器の小さい人の話。

2009/02/16(Mon) Diary

相手の言っていることが本心なのかどうかは、聞いてる方はもちろん判断するのは難しいし、言っている本人でさえ明日・明後日・明明後日には変わってしまうかもしれないのだから、誰にも分からない。自分の思った事をそのまま口に出し、聞く方も行間を読んだりせずその言葉のまま感じたとしても、その言葉の感じ方が人それぞれなのだから、「ありがとう」という一言をとってもその重さは千差万別になってしまう。

結局それを確認する手段は、その人の言葉と行動のずれを見ていくことで、相手が言葉に込める重さやその言葉について相手と自分が感じるもののずれを知る事しかないのかもしれない。そのためには時間がいるのだろう。時間と言ってもただ闇雲に時が過ぎればいいのではなく、様々なことについて話し合ったり、同じ事に取り組んだりする時間ということなのだろう。

後悔したことはあまりないのだけれど、反省したことは多々ある。その反省事が増えれば増えるほど人は判断に迷うようになるのだとしたら、今回は前回よりもいいものでありたいという思いから迷っているのであれば、迷う事そのものはそんなに悪いことではないのかもと最近思った。「若い人は勢いがある」という事が、反省事そのものが少なく必然的にそこから来る迷いが少ないということならば、僕は間違いなく若くはないんだろうなと思う。

「空」の概念を若干間違えて解釈してるのは分かっているんだけれど、僕は社会における僕という存在は他者からの承認によって成り立っているのだと思っている節がある。そして、それは無理に全ての人に承認して欲しいのではなくて、自分を必要としてくれる人だけで構わないと思っている。なんだか矛盾しているのは分かっているんだけれど、「承認してくれる」ことが「僕が相手を承認する理由」になっている。なんとも可愛げのない、器の小さい奴だこと。

ウェブの仕事力が上がる標準ガイドブック Webディレクション

2009/02/15(Sun) Book

Webディレクション 表紙
ウェブの仕事力が上がる標準ガイドブック
Webディレクション
益子 貴寛 (著), 細川 英樹 (著), 山本 聰 (著), 原 一浩 (著), 佐藤 伸哉 (著), 坂本 貴史 (著), 浅野 紀予 (著), 渡辺 隆広 (著), 境 祐司 (著), 長谷川 恭久 (著)

以前これのWebリテラシー編を読んで、読み物として面白かったことと、体系的に学び直すことによって新たな気づきがあったり自分の弱いところが明確化されることを知り、ディレクション編も買ってみた。シリーズのWebプロデュースも買ってみようかな。

前々から分かっていたことではあるけれど、リサーチとマーケティングが弱いことに改めて気づく。リサーチは職務上クライアントから必要とされることが多いので強化していくと思うけれど、マーケティングはどうだろう。

正直福井の市場は全体感で見るとまだ立ち上げだったりリニューアルだったりというフェーズで、その運用や活用に重きを置いているクライアントが少ない。もちろん作る側の僕らがその重要性を知ってもらう活動はしないといけないと思うけれど、今はまだ構築や再構築に関するスキルを上げていった方がお金になると言うのはシビアに見て正しい気がする。

ただ全くいないわけではないと思うので、ひとつ協業してやっていけるクライアントさんがみつかれば、そこと数年というスパンで一緒にやらせてもらいながら福井に適したネットのマーケティングだったりというのが見つけられるかもしれない。

シンプリシティの法則

2009/02/13(Fri) Book

シンプリシティの法則 表紙
シンプリシティの法則
ジョン マエダ (著), John Maeda (原著), 鬼澤 忍 (翻訳)

法則1 削減
法則2 組織化
法則3 時間
法則4 学習
法則5 相違
法則6 コンテクスト
法則7 感情
法則8 信頼
法則9 失敗
法則10 1

シンプルな文章からあふれ出る大量の示唆は、すばらしいの一言に尽きる。その示唆を実際の仕事の中で試行錯誤しながら理解していくことで、シンプリシティを体得できるのだろう。ひとつひとつやっていこう。

福井新聞 – 越山若水 2009年02月12日

2009/02/12(Thu) Clip

福井新聞 – 越山若水 2009年02月12日

2009年02月12日

ブログとは、個人がネット上で日記や写真を公開するホームページ。そのブログに執拗な中傷や非難が殺到する現象を「炎上」と呼ぶ。閉鎖に追い込まれる例もある

先週、ブログ炎上に関して警察が動いた。殺人犯であるかのようなコメントや「死ね」「殺してやる」といった脅し文句を書き連ねた19人を摘発した

聞くところによると、彼らにそれほど悪質なことをした意識はなく、まして警察沙汰(ざた)になるとは全く思わなかったらしい。ブログ書き込みで一斉摘発した例は過去にない

まさに匿名性の負の部分があらわになった。相手に面と向かうわけでなく気遣いは無用。感情のブレーキが利かなくなり次第に別世界へと入り込み冷静さを失ってしまう

ネット普及の陰で、脅迫や名誉棄損に関する警察への相談が増えている。2003年は約3600件。07年にはその2.4倍、8800件を超え、1万件の大台も時間の問題である

ブログ炎上に限らず、中高校の学校裏サイトや自己紹介の携帯プロフでも暴力的な言葉のいじめが飛び交っている。それを苦に生徒が自殺した悲報も届いている

ネットは誰もが意見や反論を交わせる自由な空間だ。ただ明らかに公共空間であり単に鬱憤を晴らす場ではない。匿名性をいいことにルールなき無法地帯であれば、せっかくの自由性にもネット(網)がかけられる。

「匿名性の負の部分」じゃなくて「人間の負の部分」。匿名じゃなくても人は人を殺してる。「せっかくの自由性にもネット(網)がかけられる」なにこのうまいこと言ってやったぜ的な結び。公共広告機構の広告と自社広を純広で全部埋めてから言いましょう。

マスメディアの権威なんてもう無いんだから、時事通信だか共同通信だか知らないけど通信社からの配信記事で紙面を埋めるのではなく、地元のニュースで紙面を埋め尽くす取材力つけておかないと。よく見たら地元記事にひとつも記者の署名ないし、意味分からん。

さて、このエントリも「匿名性の負の部分」なんでしょうか?一応実名ブログなんですけど。ということで匿名でも実名でも人は言うよと言う話。

自由という名の不自由な世界へようこそ。

2009/02/11(Wed) Diary

めったに見せない自分の心の中を見せたからには、見せた相手の心の中も知りたくなってしまうという罠。最後はちょっとズルイと思ったけど。たまにこういう頭のいい人と出会えるから、生きることはやめられない。タイトルと本文は全く関係ありません。

巧告。

2009/02/11(Wed) Book

巧告。 表紙
巧告。
企画をヒットさせるために広告クリエイターたちが考えること
眞木 準 (著), 副田 高行 (著), 中島 信也 (著), 山本 高史 (著), 京都広告塾 (編集)

「表現」という営みに参加しているぼくたちが達成すべき目的は何なのかといえば、それはやはりコミュニケーションをつくることではないでしょうか。

会社の人に借りて読んだ本。会社の環境上広告系の、これまで自分が買おうと思っていなかった本がいっぱい転がっているので、ちょくちょく本棚を覗かせてもらっては借りている。

最近よく言っている言葉だけれど、ウェブを作る人は、まあウェブの知識も必要なんだけれどそれはあくまで最低限やるべきことなので、それ以外にグラフィックデザインとか広告とか認知社会学とか宗教とか、そういうウェブ以外の知識を仕入れた方が良いと思う。本でも映画でも人に会うのでも良いけど。

ウェブの人は、どうも思想を持っている人が少ない。たまにいるのだけど、そういう人はたいていどこか違う分野でそういった思想を確立させてからウェブに来ている人が多いように思う。じゃあお前は持ってるのかと言われれば持ってないのだけど、持とうとしてるからもうちょっと待って。

以下返してしまうので付箋を付けたところの書き出し。

クリエイティブディレクター 山本高志
・受け手の言って欲しいことを言ってあげる。
・大きな声を出すこと、相手の知らないことを言ってあげること、受け手が言って欲しいことを言ってあげること。
・ふつうの人であること。
・世界最小最軽量のバカ
・「20本のバラからのぞく妻の顔は20年前の笑顔でした」これははっきり言ってしまえば嘘です。

アートディレクター 副田高行
・写真、タイポグラフィ、イラスト、タレント

CMディレクター 中島信也
・「あなたは頭は悪いが足が速い。コースは私が考えるから、そこをつっ走れ。(佐藤雅彦)」
・「表現」という営みに参加しているぼくたちが達成すべき目的は何なのかといえば、それはやはりコミュニケーションをつくることではないでしょうか。
・「すぐれた才能にすごい努力を掛け算して、さらにそこに「悪」を掛けてしまえば、社会にとって役に立たないどころか、その仕事は社会に対して悪い影響を与えるものになってしまいます(稲森和夫)」

コピーライター 眞木準
・キャリアを生かした社会貢献は、当然の責務だと考えているからです。

Web情報アーキテクチャ

2009/02/11(Wed) Book

Web情報アーキテクチャ 表紙
Web情報アーキテクチャ
最適なサイト構築のための論理的アプローチ
ルイス ローゼンフェルド (著), ピーター モービル (著), Louis Rosenfeld (原著), Peter Morville (原著), 篠原 稔和 (翻訳), ソシオメディア (翻訳)

情報アーキテクチャが優れていれば、テクノロジーがユーザに与える疎外感や圧迫感は減少します。それと同時に、人々の満足感が増強され、企業の利益も増加します。人々の満足感と企業の利益とを同時に増強できる職業は、非常に希です。是非とも楽しんでください。

今までコツコツ仕入れてきた知識が体系的にまとまっているので、復習と新たな発見もあっておもしろい。これを読んだからと言って何かが始まるわけではないけれど、外す訳にもいかんかなという感じ。

しかしまあどんな分野もそうかもしれませんが、インフォメーションアーキテクチャをやろうとするとウェブやデザインやテクノロジーや心理学系やそれこそ宗教まで、いろんな知識が必要だと感じるし、足りないなと痛感しますな。「広く深く」というアプローチは、「狭く深く」やっていくことで自然とそうなるような気もしてきた。

広く深く

2009/02/08(Sun) Clip

デザインする人に必要な能力は?:DESIGN IT! w/LOVE

勘違い人が多いように思いますが、知識があるから疑問をもつことができるのです。知識はわかるために必要なのではなく、わからないことを発見するために必要なのです。

知識が多ければ多いほど、わからないことは多くなるんですね。

最近必要に迫られて様々な本を読んだりして新しい知識を得ようとしていて、知れば知るほど新しい疑問が出てきて終わりが無くてどうしようかと思ってたんだけれど、これを呼んでちょっと気が楽になった。

「浅く広く」ではなく、「狭く深く」でもなく、「広く深く」でいける所までいってみる。

トビーとコロ

2009/02/08(Sun) Diary

トビー

会社には、トビーというボーダーコリーの犬がいます。毎朝ご主人と一緒に出勤してきます。お客さんが来たらお迎えしたり、僕が疲れたら遊び相手になってくれたり、逆に僕が忙しいときでもロープのひっぱりっこをしようと寄ってきます。頭の良い、かわいいやつです。

コロ

家には、コロというビーグルの雑種の犬がいます。平日は朝ギリギリに起きて夜遅く帰ってくるので全然会えませんが、今日みたいな週末は一緒にひなたぼっこをしました。なにをするわけではないのですが、座ってると膝にあたまをのっけてくる、かわいいやつです。

二人は体格はコロの方がだいぶちいさいのですが、黒い顔に白い鼻筋という同じような顔をしていて、なんとなく似たような雰囲気を感じてしまいます。ここ数年実家に住んでいなくて久しぶりにコロにあったら、もうよぼよぼになってました。17歳なのでもうおじいちゃんです。

会社には呼んだらすぐ来てピョンピョン走り回るトビーがいて、家には耳が遠いのか呼んでもどっちから呼んでるのか分からずキョロキョロしているコロがいます。トビーの毛並みはツヤツヤしていて、コロの毛並みはもうパサパサです。同じような顔をした二人りだから、あまりにもギャップがありすぎて。せっかく実家に帰ってきて一緒にいられる時間が増えたんだから、なるべく長くコロと一緒にいたいなぁと思います。

おはよう、今日も元気です。

2009/02/08(Sun) Clip

れっかブログ 終了のお知らせ

私は日々、思う事や信じる事を私なりの観点でこのブログで書き綴ってきましたが、たとえば「それは書かなくてもよい」「それは言うべきではない」と私以外の人に判断されてブログを書くことには何ら意味を見いだしません。

こんな性格なので、政治的なこと、歴史的なこと、社会的なこと、もしくは施設や業者などの実名を挙げてのブログをさんざん書いてきましたが、それについても書かないことが望ましいと言われれば、もう書けることがありません。「おはよう、今日も元気です」それだけのブログならば、私が書かなくてもいいような気がします。

私にとっては、leccaであることと、自分のプライベートや信念には、なんら壁がありません。社会への憤りや不満、政治や宗教に関する考え、日々感じること全てが私の発言と行動、音楽へとつながっています。ここのブログを書くことの面白さも、日々音楽だけでは伝えきれない自分のメッセージを載せることができるというところにあったのですが、leccaとしてそれはやって欲しくない、とスタッフから言われたのでやめることにしました。ただし、私は口を封じられることも、自分の発言をなかったことにされることも断じて容認しません。いかにスタッフだとしても、私の過去のブログ記事を抹消して、私が深夜1、2時間かけてせっせと心をこめて書いた文章、それに全国から皆が移動中/休憩中/就寝前(ときには仕事中)などにせっせと入力してくれたコメントをなかったことにすることが断じて許せません。

結局いわゆる芸能人ブログに感じている僕の違和感ってこれなんだなと思った。今163件購読しているRSSの中に芸能人はほとんどおらず、過去に購読していた酒井若菜とかの何人かの芸能人たちはだんだんブログをやめていってしまう。(水樹奈々のブログは購読しているけどあれは写真を観たいだけで文章もコメントも読んでない(謎))。

注意してみないと分からないけれど著名人が仕事場であった著名人を撮影した写真の中には絶対に某事務所のタレントは写らないし、いわゆる「おはよう、今日も元気です」ブログをただ一方的に書いて、好意的なファンのコメントのみが掲載される。ネガティブコメントはなかったことにされる。

スマイリーキクチの件までいってしまったらそれは罰せられてしかるべきだと思う。酒井若菜も書いていたけれど、ファンとの交流と言えば聞こえが良いが、芸を生業にして生きている人間がその商業上の人格のままファンに暖かいコメントという許しを請うているような感じがする。商業上の人格を捨てた個人で書くのは好きにすればいいと思う。

商業上書けない事があるのは仕方ないとしても、芸能人として芸を生業として生きていきその人格でブログを書くのであれば、まっとうな批判コメントを正面から受け入れるべきだと思うし、それをする覚悟がなかったり商業上思想信条を公表するのが好ましくないのであれば、毎月の定期収入という甘い誘惑に負けずにテレビの中だけにいるべきではないかと思う。

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