works, today 0925/03 – altba | shinzo | shinzlog
別のプロジェクトの状況を確認するとデザインが進んでいない。なぜこんな簡単なことが出来ないんだよ、と、怒鳴りたくなるのを抑え、幾つかのアイデアを出し、簡単なデザインスケッチを起して送る。彼らは決めどころを欠きながらレイアウトをこねくり回して時間を浪費している。本当はここで横に座ってデザインのプロセスを教えるべきなのだが、僕も時間に終われている状況。しかし、その勘違いを指摘し、思考と作業の順番が違うことを言い続けながら育つのを待つしかない。デザインは感覚での作業の前に充分な考察が必要不可欠。思いつきと考えとは違うのだ。
今になってようやく思い始めたことであるけれど、怒ってもらえるのはありがたいことなのだなと。(怒られてる時は腹立ちますが。)
自分が怒る方になって分かったのは、怒るのってその人にとって凄いパワーと時間を浪費して、なおかつ難しいことなんだなということ。しかも、ただその人をけなす為に怒るのではなく、そうじゃないんだと分かってもらってがんばってもらうのは、なかなかできない。ていうか自分は出来てない。
以前「怒ったらそれ以上のものを出してきてくれるだろうという見込みがあるからお前を怒ってるんだ」と言われたことがあって、「ホントかよ」とその時は思ったけど、自分が怒る側になってみると、見込みがない人には怒ることもあきらめて他の人に頼んでしまう。自分がそうされたこともあった。
そんなことを思うようになったのは、自分を怒る人がいない環境に来てから。それはそれで、自分で自分を見張らないといけないので、精進出来る環境ではあるのですが。