雑感

2009/02/03(Tue) Diary

雑感ていうかメモ。

・新しい会社で1ヶ月。笑いの成果は高く評価してもらってるような感じ(謎)。ただ仕事での成果はまだまだ。今月からぼちぼち形になっていくので、その成果や過程を見て評価してもらうしかない。立場が変わったり仕事の進め方がまだ改善の余地ありまくりだったりで悩ましいことも多い。ひと月終えてみて、社内の人とクライアントから必要とされる人になりたいと思った。やはり僕の基本はこれみたいだ。

・ウェブは広告やグラフィックの世界からいろいろ学べるのではないかという思いだったんだけど、やはりその通り。扱う仕事の内容も違うし、デザイナーさんが作ってくれるデザインもウェブの世界とは違う。なによりも道具を作ることではなく、何を伝えたいのかによりフォーカスできるのはやりがいがある。

・いろいろな知識を得られる反面、ウェブの話題や、進行中のプロジェクトの詳細について深いところまで共有できる人がいないという孤独感というか焦燥感というかなんかそういうのもあり。組織の中の役割上、たぶん気を抜くと真っ先に組織のボトルネックになってしまいそうなので気をつける。周りの人もそれを気遣ってくれてるのは素直にありがたい。きちんとそれに答えられるように。

・全然関係ないけどオバマさん誕生。案の定リーダーシップがあるだの若さがあるだの果てはかっこいいだのに続いてお約束の「それにくらべてうちの首相は」という展開。そんなにオバマさん好きならアメリカ行ってアメリカ人になればいいのに。所詮他国の首相なんだからそれに期待するとかなんとかって話が他人依存。よそはよそ、うちはうち。自立しましょう。

・万年筆買った。最初は書きにくかったけどだんだん慣れてきていいかんじ。でも換えインクを5本注文したつもりが疲れてて頭がおかしかったのか6個入りを5個注文してしまって明日30本も届く。どうしよう。

学歴がどうのこうの

2009/02/03(Tue) Clip

学歴と職について – 言語ゲーム

そこが私のコンピュータ業界への入り口でした。入って分かった事は、ここでは学歴という物が全く問題視されないという事です。美大卒という怪しい経歴にも関わらず、すぐに給料は倍に増えましたし、大学の話が会話に登る事すらありません。やっぱり若い業界って素晴らしい。

僕は書類上は通信制高校卒なのですが、当時は仕事ばかりしていたのでその時に何を学んだかさえろくに覚えていなくて、まともに学校という場で学んだのは中3の始めくらいまでです。基本的に僕は学歴については、医者とかその職につくために必要なら取ればいいし、そうでないならとってもとらなくても良いのではないかと思ってます。

とはいえ、やっぱり無いものの立場として、少し前まではコンプレックスまではいかないけれど、気にはなっていました。高卒の人をひとつかみ、大卒の人をひとつかみして競争させると、「確率的」に大卒の方が優秀な人は多いです。個人的にこれまでであった人を見ていてもそう思います。

僕がいままで何となくやってこれたのは、インターネットという学校では学べない分野を仕事にしたからであって、それでお金を稼ぐにはそれにふれるのが一番の近道だったからだろうと思います。これが興味を持ったのが医学であったら、おそらく今僕はもっときつい状態であっただろうと思います。

今仕事をしていて思うのは、学歴があるかないかではなく、「学(知識や考える力)」自体や、「学を得続けようとする力」をもっているかどうかが大切なんだろうなということ。そして、学歴があったからと言って学を手に入れられるとは限らないですが、あった方が「手に入れやすい」んだろうな、という事。学歴が無くても学は手に入ると、若干願望も入っていますが、そう思います。しかしまあ、眠いですなぁ。

スキルの価値は相対的

2009/01/25(Sun) Diary

前々から何となく思っていたことで、今も確証があるわけではないけれども。Aというシステム開発会社に、スキル100ptのプログラマーαさんと、スキル50ptのプログラマβさんがいたとして。そのA社の中の評価でいけば、αさんの方が評価が高くなる。

ある日、βさんがアパレル会社のB社に転職したとする。その会社はシステムの事に疎く未整備な点が多かったので、βさんは社内のインフラの整備や情報管理のシステムを組み上げたとする。当然αさんより長い納期をかけて、αさんより劣るクオリティのものが出来上がる。

その場合、βさんのスキル自体は向上していないのに、A社にいるときよりもB社にいるときの方が評価は高くなると思う。そして、βさん自身の仕事の充実感も、A社にいるときよりもB社にいるときの方が高いと思う。全体を見渡しても、A社もαさんも、B社もβさんも、だれも不幸になっていない。たぶん。

当然αさんであろうがβさんであろうがスキルを上げていくこと自体には100%コミットする必要があるのですが、現実は平等ではないのでスキルには差が出る。そこで無策にαさんに追いつこうとβさんが「がんばる(謎)」というのも有りだとは思うのですが、キャリアプランの中でブルーオーシャンを探すというのも、ありなのではないかと。

変わるものと変わらないもの

2009/01/25(Sun) Diary

新聞もテレビも減収減益で、「マスゴミ」とか「クイズ番組ばかり」と叩かれて久しいわけですが。コンテンツとパッケージと分けて考えたときに、コンテンツ力は衰えていなくて、パッケージが古くなっただけなんじゃないかと思ったり。

ネットユーザが新聞を読まないと言っても、ブログで批評する元ネタは新聞の記事なわけで。アルファブロガーだネットジャーナリズムだと言っても、仮に新聞社が潰れた時にそのアルファブロガー達が社会保険庁や内閣に対して取材するかというとたぶんしないし、信憑性は新聞以上に怪しいわけで。

テレビも、この時代に毎週同じ時間にテレビの前に座れと言うのが無理な話なだけであって。ニコニコ動画でMADを作って遊んでいる元はテレビ局が作った番組やニュースなわけで、それが無くなったら成立しないのではないかと。あんだけ衛星だなんだでチャンネルを増やしすぎてコンテンツ制作力が追いついていないだけで、制作力そのものは腐っていないのではないかと。

新聞は販売店の食い扶持の事とか、テレビは業界規模がシュリンクしてしまうと思ってやりたがらないとは思いますが、新聞は無料公開しているネットサイトを月額固定有料制にしたり、テレビはすべて番組単位で購入できるオンデマンド形式にしてあげると、短期的には現状の下げ止まりを止め、中期的には復興するのではないかと。パッケージが腐ってきたからと言って、コンテンツまでだめだと言ってしまうと、最終的にユーザが不利益を被ってしまう。

障害は個性か?

2009/01/24(Sat) Clip

向き合って 歌手・今井絵理子さん(25) (下) – 産経新聞

SPEEDのボーカル、今井絵理子さん(25)は重い聴覚障害をもつ長男、礼夢(らいむ)君(4)に言葉を教えるため、ともに口話法や手話を学び始めました。同じ立場にいる母親たちとの交流で「障害は個性。個性を認め合える社会になってほしい」という思いを強くした今井さん。息子の障害を公表し、音楽活動を通して、メッセージを発信し続けています。

障害は個性ではないだろう。障害は、その名の通り「身体の器官が何らかの原因によって十分な機能を果たさないこと。また、そのような状態。」であり、「物事の成立や進行の邪魔をするもの。また、妨げること。」という意味以上でも以下でもないと思う。「障害は個性」だとか、「その子を育てられる親の元に選ばれて生まれてきた」とかはただ美化して目を背けているだけなので止めた方がいいと思う。

個性という言葉は、「個性を伸ばす教育」とか「個性を潰している」という文脈で使われるポジティブなものであって、もし障害が個性だというなら、「耳の聞こえない子供が欲しい」とか「片腕のない子供が欲しい」とか、「肝機能障害のある子供が欲しい」という親がいるはずだけれど、そんな親は聞いたことが無く親の願いは常に「五体満足で健康に生まれてくること」。障害を軽く見ているわけではなく、きちんとネガティブな物だと認識せずに、個性だなんだと美化していると子供本人が不幸だと思う。

障害を持った子供の親は、つらいがまず「害」であることを認め、治療やリハビリで可能な限り正常な状態に戻すか、それが不可能であればその障害が影響しない道を示してあげる事こそがきちんと向き合うことなんじゃないかと思う。仮に自分の子供が障害を持ったら、そうするだろうと思う。そうしてもらって、感謝しているし。

障害を持っていると、それを明かすにしても、隠すにしてもしんどい。明かすと変な奴だと言われるか、障害を持っていてもがんばっていると言う人が大半で(全てではない)、そんな風に言われるのはしんどい。しかし隠すと、なんで誰でも出来る事が出来ないんだと言われたり、見た目が変だと言われ、それはそれでしんどい。綺麗事抜きで、障害を持って生まれて良かったと思っている人なんていないんじゃないだろうか。

障害を持った当人は、「障害があったから、人を思いやる気持ちを持つことが出来た」とか、「障害があったからそれをバネにしてがんばれた」と強制的に自分を肯定することが最善の策ではないかと思う。当人があまりに障害のことを気にしすぎると、今度はその当人を産んだ本当は何の落ち度もない親までが「自分のせいで…」とネガティブなスパイラルに落ちていってしまう。

この方法も目を背けていると言われてしまえばそれまでなのだけれど、僕が今考えつく最善の方法は、可能な限り正常な状態に近づける事を試みた上で、強制的に自分を肯定して障害が障害とならない道を探し、また、肯定しているように周囲に思ってもらう事ではないかと思う。と、読み返してみると、今井絵理子は美化する方向に向かい、僕は無視する方向に向かったというだけで共に現実から目を背けていて、本質的な所は同じではないかというような気がしてきた。

Mashup Seminar in FUKUI

2009/01/17(Sat) Event

Mashup Seminar in FUKUI
Mashup Seminar in Fukui

「Mashup Seminar in FUKUI」に行ってきた。会場に入った瞬間、「あ、なんか空気違う」と感じてしまって、その勘は当たっておもいっきりエンジニア向けの内容だった。イベントが悪いと言っているのではなく、ターゲットじゃなかったなと感じた。なので結構客観的に過ごした。イベント後の交流会にほとんどの人が残っていたので、エンジニアにはいいイベントだったのだろうと思う。

行く前に思っていたテーマが、「マッシュアップとか福井に必要なの?」ということ。ネットは好きだし、新しいテクノロジーが出てくることはとても楽しいと思う。でもそれを、どこかで「進化」ではなく飽きやすい人間の志向の「変化」だとか、それで福井の人の暮らしは何か変わるの?と思っている自分も同時にいるので、その変を考える時間になればと思っていた。

グローバルに考えようというという話とか、リクルートがマッシュアップを自社のビジネスに活用しているという話はたしかに理解できる自分もいるし、そういう話は好きだ。でも現実には福井で生活している僕の親の世代とか、限られた商圏で商売をしている会社には全然関係ないと思う自分もいる。「分かる人だけ分かっている」ような感じがどうも離れなかった。限られた人だけで盛り上がっている技術ってどうなの、という。

特に「世界はプログラミングできる物とプログラミングできない物の二つに分けられる」というキーワードには、悲しくなった。食べ物を作っている人もいれば、洋服を作っている人もいて世界は回っている。世界は二元論で語れるほど単純ではないし、安易な二元論は世界を疲弊させる。講演者は食べ物の生産なども含めた広義の意味でプログラミングという言葉を使っているようには思えなかった。

プログラミングを否定しているのではなく、自分の好きなものが最上位であるというような雰囲気がなんとなく理解できなかった。僕はウェブサイトを作ることやコーディングや情報設計がとても好きだけれど、それが最上は思ってなくて、それを使う人や利用する人がいて初めて存在できると思っているので、どちらかというと下位の事をしてると思ってる。

でもまぁ、この辺は個人の志向の話かもしれないです。医療ドラマでよくある、「臨床医は目の前の患者しか救えないが、研究医は未解決の病気の治療方法を発見することで数千人の患者を救える」というような話で、僕が前者をやりたいと言うだけの話か。どっちが大事とかではなく、両方必要なので。

ソーシャルレンディングサービス(匿名個人間での直接金融)

2009/01/14(Wed) IT

maneo

「ソーシャルレンディングサービス」というのがある。ネット上のマーケットプレイスを通じて「個人」と「個人」が匿名のままお金を貸し借りするサービスで、日本では「maneo」というサービスが既に稼働している。借りたい個人からすれば、消費者金融の金利は高いし銀行はそもそも個人に貸してくれるか分からない。貸し手からすれば、銀行預金していても利子は雀の涙で株式投資もこの市場状況。ということで、だいたい10%前後の金利で個人間での貸し借りを行うのを仲介するサービス。

具体的には「娘の大学への入学金」「飲酒運転の罰金」「クレジットカードからの借り換え」「愛犬の治療費」といった融資案件が出ている。そもそもそんなサービスを日本でやっていいのかという話だけれど、「maneo」では匿名組合(ファンド)を作ることで、貸し手側はそのファンドに参加して対象投資案件を直接指定し、借り手側はその匿名組合からお金を借りるという形式で成立させており、安い金利で入札した順番にマッチングが成立するオークション形式。

一番気になる匿名の個人間で融資して貸し倒れリスクがないのかという点だけれども、借り手側は所得証明や借り入れ状況などの信用情報と、保健書などで存在証明をし、事務局側が審査しスコア化される。また、貸し手は1個人への融資限度額が1万円以上20万円以下と少額に抑えられていて、事務局は分散投資するように誘導している。ただ当然のことながら元本保証なし。借り手側が融資を返済できなくなった場合は事務局から催促が行われるが、延滞発生90日以降は債権回収会社(サービサー)に債権を売却される可能性があり、その場合おそらく帰ってくるお金は0と思っておいたほうがいいと思う。

モデルとしてはオークションと同じもので、商品が債権というだけ。ビジネスモデルとしては綺麗なソーシャルサービスが描けているとは思う。ただ個人的にはmaneo全体としての貸し倒れ率なりが公表されない限りちょっと微妙すぎる。成功して欲しいモデルではあるけれど。

ウェブは菩薩である

2009/01/13(Tue) Book

ウェブは菩薩である 表紙
ウェブは菩薩である
深見 嘉明 (著)

一方、本書で紹介してきたウェブサービス、そして予測している未来のウェブサービスは、利用者に対し、「自分にとって役に立つようにサービスを使ってください」というスタンスをとっています。それどころか評価したり分類したりと、自身の使い勝手にあわせて自由に取り扱うことが推奨されています。そしてそれぞれの利用者が自分の利益を追求すれば、それがウェブサービスの利用者全体の利益に繋がる設計になっています。ウェブサービスでは共有地の悲劇を、自由を制限することなく意図せざる協働を実現させることで乗り越えているのです。このやり方を、現実社会に適用することはできないものなのでしょうか。

ちょっと微妙。既にタギングやマイクロフォーマットという概念を把握しており、ソーシャル系サービスを使っている人にとっては分かりきっていることを体系的にまとめただけな印象。

このメタデータやソーシャル性を現実社会に反映してはどうかという提案は確かに面白いけれど、リソースに限りのある現実社会の中で、民主主義という社会体制や、権力や法律という統治体制に変わる具体的な提案があるわけでもない。もし一般化するために易しく書いたのであれば、この辺を具体的につっこんだ本も期待したい。

著者ブログ:deepen 〜Yoshiaki FUKAMI’s view

LifeStreamのフィードをつくった。

2009/01/12(Mon) IT

WordPress移行後のデザインやカスタマイズは一通り完了。最後に、フィードを統合する「xFruits」を利用して、いわごろがネットに発信している全ての情報の新着が見える「LifeStream Feed」を作った。

フィードURL

http://xfruits.com/iwagoro/?id=54932

NANA MIZUKI LIVE FIGHTER BLUE SIDE & RED SIDE

2009/01/12(Mon) Movie

昨年7月5・6日に国立代々木第一体育館で行われた水樹奈々のライブDVD。昨年クリスマスに発売されたのを即買いして、年末年始に見てました。水樹奈々のライブDVDを見るのはNANA MIZUKI LIVE FORMULA at SAITAMA SUPER ARENA以来2個目なのですが、演出は今回の方がいいけど、曲目は前回の方が好みの曲が多かった。

水樹奈々のライブDVDはこれまで7本出ていて、僕が持っているのは直近の2本のみ。今年1年かけてどんどん昔にさかのぼる感じですべて揃えていきたい!(謎。たぶん今やっているライブのDVDも夏頃には出るだろうからそれも買って、来年は遂にライブに行くか、も。

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