右翼と左翼
「左」「左派」は、人間は本来「自由」「平等」で「人権」があるという理性、知性で考えついた理念を、まだ知らない人にも広め、世に実現しようと志します。これらの理念は、「国際的」で「普遍的」であって、その実現が人類の「進歩」であると考えられるからです。
(中略)
対するに「右」「右翼」は、「伝統」や「人間の感情、情緒」を重視します。「知性」や「理性」がさかしらにも生み出した「自由」「平等」「人権」では人は割り切れないと考えます(「反合理主義」「反知性主義」「反啓蒙主義」)。ゆえに、たとえそれらに何ら合理性が認められないとしても、「長い間定着してきた世の中の仕組み(秩序)である以上は、多少の弊害があっても簡単に変えられないし、変えるべきでもない」と結論します。
本書では一応ざっくりと引用したような定義がされているんだけれども、個人的には「右は現実主義・現実肯定」「左は理想主義・理想追求」という考え方の違いだけであって、目指すところは同じ、表現方法(戦争かテロ)が違うだけでロジック(この考えを世界に広めなければ!的な)は同じように感じた。
日本で言うと、戦後など社会の様々なクオリティがあまりにも低かった時代には理想を追求する左翼がもてはやされたけれども、ある程度物量的に満たされてきた現代では左の力が弱まり、日本の右傾化と言われるような傾向になってきた。でも、社会や経済情勢が不安定になった今左が再び強まってきた。という感じではないかと。
既に権力や実務運営をしている政権与党や高所得者は現状肯定・改善という考えで右に振れやすいだろうし、そういうものを持たない一般市民や低所得者やマイノリティは格差破壊や平等の実現という考えで左に振れやすいという印象がある。
僕は、これだけ価値観が一極にぶれやすい日本社会の中で、常に一定の価値観を保っている皇室は価値があると思うし(皇室関係予算180億の6割(110億)を占める宮内庁費はもっと削減できると思うが)、人間はそんなに高尚なものではないと思っているので右寄りなのかなぁと思う。でも、「自由」「平等」「人権」が実現できるものならそりゃあそうなった方がいいと思ったりもするので、右7:左3ぐらいなのかなぁと。

