自分の思っていることとか、分からないことを聞いたりする。
他の組織方と話すことで、自分たちと同じ問題を抱えていたが今はこうなったという経験談や、自分たちだけが持っているもの、その方々だけが持っているものなど色々見えてくることが多かった。その中で、一人のリーダ対全てのスタッフという図式ではなく、1人のリーダと2人のスタッフがいっぱい集まって、そのリーダを束ねるリーダ(代表者)がいる組織が強いのではないかという話が出る。
1対全は組織が小さい時には機能するが大ききなると難しく、小さいユニットがたくさんある組織の方が強いというのを、お城の石垣(小さい石がいっぱい集まって強固な一つの塀になる)にたとえて考えていた。どうも1対全の方が強固だと思っていた節があって、新たな発見。
他の組織を見ることで、自分たちの組織のいい所と悪い所がすごい浮き出た気がする。責任ある地位におり、実績を上げている人達の考え方は基本の部分で共通しており、分かりやすい。
目標を持つ事はトップ3%になる事 – gaspanik weblog
1.目標を持っていたが、紙には書き出していなかった13%の卒業生は目標を何も保持していなかった84%の卒業生と比べて平均2倍稼いでいた。
2.目標を持ち、目標を達成する為の計画を持っていた3%の卒業生はというと、残り97%の生徒と比較して平均で10倍稼いでた。10倍である!
毎年、年明け三が日のうちに、Wordに向かってその年の目標を立てるということを、2001年から初めて3年間続けてる。
書いても別に誰に見せるわけでなく、自分の為に書いている。
年明けに書く時は、前年の目標を見返してみる。達成出来たものから、全然だめじゃんというもの、違う方向に行ってしまったものいろいろある。
幸い今のところ、去年の自分がなんて低レベルなんだろうという思いを毎年続けているので、このスパイラルは保ちたい。毎年去年の自分を笑えるように。