090426 Sunday
今日もDP2で少し撮影。昨日よりは少し晴れていたので、DP2の威力がより発揮されている感じ。早くいろんな所に撮りに行ってみたいけど、仕事の状況的にまだ当分先になりそう。あ、「Camera」カテゴリを作りました。



大きい写真はこちらで。
090426 Sunday
今日もDP2で少し撮影。昨日よりは少し晴れていたので、DP2の威力がより発揮されている感じ。早くいろんな所に撮りに行ってみたいけど、仕事の状況的にまだ当分先になりそう。あ、「Camera」カテゴリを作りました。



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090426 Sunday
SIGMA DP2というデジカメを買った。これまで使っていた、EOS 10D(2003年発売)という発売当時初めて20万円を切ったアマチュア向けのデジタル一眼レフ(デジイチ)からの乗り換え。EOD 10Dの性能は何も不満はなかったんだけど、なにぶんデカイのであらかじめ何かイベントがあるというときしか持っていけず、いつでも持ち歩ける小さいカメラが欲しいなぁと思いつつもいまさらサイバーショットとかの普通のコンデジ(=コンパクトデジタルカメラ)では物足りない。


という状況で見つけたDP2。しばらく使ってみた印象では、コンデジを買ったと言うよりもデジイチを買ったという感じがする。でもデジイチともなんか違う。ぼかしはきちんと出るけれども、単焦点レンズなので光学ズームもデジタルズームもないからズームしたかったら自分が近づかないといけない。コンデジなのでレンズ交換できない。デジイチと比べてしまうとAFがどうも遅い。ピント合わせがむずい、といろいろ戸惑った。


が、画質がいい。画質というか質感というか色合いというか、そういうのがEOS 10Dより全然いい(まあEOS 10Dは古いから画素数がDP2の半分以下というのもあるが)。微妙な光の陰影や色自体の微妙な差が、目で見た印象に近く上がってくる。今はカメラの仕組みとか技術的なところが全然分かっていないので、いろいろいじりながら上がりを見て喜んでるだけだけど、覚えたら覚えた分だけいい写真が撮れそうな感じ。
なんというか、MacBook Airみたい。たぶん子供とか動くものの撮影には向かないし(コロが落ち着きがないのでピント合わせが全然うまくいかなかった)、シャッター押しただけでなんとなく無難に撮れるということはないので万人向けではないんだけれど、使い倒せば使い倒すだけ楽しめそうな感じ。撮るためにいろいろ出かけてみたくなってきた。
撮った写真を少しアップしました。
このままだと今月1エントリも書かなそうなので雑記。
・余裕が無くて全てに追われがち。でも順調なのもある。いつものことだけれど、なかなか思ったとおりに進めていない。理想の10%程度。中には30%くらいのもあるけど。ひとえに自分の力不足。少しずつでもいいから、常に%を着実に上げていけるように精進。
・よく分からないまま始まり、よく分からないまま終わった。終わるとか終わらないとかいう話ではないんだけど。お釈迦様の手の上で遊んでいた孫悟空状態な感じがするが、孫悟空と同じく未熟なのだろうと思う。こんな自分は自分でも嫌なんだけど。
・東京行った。みんな変わってなかった。帰り際に某大御所の方からご飯のお誘いをいただくが、翌朝福井で予定があったので泣く泣く帰る。社交辞令かも知れないのだけど、今度行くときは事前にお会いできないか確認してみる。
・WCAF(Web Creators Association Fukui)の会長に就任。飲み会するだけとかじゃない、切磋琢磨できるものにしていきたいというのが個人的な思い。
・AERA最新号のサイバーエージェント藤田社長の記事を読んだ。紙面が少なくて表面だけという印象。単行本にして1冊じっくり読みたい。
雑記とも言えない自分メモ状態だけどとりあえずログ。
対ミサイル誘導弾、首都圏で展開開始 反対運動も – 朝日新聞
習志野演習場には、市民団体「パトリオットミサイルはいらない!習志野基地行動実行委員会」のメンバーが駆けつけた。吉沢弘志代表は「今後、防衛省などに抗議していきたい」と話した。
ゲーツ米国防長官は29日のFOXテレビ番組で、北朝鮮が近く長距離弾道ミサイルを発射するとの見通しを示したうえで、米領域を標的としたものでない限り、「われわれが何らかの対応をする用意はない」と述べ、撃ち落とさない方針を表明した。
凄いなぁ。こういう人たちって危機が目前に迫れば目が覚めるのかと思っていたけれど、本当に無抵抗で死ぬつもりなんだな。もうここまで来たらアイデンティティの否定になるから変えられないってのもあるのかもしれないけど、仮に落ちてきて会のメンバーが死んでも同じ事言うんなら、速やかにどこかに別の国を作ってそこでやってもらいたい。
今回は弾頭積んでないからというのもあるけれど、結局アメリカは自国に脅威がない限り(=日本だけが攻撃されるなら)撃たないという至極まっとうな判断を明言したんだから、そろそろ世論が変わってもいいと思うんだけれど。自らの存在を否定する人たちまで守らないといけない自衛隊ってしんどいな。
生きるために学んだ「余命5年」57歳女性、関大卒業 – 朝日新聞
難病の原発性肺高血圧症、肝硬変、髄膜腫を患い、余命宣告されたのは00年春。主治医は服部さんに「5年くらいかな」と言ったが、夫には「長くて3年」と伝えた。
人生が残り少ないと覚悟したとき、思い立ったのは、父の病気と家計への気兼ねであきらめた高校進学だった。通信制高校に入り、05年に関大文学部をAO入試で受験。面接で志望理由を聞かれ、「生きるため」と答えた。
生きることは学ぶこと、学ぶことは生きること、なのかな。最近、学ばなくなるということは社会性という観点から見るとの人間の死ではないかと考えることがあったので、人生の終わりに改めて学びの道に入ったこの人の生き方はとても美しいと感じた。
最近ずっと勝手にイライラしていて、焦燥感みたいな気持ちがずっと消えなかった。それは単に担当しているプロジェクトがリリース間近だからとか、タスクが多すぎるからだろうと思ってたんだけど、落ち着いて考えたら少し原因が分かった。理想と現実のギャップが大きいからだと。
提供したいこととクライアントから求められることのギャップ、自分の考えた・思い描いていたものと出来上がったもののギャップ、自分が伝えたことと相手が理解したことのギャップ、今やっていることと最終的にやりたいことのギャップ、力を注ぎたい所と時間を割かれてしまっているところのギャップ、などなど。
担当しているプロジェクトでうまくディレクション出来なかった事への反省もあるし、自分の処理能力の低さ加減にもイライラしたりしているけれど、総じてまとめると「理想と現実のギャップ」に集約される。誰かのせいにするつもりは全くなく、チームでやっていることを否定するわけでもないという前提で、全ては自分の力不足。そういればそういえばだれかに「いわごろは理想が高すぎる」と言われたっけ。
「理想と現実のギャップを埋めるのがマネジメントの仕事」と某社長が言っていたけれど、理想を持つことは悪いことではないとは思っている。ただ、それに焦って勝手にイライラするのではなく、目の前の仕事というつい近視眼的になってしまうプロジェクトやタスクをこなしながら、理想とするゴールはきちんとぶれないようにしっかり定めつつ、すべてのプロジェクトやタスクをそのゴールへの通過点としなければ、と自戒。今は出来るところまでやってみる。ゆったり構えたり諦めたり自分の専門を決めるのは、もうちょっと年取ってからでいい。若い青いと言われても、実際に若いし青いんだからしょうがない。と開き直る。
26歳になりました。毎年誕生日にはブログを書いてると思ってたんですが、23歳を最後にここ2年ほどは書いてなかったみたいです。でもまぁ、最近ブログあんまり書いてないので、考えている事を整理がてら残しておくことにします。たぶん散漫でまとまりがない文章になると思いますが。
今の自分の頭の中で漠然と思っているのは、福井で暮らしながら、福井のクライアントと生活者のために、チームとしてはコミュニケーション、いわごろ個人としてはインフォメーションアーキテクチャを軸に、顔の見える個人に向けて一つ一つ丁寧に仕事をしていきたいなぁということです。これまでこのブログに書いてきたいくつかの目標の中から、こぼれ落ちている物(ex.技術)もあれば変わらずに持ち続けている物(ex.ウェブ)もあり、いろいろ形を変えながらではありますが、今に至ります。
なんとなくではありますが、思い通りになる事よりも、思い通りにならない事の方が最近増えてきたように思います。そのおかげかどうかは分かりませんが、以前に比べるとだいぶん寛容になったと思いますし、どうせいろいろこぼれ落ちてしまうのだからと自分の考えや想い自体は以前にも増して刺々しくなっているようにも思います。
また、自分を壊そう壊そうと意識的に動いていたりもします。今までの自分が作りそうな物をいったん否定してから物を考えていくようにしたり、新しい分野になるべく顔をつっこんでいろいろなことを覚えたり、これまで得たことを学び直したりということも意識的にやっています。若干散漫な感じもしていて、フォーカスがゆるんでいるという風にも思っていたりはしますが、仕事でもスケジュールやクオリティを守れる範囲であえてカオスにカオスになるようにしています。今後のためには、無駄なことではないだろうと思って。
僕が仕事をし始めたときの初めての上司というか、先輩的な人と僕が初めて会ったとき僕は17歳でその人は26歳くらいだったように思います。1・2歳間違ってるかも知れませんが、まあその人はそのぐらいの年でした。その人みたいになろう、なんて事は今は思っていませんが、これまで仕事をしてきた中で、26歳になったときに、26歳の時のその人を超えられているだろうか、みたいなものが心のどこかにずっとありました。
超えるも何も時代や社会の環境も違うし、何をもって超えたとするのかという明確な基準があるわけでもないです。そしてその人はそのときから8年くらい経ってまたどんどん先を走っていっているので、永遠に追いつくことはないでしょうし、距離が縮まっているのか、差が開いていっているのか、それさえもよく分かりません。
ただ、けして縛られているという意味ではなく、これからもずっとどこかでその人の影を追いかけていくような気がしています。向こうにしたらはた迷惑な話かも知れませんが、個人的にはその人のような羅針盤的な人と出会えたことはとても幸せなことだと思うし、僕が言う話ではないと思いますが、東京でどんどん先を走っていって欲しいと勝手に思ったりしています。僕もその背中を追いかけて、若干向かう方向は違うのかも知れませんが、福井で走っていきたいと思っています。ちっぽけではありますがこれまで蓄えてきたスキルと経験と17歳の時の初心を両方忘れずに、明日もまずは目の前のことをきちんと形にしていきたいと思います。不束者ですが、26歳になったいわごろを宜しくお願いします。
偉そうなことを書きますが、毎度のことなのでご容赦下さい。野村監督と桑田投手の対談を見ていて、「ただ頭数だけが揃っているのが集団」で、「人が互いに機能するのがチーム」だという野村監督の言葉を聞いた。福井で仕事し始めてもうすぐ半年で何となく福井の事情みたいなものが分かってきたり、会社からどこまで本気かどうか知らないけれど別にビル建ててウェブのチームを作れみたいなことを言われていて、自分の中で禁句に近かった「チームをつくる」事への意欲が少しづつ沸いてきた。
福井の人は、とにかくまとまらない。「日本一社長が多い県」というのも、「独立心の強さ」ではなく「協調性の無さ」から来るものだと思うんだけれど、とにかく独立したり個人事業主という人が多い。それはそれでひとつの生き方だからいいんだけれど、チームになればもっといろんな事が出来たりクオリティを高めたりできるだろうにと、もったいない感じがしている。
個人的にはチームみたいなものを作ろうとして一度勝手に失敗しているのでトラウマ的な感じではあるんだけれど、今の会社でウェブを専属でやっているのが僕だけという状況が拍車を掛けているのか知らないが、仲間がもっとほしいと思う機会が増えた。それはウェブの人だけで固まろうという意図はなく、逆にそれは嫌で、コミュニケーションというひとつの軸でウェブもマスも関係なくクライアントとユーザを繋ぐことができるチームを作りたいなぁ、というかそういうチームで働きたいなぁと思う。
それは独立して社長になりたいとか、マネージャーになりたいという意味ではなくて、それは前述のトラウマもあってどちらかというと嫌だし客観的に見ても適材ではないと思う。必要であればやることは拒まないけれども、そういうチームがあって、その一員としてきちんと現場で動いていたい。今の会社はそれのベースにはとても最適だと偉そうに勝手に思っているけれど、まだまだ足りない要素が多いとも感じる。何も急ぐことはないので、ゆくゆくの目標。そのために、目の前のことをしっかりやります。
ノーコメント(謎)
初恋の人からいわごろさんへお手紙が届きました。
いわごろ、元気にしてる?
今でも長ズボンの丈は微妙に短いままですか?洗濯で縮んだって必死に言い訳していたいわごろをなつかしく思います。束縛の激しいいわごろが重苦しくて、私が「もっと余裕がある人がいい」と宣告してお別れすることになったあの日から、もう10年が経ったのですね。月日が流れるのは早いものです。
あ、そうそう、お手紙を書いたのは何か理由があるわけではないんです。ひさびさに友達に会ったときにいわごろの話題になってなつかしかったので、思いつくままに手紙でも書こうかなって。
思い返してみると、あのころは二人とも子供っぽかったなぁという印象があります。いわごろは「ミニスカートは他の男の前ではダメ」とか言うし、子供っぽい私もそれに対抗して、黙って他の男を誘惑していたのを覚えています(浮気したか?んー、それはかわいそうだから内緒)。私は重苦しいいわごろを避けるようになっていたけど、もう少し他に方法がなかったものかと反省しています。
そういえばいわごろにとっては私が初恋の相手なんですよね?だからか、いわごろは最初のころ、とてもかわいかった印象があります。確か手をつなぐのでさえ「なんかごめんね。ごめんね」なんて言っていたから、少し気持ち悪いけど、緊張しているんだなぁと思ったものです。
いわごろの告白って、いきなり「付き合ってほしい。いつか結婚してほしい」でしたよね。それに引かずにOKすることができた私を思い出すと、正常な判断能力がなかったなぁと恥ずかしい気持ちになります(照)。
いわごろと付き合えて本当によかったなぁと思うところは、「恋愛をしないほうが楽なときもある」ということを学べたことです。いわごろと別れた後、恋愛依存の私が「もうしばらくは恋はいいや」と思えたのは、とても大きいことです。ありがとう。
いろいろ書きましたが、私はいわごろのことがそれでも好きでした。これからもいわごろらしくいられるよう、あと女の子にすぐ手品を披露するのはそろそろやめて(笑)、幸せをふりまいてください。
またいつか会いましょう。では。
P.S. いわごろが誕生日にくれたキャッチャーミット、使い道がないので捨てていいですか?
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いわごろさんについての分析結果は以下の通り。
【短評】
温和で優しい。人柄は好まれるが、女性をドキドキさせない。また気を遣いすぎて疲れることも。【あなたの恋愛事情を考察】
いわごろさんは基本的に、周囲(相手)に合わせることがクセになっていて、自分らしさを見失う傾向にあるようです。振る舞いにブレがあり、芯がしっかりしている印象に欠けるので、女性からすると頼りがいはあまり感じないかもしれません。初期の恋愛においても、印象値はそう高いわけではなく、かといって変にアピールすれば空回り感が出るのは否めません。「なんとなくいい人」か「うざい人」のどちらかになってしまうことが多いのではないでしょうか。
好かれるために頑張るとうまくいきません。好きになってもらわなければ意味がないと悟り、腰を落ち着けて自分から動きすぎず、人を惹きつける要塞のような構えが必要とされています。
ここから言える、いわごろさんにありそうな問題点を列挙します。
◆空回りか、地味なままで終わりやすい。
◆優しさや思いやりがあるが、発揮できずに終わりやすい。
◆頼りがいがないと思われやすい。