シンプリシティの法則

2009/02/13(Fri) Book

シンプリシティの法則 表紙
シンプリシティの法則
ジョン マエダ (著), John Maeda (原著), 鬼澤 忍 (翻訳)

法則1 削減
法則2 組織化
法則3 時間
法則4 学習
法則5 相違
法則6 コンテクスト
法則7 感情
法則8 信頼
法則9 失敗
法則10 1

シンプルな文章からあふれ出る大量の示唆は、すばらしいの一言に尽きる。その示唆を実際の仕事の中で試行錯誤しながら理解していくことで、シンプリシティを体得できるのだろう。ひとつひとつやっていこう。

福井新聞 – 越山若水 2009年02月12日

2009/02/12(Thu) Clip

福井新聞 – 越山若水 2009年02月12日

2009年02月12日

ブログとは、個人がネット上で日記や写真を公開するホームページ。そのブログに執拗な中傷や非難が殺到する現象を「炎上」と呼ぶ。閉鎖に追い込まれる例もある

先週、ブログ炎上に関して警察が動いた。殺人犯であるかのようなコメントや「死ね」「殺してやる」といった脅し文句を書き連ねた19人を摘発した

聞くところによると、彼らにそれほど悪質なことをした意識はなく、まして警察沙汰(ざた)になるとは全く思わなかったらしい。ブログ書き込みで一斉摘発した例は過去にない

まさに匿名性の負の部分があらわになった。相手に面と向かうわけでなく気遣いは無用。感情のブレーキが利かなくなり次第に別世界へと入り込み冷静さを失ってしまう

ネット普及の陰で、脅迫や名誉棄損に関する警察への相談が増えている。2003年は約3600件。07年にはその2.4倍、8800件を超え、1万件の大台も時間の問題である

ブログ炎上に限らず、中高校の学校裏サイトや自己紹介の携帯プロフでも暴力的な言葉のいじめが飛び交っている。それを苦に生徒が自殺した悲報も届いている

ネットは誰もが意見や反論を交わせる自由な空間だ。ただ明らかに公共空間であり単に鬱憤を晴らす場ではない。匿名性をいいことにルールなき無法地帯であれば、せっかくの自由性にもネット(網)がかけられる。

「匿名性の負の部分」じゃなくて「人間の負の部分」。匿名じゃなくても人は人を殺してる。「せっかくの自由性にもネット(網)がかけられる」なにこのうまいこと言ってやったぜ的な結び。公共広告機構の広告と自社広を純広で全部埋めてから言いましょう。

マスメディアの権威なんてもう無いんだから、時事通信だか共同通信だか知らないけど通信社からの配信記事で紙面を埋めるのではなく、地元のニュースで紙面を埋め尽くす取材力つけておかないと。よく見たら地元記事にひとつも記者の署名ないし、意味分からん。

さて、このエントリも「匿名性の負の部分」なんでしょうか?一応実名ブログなんですけど。ということで匿名でも実名でも人は言うよと言う話。

自由という名の不自由な世界へようこそ。

2009/02/11(Wed) Diary

めったに見せない自分の心の中を見せたからには、見せた相手の心の中も知りたくなってしまうという罠。最後はちょっとズルイと思ったけど。たまにこういう頭のいい人と出会えるから、生きることはやめられない。タイトルと本文は全く関係ありません。

巧告。

2009/02/11(Wed) Book

巧告。 表紙
巧告。
企画をヒットさせるために広告クリエイターたちが考えること
眞木 準 (著), 副田 高行 (著), 中島 信也 (著), 山本 高史 (著), 京都広告塾 (編集)

「表現」という営みに参加しているぼくたちが達成すべき目的は何なのかといえば、それはやはりコミュニケーションをつくることではないでしょうか。

会社の人に借りて読んだ本。会社の環境上広告系の、これまで自分が買おうと思っていなかった本がいっぱい転がっているので、ちょくちょく本棚を覗かせてもらっては借りている。

最近よく言っている言葉だけれど、ウェブを作る人は、まあウェブの知識も必要なんだけれどそれはあくまで最低限やるべきことなので、それ以外にグラフィックデザインとか広告とか認知社会学とか宗教とか、そういうウェブ以外の知識を仕入れた方が良いと思う。本でも映画でも人に会うのでも良いけど。

ウェブの人は、どうも思想を持っている人が少ない。たまにいるのだけど、そういう人はたいていどこか違う分野でそういった思想を確立させてからウェブに来ている人が多いように思う。じゃあお前は持ってるのかと言われれば持ってないのだけど、持とうとしてるからもうちょっと待って。

以下返してしまうので付箋を付けたところの書き出し。

クリエイティブディレクター 山本高志
・受け手の言って欲しいことを言ってあげる。
・大きな声を出すこと、相手の知らないことを言ってあげること、受け手が言って欲しいことを言ってあげること。
・ふつうの人であること。
・世界最小最軽量のバカ
・「20本のバラからのぞく妻の顔は20年前の笑顔でした」これははっきり言ってしまえば嘘です。

アートディレクター 副田高行
・写真、タイポグラフィ、イラスト、タレント

CMディレクター 中島信也
・「あなたは頭は悪いが足が速い。コースは私が考えるから、そこをつっ走れ。(佐藤雅彦)」
・「表現」という営みに参加しているぼくたちが達成すべき目的は何なのかといえば、それはやはりコミュニケーションをつくることではないでしょうか。
・「すぐれた才能にすごい努力を掛け算して、さらにそこに「悪」を掛けてしまえば、社会にとって役に立たないどころか、その仕事は社会に対して悪い影響を与えるものになってしまいます(稲森和夫)」

コピーライター 眞木準
・キャリアを生かした社会貢献は、当然の責務だと考えているからです。

Web情報アーキテクチャ

2009/02/11(Wed) Book

Web情報アーキテクチャ 表紙
Web情報アーキテクチャ
最適なサイト構築のための論理的アプローチ
ルイス ローゼンフェルド (著), ピーター モービル (著), Louis Rosenfeld (原著), Peter Morville (原著), 篠原 稔和 (翻訳), ソシオメディア (翻訳)

情報アーキテクチャが優れていれば、テクノロジーがユーザに与える疎外感や圧迫感は減少します。それと同時に、人々の満足感が増強され、企業の利益も増加します。人々の満足感と企業の利益とを同時に増強できる職業は、非常に希です。是非とも楽しんでください。

今までコツコツ仕入れてきた知識が体系的にまとまっているので、復習と新たな発見もあっておもしろい。これを読んだからと言って何かが始まるわけではないけれど、外す訳にもいかんかなという感じ。

しかしまあどんな分野もそうかもしれませんが、インフォメーションアーキテクチャをやろうとするとウェブやデザインやテクノロジーや心理学系やそれこそ宗教まで、いろんな知識が必要だと感じるし、足りないなと痛感しますな。「広く深く」というアプローチは、「狭く深く」やっていくことで自然とそうなるような気もしてきた。

広く深く

2009/02/08(Sun) Clip

デザインする人に必要な能力は?:DESIGN IT! w/LOVE

勘違い人が多いように思いますが、知識があるから疑問をもつことができるのです。知識はわかるために必要なのではなく、わからないことを発見するために必要なのです。

知識が多ければ多いほど、わからないことは多くなるんですね。

最近必要に迫られて様々な本を読んだりして新しい知識を得ようとしていて、知れば知るほど新しい疑問が出てきて終わりが無くてどうしようかと思ってたんだけれど、これを呼んでちょっと気が楽になった。

「浅く広く」ではなく、「狭く深く」でもなく、「広く深く」でいける所までいってみる。

トビーとコロ

2009/02/08(Sun) Diary

トビー

会社には、トビーというボーダーコリーの犬がいます。毎朝ご主人と一緒に出勤してきます。お客さんが来たらお迎えしたり、僕が疲れたら遊び相手になってくれたり、逆に僕が忙しいときでもロープのひっぱりっこをしようと寄ってきます。頭の良い、かわいいやつです。

コロ

家には、コロというビーグルの雑種の犬がいます。平日は朝ギリギリに起きて夜遅く帰ってくるので全然会えませんが、今日みたいな週末は一緒にひなたぼっこをしました。なにをするわけではないのですが、座ってると膝にあたまをのっけてくる、かわいいやつです。

二人は体格はコロの方がだいぶちいさいのですが、黒い顔に白い鼻筋という同じような顔をしていて、なんとなく似たような雰囲気を感じてしまいます。ここ数年実家に住んでいなくて久しぶりにコロにあったら、もうよぼよぼになってました。17歳なのでもうおじいちゃんです。

会社には呼んだらすぐ来てピョンピョン走り回るトビーがいて、家には耳が遠いのか呼んでもどっちから呼んでるのか分からずキョロキョロしているコロがいます。トビーの毛並みはツヤツヤしていて、コロの毛並みはもうパサパサです。同じような顔をした二人りだから、あまりにもギャップがありすぎて。せっかく実家に帰ってきて一緒にいられる時間が増えたんだから、なるべく長くコロと一緒にいたいなぁと思います。

おはよう、今日も元気です。

2009/02/08(Sun) Clip

れっかブログ 終了のお知らせ

私は日々、思う事や信じる事を私なりの観点でこのブログで書き綴ってきましたが、たとえば「それは書かなくてもよい」「それは言うべきではない」と私以外の人に判断されてブログを書くことには何ら意味を見いだしません。

こんな性格なので、政治的なこと、歴史的なこと、社会的なこと、もしくは施設や業者などの実名を挙げてのブログをさんざん書いてきましたが、それについても書かないことが望ましいと言われれば、もう書けることがありません。「おはよう、今日も元気です」それだけのブログならば、私が書かなくてもいいような気がします。

私にとっては、leccaであることと、自分のプライベートや信念には、なんら壁がありません。社会への憤りや不満、政治や宗教に関する考え、日々感じること全てが私の発言と行動、音楽へとつながっています。ここのブログを書くことの面白さも、日々音楽だけでは伝えきれない自分のメッセージを載せることができるというところにあったのですが、leccaとしてそれはやって欲しくない、とスタッフから言われたのでやめることにしました。ただし、私は口を封じられることも、自分の発言をなかったことにされることも断じて容認しません。いかにスタッフだとしても、私の過去のブログ記事を抹消して、私が深夜1、2時間かけてせっせと心をこめて書いた文章、それに全国から皆が移動中/休憩中/就寝前(ときには仕事中)などにせっせと入力してくれたコメントをなかったことにすることが断じて許せません。

結局いわゆる芸能人ブログに感じている僕の違和感ってこれなんだなと思った。今163件購読しているRSSの中に芸能人はほとんどおらず、過去に購読していた酒井若菜とかの何人かの芸能人たちはだんだんブログをやめていってしまう。(水樹奈々のブログは購読しているけどあれは写真を観たいだけで文章もコメントも読んでない(謎))。

注意してみないと分からないけれど著名人が仕事場であった著名人を撮影した写真の中には絶対に某事務所のタレントは写らないし、いわゆる「おはよう、今日も元気です」ブログをただ一方的に書いて、好意的なファンのコメントのみが掲載される。ネガティブコメントはなかったことにされる。

スマイリーキクチの件までいってしまったらそれは罰せられてしかるべきだと思う。酒井若菜も書いていたけれど、ファンとの交流と言えば聞こえが良いが、芸を生業にして生きている人間がその商業上の人格のままファンに暖かいコメントという許しを請うているような感じがする。商業上の人格を捨てた個人で書くのは好きにすればいいと思う。

商業上書けない事があるのは仕方ないとしても、芸能人として芸を生業として生きていきその人格でブログを書くのであれば、まっとうな批判コメントを正面から受け入れるべきだと思うし、それをする覚悟がなかったり商業上思想信条を公表するのが好ましくないのであれば、毎月の定期収入という甘い誘惑に負けずにテレビの中だけにいるべきではないかと思う。

雑感

2009/02/03(Tue) Diary

雑感ていうかメモ。

・新しい会社で1ヶ月。笑いの成果は高く評価してもらってるような感じ(謎)。ただ仕事での成果はまだまだ。今月からぼちぼち形になっていくので、その成果や過程を見て評価してもらうしかない。立場が変わったり仕事の進め方がまだ改善の余地ありまくりだったりで悩ましいことも多い。ひと月終えてみて、社内の人とクライアントから必要とされる人になりたいと思った。やはり僕の基本はこれみたいだ。

・ウェブは広告やグラフィックの世界からいろいろ学べるのではないかという思いだったんだけど、やはりその通り。扱う仕事の内容も違うし、デザイナーさんが作ってくれるデザインもウェブの世界とは違う。なによりも道具を作ることではなく、何を伝えたいのかによりフォーカスできるのはやりがいがある。

・いろいろな知識を得られる反面、ウェブの話題や、進行中のプロジェクトの詳細について深いところまで共有できる人がいないという孤独感というか焦燥感というかなんかそういうのもあり。組織の中の役割上、たぶん気を抜くと真っ先に組織のボトルネックになってしまいそうなので気をつける。周りの人もそれを気遣ってくれてるのは素直にありがたい。きちんとそれに答えられるように。

・全然関係ないけどオバマさん誕生。案の定リーダーシップがあるだの若さがあるだの果てはかっこいいだのに続いてお約束の「それにくらべてうちの首相は」という展開。そんなにオバマさん好きならアメリカ行ってアメリカ人になればいいのに。所詮他国の首相なんだからそれに期待するとかなんとかって話が他人依存。よそはよそ、うちはうち。自立しましょう。

・万年筆買った。最初は書きにくかったけどだんだん慣れてきていいかんじ。でも換えインクを5本注文したつもりが疲れてて頭がおかしかったのか6個入りを5個注文してしまって明日30本も届く。どうしよう。

学歴がどうのこうの

2009/02/03(Tue) Clip

学歴と職について – 言語ゲーム

そこが私のコンピュータ業界への入り口でした。入って分かった事は、ここでは学歴という物が全く問題視されないという事です。美大卒という怪しい経歴にも関わらず、すぐに給料は倍に増えましたし、大学の話が会話に登る事すらありません。やっぱり若い業界って素晴らしい。

僕は書類上は通信制高校卒なのですが、当時は仕事ばかりしていたのでその時に何を学んだかさえろくに覚えていなくて、まともに学校という場で学んだのは中3の始めくらいまでです。基本的に僕は学歴については、医者とかその職につくために必要なら取ればいいし、そうでないならとってもとらなくても良いのではないかと思ってます。

とはいえ、やっぱり無いものの立場として、少し前まではコンプレックスまではいかないけれど、気にはなっていました。高卒の人をひとつかみ、大卒の人をひとつかみして競争させると、「確率的」に大卒の方が優秀な人は多いです。個人的にこれまでであった人を見ていてもそう思います。

僕がいままで何となくやってこれたのは、インターネットという学校では学べない分野を仕事にしたからであって、それでお金を稼ぐにはそれにふれるのが一番の近道だったからだろうと思います。これが興味を持ったのが医学であったら、おそらく今僕はもっときつい状態であっただろうと思います。

今仕事をしていて思うのは、学歴があるかないかではなく、「学(知識や考える力)」自体や、「学を得続けようとする力」をもっているかどうかが大切なんだろうなということ。そして、学歴があったからと言って学を手に入れられるとは限らないですが、あった方が「手に入れやすい」んだろうな、という事。学歴が無くても学は手に入ると、若干願望も入っていますが、そう思います。しかしまあ、眠いですなぁ。

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